*
――そうしてエレインは、隣国に行きアランの甥のためにハーブを作ることを引き受け、こうして今アランとともに馬車でカムリセラ国に向かっている。
アランと交わした契約はこうだ。
甥の症状に合わせたハーブをブレンドする。
契約の終了は、甥の症状が改善され、治療の必要がなくなったら。
ただし、改善が見られない場合や、ハーブによる治療が困難とエレインが判断した場合にも契約を終えることがある。
さらに、アランは「きみが自由を手に入れて、やろうと思っていたことはなんだい?」とエレインの希望まで聞いてきた。
エレインの望みはただ一つ。
「一人でも多くの人にハーブを届けたいと思っています。貧富の差も関係なく、医療を受けられるよう、その一助となりたいのです」
そのためには、少しでも多くのハーブを栽培すると共に、より安価で供給できる薬や予防薬の開発もしたい。
アランはエレインの志に感嘆し、王室が全面的に支援すると申し出てくれたのだった。
提案された条件はエレインにとってデメリットが一つもなく、何度もこれでいいのかと確認してやっと契約を結んだ。
(人生、なにが起こるかわからないものね)
婚約破棄も勘当も、そして隣国王子との契約も。
すべてが一日の出来事というのが今でも信じられないくらいだった。
隣のニコルは、隣国に行けるのが楽しみらしく、うきうきした顔で窓の外を眺めている。
彼女に、残るか一緒にくるか好きにしてくれて構わないと伝えると、迷いなくエレインに付いてくることを選んでくれた。
見知らぬ国で一人になるエレインを心配してくれているらしく、その気持ちが嬉しかった。
「ところで、本当に荷物はあれだけでよかったの?」
あれだけ――というのは、エレインのボストンバッグ一つとフォントネル家の温室から運んでもらったフランキンセンスの鉢植え一つ。
たったそれだけ。
もちろん、父から勘当を言い渡され領地には入るなと言われたので、それらはすべてニコルとアランの部下に手伝ってもらって運んできた。
「もともと、服は数着しか持っていませんし、ハーブもまた一から育てればいいので十分です」
(フランキンセンスは、お母さまがひと際大切に育てていた木だから持ってこれてよかった)
アランはそれを二つ返事で了承したどころか、なんなら温室のハーブを全部運んでもいいなんて言ってのけてエレインを恐縮させた。
エレインのそっけない返答に、アランは「まぁ、必要なものは向こうで揃えればいい話だけど……それにしても少なくない?」と釈然としない様子だった。
「ふふ」
一人でうんうん唸るアランを見て、エレインの口から自然と笑みがこぼれる。
話せば話すほど、アランは魅力的な人物だった。
柔らかな物腰かと思えば、鋭い洞察力で物事の本質を見抜く、王族らしいしたたかさもある一方、家族のために懸命に動く姿は愛情に溢れている。
(私の周りにはいないタイプの人でなんだか新鮮だわ)
「うん、きみはそうして笑っている方がずっと可愛いね」
「かっ……!?」
(可愛いって……)
人から大人びてると言われることはあったが、可愛いなんて言われたことのなかったエレインは驚きと恥ずかしさから顔を赤らめる。
お世辞だとわかっていても、男性からの誉め言葉には慣れない。そもそもこれまで異性との交流もまともになかったのだ。エレインには、それを受け止めたり受け流したりする技術は持ち合わせていない。
年上のアランからすれば、自分のような可愛げのない女でも可愛くみえるものなのかもしれない、と謎の理論に落ち着いた。――のに、
「恥ずかしがる顔はもっと可愛い」
などと恥ずかしい言葉で追い打ちをかけられて、エレインは顔から火が出るかと思った。
「――っ、で、殿下、からかうのはおやめください」
彼のいたずらな視線から逃れたい一心で、エレインは窓の外を見るふりをして車窓のカーテンで顔を隠した。
――そうしてエレインは、隣国に行きアランの甥のためにハーブを作ることを引き受け、こうして今アランとともに馬車でカムリセラ国に向かっている。
アランと交わした契約はこうだ。
甥の症状に合わせたハーブをブレンドする。
契約の終了は、甥の症状が改善され、治療の必要がなくなったら。
ただし、改善が見られない場合や、ハーブによる治療が困難とエレインが判断した場合にも契約を終えることがある。
さらに、アランは「きみが自由を手に入れて、やろうと思っていたことはなんだい?」とエレインの希望まで聞いてきた。
エレインの望みはただ一つ。
「一人でも多くの人にハーブを届けたいと思っています。貧富の差も関係なく、医療を受けられるよう、その一助となりたいのです」
そのためには、少しでも多くのハーブを栽培すると共に、より安価で供給できる薬や予防薬の開発もしたい。
アランはエレインの志に感嘆し、王室が全面的に支援すると申し出てくれたのだった。
提案された条件はエレインにとってデメリットが一つもなく、何度もこれでいいのかと確認してやっと契約を結んだ。
(人生、なにが起こるかわからないものね)
婚約破棄も勘当も、そして隣国王子との契約も。
すべてが一日の出来事というのが今でも信じられないくらいだった。
隣のニコルは、隣国に行けるのが楽しみらしく、うきうきした顔で窓の外を眺めている。
彼女に、残るか一緒にくるか好きにしてくれて構わないと伝えると、迷いなくエレインに付いてくることを選んでくれた。
見知らぬ国で一人になるエレインを心配してくれているらしく、その気持ちが嬉しかった。
「ところで、本当に荷物はあれだけでよかったの?」
あれだけ――というのは、エレインのボストンバッグ一つとフォントネル家の温室から運んでもらったフランキンセンスの鉢植え一つ。
たったそれだけ。
もちろん、父から勘当を言い渡され領地には入るなと言われたので、それらはすべてニコルとアランの部下に手伝ってもらって運んできた。
「もともと、服は数着しか持っていませんし、ハーブもまた一から育てればいいので十分です」
(フランキンセンスは、お母さまがひと際大切に育てていた木だから持ってこれてよかった)
アランはそれを二つ返事で了承したどころか、なんなら温室のハーブを全部運んでもいいなんて言ってのけてエレインを恐縮させた。
エレインのそっけない返答に、アランは「まぁ、必要なものは向こうで揃えればいい話だけど……それにしても少なくない?」と釈然としない様子だった。
「ふふ」
一人でうんうん唸るアランを見て、エレインの口から自然と笑みがこぼれる。
話せば話すほど、アランは魅力的な人物だった。
柔らかな物腰かと思えば、鋭い洞察力で物事の本質を見抜く、王族らしいしたたかさもある一方、家族のために懸命に動く姿は愛情に溢れている。
(私の周りにはいないタイプの人でなんだか新鮮だわ)
「うん、きみはそうして笑っている方がずっと可愛いね」
「かっ……!?」
(可愛いって……)
人から大人びてると言われることはあったが、可愛いなんて言われたことのなかったエレインは驚きと恥ずかしさから顔を赤らめる。
お世辞だとわかっていても、男性からの誉め言葉には慣れない。そもそもこれまで異性との交流もまともになかったのだ。エレインには、それを受け止めたり受け流したりする技術は持ち合わせていない。
年上のアランからすれば、自分のような可愛げのない女でも可愛くみえるものなのかもしれない、と謎の理論に落ち着いた。――のに、
「恥ずかしがる顔はもっと可愛い」
などと恥ずかしい言葉で追い打ちをかけられて、エレインは顔から火が出るかと思った。
「――っ、で、殿下、からかうのはおやめください」
彼のいたずらな視線から逃れたい一心で、エレインは窓の外を見るふりをして車窓のカーテンで顔を隠した。



