しんどいほどに暑かった夏が終わって、程よく涼しくなってきた秋。
それなのにこのむさ苦しい声はどうにかならないのだろうかー…
「望海先輩、付き合ってください!」
三影望海、高校2年生。
何十回この告白を聞けばいいのか、誰か教えてほしい。
「俺男なんだけど?」
そんでもってこの返しも何十回言ったかわからない、これを聞いてなぜ諦めようとしないのかもはや考える気にもなれなくて言うたび目が細くなっていくだけな気がしてる。
「望海先輩知らないんですか?今ってそんな世の中じゃないんですよ」
「……。」
「もっと多様性に生きてください」
「…。」
むかつく、上らから見てくるのがすげーむかつく。
俺より15センチも高い身長は常に見下ろされるし、どこにいても目立つオレンジ色の髪の毛は絶対校則違反だろ一緒にいたら俺までそんな目で見られかねないんだよ。
つーかこんなとこまで押しかけて来るな!
「望海先輩って図書委員なんですよねー?」
「…。」
わかってんならやめてくんないかな?こっちは図書委員の当番中なんだよ。
貸し出しから帰って来た本を数冊持って本棚に戻していく、放課後の図書室はあまり利用者がいなくて静かだからまだいいけど。
「本好きなんですか?」
「…。」
「でもあんまり読んでるとこ見たことないですけど」
「……。」
それはほとんどストーカーだろ?どんだけ俺のこと見てんだよ。
「もうすぐクリスマスですよね、プレゼント何欲しいですか?」
「…まだ10月だよ、どんだけ先の話するんだよその前にハロウィンだよ」
「あ、望海先輩ってハロウィンパーティーとかする派ですか?意外でした!」
「……。」
つい問いかけに乗ったら揚げ足を取るみたいに返された、にひっと笑ってご機嫌に。こっちは全然そんな気分じゃない。
「じゃあ一緒に仮装しませんか!?そのついでに付き合ってください!」
「ついでってなんだよ!?付き合うわけないだろ!」
人が委員会の仕事をしてるっていうのに、絶対興味ないであろう本をたまに手にとってはへぇ~なんて声を出して。ずっとここにいられたら邪魔で仕方ないんだけど。
はぁっと息を吐いて次の本を棚に戻そうと手を伸ばした、ちょっとだけ隣を気にしつつ。
「…部活いかなくていいのかよ?お前サッカー部だろ」
「あ、俺がサッカー部なの知ってました!?」
「……。」
…イチイチ嬉しそうに反応するのやめてほしい。ただの会話だから、問いかけだから。
「てか俺の名前って知ってますか?そこはできたらお前じゃなくて名前で」
「……。」
本を棚に戻そうと思って手を伸ばす、もう無視で隣のことなんか無視で。
1番高い本棚はぐーっと手を伸ばしてもギリギリで、めいっぱい背伸びをしてもちょっとだけ手が届かな…っ
「光崎大晴です!」
ふっと手が軽くなった、手から本が離れていってすぽっと本棚に収められたから…こいつの手によって。
軽々と、俺が苦労して必死に戻そうとした本をいとも簡単にサッとしまい込んだから。しかも余裕しゃくしゃく俺のことを見ながら。
「なんですかその顔!?」
「いや、嫌味かと思って」
「優しさですよ!!」
ドヤッてアピールされてるようにしか見えなかったけど、優しさだったのか本当に?
「手が届かない望海先輩を助けてあげようと思って!」
やっぱり嫌味だろ、それ!
悪かったな届かなかなくて!!
どーせ164センチの俺には届かないんだよっ
「まぁ個人的にちっちゃな望海先輩もかわいくて好きで…痛っ!足踏みました!?」
「間違えた」
「間違えたってなんですか!?」
残りの本をさっさと片付けてしまおう、これが終わればもう係の仕事も終わる。
「褒めたのに!俺は褒めたんですよ!!」
このうるさいのとも早く離れて帰りたいし。
「ちっちゃくてかわいい望海先輩もいいって!」
「褒められてる気がしないんだよ!」
「なんでですか!?そのクリクリな大きな瞳もつやつやキューティクルな黒髪もかわいいです!」
「黙れお前!!!」
無駄に疲れるから、こいつといるとなんだかすげぇ疲れてイライラするしつい声が大きくなってこんなことになるから…
「図書室だよ、静かにしなよ」
つい騒がしくなってしまった図書室にスッと低い声が響く、その声の方にすぐに視線を向けた。
「図書委員の望海が騒いでどうするんだよ」
「小山内先輩…!」
3年の小山内先輩、一つに束ねた長い黒髪は艶やかでスラッと上に伸びた背はモデルみたい。あと声も落ち着いてて、それなのに図書委員長ってギャップ過ぎる。
「ギリギリでごめん、返却したいんだけどいい?」
「大丈夫です!」
読書好きで委員会の当番がない時もこうして本を返しに来ては新しい本を借りて、たまに会えたらちょっと気分が良くて。
「ありがと、片付け中にごめんね」
「全然暇だったので!」
優しくて気遣いの出来る人だから、同じ委員会だから俺にもよくしてくれてるだけだけど。
憧れなんだ、小山内先輩は。
「それ済ましたらでいいから」
「はい!」
