「それで、行く当ては?」
「行く当て、ですか……」
エレインは考える。
いや、考えていなかったわけではない。
婚約破棄と勘当を言い渡され、真っ先に浮かんだのはこれから先の己の身の振り方。
こんなこともあるかもしれないと、事業化する前に貴族のご婦人相手に販売していたときのお金がまるまる残っている。贅沢をしなければ半年ほどは生活していけるのではないだろうかと見積もっていた。
「とりあえず宿でも借りて、その間に家を探そうかと思っています」
隠す必要もないか、と素直にそのまま答えると、目の前のアランは目を丸くさせ、周囲からは「はぁ……」と溜息が聞こえてきた。
この部屋には今、エレインとアランのほかにニコルとセルジュしかいないので、溜息の出所はその二人ということになる。
「エレインさま……無謀すぎます!」
後ろに立って控えていたニコルが頭を抱えた。
「だって仕方ないじゃない、私には親戚と呼べる人ももういないし……」
母も、母方の祖父母もすでに他界している。
「あのですね、女性の一人旅はただでさえ危険なんです! なのにエレインさまみたいな美しいご令嬢が一人で街の宿屋にいたら、もう数時間後には攫われてます。私が保証します」
「馬鹿なことを言わないでニコル、こんな地味でやつれた女なんて誰も見向きもしないわ」
「馬鹿なことを言っているのはエレインさまですよ。百歩譲ってエレインさまが地味でやつれていたとしても、一人で街の宿屋は危険すぎです!」
「俺もニコルに同意するよ」
アランが二人の会話に割って入ると、その後ろでセルジュが「私もです」とニコルに一票を投じた。三対一と完全に劣勢になり、宿住まいはどうやら無理そうだとエレインも理解する。
「ではどうしましょう……」
(あのお方に頼るのは最終手段にしておきたかったのだけど、そうも言ってはいられないのかもしれないわね……)
首をかしげるエレインを、アランは心底心配そうな顔で見つめ、なにかを決心したように「よし、決めた」と頷いた。
「行く当てが無いのなら、俺と一緒にカムリセラに来てほしい」
「……はい?」
「今日の王太子のパーティーで公務が終わったから、もう帰国するんだ。だから、きみも一緒に行こう。王室騎士の警護付きだから安全安心だよ。もちろん旅費もいらないし、向こうでの滞在もすべてこちらで用意する」
エレインは、アランの真意を見逃すまいと、彼の表情を見つめるが、確固たる自信に裏付けされた彼の表情には一つも揺らぎがない。
ただ、彼の周りには、精霊たちが相変わらず無邪気に飛んでいるので、彼に悪意がないのは一目瞭然だった。
「見返りはなんでしょうか」
タダほど怖いものはない。
自分になにを求めているのかを問う。それがわからなければ、返答のしようがない。
「きみには、甥のテオを診てほしい。本当はね、この前貰った薬を継続的に買えるよう、今日改めて王子としてきみにお願いするつもりでいたんだ。でも、それよりももっと確実で効率的な選択肢ができたんだから、俺は全力でそちらを選ぶよ」
エレインの頭に疑問が浮かぶ。
アランが求めているのは、薬のはずなのに、彼の口ぶりはまるでエレイン自身を欲しているように感じたから。
エレインにはもう、フォントネルのハーブは手に入らないというのに、そのことに気付いていないとは到底思えない。
(なら、なぜ……?)
「その反応は、どうやら知らないみたいだね。巷では、『フォントネルのハーブはエレインさまにしか作れない』と言われていることを――」
「え?」
驚きを隠せない反応に、アランはくすりと笑みを零す。彼の独特な雰囲気は、人に嫌味を感じさせないから不思議だ。
「きみのハーブの効果の凄まじさを目の当たりにした俺は、一体フォントネル領にどんな秘密があるのかを部下に調べさせたんだ」
アランの話によると、フォントネル領の地質や気候を調査した専門家は、そもそもあの土地でハーブが育つことがあり得ない、理論では解明できないと結論づけたという。そして、その謎を解明するために、アランはハーブ園や工場で働く人、市場で商品を扱う人にも聞き込みをした。
「その人たちはみな、異口同音にきみを称えていた」
(そんなこと、全然知らなかった……)
言葉が出ないエレインに構わず、アランは続ける。
「ただ、面白いことに、貴族たちはフォントネルのハーブは王太子の才能の成せる技だと口をそろえて言っていて、俺の部下たちはどちらが『秘密』を握っているのか首をひねっていた。――だけど、俺にはわかる」
屋内でも輝きを失わない碧眼に、真っ直ぐ射抜かれて、エレインはドキリとした。
まるですべてを見透かされているのではないか、と急に心もとなさに襲われ、エレインは無意識に右手の指輪を握りしめた。
「きみは初めて会ったときから、ハーブで人助けを惜しまない人だった。それに、ハーブを草だと言い、蔑ろにするような王太子に、あの素晴らしいハーブが作れるはずがない。フォントネルのハーブの秘密は、きみだね、エレイン」
