隣国カムリセラ国は、西と東が海に面しており、貿易が盛んな国だ。年間を通して穏やかな気候で、極端に寒くなったり暑くなったりすることがほとんどなく、農作物の生産量では周辺国をしのいでいる。
エレインの母国・ヘルナミス国とは山を一つ隔てただけで、昔から友好な関係を築いてきた。国境を超える山道も、両国の出資のもと整備されたことから、領国の王都から王都までの間を馬なら三日、馬車なら十日あれば行き来できた。
そして、エレインが母国を発ってから早十日が経とうとしていた。
「見てごらん、あそこに見える街を超えると王都だ。明日には王宮に着くね」
休憩に立ち寄った宿の窓から街並みを指しながら、アランが言った。
エレインとニコルも大きな窓から身を乗り出す。
「わぁ、すごい大きな街ですね」
「あれは王都ではないんですよね?」
「そうだね、王都はあれよりももっと大きいよ」
(ヘルナミスよりもとても大きいのね)
国土もカムリセラの方が1.5倍ほど大きいと、妃教育で習って聞いて知っていたが、いざ目にするとその差は歴然だった。
ここまでの道中、人の多さも母国の比じゃないほどに多くて圧倒されたほど。
そしてもう一つ、エレインがとても驚いたことがあった。
(どこもかしこも、ふわふわさんたちでいっぱい……)
街は母国よりも建物が多く、人で賑わっているのに、そこかしこに精霊がいるのだ。街から外れた自然が豊富なところにはもっとたくさんいる。
そしてどこでも、精霊はエレインに気付くとふわふわと近づいてきて、歓迎してくれているようだった。
中にはずっとついてくる精霊もいて、カムリセラに来てからエレインの周りはとても賑やかになった。
「殿下、お食事のご用意ができました」
「ありがとう、セルジュ。さ、みんなで食事にしよう」
この十日間、食事は朝昼晩ずっとアランと共に取ってきた。セルジュとニコルも同席を許されているため、みんなでさまざまな会話を交わした。
この十日間でだいぶ打ち解けたとエレインは思う。
とくにアランの穏やかな社交性がそれを助長していた。彼は本当に、王子という地位を思わせないほどにエレインたちに気安く接してくれる。
エレインもすっかり安心して、この旅を楽しんでしまっているほどだ。
「お、今日は魚料理か」
「美味しそうですね」
「わー、エレインさま、見てください! 私の目玉焼き、黄身が二つあります! 双子ちゃんです!」
ニコルが嬉しそうに言うので、エレインがニコルのプレートを覗き込んだ。
「あら本当、珍しい」
ニコルの言う通り、少し小ぶりな黄身が二つ並んでいる。
「精霊がやってきたね」
アランの口から出た「精霊」の二文字にエレインはどきっとする。
精霊というのは、おとぎ話にしか出てこないもので、普段生活していて耳にすることの少ない言葉だから。それを子どもではなく、アランが口にしたので驚いた。
「精霊、ですか?」
ニコルが首を傾げる。
きょとんとしたニコルを見て、アランは一瞬不思議そうな反応を見せたが、すぐに「あぁ」と微笑んだ。
「これはうちの国の古い風習でね。嬉しいことやびっくりするようなことが起こるとそれを妖精の仕業だとして『精霊がやってきた』『精霊の仕業だ』って言うんだ」
「へぇ、なんか可愛いですね」
「この国は精霊と縁があるのですか?」
エレインの国では、精霊に関する書物や文献はほとんどなく、精霊のことを知りたくても調べることすら叶わなかった。
だから、もしこの国が精霊となにか縁があるのなら、そうした類の書物もあるかもしれない、と淡い期待が胸を過ぎる。
「そうだね、今でも精霊の存在を信じている人が多いかな。まぁ、厳密にいうとこの国ではないんだけど。さ、食事が冷める前に食べようか」
(あら? 話してはくれないのかしら)
いつもなら、エレインたちが聞いたことに対して、色々な情報を教えてくれるアランが話を逸らしたような気がしてエレインは内心で首をひねる。
(できれば詳しく聞きたかったわ……)
けれども、これからしばらくはこの国で生活することになっているのだから、この先にいくらでも機会があるだろう。