あと2冊、これを元の場所に戻したら終わりだから先に…何気なく隣を見たら、なぜかすごい不服そうにこっちを見ていた。見下ろされてるのは相変わらずむかつくけど。
「…なんだよ?」
「別に、なんでもありません」
「?」
散々キャッキャしてたのになんだ?急に大人しくなってむすっとするみたいな…
「あ、おい!」
ふいっと背中を向けられたからつい制服を掴んでしまった。まだ言いたいことがあって、こっちを見てほしかったから。
「望海先輩…!」
予想外にぱぁっと明るい表情で振り返られたけど、そんな目をわぁっと開いて見られるほどの用じゃないのに。
「なんですか…!?」
「もう図書室閉める時間だからもう帰って」
これだけだったのに。
「…は?」
「だから居座らないように、これで俺も帰るし」
他に人がいたら鍵がかけられないから、早く帰ってほしくて。
「望海先輩付き合ってください!!!」
「どんな流れだよ!?付き合わないし!」
「じゃないと俺の心臓が持ちません!」
「知るかよ、そんなこと!」
そんな毎日、こんな毎日。
めげもせず突っかかってくるこいつが、うっとおしくて俺には理解できないでいた。
****
―キーンコーンカーンコーン…
「……。」
授業終わった、昼か…チラッと窓の方を見れば日が差して、今日は気温も涼しくて気持ちよさそうだ。外、行くかな。
教室は賑やかで落ち着かないし、気付けば勝手に使われてる机はもはや固定で俺がいなくなることを見図られてるようにさえ思えて。クラスの女子か使いたいらしくて最初の頃は声を掛けられてたのも最近じゃ何も言わず使われてるから、別にいいけど。
ふぅっと一息ついてイスから立ち上がる、机の横にかけてあったランチトートを持ってささっと廊下に出た。
外…のどこ行こうかな、あんま目立つとこは嫌だしな。こっそり居られるところがいい。
誰も来なさそうな校舎裏の方へ行こうかなと思ってタタッと階段を降りた時、踊り場の窓の外からワァーッと響く声が聞こえた。
なんかすごい盛り上がってる、なんだ…?
そろっと窓の方へ近付いて、ゆっくーり覗いてみた。
何してんのかなって、何がそんなに楽しいんだって…
「!」
別に何も変わったことはなかった。
何かしてるとかじゃなくて、なんなら何もしてなくて、でも笑ってた。わらわらと集まって来た人たちみんな楽しそうに笑ってた。
その真ん中に、あいつがいて。
「……。」
何話してんのかは2階のここからじゃわかんないけど、あいつが笑えばみんな笑うみたいに笑ってここまで笑い声が聞こえてくる。
身振り手振り何してんだ?あいつ…
リアクションでか過ぎだろ、しゃべるたび手も顔も動いてんじゃん。
オレンジ色の頭じゃなくても目立つ奴だなー…
俺とは大違いで。
どこにいてもわかる、きっと人の集まる場所にいるんじゃなくてあいつがいるから人が集まってくる。
ここから見てもキラキラ眩しくて、目がくらむみたいに。
太陽みたいな奴だ、あいつは。
「……。」
…こんなことはどうでもいいや、早く弁当食べいこう。
別にあの中に混ざりたいわけじゃないし、むしろ入りたくないし、こっそり1人の方がラクでいいし。
あいつと俺は全然違うから、交わることもないんだよ。だから早く…
「!?」
この場から離れようと思ったのに、何気なくもう一度窓の方を見たらこっちを見てた。バチッと目が合ってしまった。
いや、ここ2階だぞ?見てんなよこっちなんか!
まぁいい、早くここから逃げよう何か言われる前に…
「望海せんぱーいっ!」
呼ぶなっ、俺の名前を呼ぶな…!
バレるだろーがっ!!!
あわてて隠れるように逃げた。サッと校舎の中に身を隠して階段を降りる、そのまま校舎裏に向かって走った。
一刻も早くここから逃げなきゃ、出来たら他の人に見付かる前に離れなきゃ…っ!
それでひっそりと1人この時間をひそむように過ごして…
「望海先輩!」
「わっ」
これと言って足に自信はないけど、校舎の中に隠れてしまえばもう見られることなんかないと思ってここまで走って来たのに中庭から走って来たこいつとここで鉢合わせるとは思わなかった。校舎裏に向かう入口、先回りされて現れるとは…
そうだ、こいつはサッカー部だった走るの得意だった。
「見えたんでガンダしました!」
「しなくていいよ!」
「だって望海先輩って呼んだのに無視するんすもん」
「するだろ!あんな人たくさんいるとこで呼ぶなよ!」
「なんでですか?何がダメなんですか?」
「何って…」
…それはお前にはわかんないだろうよ、何もしなくても人が集まってくるお前にはわかんないよ。
なんてこと言えなくて、きゅっと口を紡んだ。
「じゃあ、俺は行くから」
くるっと背を向けて歩き出す、ここでしゃべってる場合じゃない早くしないと休み時間も終わるから。
「望海先輩今からべんとー食べに行くんすか?」
「そうだけど」
一歩外に踏み出せば風がふわーっと気持ちよくて、秋の気候を感じる。これは食べたら眠くなりそうな…
「1人ですか?」
「……。」
眠くなりそうな予感だ。
午後イチの授業ってなんだっけ?
