予定通り王宮に到着したエレインたちは、待ち合わせとなっていた控室に向かうもそこはもぬけの空でダミアンもいなかった。
まだ来ていないだけかと待っていたが、いつも自分の世話を担当している王宮の侍女もくる気配がなく、心配になったエレインは廊下を歩く給仕らしき人に声をかける。
すると衝撃の事実が判明した。
「王太子殿下は会場にいらっしゃいます。パーティはもう始まっていますので……」
「なっ……」
(なんてこと……!)
エレインはその場に崩れ落ちそうになるが、そんな場合ではないと足を奮い立たせ、会場へ急いだ。
「開始時間は十三時だって……招待状にそう書いてあったわよね、ニコル」
「えぇ、書いてありました! 私もちゃんと確認しました! 一体どういうことなんでしょう!」
(誰かに招待状をすり替えられた? でも、あれは殿下から直接渡されたはず……)
そういえば、とエレインは思い出す。
なぜかエレインよりもだいぶ早い時間に出発した父と義母とシェリーのことを。いつもなら「時間に遅れるでないぞ」と口を出してくる父が、一つも声を掛けずに出ていった。
王宮からの迎えの馬車だって、十三時に間に合うように到着したのだ。
あれこれと考えを巡らせている間に大広間に着いたエレインは、息を整えてからドアマンにお願いする。
「名前の案内は不要です」
目立たないようにと、後ろ側のドアから入場した。しかし、
「――フォントネル侯爵家ご令嬢、エレイン・フォントネルさまのご入場です!」
不要だと伝えたのにもかかわらず、ドアマンが大声でそう叫んでエレインの到着を知らせる。
がやがやと賑わっていた喧騒が一瞬にして止まった。
エレインはドアマンを恨めしい気持ちで見やるが、こちらなど見向きもしていない。
(もう全部手配済みってことなのね……)
会場内の視線が一斉にエレインに向けられ、エレインは恐怖のあまりその場に足を縫い付けられたように動けなくなる。
そしてあっという間に人が避けて、ホールの前方に一直線に道が開かれる。そこには、目にも鮮やかなブルーの正装に身を包んだ王太子・ダミアンと――、同じくブルーのドレスを着た妹・シェリーがいた。
(……嵌められたわ)
シェリーの隠しきれていない笑みを見て確信する。
そして、きっとダミアンもグルだ。
エレインはこれから、二人が用意した舞台に上がり、断罪されなければならないのだと悟る。
否――すでに舞台に立たされているのだ、と悟った。
(あぁ、もうどうでもいいわ)
一年と少し、ここまで一人でがむしゃらに突っ走ってきたエレインは、二人の裏切りにすべてがどうでもよくなった。
そうなれば、さっきまで感じていた恐怖も鳴りを潜めていき、エレインの体は自然に動く。
開かれた道を確かな足取りで歩き、二人の前へ進み出たエレインは、カーテシーをとった。
「婚約者の誕生日パーティーに遅れて来るとは、一体どういう了見か」
頭上から冷たい声が振りかかる。
「申し訳ございません。すべてわたくしの不徳の致すところにございます」
招待状のミスだと言ったところで、証拠の招待状はきっとすでに破棄されているだろう。
エレインは頭を下げたまま、その時を待った。
「父上母上、私はもう我慢なりません! この女は、いつも私を見下し、草の世話を優先して私を蔑ろにするばかりか、こうして祝いの場まで台無しにするのです! 私は、エレイン・フォントネルとの婚約を破棄し、ここにいるシェリー・フォントネルと婚約することを宣言します!」
声高らかにそう言い放ち、場がどよめく。
ダミアンは言ってやったぞとどや顔でシェリーに微笑み、隣のシェリーもまたダミアンの腕に絡みついて満面の笑みを浮かべていた。
「私は優しいからな、特別に罪には問わないでやろう」
(よかった……)
最悪の事態は免れたとエレインは心底ほっとする。この馬鹿な王太子のことだ、修道院送りにするくらいのことは言い兼ねない。
ダミアンはおそらく、エレインと婚約破棄してシェリーと婚約したい一心なのだろう。
それさえクリアされれば、エレインのことなどどうでもいいのだ。
「殿下のご厚情に感謝いたします」
「なんとお優しいのでしょうか、殿下!」
外野から大仰に現れたのは父だ。
揉み手をしながら殿下の足元に跪き、首を垂れる。
まだ来ていないだけかと待っていたが、いつも自分の世話を担当している王宮の侍女もくる気配がなく、心配になったエレインは廊下を歩く給仕らしき人に声をかける。
すると衝撃の事実が判明した。
「王太子殿下は会場にいらっしゃいます。パーティはもう始まっていますので……」
「なっ……」
(なんてこと……!)
