朝食の後、早速アランの甥・テオドールとの顔合わせが行われることになった。
といっても、「まずはテオの普段の様子を見てほしい」ということで、エレインはアランと二人で中庭からテオを見ることになった。
ニコルはアンに王宮を案内してもらっているため、ここにはいない。
「あちらがテオドールさまですか」
中庭から見える広い部屋の中には、アランと同じ黒髪碧眼の小柄な男の子が座っていた。
「そう、人形みたいに可愛いだろう」
「えぇ……えぇ、とっても可愛らしいです……!」
アランの親ばかならぬ叔父ばか発言に、エレインはうんうんと何度も首肯する。
眉の上と肩のラインで切りそろえた黒髪はさらさらで、くりっくりの碧眼とぷっくりとしたほっぺがは今にもぽろりと落っこちてしまいそうだ。
(な、なんて可愛らしいの……!)
王族らしく、ブラウスにズボンを履き、首元にはよだれかけをかけていた。
さながらお人形のようなその姿に、エレインの胸が高まる。
(殿下の子どもの頃も、こんな感じだったのかしら)
想像を膨らませていると、その傍らに座っていた世話係の女性が、テオになにかを食べさせようと手に持った器からスプーンを口元へと運んだ。
「テオドールさまのお好きなフルーツのシロップ煮です」
「ややッ」
「あっ」
振り上げた腕が世話係の手を振り払い、スプーンと中身も床に飛び散ってしまった。
「も、もうしわけございません」
世話係が新しいスプーンで再度試みるも、テオは口を固く結んで「やや! ややあ!」と顔を振ってそれを拒絶する。それでも世話係がまたスプーンを持つのを見た彼は、床に転がっていたおもちゃを手あたり次第投げ始めた。
「あっ、テオドールさま! おやめください!」
周りにおもちゃがなくなると、床に仰向けにひっくり返って声を出して泣き出してしまった。
世話係はそれを見て、途方に暮れたように動かなくなった。
(あらあら、相当疲れていそうね……)
アランから事前に事情を聞いていたエレインは、彼のその態度を見ても驚きもしなかった。
「昨晩は、よく眠れたのでしょうか」
「うん、きみがくれたハーブティにはちみつを入れて飲ませたら、朝までぐっすり寝ていたと報告を受けているよ」
「それはよかったです」
フォントネルの屋敷から持ってきた自家用ハーブティを、昨日アランに渡してテオに飲ませてもらうよう頼んでおいたのだ。
「睡眠さえ改善すれば、あの癇癪もよくなると思ったんだけどね……」
「あぁなってしまったのは、ご両親が亡くなられてからなんですよね」
テオは、アランの兄でありこの国の第二王子夫妻の忘れ形見だった。大雨による被災地へ慰労に訪れる途中の道で土砂崩れに合い、この世を去ってしまったのだ。
(三歳で突然ご両親を失うなんて……心の傷は計り知れないでしょうね)
「そう、兄夫婦が亡くなって半年になる。テオはもうすぐ四歳だからこうなる前には歩けていたし、言葉を話すのもとても早くて達者なくらいで……、それにとてもよく笑う子だったんだ。それが……」
――兄夫婦が事故で亡くなってから、まるで赤子に逆戻りしてしまったかのように喋りもしなければ歩かなくなってしまったんだ。
アランから聞いていた通り、今のテオは座り込み、喋れない赤ちゃんのような態度を取っていた。自分で食事を取ろうとせず、イヤイヤと駄々をこね、喋らずものを投げて癇癪を起こす。力がある分、赤ちゃんよりも手がかかるだろう。
世話係は憔悴しきっている様子だ。
現にアランの話では、すでに何人もの世話係が「手に負えません」と辞めていってしまったらしい。
「どうかな、きみのハーブであの子は前みたく笑うようになるだろうか」
「ハーブだけでは、無理でしょうね……」
「じゃぁ、どうすれば?」
「そうですね、とりあえず、あの世話係の方に今すぐ休暇を与えてください」
「そうしたいのは山々だが、代わりの者を見つけるのが難しいんだ」
「大丈夫です、殿下」
不安でいっぱいのアランを安心させようと、エレインは穏やかな笑みを顔に浮かべる。
そして、なにが大丈夫なのかわからないといった顔のアランを見上げ、「代わりの者はここにおりますから」と自分で自分を指さしたのだった。
といっても、「まずはテオの普段の様子を見てほしい」ということで、エレインはアランと二人で中庭からテオを見ることになった。
ニコルはアンに王宮を案内してもらっているため、ここにはいない。
「あちらがテオドールさまですか」
中庭から見える広い部屋の中には、アランと同じ黒髪碧眼の小柄な男の子が座っていた。
「そう、人形みたいに可愛いだろう」
「えぇ……えぇ、とっても可愛らしいです……!」
アランの親ばかならぬ叔父ばか発言に、エレインはうんうんと何度も首肯する。
眉の上と肩のラインで切りそろえた黒髪はさらさらで、くりっくりの碧眼とぷっくりとしたほっぺがは今にもぽろりと落っこちてしまいそうだ。
(な、なんて可愛らしいの……!)
