*
日が少し傾き始めた頃、豪奢な装飾の馬車が数台列をなして街の大通りをゆっくりと通っていく。その前後と周囲を、厳重に警備するべく多数の騎兵が並走していた。
そして、その数台の馬車の一つに、エレインはいた。
馬車の中も外装と違わず、そこかしこに意匠をこらしたデザインがあしらわれ、座面はベルベットのクッションが張られていてとても馬車とは思えない乗り心地だ。
馬車はしばらくして中心街を抜け、窓から見える景色は自然の風景に変わっていった。
この馬車は、エレインが乗るはずだった王室の馬車ではなく、隣国カムリセラ国の所有する馬車で、行先はなんとそのカムリセラ国だ。
王太子の誕生日パーティーで婚約破棄され、家からも勘当されたかと思えば、今は隣国の王子と一緒に隣国へ向かっている。
(なんだか、すごいことになってしまったわ……)
怒涛の展開に、全く気持ちが追い付かないエレインは、なぜこうなったのか、数時間前の出来事を反芻した。
少し話しがしたいというアランの申し出を了承すると、一行は馬車で王城を離れ、街にある貴族御用達の高級宿屋に案内される。そこは、外観も内装もまるで貴族の屋敷と変わらない造りになっていた。
外泊などしたことのないエレインは、こんな場所が街の中にあるのかと驚く。
案内された客室は、応接室のようにソファとローテーブルが中央に置かれており、壁際にはちょっとした書き物ができるデスクとチェア、姿見などが程よい間隔を保って備わっている。
エレインはアランに促されてソファに着席する。
程なくして、アランの従者だというセルジュがお茶と焼き菓子を運んできてくれた。
「どうぞ、お召し上がりください」
丁寧な無駄のない所作で、カップと焼き菓子の乗ったプレートを置く。
「ありがとうございます」と礼を述べれば、セルジュは銀縁眼鏡の奥で目を細めた。
エレインは紅茶を一口飲んでから、口を開いた。
「その後、ご家族の状態はいかがですか?」
ずっと気になっていたことを訊くと、アランは少し困ったように笑う。
「あのときは、エレイン殿には本当にお世話になりました」
「いえ、そんな……。あの、どうかエレインとお呼びください。それと私にそのような丁寧な言葉遣いは必要ございませんので、どうぞ気安くお話いただければと……」
エレインの記憶が正しければ、第三王子は二十三歳だ。年上でさらに王子という立場の彼に敬語を使われるのはいたたまれなくて、エレインは懇願する。
「ありがとう、エレイン。今日はそのことで、きみに話があったんだ。きみのハーブは、それはもう睡眠にはてき面に効果があったよ。だけど薬が切れた後、自国のハーブできみのブレンド通りに作ったものに変えたら、効果が明らかに半減したんだ」
「そうでしたか……」
かなり深刻そうな症状だったから、ハーブが効いてよかったと思う半面、継続して薬を提供できない申し訳なさにエレインは俯く。
「それで、今日はきみに会えるのを楽しみにパーティーに出席したんだけど……、まさかあんな事態になって驚いた」
あんな事態が婚約破棄のことを指しているのは明らかで、エレインは苦笑する。大勢の前で用済みの烙印を刻まれた姿は、王子の目にもさぞ滑稽に映っただろう。
「私が至らないばかりに……、お恥ずかしい限りです」
「私は内情を知らないけど、あの場で見ていた限り、心無い行動を取ったのは王室側だったし、王太子がきみではなくきみの妹君と揃いのドレスを着ていたのはどう見ても礼儀に反していた。まぁ、これは私の憶測でしかないけれど、パーティーに遅れたのもなにか事情があたのではないかと思っている」
まさか擁護されるとは思っていなかったエレインは、アランの言葉に驚いて顔を上げた。
碧い瞳は、穏やかにエレインを見つめている。
きみは悪くない、と言われたような気がして、胸がすっと軽くなった。
彼のように分かってくれる人がいるだけで十分だった。
「さぞ辛い思いをしているだろう、と慌てて追いかけたけど、きみが自由になったと喜ぶ姿を見て安心したよ」
「……」
穴があったら入りたい。
アランに笑われてしまい、エレインは両手で顔を覆って羞恥に耐える。
「どうか忘れてください」
「いいものが見れた」
「意地悪ですね……」
手から顔を上げて、目の前の色男を恨めし気に見遣るも、爽やかな笑顔でかわされるだけだった。
