*王太子サイド

 ……――その頃のヘルナミス国、王宮。

 ダミアンは、婚約者のシェリーとガーデンで優雅にお茶を飲んでいた。
「ダミアンさま、はい、あーんしてください」
 シェリーが焼き菓子をダミアンの口元へ運ぶ。
 そうすれば、ダミアンも「あーん」と言ってそれを受け入れた。
 一月前に姉のエレインを追い出し、晴れて婚約者となったシェリーは、それはそれはきらびやかなドレスを身に着けていた。
 胸元と耳元には、大きなピンクダイヤのアクセサリーが光っている。
 ダミアンが王室御用達の宝石商から特別に仕入れさせた一級品だ。
 プレゼントを渡したときのシェリーの感激ぶりに、ダミアンの自尊心が満たされていった。
(不愛想なエレインとは大違いだ)
 表情に乏しく、ピクリとも笑わないどころか、口を開けばハーブ事業のことしか話さず、王太子という自分に媚びを売らないエレインが、ダミアンは嫌いだった。
(あいつは確かに美人だったが、いつだって俺を見下したような目で見て……。女は俺のご機嫌を取ってただ可愛く笑っていればいいんだ)
「どうです? 美味しいですか?」
「あぁ、シェリーが手ずから食べさせてくれるものはなんでも美味しいさ」
「ふふふ、シェリーは嬉しいです」
 可憐に笑う可愛らしい将来の妻を、ダミアンは愛おし気に見つめ、こめかみに口づける。
 真っ赤に顔を染めるシェリーの初心な反応に情欲が搔き立てられ、今度は薄紅色の唇を強引に奪った。
「んっ……、いけません、皆が見ております」
「婚約者が可愛すぎて我慢がきかなかった」
「も、もう、ダミアンさまったら……」
 恥ずかしがりながらも、ダミアンの胸にもたれかかってくるシェリーをぎゅっと抱きしめた。
 幸せに浸っていたダミアンだが、こちらへ近づいてくる部下が視界に入り眉根を寄せる。
 彼は、エレインの代わりに雇い、ハーブ事業を任せている者だ。
「王太子殿下、先日の報告書は御覧いただけましたでしょうか」
「んあ? 報告書など読む暇があると思うのか? なぁ、シェリー」
 ダミアンは腕の中でうっとりと自分に寄り添うシェリーの頭に唇を寄せる。
「ふふふ、ダミアンさまは王太子殿下ですもの。いつだってお忙しいに決まってますわ」
 傍から見れば、女とただお茶をすすっているだけの暇人にしか見えないのだが。
 部下は内心呆れながらも、顔に出さないようにぐっと口を結ぶ。
「急ぎなら今ここで用件を言え」
「ハーブの生産量がここ一週間ほどで急激に落ち込んでおり、製品の出荷に影響が出ている状況です。農夫からの話では雨が降らないせいでハーブが枯れ始めているとのことです」
「そんなの、水を撒けばいいだろう」
「水を撒くにも人手が足りません」
「なら人を増やせ。そんなこともわからないのかお前は」
「人を増やすには予算が足りないのです」
「足りない分は国庫から出せばいい」
「しかし、」
「多少金をかけたってあの()は高値であっという間に買い手がつくんだから、問題ない。もう下がれ」
 まだなにか言いたそうな部下を手で追い払い、カップを口に運ぶ。
(頭の回るやつを雇ったのに、こうも使えないとはな)
 冷めた紅茶は、飲み込んだ後も口の中に渋みが残り、ダミアンは顔を顰めた。