アランの言った通り、エレインたちは翌日の昼過ぎには王宮入りを果たした。
 エレインは王宮内の客室に通され、夕食まで荷物整理の時間を貰う。
「わぁ、すごい! 王宮に住めちゃうなんてお姫さまにでもなった気分です!」
 はしゃぐニコルをエレインは微笑まし気に見つめるが、内心は穏やかではなかった。
(まさか王宮で暮らすことになるなんて思いもしなかったわ)
 てっきり城下に住まいを当てがわれるとばかり思ってたエレインは辞退しようとしたが、「エレインには甥の様子を一番近くで診て欲しいんだ」と言われてしまえば受け入れるしかない。
「長旅お疲れさまでございます。湯あみのご用意が整っておりますので、いつでもお声がけくださいませ」
 開け放したドアから、アランがエレインに付けてくれた使用人のアンが現れた。短めの前髪と釣り目が印象的な少女だ。まだ十五歳だと言うのに、落ち着きがあってエレインは好印象を抱いた。
「ありがとう」
「それから、お召し物はクローゼットの中のものをご自由にお使いください、と王子殿下より言付けを承っております」
「格別のご高配を賜り感謝申し上げます、と殿下にお伝えください」
 アンが下がった後、気になったエレインは寝室へと向かう。
 クローゼットと思しきドアを開けると、両側に棚とハンガーポールがあり、その片側が埋まるほどのドレスやシューズケース、鞄などが置かれていた。
(こんなにたくさん……)
 ドレスを一着一着手に取り見ていくと、中には華やかでフリルやレースがふんだんに使われたドレスもあるにはあるが、ほとんどは装飾の控えめなシンプルなものが多い。
 この十日間の旅路の中で、エレインが来ているドレスを見て揃えてくれたのだと思うと嬉しくなった。
 しかし、アクセサリーケースを恐る恐る覗くと、いくつもの宝飾品が輝きを放っていて、エレインの顔から血の気が引いていく。
(こんな一級品、使えるわけない……)
 エレインはクローゼットのドアをそっと閉じた。


 翌日の早朝、エレインは王宮内にあるハーブ園に一人で来ていた。昨日の内にアンに道を聞いていたので迷うことなくたどり着けた。
「すごい広い!」
 丘を上った先に見えたハーブ畑の広さに、エレインは思わず声をあげた。
 夏でも暑くなり過ぎず、適度に雨も降るこの国は、母国と違って土がたっぷりの水を蓄えていて柔らかいため、たくさんの種類のハーブがすくすくと育っているのが遠目でもわかる。
 そしてもちろん、精霊の姿も多いし生き生きとしていた。
 エレインを歓迎してくれているのか、近寄ってきては明滅してその存在を主張しているようだ。
(さすがに全部は厳しいかしら……)
 エレインが【精霊の力】を借りるとき、少なからず体力が消耗される。自分の持つなにかが【精霊の力】の源になっているのかもしれない、とエレインは考えている。
 あまり一度に使い過ぎると、熱が出たり、酷いときには倒れることもあった。
 王宮のハーブ園は、エレインが予想していたよりもずっと大きいため、一度に全部のハーブに力を使うのは難しいかもしれない。
(今日は無理せず、できる範囲でやればいいわよね)
 そう決めて、エレインは丘の上で両手を広げた。
「ふわふわさん、少しだけ力を貸してくれる?」
 その声で、精霊たちはハーブの上へと散らばって輝きを増していく。そして、砂のように細かな光がハーブに降り注がれた。
 いつ見ても美しい光景に、エレインはほう、と感嘆の溜息を零す。
「あら? 全部できたみたい?」
 力をセーブしたつもりだったのに、光はハーブ畑全体を覆っていたように見えた。
 いつもであれば、軽度の倦怠感に見舞われるはずだがそれもなくて、不思議に思う。
(ふわふわさん達が頑張ってくれたのね、きっと)
 そう解釈したエレインは、精霊たちに「みんなありがとう」とお礼を言って王宮へと戻った。