あ、数学だこれは絶対眠くなるやつ。昼寝してから教室戻ってー…
「マジっすか!ラッキー!!!」
「何がラッキーなんだよ!?アンラッキーだろ!?」
ぐわっと後ろから掴まれそうなぐらい大きなリアクションと大きな声で、さらには目を見開いてこっちを見てくるから。
「ラッキーですよ!」
「どこがだよ?1人で食べようとしてんの見て何がいいんだよ」
「……。」
何がそんなに嬉しいんだよ?何に喜んでんだよ、こっちは1人だっていうのに…
「そう思ってるんですか?」
「…?」
目をぱちくりさせながら言われたからこっちもきょとんとしてしまった、問いかけの意味がよくわからなくて。
「そう思ってるって何が…」
「アンラッキーって思ってるってことは誰かと一緒に食べたいって思ってたってことですよね?」
カッと顔が熱くなる。そんなつもりで言ったわけじゃないのに、でもそんなつもりで無意識に思ってたのかもしれないって恥ずかしくなって。
「別にそうじゃなっ」
「じゃあめちゃくちゃラッキーです、一緒に食べましょう先輩!」
…っ
笑うから、さっきよりも楽しそうに。中庭で笑ってた顔より、嬉しそうに笑うから。
また顔が熱くなる、そんな顔されたらどうしていいかわかんなくなるだろ。
「じゃあ行きましょう!…って、あっ!パン中庭に置いて来た!取りに行ってきます!!」
いつも1人だったから、だけどそれだって嫌に思ってたわけでもない。もう慣れたし、それが普通だったし、そんなこと。
「絶対ここにいてくださいよ!戻ってきますからね!?どこにも行かないでくださいよ!!?」
寂しいとか、思ったことなんかなかった。
「行くよ」
「なんでですか~!?今一緒に食べるって言いましたよね!?気変わるの早すぎじゃないですかっ!!!」
「B棟の裏」
だけど誰かと一緒に過ごすお昼休みは何かが変わったりするんだろうか、なんてことを思って。
「そこにいる」
アンラッキーをラッキーに変えるような奴と、一緒にいたら何か変わるのかなって。
「はい…!」
高校に入って初めて誰かと一緒に食べた。別にいつもと同じ味してたけど、おいしいとかおいしくないとかなかったけど。
でも隣にいたこいつは今日のメロンパンはおいしいって頬張ってた、それはたぶんそのメロンパンが美味いだけだろって思った。
「先輩っていつもここで食べてるんですか?」
「…基本は」
「じゃあまた来ちゃおっかな~」
「……。」
B棟の校舎裏、2段しかないコンクリートの階段に並んで座って。いつもはスースー風が当たるのに今日は左側からしか当たらない風と右側は無駄に熱気を感じるのが落ち着かなかった。
いつもより食べにくくない?
やっぱ1人のがよかったことない???
どのタイミングでご飯飲み込んだらいいんだ!?
人といな過ぎてわからない…!
「……。」
「望海先輩?どうかしました?」
「あのさ…」
「はい」
なかなか飲み込めなくて箸を置いた、どうしても気になってたことを聞いてみたかったから。
「…なんで俺と付き合いたいの?」
「好きだからです」
「それはわかった!じゃなくて、なんでそう思ったのか聞きたくて!」
クラスどころか学校の中心にいるような奴がどうして俺に、そんな接点もないのになんでそんなこと思ったのか純粋に知りたくて。
「それは…」
俺みたいなのをそんな風に思う根拠が見当たらない。
「望海先輩が心配してくれたからですよ」
「え?」
「俺今サッカーやってないんで」
「え!?」
「望海先輩がサッカー部だって知っててくれてうれしかったんですけど今違うんですよね~」
笑ってた、でもどこか寂しそうな顔で。
「練習中、チームメイトとぶつかって怪我したんです」
あんなにおいしいって頬張ってたメロンパンを持つ手がゆっくり下ろされる。
「思いっきり転んで、しらばく立てなくなるぐらいひどくて、もうサッカーできなくなるんじゃないかって不安になって…そんな時に話かけてくれたのが望海先輩だったんです」
「…え?」
にこっと笑ってこっちを見た。
「覚えてないですか?転んだ傷を図書館裏の水道で洗おっかなってした時です」
「覚えてるけど…」
俺の記憶だとそんな大それたことはしてない、確かに話しかけた記憶はあるけどそれは…
「早く保健室行った方がいいよ!って心配してくれたのがうれしかったんです」
「……。」
「…。」
「…それだけ?」
「はい!」
そんな元気な声で言われても、なんていうかそれは…
「全然大したことしてなくない?」
あたりまえのことを言ったまでだし。
しかもそれは心配したんじゃなくて睨まれたと思ったから、咄嗟に。
図書室の窓から転ぶのが見えたから、オレンジ色の髪があまりに派手に転んだから気になってじっと見ちゃって…
それに気付かれたと思って、睨まれたと思ったから何か言わなきゃって思った末に早く保健室へ行くことを勧めただけの。
「でも俺にはズバッと来ちゃったんで」
俺の目を見て微笑む、真っ直ぐ見つめる瞳は俺しか見えてないみたいな瞳で。
そんな見られたら普通に照れるんだけど、というかそんなやわらかい顔で笑うのかよ。
こんな風に笑う奴だったなんてあの時は知らなかった。
だったらあの時、話しかけた意味もあるかなって今なら思わなくもないけど。
「だから好きです、望海先輩」
「…!」
「付き合ってください」
「…付き合わない」
それでもやっぱり、知らなくていいことだってあったと思うんだ。知らない方がいいことだって…
****
「球技大会のチーム決めするよ~!」
担任の門倉先生が叫んでる。午後の授業は数学じゃなかった、球技大会が近いから変更になってた。
寝ても大丈夫そうだな、これは。
「男子はサッカー、女子はバレー、それぞれ2チーム作るから話し合って決めてね~!」
AチームとBチーム、優勝狙うのがAチームで経験者とか運動が得意な奴らが中心であとはテキトーに遊ぶBチーム…にさえたぶん俺は含まれない。補欠だ、出来ることならその方がありがたいけど。
「じゃあ室長出て来て話し合って~!」
てゆーかサッカーなんだ、去年もサッカーだったっけ?去年も出てないから記憶にないけど、サッカーか…
机に頬杖を付きながらぼーっと考える、話し合いを聞き流しながらふと思い出したりして。
…そういえば、今違うって言ってたよな?サッカーやってないって。
怪我してやってないってことだよな?
