「そうかそうか、テオはエレインが好きなのだな」
「あう!」
エレインは、突然現れた国王陛下と中庭でティータイムを過ごすことになった。
ガゼボの下で、陛下と向かい合わせに座り、テオはエレインの膝の上を陣取った。
テオも大人しくエレインのコーディアルシロップで作ったジュースを飲み、ときどき焼き菓子をつまんでいた。
「このジュースも本当にハーブだけでできているのかい? ブドウの味しかしないがな」
「はい、エルダーという木に咲く花でできています。庶民の薬箱と呼ばれ、体の毒素を排出する働きのある万能薬の一つなんです」
「そうなのか、香りが爽やかでとても気に入ったよ」
「ありがとうございます」
まるで一国の主とは思えない気さくな態度に、エレインも次第に緊張が解けていく。
アランの飾らない態度は、親譲りなのだろうと納得がいった。
「それに、こんなにご機嫌なテオも久しぶりだ。きみがテオに愛情を注いでくれているおかげだな」
目を細めてテオを見やる陛下の眼差しは、アランと同じで愛に満ちていた。
家族を大切にする彼らの姿は、見ていて胸が温かくなる。
「すべてはテオドールさまの頑張りのおかげです。ジュースを作るのも手伝ってくださって、エレインはとっても助かりました。ありがとうございます」
膝の上のテオを覗き込むようにして言うと、テオは「うー!」と自慢げな顔でエレインを見上げた。
「ふふふ」
こうしてテオが少しずつ心を開いてくれる様子が、エレインは愛しくて仕方がない。
(テオドールさまの笑った顔が早く見たいわ)
初めて会ったときの無気力な目を見たときは不安でいっぱいだったが、最近ではどんどん表情豊かになっていくテオに安堵していた。
笑顔が見れる日もそう遠くないのではないか、と思っている。
「最近、食事の際にフォークも上手に使えるようになったんです」
テオを嬉しそうに見つめる陛下に、エレインが伝える。
「そうか、すごいじゃないか、テオ」
「あう!」
「――ち、父上っ!」
和やかな空気に割って入ったのは、アランだった。
「殿下」
走ってきたのだろうか、息を切らして焦った様子の彼は、陛下とエレインを交互に見てなにか言いたそうな顔をする。
「なんだアラン、そんなに慌てて」
「なんだじゃありません、先ぶれもなくエレインに会いに行くなんて! 非常識にもほどがあります」
「仕方ないだろう、いつまで経っても会わせてくれないお前が悪い」
「なっ、エレインはただでさえ忙しいんです。あなたの相手なんてしている暇はないんです。――エレイン、嫌なことはされてない?」
突然矛先を向けられて、エレインは驚きながらも「はい、大丈夫です。楽しくおしゃべりしていただけです」と笑顔で返す。
陛下はアランの失礼な質問に「心外だな」と肩をすくめた。
それだけのやり取りで、この二人の親密さが感じられて微笑ましい。
(私のことを気遣ってくれていたのかしら)
そう思うと、なんだか胸の奥にくすぐったさを感じる。
「今、私が作ったコーディアルシロップのジュースを飲んでいたんです。殿下もよければご一緒にいかがですか?」
「あ、あぁ、じゃぁせっかくだし、そうしようかな」
隣いい?とアランがエレインの隣に腰掛けようとすると、
「めー!」
とテオが声を上げた。頬っぺたをぷっくりと膨らませて、険しい目でアランをけん制している。
「っち!」
とテオは向かいに座る陛下の方を指さした。
どうやら、アランにあっちに座れと言っているようだ。
「テオ、エレインの隣に座るのくらい、許してくれてもいいんじゃないか?」
(まるで殿下が私の隣に座りたいって言っているように聞こえるのだけれど……)
さすがにそんなはずはないか、とエレインは自身の考えに内心で首を振る。
(陛下の隣に座るのが気が引けるのね、きっと)
「め!」
「……テオはエレインの膝の上という特等席にいるだろう。隣くらい許せ」
まだ眉間にしわを寄せて抗議しているテオにおかまいなしに、アランはそう言ってエレインの隣に座った。
テオはエレインの膝の上から手を伸ばして、アランの腕をぽかぽかと叩きだした。
「テオ、痛い」
「あ、テオドールさま! 見てください! このクッキー、くまさんの形をしていますよ」
「あう?」
エレインがそう言えば、テオの意識がクッキーに向けられる。
問題行為を注意するのではなく、意識をほかのことに逸らす方が効果的だということは、教会の子どもたちの面倒を見ていた人たちに教わった。
まさか、それがこんなところで役に立つ日が来るとは、思いもしなかったけれど。
ちらっと隣を見ると、アランが「ありがとう」と声に出さずに口を動かしたので、微笑んで謝意を受け取る。
「ほかにもいろんな形がありますね。テオドールさまはどれがお好きですか? どれもかわいくて食べるのがもったいないですね」
「むー」
一連のやりとりを見ていた陛下の高笑いが場に響く。
「はっはっはっはっは! きみはすごいな、エレイン。テオもアランもすっかりきみに骨抜きだ」
「ほ、骨抜きだなんて……そんなことは断じて……」
「あぁもう、これだから父上には会わせたくなかったんですよ」
心底嫌そうに眉間にしわを寄せたアランを見て、エレインから笑いが零れる。
いつも穏やかで大人びた態度のアランが、陛下の前では「子ども」になってしまう意外な一面を知れて嬉しくなった。