エレインはその場に崩れ落ちそうになるが、そんな場合ではないと足を奮い立たせ、会場へ急いだ。
「開始時間は十三時だって……招待状にそう書いてあったわよね、ニコル」
「えぇ、書いてありました! 私もちゃんと確認しました! 一体どういうことなんでしょう!」
(誰かに招待状をすり替えられた? でも、あれは殿下から直接渡されたはず……)
そういえば、とエレインは思い出す。
なぜかエレインよりもだいぶ早い時間に出発した父と義母とシェリーのことを。いつもなら「時間に遅れるでないぞ」と口を出してくる父が、一つも声を掛けずに出ていった。
王宮からの迎えの馬車だって、十三時に間に合うように到着したのだ。
あれこれと考えを巡らせている間に大広間に着いたエレインは、息を整えてからドアマンにお願いする。
「名前の案内は不要です」
目立たないようにと、後ろ側のドアから入場した。しかし、
「――フォントネル侯爵家ご令嬢、エレイン・フォントネルさまのご入場です!」
不要だと伝えたのにもかかわらず、ドアマンが大声でそう叫んでエレインの到着を知らせる。
がやがやと賑わっていた喧騒が一瞬にして止まった。
エレインはドアマンを恨めしい気持ちで見やるが、こちらなど見向きもしていない。
(もう全部手配済みってことなのね……)
会場内の視線が一斉にエレインに向けられ、エレインは恐怖のあまりその場に足を縫い付けられたように動けなくなる。
そしてあっという間に人が避けて、ホールの前方に一直線に道が開かれる。そこには、目にも鮮やかなブルーの正装に身を包んだ王太子・ダミアンと――、同じくブルーのドレスを着た妹・シェリーがいた。
(……嵌められたわ)
シェリーの隠しきれていない笑みを見て確信する。
そして、きっとダミアンもグルだ。
エレインはこれから、二人が用意した舞台に上がり、断罪されなければならないのだと悟る。
否――すでに舞台に立たされているのだ、と悟った。
(あぁ、もうどうでもいいわ)
一年と少し、ここまで一人でがむしゃらに突っ走ってきたエレインは、二人の裏切りにすべてがどうでもよくなった。
そうなれば、さっきまで感じていた恐怖も鳴りを潜めていき、エレインの体は自然に動く。
開かれた道を確かな足取りで歩き、二人の前へ進み出たエレインは、カーテシーをとった。
「婚約者の誕生日パーティーに遅れて来るとは、一体どういう了見か」
頭上から冷たい声が振りかかる。
「申し訳ございません。すべてわたくしの不徳の致すところにございます」
招待状のミスだと言ったところで、証拠の招待状はきっとすでに破棄されているだろう。
エレインは頭を下げたまま、その時を待った。
「父上母上、私はもう我慢なりません! この女は、いつも私を見下し、草の世話を優先して私を蔑ろにするばかりか、こうして祝いの場まで台無しにするのです! 私は、エレイン・フォントネルとの婚約を破棄し、ここにいるシェリー・フォントネルと婚約することを宣言します!」
声高らかにそう言い放ち、場がどよめく。
ダミアンは言ってやったぞとどや顔でシェリーに微笑み、隣のシェリーもまたダミアンの腕に絡みついて満面の笑みを浮かべていた。
「私は優しいからな、特別に罪には問わないでやろう」
(よかった……)
最悪の事態は免れたとエレインは心底ほっとする。この馬鹿な王太子のことだ、修道院送りにするくらいのことは言い兼ねない。
ダミアンはおそらく、エレインと婚約破棄してシェリーと婚約したい一心なのだろう。
それさえクリアされれば、エレインのことなどどうでもいいのだ。
「殿下のご厚情に感謝いたします」
「なんとお優しいのでしょうか、殿下!」
外野から大仰に現れたのは父だ。
揉み手をしながら殿下の足元に跪き、首を垂れる。