まだ治ってないのか…うちの学校は部活は自由だけど、もうサッカーはやめたってことなのか?もうサッカー部じゃない…?
「……。」
って何考えてんだ、俺。
なんか気になってるみたいじゃねーか。いや、そんなんじゃねぇよ。そんなんじゃないけど…
「!」
ドキッと心臓が揺れた。窓際の席からはグラウンドがよく見える、別にじーっと見てたわけじゃないけどブンブンこっちに向かって手を振る奴が見えたから。
おそらく体育の時間、体操服を着てこれでもかってほどに左右に手を動かしてこっちにアピールしてくる…
授業中だろ何してんだよ!?
真面目に走れ!!振るな!目が合ったからってもっと振ってくるな!!
気付かれるだろ…っ
「…!」
先に気付いたのはあいつの周りの奴らで、手を振るあいつの周りは一気ににぎやかになった。あっという間に取り囲まれて、じゃれ合う様子がここからでもわかって。
「!?」
いや、いい!全員で振ってくるな!!
本当に気付かれるだろ、こっち見なくていいから…っ!
「ねぇあれ誰に手振ってんのー?」
後ろの女子が指をさした、さすがにあれだけの人数でこっちに向かって手を振ってるなんて不自然だ。しかも授業中、目立つに決まってる。
あわててサッと前を向いて見てないフリをした。
「なんか超振ってんだけど!振り返しとこうかな!?」
そのまま立ち上がって手を振った、手を振られたあっち側は振り返してくれたと思ってさらに大きくて手を振って…
って何してんだよ!?どんな状況だよ!?
だから授業中だって…!
……。
…でも、もうそれは俺に振られてるわけじゃなくて。
というか最初から俺に向けられたものでもない、あいつの周りの奴らはあいつが振ってたから振ってみただけで俺のことなんか認識してない。俺のことなんか見えてないんだよ。
ほらやっぱり、知らなくていいことってあると思うんだよ。
クラスメイトたちがグラウンドに向かって手を振っている、それを門倉先生が注意してる。
そんな中、俺は…自分は関係ないって顔をして。
一緒に手を振るなんてできないよ、太陽の元は眩しすぎるから。
****
今日の放課後から球技大会の練習が始まる、それなりにみんな優勝したいらしくて部活とか委員会とかやめて球技大会の練習になって…
まぁ俺は行かないんだけど。優勝する気もないし、球技大会とか興味ないし。
そんなのどっちでもー…
「望海せんぱーいっ!」
バカでかい声で呼ばれた。
どこから呼んでんだ!?
ビクッて震えて履き替えようとしたスニーカー落とすところだった。下駄箱からキョロキョロと辺りを見渡してもどこから呼ばれたのかわからなくて、そんな俺を見てかまたやたら大きな声で叫ぶ声がした。
「望海先輩!こっちです、こっち~!!」
だから何度も呼ぶなって!その声を止めたくて今探して…っ
「先輩!」
ひょこっと下駄箱の死角から顔を出した。
いや、そっちかよ!てっきりグラウンドの方かと思っただろ!!
「望海先輩何してるんですか?」
「何って…見たらわかるだろ、帰るんだよ」
スニーカーに履き替える、とんとんっと靴を鳴らして上履きを下駄箱の中に戻した。
「球技大会の練習しないんですか?」
「…しない、補欠だし」
なんなら、その補欠だし。よっぽどのことがないと俺の出番はない、ない方がいいからそれはそれでいいけど。
「補欠でも練習した方がよくないっすか?」
「いらないだろ」
「いりますよ!補欠という名のピンチヒッターじゃないっすか!?重要ですよ!」
「補欠という名のおまけだよ」
だから俺には関係なくて、みんながどれだけ盛り上がろうとそれはまるで別の世界の話しみたいで。そんなのも慣れだ、それがどうのとか思ってなんかない。
「でも参加はした方がよくないですか!?だってみんなでやった方がっ」
「誘われてないから!」
背を向ける、帰ろうと思って。
「…そもそも、入ってないからそこに」
そんな存在だから、いてもいなくても…
1人は慣れてる、ずっとそうだったからその方がラクでその方がいいんだよ。
だから入って来ないでくれ、踏み込んで来ないでー…
「でもさみしくないですか?」
「…何が?」
「練習も、所詮練習っすけどそれも楽しいしみんなでやれるのって今だけじゃないですか!だからやった方がいいっていうか、望海先輩も絶対…っ」
だから嫌なんだ、そっちにいる奴らはそっちの思想を押し付けるから。
そんなのそこにいるから思うことでこっちはそんなこと全然…!