「あう!」
エレインは、突然現れた国王陛下と中庭でティータイムを過ごすことになった。
ガゼボの下で、陛下と向かい合わせに座り、テオはエレインの膝の上を陣取った。
テオも大人しくエレインのコーディアルシロップで作ったジュースを飲み、ときどき焼き菓子をつまんでいた。
「このジュースも本当にハーブだけでできているのかい? ブドウの味しかしないがな」
「はい、エルダーという木に咲く花でできています。庶民の薬箱と呼ばれ、体の毒素を排出する働きのある万能薬の一つなんです」
「そうなのか、香りが爽やかでとても気に入ったよ」
「ありがとうございます」
まるで一国の主とは思えない気さくな態度に、エレインも次第に緊張が解けていく。
アランの飾らない態度は、親譲りなのだろうと納得がいった。
「それに、こんなにご機嫌なテオも久しぶりだ。きみがテオに愛情を注いでくれているおかげだな」
目を細めてテオを見やる陛下の眼差しは、アランと同じで愛に満ちていた。
家族を大切にする彼らの姿は、見ていて胸が温かくなる。
「すべてはテオドールさまの頑張りのおかげです。ジュースを作るのも手伝ってくださって、エレインはとっても助かりました。ありがとうございます」
膝の上のテオを覗き込むようにして言うと、テオは「うー!」と自慢げな顔でエレインを見上げた。
「ふふふ」
こうしてテオが少しずつ心を開いてくれる様子が、エレインは愛しくて仕方がない。
(テオドールさまの笑った顔が早く見たいわ)
初めて会ったときの無気力な目を見たときは不安でいっぱいだったが、最近ではどんどん表情豊かになっていくテオに安堵していた。
笑顔が見れる日もそう遠くないのではないか、と思っている。
「最近、食事の際にフォークも上手に使えるようになったんです」
テオを嬉しそうに見つめる陛下に、エレインが伝える。
「そうか、すごいじゃないか、テオ」
「あう!」
「――ち、父上っ!」
和やかな空気に割って入ったのは、アランだった。
「殿下」
走ってきたのだろうか、息を切らして焦った様子の彼は、陛下とエレインを交互に見てなにか言いたそうな顔をする。
「なんだアラン、そんなに慌てて」
「なんだじゃありません、先ぶれもなくエレインに会いに行くなんて! 非常識にもほどがあります」
「仕方ないだろう、いつまで経っても会わせてくれないお前が悪い」
「なっ、エレインはただでさえ忙しいんです。あなたの相手なんてしている暇はないんです。――エレイン、嫌なことはされてない?」
突然矛先を向けられて、エレインは驚きながらも「はい、大丈夫です。楽しくおしゃべりしていただけです」と笑顔で返す。
陛下はアランの失礼な質問に「心外だな」と肩をすくめた。
それだけのやり取りで、この二人の親密さが感じられて微笑ましい。
(私のことを気遣ってくれていたのかしら)
そう思うと、なんだか胸の奥にくすぐったさを感じる。
「今、私が作ったコーディアルシロップのジュースを飲んでいたんです。殿下もよければご一緒にいかがですか?」
「あ、あぁ、じゃぁせっかくだし、そうしようかな」
隣いい?とアランがエレインの隣に腰掛けようとすると、
「めー!」
とテオが声を上げた。頬っぺたをぷっくりと膨らませて、険しい目でアランをけん制している。
「っち!」
とテオは向かいに座る陛下の方を指さした。
どうやら、アランにあっちに座れと言っているようだ。
「テオ、エレインの隣に座るのくらい、許してくれてもいいんじゃないか?」
(まるで殿下が私の隣に座りたいって言っているように聞こえるのだけれど……)
さすがにそんなはずはないか、とエレインは自身の考えに内心で首を振る。
(陛下の隣に座るのが気が引けるのね、きっと)
「め!」
「……テオはエレインの膝の上という特等席にいるだろう。隣くらい許せ」
まだ眉間にしわを寄せて抗議しているテオにおかまいなしに、アランはそう言ってエレインの隣に座った。
テオはエレインの膝の上から手を伸ばして、アランの腕をぽかぽかと叩きだした。
「テオ、痛い」
「あ、テオドールさま! 見てください! このクッキー、くまさんの形をしていますよ」
「あう?」
エレインがそう言えば、テオの意識がクッキーに向けられる。
問題行為を注意するのではなく、意識をほかのことに逸らす方が効果的だということは、教会の子どもたちの面倒を見ていた人たちに教わった。
まさか、それがこんなところで役に立つ日が来るとは、思いもしなかったけれど。
ちらっと隣を見ると、アランが「ありがとう」と声に出さずに口を動かしたので、微笑んで謝意を受け取る。
「ほかにもいろんな形がありますね。テオドールさまはどれがお好きですか? どれもかわいくて食べるのがもったいないですね」
「むー」
一連のやりとりを見ていた陛下の高笑いが場に響く。
「はっはっはっはっは! きみはすごいな、エレイン。テオもアランもすっかりきみに骨抜きだ」
「ほ、骨抜きだなんて……そんなことは断じて……」
「あぁもう、これだから父上には会わせたくなかったんですよ」
心底嫌そうに眉間にしわを寄せたアランを見て、エレインから笑いが零れる。
いつも穏やかで大人びた態度のアランが、陛下の前では「子ども」になってしまう意外な一面を知れて嬉しくなった。