王族らしく、ブラウスにズボンを履き、首元にはよだれかけをかけていた。
さながらお人形のようなその姿に、エレインの胸が高まる。
(殿下の子どもの頃も、こんな感じだったのかしら)
想像を膨らませていると、その傍らに座っていた世話係の女性が、テオになにかを食べさせようと手に持った器からスプーンを口元へと運んだ。
「テオドールさまのお好きなフルーツのシロップ煮です」
「ややッ」
「あっ」
振り上げた腕が世話係の手を振り払い、スプーンと中身も床に飛び散ってしまった。
「も、もうしわけございません」
世話係が新しいスプーンで再度試みるも、テオは口を固く結んで「やや! ややあ!」と顔を振ってそれを拒絶する。それでも世話係がまたスプーンを持つのを見た彼は、床に転がっていたおもちゃを手あたり次第投げ始めた。
「あっ、テオドールさま! おやめください!」
周りにおもちゃがなくなると、床に仰向けにひっくり返って声を出して泣き出してしまった。
世話係はそれを見て、途方に暮れたように動かなくなった。
(あらあら、相当疲れていそうね……)
アランから事前に事情を聞いていたエレインは、彼のその態度を見ても驚きもしなかった。
「昨晩は、よく眠れたのでしょうか」
「うん、きみがくれたハーブティにはちみつを入れて飲ませたら、朝までぐっすり寝ていたと報告を受けているよ」
「それはよかったです」
フォントネルの屋敷から持ってきた自家用ハーブティを、昨日アランに渡してテオに飲ませてもらうよう頼んでおいたのだ。
「睡眠さえ改善すれば、あの癇癪もよくなると思ったんだけどね……」
「あぁなってしまったのは、ご両親が亡くなられてからなんですよね」
テオは、アランの兄でありこの国の第二王子夫妻の忘れ形見だった。大雨による被災地へ慰労に訪れる途中の道で土砂崩れに合い、この世を去ってしまったのだ。
(三歳で突然ご両親を失うなんて……心の傷は計り知れないでしょうね)
「そう、兄夫婦が亡くなって半年になる。テオはもうすぐ四歳だからこうなる前には歩けていたし、言葉を話すのもとても早くて達者なくらいで……、それにとてもよく笑う子だったんだ。それが……」
――兄夫婦が事故で亡くなってから、まるで赤子に逆戻りしてしまったかのように喋りもしなければ歩かなくなってしまったんだ。
アランから聞いていた通り、今のテオは座り込み、喋れない赤ちゃんのような態度を取っていた。自分で食事を取ろうとせず、イヤイヤと駄々をこね、喋らずものを投げて癇癪を起こす。力がある分、赤ちゃんよりも手がかかるだろう。
世話係は憔悴しきっている様子だ。
現にアランの話では、すでに何人もの世話係が「手に負えません」と辞めていってしまったらしい。
「どうかな、きみのハーブであの子は前みたく笑うようになるだろうか」
「ハーブだけでは、無理でしょうね……」
「じゃぁ、どうすれば?」
「そうですね、とりあえず、あの世話係の方に今すぐ休暇を与えてください」
「そうしたいのは山々だが、代わりの者を見つけるのが難しいんだ」
「大丈夫です、殿下」
不安でいっぱいのアランを安心させようと、エレインは穏やかな笑みを顔に浮かべる。
そして、なにが大丈夫なのかわからないといった顔のアランを見上げ、「代わりの者はここにおりますから」と自分で自分を指さしたのだった。