「俺はさみしいです、好きな人がさみしそうな顔するのはさみしいです!」
「…っ」
背中を向けたまま、声だけ聞こえてる。
だからどんな顔してるのかわからなくて、それが少しだけ気になった。後ろから聞こえる声が響くから。
「望海先輩と同じクラスだったら俺が誘いたかった」
…お前までさみしそうな声出すなよ、いつもバカみたいに明るいのがいいところなのに。
「望海先輩…」
そんな声で呼ぶなよ、らしくない。
そんなの全然らしくなくて、どんな表情で言ってるのか気になって顔が見たくなって…振り返りたくなる、から。
「望海先輩、俺…っ」
ハタッと目が合った、振り返った瞬間目が合った。
「大晴何してんだよ、早く来いよ!」
でも1人じゃなかった。
1人、2人、3人…取り囲むようにわーっと集まってくる。
誘いに来たんだ、全然来ないから探しに来たんだ。
「望海先輩…っ」
振り返らなきゃよかった。そしたら見られずに済んだのに、こんな泣きそうな顔。
ただ惨めなだけだった。
「大晴、誰としゃべってんの?」
「あ、望海先輩っ」
「誰?知り合い?」
「あぁ、まぁ…」
結局こうなんだよ、同じクラスだったとしても変わらないよ。きっと交わることのない存在だ。
もう一度背を向けて、今度こそ歩き出す。もう振り返らない、名前を呼ばれても…
「望海先輩…!」
ー!?
ぐっと腕を掴まれた。俺より背も体も大きいせいで力も遥かに強くてすぐに引き戻されそうになる。
「あの、俺と…!」
なんだ!?何を言う気だ!?
この状況でその続きは聞きたくない…!
「離せよっ!!」
だから声が大きくなって、下駄箱中に響いて自分でもびっくりした。こんな声出るんだって驚いた。
「離せって…っ」
「だから…っ」
「早く離せって…」
大きな手はがっちり掴んで離さない、逃げるにも逃げ出せなくて。
だから図らずも叫んでしまった、言いかけた何かを遮るみたいに。
「俺っ」
「お前みたいな奴苦手なんだよ!!!」
はぁはぁと肩で息をして、何もしてないのに苦しくて。瞳の奥が熱くなるから。
「もういい加減にしてくれ…そうやって押し付けて来るなよ、しんどいんだよ…」
思ってる、本当にそう思ってる。毎日、毎日うざくて疲れるって。
「もうやめてくれ…!!!」
心底うんざりしてる、そんな風に思ってるって…
「もう、離して…」
スルッと腕が抜けた、あんなに強かった力が嘘みたいになくなった。
たぶん、もう名前を呼ばれることはない。
これでいいだ、これがいいんだ。その方がラクでいい。
だから…早くここから逃げ出したい、この場から離れたい。もういっそのこと消えてしまいたい。そんな風に思いながら走った。
…どんだけ早く走っても消えることなんかないけど。あと走るの得意じゃないし、運動嫌いだし。
でも本当は本を読むのだって好きなわけじゃないんだ。
****
「……。」
今日は図書当番の日、いつになく静かな図書館のカウンターでじっと座って係の仕事をしていた。係の仕事って言っても本の貸し出しとか、そんな人が来ないとあまりすることがなくて、しかも基本来ないから…じっと座ってるのは暇だったりする。
もう本も全部棚に戻しちゃったし、ラベルの張り替えもないし、図書だよりを作るにはまだ早いし全然することがない。しーんとして、いつになく無を感じてより孤独感が増す気がした。
いつもこんなんだったっけ?もう少し人がいた気がするんだけど…あ、球技大会の練習か。
今日も練習あるしね、みんなそれに行ってたらここには来ないか。来ないよな、たぶんもう来ない…
“望海せーんぱい!”
あの声を聞くことはない。
あんなこと言っちゃったし、さすがにもう…話すことなんて。
しつこかったし、何度も同じこと言って鬱陶しかったし。声はでかいし図体もでかくて目立つから、どこにいてもわかっちゃって嫌にでも目に入って来たのが気になってたし。
あのキラキラしたオレンジ色の髪も、楽しそうにケラケラ笑う声も、そこにいるだけで人が寄ってくる明るさも…全部俺にはないものばかりで、あいつにしかなくて。
…少しだけ羨ましかった。
勢い任せであんなこと言う俺にもよくしてくれたのに、いつも話しかけてくれてたのに…
本当は嫌じゃなかった。
本当は、もう一度名前を呼んでくれないかなって…
「望海!」
しんとした図書室に声が響いたからビクッとして思わず立ち上がってしまった。
「…どうかした?」
「小山内先輩…」
開いたドアのせいでひゅーっと風が入る込んでくる。ずっと閉じたまんまだったから気付かなかった、誰か来るなんて。
「…泣いてた?」
「なっ、泣いてないです!全然!!」
やばっ
何してんだこんなとこで!誰も来ないと思って油断してた!
しかも小山内先輩に見られて…!?
「じゃあ…何かあった?」
「いえ、何も!何かあったとかそんなの全く…っ」
何か言わなきゃって必死に返した、この場をどうにか見繕わなきゃって…だけど小山内先輩は穏やかな声で少しだけ笑った。
「俺でよかったら聞くけど?」
小山内先輩は優しくて気遣いが出来て、それでいて誰にでも変わらない。だから憧れなんだ。
「…実は」
目を伏せる、下を向いて。もう遅いけど今にも泣きそうな目を見られた後じゃ。
「ひどいこと、言ってしまって…あのっ、言い過ぎたかなって…結構言っちゃって、そう思ってたとかじゃないんですけど!あっ、全くそうじゃないってことでもないですけどちょっとは…でも、あのっ、だから…っ」
支離滅裂でまったくもってまとまりのない。話すのは苦手だ、自分の気持ちを伝えるのはもっと苦手だ。
だけどそんな俺にでもわかるよ。
あの時、あいつがどう思ったかくらい。
「傷付けたと思うんです」
急に力のなくなった手が、さみしくて。
自分から手放しといて悲しくなるなんて勝手過ぎだって、俺にそんな権利ないのに。
泣きたくない、こんなところで。涙をこぼしたくない、小山内先輩の前で。
だけど襲われるようなどうしようもないこの感情は、陰っていく太陽を見えなくするから。
「…だからどうしたらいいかわからなくて」
こんなこと悩んだこともなかった、悩む相手もいなかったから。こんな時、どうしたらいいかー…
「謝ればいいんじゃない?」
「え?」
「つまりはケンカしたってことでしょ?」
……。
…ケンカ?なのか、これは??