日が少し傾き始めた頃、豪奢な装飾の馬車が数台列をなして街の大通りをゆっくりと通っていく。その前後と周囲を、厳重に警備するべく多数の騎兵が並走していた。
そして、その数台の馬車の一つに、エレインはいた。
馬車の中も外装と違わず、そこかしこに意匠をこらしたデザインがあしらわれ、座面はベルベットのクッションが張られていてとても馬車とは思えない乗り心地だ。
馬車はしばらくして中心街を抜け、窓から見える景色は自然の風景に変わっていった。
この馬車は、エレインが乗るはずだった王室の馬車ではなく、隣国カムリセラ国の所有する馬車で、行先はなんとそのカムリセラ国だ。
王太子の誕生日パーティーで婚約破棄され、家からも勘当されたかと思えば、今は隣国の王子と一緒に隣国へ向かっている。
(なんだか、すごいことになってしまったわ……)
怒涛の展開に、全く気持ちが追い付かないエレインは、なぜこうなったのか、数時間前の出来事を反芻した。
少し話しがしたいというアランの申し出を了承すると、一行は馬車で王城を離れ、街にある貴族御用達の高級宿屋に案内される。そこは、外観も内装もまるで貴族の屋敷と変わらない造りになっていた。
外泊などしたことのないエレインは、こんな場所が街の中にあるのかと驚く。
案内された客室は、応接室のようにソファとローテーブルが中央に置かれており、壁際にはちょっとした書き物ができるデスクとチェア、姿見などが程よい間隔を保って備わっている。
エレインはアランに促されてソファに着席する。
程なくして、アランの従者だというセルジュがお茶と焼き菓子を運んできてくれた。
「どうぞ、お召し上がりください」
丁寧な無駄のない所作で、カップと焼き菓子の乗ったプレートを置く。
「ありがとうございます」と礼を述べれば、セルジュは銀縁眼鏡の奥で目を細めた。
エレインは紅茶を一口飲んでから、口を開いた。
「その後、ご家族の状態はいかがですか?」
ずっと気になっていたことを訊くと、アランは少し困ったように笑う。
「あのときは、エレイン殿には本当にお世話になりました」
「いえ、そんな……。あの、どうかエレインとお呼びください。それと私にそのような丁寧な言葉遣いは必要ございませんので、どうぞ気安くお話いただければと……」
エレインの記憶が正しければ、第三王子は二十三歳だ。年上でさらに王子という立場の彼に敬語を使われるのはいたたまれなくて、エレインは懇願する。
「ありがとう、エレイン。今日はそのことで、きみに話があったんだ。きみのハーブは、それはもう睡眠にはてき面に効果があったよ。だけど薬が切れた後、自国のハーブできみのブレンド通りに作ったものに変えたら、効果が明らかに半減したんだ」
「そうでしたか……」
かなり深刻そうな症状だったから、ハーブが効いてよかったと思う半面、継続して薬を提供できない申し訳なさにエレインは俯く。
「それで、今日はきみに会えるのを楽しみにパーティーに出席したんだけど……、まさかあんな事態になって驚いた」
あんな事態が婚約破棄のことを指しているのは明らかで、エレインは苦笑する。大勢の前で用済みの烙印を刻まれた姿は、王子の目にもさぞ滑稽に映っただろう。
「私が至らないばかりに……、お恥ずかしい限りです」
「私は内情を知らないけど、あの場で見ていた限り、心無い行動を取ったのは王室側だったし、王太子がきみではなくきみの妹君と揃いのドレスを着ていたのはどう見ても礼儀に反していた。まぁ、これは私の憶測でしかないけれど、パーティーに遅れたのもなにか事情があたのではないかと思っている」
まさか擁護されるとは思っていなかったエレインは、アランの言葉に驚いて顔を上げた。
碧い瞳は、穏やかにエレインを見つめている。
きみは悪くない、と言われたような気がして、胸がすっと軽くなった。
彼のように分かってくれる人がいるだけで十分だった。
「さぞ辛い思いをしているだろう、と慌てて追いかけたけど、きみが自由になったと喜ぶ姿を見て安心したよ」
「……」
穴があったら入りたい。
アランに笑われてしまい、エレインは両手で顔を覆って羞恥に耐える。
「どうか忘れてください」
「いいものが見れた」
「意地悪ですね……」
手から顔を上げて、目の前の色男を恨めし気に見遣るも、爽やかな笑顔でかわされるだけだった。