「行く当て、ですか……」
エレインは考える。
いや、考えていなかったわけではない。
婚約破棄と勘当を言い渡され、真っ先に浮かんだのはこれから先の己の身の振り方。
こんなこともあるかもしれないと、事業化する前に貴族のご婦人相手に販売していたときのお金がまるまる残っている。贅沢をしなければ半年ほどは生活していけるのではないだろうかと見積もっていた。
「とりあえず宿でも借りて、その間に家を探そうかと思っています」
隠す必要もないか、と素直にそのまま答えると、目の前のアランは目を丸くさせ、周囲からは「はぁ……」と溜息が聞こえてきた。
この部屋には今、エレインとアランのほかにニコルとセルジュしかいないので、溜息の出所はその二人ということになる。
「エレインさま……無謀すぎます!」
後ろに立って控えていたニコルが頭を抱えた。
「だって仕方ないじゃない、私には親戚と呼べる人ももういないし……」
母も、母方の祖父母もすでに他界している。
「あのですね、女性の一人旅はただでさえ危険なんです! なのにエレインさまみたいな美しいご令嬢が一人で街の宿屋にいたら、もう数時間後には攫われてます。私が保証します」
「馬鹿なことを言わないでニコル、こんな地味でやつれた女なんて誰も見向きもしないわ」
「馬鹿なことを言っているのはエレインさまですよ。百歩譲ってエレインさまが地味でやつれていたとしても、一人で街の宿屋は危険すぎです!」
「俺もニコルに同意するよ」
アランが二人の会話に割って入ると、その後ろでセルジュが「私もです」とニコルに一票を投じた。三対一と完全に劣勢になり、宿住まいはどうやら無理そうだとエレインも理解する。
「ではどうしましょう……」
(あのお方に頼るのは最終手段にしておきたかったのだけど、そうも言ってはいられないのかもしれないわね……)
首をかしげるエレインを、アランは心底心配そうな顔で見つめ、なにかを決心したように「よし、決めた」と頷いた。
「行く当てが無いのなら、俺と一緒にカムリセラに来てほしい」
「……はい?」
「今日の王太子のパーティーで公務が終わったから、もう帰国するんだ。だから、きみも一緒に行こう。王室騎士の警護付きだから安全安心だよ。もちろん旅費もいらないし、向こうでの滞在もすべてこちらで用意する」
エレインは、アランの真意を見逃すまいと、彼の表情を見つめるが、確固たる自信に裏付けされた彼の表情には一つも揺らぎがない。
ただ、彼の周りには、精霊たちが相変わらず無邪気に飛んでいるので、彼に悪意がないのは一目瞭然だった。
「見返りはなんでしょうか」
タダほど怖いものはない。
自分になにを求めているのかを問う。それがわからなければ、返答のしようがない。
「きみには、甥のテオを診てほしい。本当はね、この前貰った薬を継続的に買えるよう、今日改めて王子としてきみにお願いするつもりでいたんだ。でも、それよりももっと確実で効率的な選択肢ができたんだから、俺は全力でそちらを選ぶよ」
エレインの頭に疑問が浮かぶ。
アランが求めているのは、薬のはずなのに、彼の口ぶりはまるでエレイン自身を欲しているように感じたから。
エレインにはもう、フォントネルのハーブは手に入らないというのに、そのことに気付いていないとは到底思えない。
(なら、なぜ……?)
「その反応は、どうやら知らないみたいだね。巷では、『フォントネルのハーブはエレインさまにしか作れない』と言われていることを――」
「え?」
驚きを隠せない反応に、アランはくすりと笑みを零す。彼の独特な雰囲気は、人に嫌味を感じさせないから不思議だ。
「きみのハーブの効果の凄まじさを目の当たりにした俺は、一体フォントネル領にどんな秘密があるのかを部下に調べさせたんだ」
アランの話によると、フォントネル領の地質や気候を調査した専門家は、そもそもあの土地でハーブが育つことがあり得ない、理論では解明できないと結論づけたという。そして、その謎を解明するために、アランはハーブ園や工場で働く人、市場で商品を扱う人にも聞き込みをした。
「その人たちはみな、異口同音にきみを称えていた」
(そんなこと、全然知らなかった……)
言葉が出ないエレインに構わず、アランは続ける。
「ただ、面白いことに、貴族たちはフォントネルのハーブは王太子の才能の成せる技だと口をそろえて言っていて、俺の部下たちはどちらが『秘密』を握っているのか首をひねっていた。――だけど、俺にはわかる」
屋内でも輝きを失わない碧眼に、真っ直ぐ射抜かれて、エレインはドキリとした。
まるですべてを見透かされているのではないか、と急に心もとなさに襲われ、エレインは無意識に右手の指輪を握りしめた。
「きみは初めて会ったときから、ハーブで人助けを惜しまない人だった。それに、ハーブを草だと言い、蔑ろにするような王太子に、あの素晴らしいハーブが作れるはずがない。フォントネルのハーブの秘密は、きみだね、エレイン」