言われたことにピンと来なくてきょとんとした顔で小山内先輩を見てしまった。
「つい勢いで言い過ぎちゃったとかあるよ、思ってもみないこと言っちゃったとか後悔することだってあるし」
「……。」
小山内先輩が持って来た本をカウンターに置いた。
「でも終わったことは仕方ないしね、だったら次を考えるしかないから」
俺の目を見て微笑んだ、ねって首をかしげるようにして。
小山内先輩が言うと、そうなのかなって思える。小山内先輩の穏やかな声は聴き心地がいいから。
「そんな深く考えなくても、許してくれるよ友達なら」
にこって、笑いかけてくれるから。
「…そう、ですかね」
「そうそう、友達ってそうゆうもんじゃない?」
…友達、じゃないけど。じゃああいつと俺の関係は何なんだって話だけど。
でもたぶん、ここで終わりにはしたくない関係ではある。
「それともその相手は望海が謝っても許してくれないような奴なの?」
「…!」
たぶん、そんなことはない。
ううん、絶対そんなことは…そんな奴じゃないと思う。あいつはそんな奴じゃない。
俺の顔を見てすべてを悟ったかのように小山内先輩が笑った。もう何も言わず、スッと本を差し出して。
「で、これ返却お願いしていい?」
「はいっ」
なんだ、簡単だ。
謝ればいいんだ、ちゃんと謝って気持ちを言葉にすればー…
ってどーやって謝るの!?
てゆーかいつ話かけるの!?
全然簡単じゃない!!!
よくよく考えてみたらあいつに話しかけたことなんかない、俺から呼んだことなんかない…
いつもあいつからだったから。
「……。」
すっげぇ緊張して来た。
なんだコレ、今から告白するみたいじゃん!しないのに、告白なんかしないのに!!
えっと、まずは呼び出して…
え、呼び出す?教室に!?1年の教室に…!?
この時点でハードル高過ぎるんだけど!
いや、でも行くしかないから…行くって決めたから。ちゃんと言うんだって、決めたから。
バクバクと心臓が今にも飛び出しそうなくらい音を出している。バクバクし過ぎて痛いくらい、うまく声が出せるのかも不安になるくらい。
そろーっと1年の教室の前の廊下をのぞいて、なるべく人に見つかりたくない気持ちでのぞき込んだ。
「……。」
つーかあいつって何組?どこ探しに行けばいいんだ??知らないんだけど。
そんなことも全然、何にも聞いたことなかったから…つくづく俺は自分のことばっかりなんだって思い知らされっ
「望海先輩何してるんですか?」
「うわぁぁっ」
ずっと廊下をのぞき込んでたから気付かなかった、後ろから声をかけられて危うく落とすところだった。
「急に話しかけんなよ!?」
「あ、すみません明らかに挙動不審な望海先輩がいたんで」
「ひっ、必死だったんだよ!1年の教室とか来たことないから!!」
ここに来るだけで心臓バクバクで何度も頭の中でイメトレして、何を言おうかとかどうやって言おうかとかいっぱい考えて…っ
やっとここまで来たんだから…!
「そんな必死に何しに来たんですか?」
会いに行かなきゃって思って。
「…謝りに来た」
言わなきゃって思って、気持ちを言葉にしようって…思ったから。
「こないだは…、ごめん」
頭を下げる、スッと腰を曲げて。
こんなこともしたことがなかったから、言い合ったこともなければケンカして謝るなんて…これがケンカかどうかはよくわかんないけど。
でももしこれで仲直りが出来たなら…
「嫌です」
「は?」
「謝られても嫌です」
「な…っ!嫌ですってなんだよ!?嫌って何…っ」
ずいっと一歩近付いた、もう壁ギリギリこれ以上は避けられない。
「名前で呼んでくれたら許します!」
………は?