すぐにアランが新しい話題を話し出したので、夢中になって耳を傾けた。
エレインの母国・ヘルナミス国とは山を一つ隔てただけで、昔から友好な関係を築いてきた。国境を超える山道も、両国の出資のもと整備されたことから、領国の王都から王都までの間を馬なら三日、馬車なら十日あれば行き来できた。
そして、エレインが母国を発ってから早十日が経とうとしていた。
「見てごらん、あそこに見える街を超えると王都だ。明日には王宮に着くね」
休憩に立ち寄った宿の窓から街並みを指しながら、アランが言った。
エレインとニコルも大きな窓から身を乗り出す。
「わぁ、すごい大きな街ですね」
「あれは王都ではないんですよね?」
「そうだね、王都はあれよりももっと大きいよ」
(ヘルナミスよりもとても大きいのね)
国土もカムリセラの方が1.5倍ほど大きいと、妃教育で習って聞いて知っていたが、いざ目にするとその差は歴然だった。
ここまでの道中、人の多さも母国の比じゃないほどに多くて圧倒されたほど。
そしてもう一つ、エレインがとても驚いたことがあった。
(どこもかしこも、ふわふわさんたちでいっぱい……)
街は母国よりも建物が多く、人で賑わっているのに、そこかしこに精霊がいるのだ。街から外れた自然が豊富なところにはもっとたくさんいる。
そしてどこでも、精霊はエレインに気付くとふわふわと近づいてきて、歓迎してくれているようだった。
中にはずっとついてくる精霊もいて、カムリセラに来てからエレインの周りはとても賑やかになった。
「殿下、お食事のご用意ができました」
「ありがとう、セルジュ。さ、みんなで食事にしよう」
この十日間、食事は朝昼晩ずっとアランと共に取ってきた。セルジュとニコルも同席を許されているため、みんなでさまざまな会話を交わした。
この十日間でだいぶ打ち解けたとエレインは思う。
とくにアランの穏やかな社交性がそれを助長していた。彼は本当に、王子という地位を思わせないほどにエレインたちに気安く接してくれる。
エレインもすっかり安心して、この旅を楽しんでしまっているほどだ。
「お、今日は魚料理か」
「美味しそうですね」
「わー、エレインさま、見てください! 私の目玉焼き、黄身が二つあります! 双子ちゃんです!」
ニコルが嬉しそうに言うので、エレインがニコルのプレートを覗き込んだ。
「あら本当、珍しい」
ニコルの言う通り、少し小ぶりな黄身が二つ並んでいる。
「精霊がやってきたね」
アランの口から出た「精霊」の二文字にエレインはどきっとする。
精霊というのは、おとぎ話にしか出てこないもので、普段生活していて耳にすることの少ない言葉だから。それを子どもではなく、アランが口にしたので驚いた。
「精霊、ですか?」
ニコルが首を傾げる。
きょとんとしたニコルを見て、アランは一瞬不思議そうな反応を見せたが、すぐに「あぁ」と微笑んだ。
「これはうちの国の古い風習でね。嬉しいことやびっくりするようなことが起こるとそれを妖精の仕業だとして『精霊がやってきた』『精霊の仕業だ』って言うんだ」
「へぇ、なんか可愛いですね」
「この国は精霊と縁があるのですか?」
エレインの国では、精霊に関する書物や文献はほとんどなく、精霊のことを知りたくても調べることすら叶わなかった。
だから、もしこの国が精霊となにか縁があるのなら、そうした類の書物もあるかもしれない、と淡い期待が胸を過ぎる。
「そうだね、今でも精霊の存在を信じている人が多いかな。まぁ、厳密にいうとこの国ではないんだけど。さ、食事が冷める前に食べようか」
(あら? 話してはくれないのかしら)
いつもなら、エレインたちが聞いたことに対して、色々な情報を教えてくれるアランが話を逸らしたような気がしてエレインは内心で首をひねる。
(できれば詳しく聞きたかったわ……)
けれども、これからしばらくはこの国で生活することになっているのだから、この先にいくらでも機会があるだろう。
すぐにアランが新しい話題を話し出したので、夢中になって耳を傾けた。



