テオの境遇をアランから聞いたとき、エレインは彼を自身と重ねずにはいられなかった。
 エレインの母が病でこの世を去ったのは、エレインが十歳のとき。
 自分が失ったのは母親だけだし、もう十歳だったことを思えば、今の彼の比ではないだろう。
(だからこそ、力になりたい……)
 エレインがアランの依頼を引き受けたのも、彼の境遇によるところが大きかった。
 テオの世話係から簡単な引継ぎをしてもらったエレインは、その日の昼過ぎにはテオと対面する。
 動きやすいよう、エレインは王宮の使用人のお仕着せを借り、汚れてもいいようにエプロンドレスを着た格好でテオの部屋へ向かった。
「きみって人は……。クローゼットにドレスを用意しておいたというのに……」
 エレインの格好を見るや否や、アランは頭を抱える。
「せっかくご用意頂いたのに申し訳ございません。こちらの方が動きやすいと思い……」
「いや、いいんだ。きみのいいようにしてくれればそれで。では、入るよ」と言って、テオの私室のドアを開いた。
「テオ、紹介するね。彼女は今日からテオの相手をしてくれるエレインだ」
「初めまして、テオドールさま。私はエレインと申します」
 目線を合わせようと、エレインはテオドールの側に近づき、しゃがみ込んで挨拶をする。
「……」
 しかしテオは、エレインをちらりと見ただけで、すぐに手元の積み木へと視線を戻した。
 そんなそっけない態度でも、間近で見るテオは天使のように愛らしかった。
 ゆで卵のようにつるすべの肌と、大きな瞳、小ぶりだけれど美しい鼻梁を描く鼻、ぷっくりとした唇の、どこをとっても「可愛い」のだ。
(あぁ、今すぐぎゅって抱きしめたいわ)
「テオドールさまのしてほしいことがあれば、このエレインになんでも言ってくださいね」
 そう言うと、興味を示したのかテオがおもちゃから顔をあげてエレインを見た。
 青い大きな瞳はとても美しいが、どこか焦点が合っていないような、無気力な眼差しをしている。
 その表情はとても三歳の子とは思えなかった。
 エレインは、警戒されないように笑みを浮かべて反応を待ったが、すぐにふいと顔を逸らされてしまう。
「申し訳ないんだけど、俺は公務があるから後を頼んでもいい? なにか困ったことがあれば、控えている侍女に言付けて」
「かしこまりました」
 帰国したばかりで仕事が溜まっているのだろう、エレインの返事を聞いたアランは、テオにハグとキスで挨拶をして部屋から出ていった。
「殿下はテオドールさまをとても大切に思っていらっしゃいますね」
「……」
 テオはエレインの言葉には反応を示さず、ぼうっと積み木を眺めている。なにかを作るでもなく、ころころと転がしては拾っての繰り返し。
(とても楽しんでいるようには見えないわ……)
 両親のいない寂しさを紛らわしているのだろうか。その姿からは悲しみが見て取れてエレインの胸が締め付けられた。
 本当なら、楽しいことばかりなはずの年ごろだと言うのに。
 しばらく見守っていると、放り投げた積み木が他の積み木に当たって、エレインの方へと転がってきた。
 エレインがそれを手に取ると、テオの方へと差し出した。
 しかし、テオはエレインの手を叩くように振り払ったため、手に乗っていた積み木はあらぬ方へと飛んでいった。
 テオが、チラッとこちらを伺うのを、エレインは見逃さなかった。
「すごい! 積み木があんなに遠くに飛んでいきましたよ、テオドールさま」
 少し大げさに驚いて見せると、テオはエレインの顔を振り返り、まじまじと見つめた。
 くりくりの眼に見つめられて、エレインは心臓がどきどきした。
(か、かわぁ……)
 テオの瞳に見惚れつつ、エレインはにっこりと微笑んで見せる。
 怒ってもいないし、悲しんでもいない、と彼に知らせるために。
「いっぱい飛びましたね」
「……あう」
「わ、お喋りも上手にできるんですね。エレインとお話してくださってとっても嬉しいです」
 喋ったことを褒めると、テオは恥ずかしいのか俯いてしまう。
 それきりまた喋らなくなったテオに、エレインは時おり話しかけながらずっと側で見守っていた。