なんだそれ…っ
「なんでそうなるんだよ!?」
「好きだからです、望海先輩のこと!」
「今それ関係なくないか!?」
「ありますよ!ずっとこの話しかしてないですからね!!」
やっぱり知らなくていいことってある、てゆーか理解できないことってある。
どれだけ知ったとしてもたぶんわからない。
キラキラ輝く太陽みたいなこいつのことなんて、ずっと陰に隠れて来た俺にはわからないんだよ。
「てか先輩ずっと何持ってるんですか?」
「あ、これ…」
さっき落としそうになった紙袋、何が好きかわからないからいろいろ買ってきてみた。
「…一緒に、昼食べないかなって」
それで聞いてみようと思った、何が好き?って。
「誘いに来た」
この昼休み、そんな話をしようかなって。思ってたんだ。
「あ、他に約束してる奴がいれば全然いいから!絶対いると思うし!いないわけないし!」
「断ってきます!」
「いやっ、そこまでしなくていいよ!」
「しますよ!!!」
自分から誘ってみたのだって初めてだった。だから緊張して、紙袋を持つ手の汗が止まらなくてどんどんふやけてった。
「望海先輩より大事な約束なんてないですから!」
「…っ」
そんな真っ直ぐ、言われるのとかそこが苦手だと思ってたんだけど。
なんだか今はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ…
胸に来た、何かわかんないけどグッと入り込んだ。心の奥、隅っこの隅っこ、もはやどこから聞こえて来たのかわからない…キュンと胸高鳴ったんだ。
きっとこれはうれしいって思った心臓の音だ。
「ちょっと待っててください!すぐ戻ってくるんで!!」
「…う、うん」
…マジで断りに行くんだ。
それは逆に申し訳なかったかもしれない、けど…バクバクしてた心臓がドキドキに変わって頬が緩む。今から何話そう、そう思うだけでなんだか胸がいっぱいになって今日はおいしく感じれそうな気がしてる。ただの変哲のないコンビニで買ったパンたちでも。
「望海せんぱーい!お待たせしましたっ!」
オレンジ色の太陽は見てるだけで照らしてくれる、ずっと誰にも見付からないように陰に隠れてた俺にでも。
それなのにこのむさ苦しい声はどうにかならないのだろうかー…
「望海先輩、付き合ってください!」
三影望海、高校2年生。
何十回この告白を聞けばいいのか、誰か教えてほしい。
「俺男なんだけど?」
そんでもってこの返しも何十回言ったかわからない、これを聞いてなぜ諦めようとしないのかもはや考える気にもなれなくて言うたび目が細くなっていくだけな気がしてる。
「望海先輩知らないんですか?今ってそんな世の中じゃないんですよ」
「……。」
「もっと多様性に生きてください」
「…。」
むかつく、上らから見てくるのがすげーむかつく。
俺より15センチも高い身長は常に見下ろされるし、どこにいても目立つオレンジ色の髪の毛は絶対校則違反だろ一緒にいたら俺までそんな目で見られかねないんだよ。
つーかこんなとこまで押しかけて来るな!
「望海先輩って図書委員なんですよねー?」
「…。」
わかってんならやめてくんないかな?こっちは図書委員の当番中なんだよ。
貸し出しから帰って来た本を数冊持って本棚に戻していく、放課後の図書室はあまり利用者がいなくて静かだからまだいいけど。
「本好きなんですか?」
「…。」
「でもあんまり読んでるとこ見たことないですけど」
「……。」
それはほとんどストーカーだろ?どんだけ俺のこと見てんだよ。
「もうすぐクリスマスですよね、プレゼント何欲しいですか?」
「…まだ10月だよ、どんだけ先の話するんだよその前にハロウィンだよ」
「あ、望海先輩ってハロウィンパーティーとかする派ですか?意外でした!」
「……。」
つい問いかけに乗ったら揚げ足を取るみたいに返された、にひっと笑ってご機嫌に。こっちは全然そんな気分じゃない。
「じゃあ一緒に仮装しませんか!?そのついでに付き合ってください!」
「ついでってなんだよ!?付き合うわけないだろ!」
人が委員会の仕事をしてるっていうのに、絶対興味ないであろう本をたまに手にとってはへぇ~なんて声を出して。ずっとここにいられたら邪魔で仕方ないんだけど。
はぁっと息を吐いて次の本を棚に戻そうと手を伸ばした、ちょっとだけ隣を気にしつつ。
「…部活いかなくていいのかよ?お前サッカー部だろ」
「あ、俺がサッカー部なの知ってました!?」
「……。」
…イチイチ嬉しそうに反応するのやめてほしい。ただの会話だから、問いかけだから。
「てか俺の名前って知ってますか?そこはできたらお前じゃなくて名前で」
「……。」
本を棚に戻そうと思って手を伸ばす、もう無視で隣のことなんか無視で。
1番高い本棚はぐーっと手を伸ばしてもギリギリで、めいっぱい背伸びをしてもちょっとだけ手が届かな…っ
「光崎大晴です!」
ふっと手が軽くなった、手から本が離れていってすぽっと本棚に収められたから…こいつの手によって。
軽々と、俺が苦労して必死に戻そうとした本をいとも簡単にサッとしまい込んだから。しかも余裕しゃくしゃく俺のことを見ながら。
「なんですかその顔!?」
「いや、嫌味かと思って」
「優しさですよ!!」
ドヤッてアピールされてるようにしか見えなかったけど、優しさだったのか本当に?
「手が届かない望海先輩を助けてあげようと思って!」
やっぱり嫌味だろ、それ!
悪かったな届かなかなくて!!
