「娘の不敬をお許しくださるとは、なんと懐の深いお方でしょうか! しかしそれでは体裁が保てない故、わたくしめからのせめてもの償いとして、我が娘・エレインを勘当いたします! エレイン、今後一切我が領地をまたぐことは許さんぞ!」
 立ち上がりエレインの方を振り向いた父は、鬼の形相でそう叫んだ。憎しみと怒りに満ちた目がエレインを射抜く。
(お父さまは、このときを待っていたのですね)
 娘を堂々と追放できるときを。
「――しばし待たれよ」
 その場を割るような、厳格な声が響く。
 ダミアンの父である国王陛下が、王座から見下ろしていた。
「ダミアンよ、お前が責任者となりフォントネルと共同で行っているハーブ事業は、エレインがいなくとも問題ないのだろうな」
「はい、それはもちろんです。事業は今軌道に乗っており、生産もすべて手順書に書き起こしてあり、それ通り行えば問題ございません。栽培に詳しい代わりの者も手配済みです。よって、エレインは用済みのため、私の(・・)事業から手を引いてもらいます」
 そんな話は初耳だった。
 ハーブはエレインの精霊の力によって栽培できているため、エレインを外してしまえばいくら手順書通りに栽培したとしても瞬く間に枯れてしまうだろう。
 それを知らないとはいえ、こうも簡単に事業の中核を担うエレインを外す算段を付けて代わりの者まで用意していたとは開いた口がふさがらない。
私の(・・)事業、ね……。私はもう婚約者としてだけでなく、ハーブ事業の方でも用済みってことなのね)
「そうか。――エレイン、なにか言い残したことはあるか?」
「いえ、ございません」
「ふむ。その潔さとこれまでの働きを称えてそなたには褒美を授けよう。なにか一つ申してみよ」
「なっ! 父上! そんな必要は」
「お前は黙っておれ」
「……」
 エレインに褒美が与えられるのが気に入らないのか、ダミアンは忌々し気にエレインをにらんだ。隣のシェリーも苦虫を嚙み潰したような顔でこちらを見ている。
 褒美とは言え、これは手切れ金でしかない。
 事実上、追放されるのはエレインの方であり、ダミアンとシェリーの思い通りに事が運んでいるのだから、二人が悔しがる必要などないはず。
(どこまでも自分本位なのね)
 エレインは王座に座る陛下を見上げ、真っ直ぐに見つめる。
「では、恐れながら申し上げます。今、王室のハーブは貴族の買い占めなどが起こり町の薬局などで品薄状態となっております。ですので、今出荷を控えているハーブは、貧しい国民の手に渡るよう教会や薬局を優先に安価で卸していただけないでしょうか」
 エレインの申し出に、周囲からどよめきが起こった。
 一様に、どんな高額な金銭的要求をするのかという期待を裏切るものとなり、拍子抜けを食らっているようだ。
(とにかく、今育てているハーブが市場に出回れば、少しは助けになるはず……)
「ほう……そんなことでよいのか。よかろう。約束しよう。これまでご苦労であった」
「ありがたき幸せにございます、陛下」
 退場を促されたエレインは、大衆の視線にさらされる中一人去って行った。