どーせ164センチの俺には届かないんだよっ
「まぁ個人的にちっちゃな望海先輩もかわいくて好きで…痛っ!足踏みました!?」
「間違えた」
「間違えたってなんですか!?」
残りの本をさっさと片付けてしまおう、これが終わればもう係の仕事も終わる。
「褒めたのに!俺は褒めたんですよ!!」
このうるさいのとも早く離れて帰りたいし。
「ちっちゃくてかわいい望海先輩もいいって!」
「褒められてる気がしないんだよ!」
「なんでですか!?そのクリクリな大きな瞳もつやつやキューティクルな黒髪もかわいいです!」
「黙れお前!!!」
無駄に疲れるから、こいつといるとなんだかすげぇ疲れてイライラするしつい声が大きくなってこんなことになるから…
「図書室だよ、静かにしなよ」
つい騒がしくなってしまった図書室にスッと低い声が響く、その声の方にすぐに視線を向けた。
「図書委員の望海が騒いでどうするんだよ」
「小山内先輩…!」
3年の小山内先輩、一つに束ねた長い黒髪は艶やかでスラッと上に伸びた背はモデルみたい。あと声も落ち着いてて、それなのに図書委員長ってギャップ過ぎる。
「ギリギリでごめん、返却したいんだけどいい?」
「大丈夫です!」
読書好きで委員会の当番がない時もこうして本を返しに来ては新しい本を借りて、たまに会えたらちょっと気分が良くて。
「ありがと、片付け中にごめんね」
「全然暇だったので!」
優しくて気遣いの出来る人だから、同じ委員会だから俺にもよくしてくれてるだけだけど。
憧れなんだ、小山内先輩は。
「それ済ましたらでいいから」
「はい!」
あと2冊、これを元の場所に戻したら終わりだから先に…何気なく隣を見たら、なぜかすごい不服そうにこっちを見ていた。見下ろされてるのは相変わらずむかつくけど。
「…なんだよ?」
「別に、なんでもありません」
「?」
散々キャッキャしてたのになんだ?急に大人しくなってむすっとするみたいな…
「あ、おい!」
ふいっと背中を向けられたからつい制服を掴んでしまった。まだ言いたいことがあって、こっちを見てほしかったから。
「望海先輩…!」
予想外にぱぁっと明るい表情で振り返られたけど、そんな目をわぁっと開いて見られるほどの用じゃないのに。
「なんですか…!?」
「もう図書室閉める時間だからもう帰って」
これだけだったのに。
「…は?」
「だから居座らないように、これで俺も帰るし」
他に人がいたら鍵がかけられないから、早く帰ってほしくて。
「望海先輩付き合ってください!!!」
「どんな流れだよ!?付き合わないし!」
「じゃないと俺の心臓が持ちません!」
「知るかよ、そんなこと!」
そんな毎日、こんな毎日。
めげもせず突っかかってくるこいつが、うっとおしくて俺には理解できないでいた。
****
―キーンコーンカーンコーン…
「……。」
授業終わった、昼か…チラッと窓の方を見れば日が差して、今日は気温も涼しくて気持ちよさそうだ。外、行くかな。
教室は賑やかで落ち着かないし、気付けば勝手に使われてる机はもはや固定で俺がいなくなることを見図られてるようにさえ思えて。クラスの女子か使いたいらしくて最初の頃は声を掛けられてたのも最近じゃ何も言わず使われてるから、別にいいけど。
ふぅっと一息ついてイスから立ち上がる、机の横にかけてあったランチトートを持ってささっと廊下に出た。
外…のどこ行こうかな、あんま目立つとこは嫌だしな。こっそり居られるところがいい。
誰も来なさそうな校舎裏の方へ行こうかなと思ってタタッと階段を降りた時、踊り場の窓の外からワァーッと響く声が聞こえた。
なんかすごい盛り上がってる、なんだ…?
そろっと窓の方へ近付いて、ゆっくーり覗いてみた。
何してんのかなって、何がそんなに楽しいんだって…
「!」
別に何も変わったことはなかった。
何かしてるとかじゃなくて、なんなら何もしてなくて、でも笑ってた。わらわらと集まって来た人たちみんな楽しそうに笑ってた。
その真ん中に、あいつがいて。
「……。」
何話してんのかは2階のここからじゃわかんないけど、あいつが笑えばみんな笑うみたいに笑ってここまで笑い声が聞こえてくる。
身振り手振り何してんだ?あいつ…
リアクションでか過ぎだろ、しゃべるたび手も顔も動いてんじゃん。
オレンジ色の頭じゃなくても目立つ奴だなー…
俺とは大違いで。
どこにいてもわかる、きっと人の集まる場所にいるんじゃなくてあいつがいるから人が集まってくる。
ここから見てもキラキラ眩しくて、目がくらむみたいに。
太陽みたいな奴だ、あいつは。
「……。」
…こんなことはどうでもいいや、早く弁当食べいこう。
別にあの中に混ざりたいわけじゃないし、むしろ入りたくないし、こっそり1人の方がラクでいいし。
あいつと俺は全然違うから、交わることもないんだよ。だから早く…
「!?」
この場から離れようと思ったのに、何気なくもう一度窓の方を見たらこっちを見てた。バチッと目が合ってしまった。
いや、ここ2階だぞ?見てんなよこっちなんか!
まぁいい、早くここから逃げよう何か言われる前に…
「望海せんぱーいっ!」
呼ぶなっ、俺の名前を呼ぶな…!
バレるだろーがっ!!!
あわてて隠れるように逃げた。サッと校舎の中に身を隠して階段を降りる、そのまま校舎裏に向かって走った。
一刻も早くここから逃げなきゃ、出来たら他の人に見付かる前に離れなきゃ…っ!
それでひっそりと1人この時間をひそむように過ごして…
「望海先輩!」
「わっ」
これと言って足に自信はないけど、校舎の中に隠れてしまえばもう見られることなんかないと思ってここまで走って来たのに中庭から走って来たこいつとここで鉢合わせるとは思わなかった。校舎裏に向かう入口、先回りされて現れるとは…
そうだ、こいつはサッカー部だった走るの得意だった。
「見えたんでガンダしました!」
「しなくていいよ!」
「だって望海先輩って呼んだのに無視するんすもん」
「するだろ!あんな人たくさんいるとこで呼ぶなよ!」
「なんでですか?何がダメなんですか?」
「何って…」
…それはお前にはわかんないだろうよ、何もしなくても人が集まってくるお前にはわかんないよ。
なんてこと言えなくて、きゅっと口を紡んだ。
「じゃあ、俺は行くから」
くるっと背を向けて歩き出す、ここでしゃべってる場合じゃない早くしないと休み時間も終わるから。
「望海先輩今からべんとー食べに行くんすか?」
「そうだけど」
一歩外に踏み出せば風がふわーっと気持ちよくて、秋の気候を感じる。これは食べたら眠くなりそうな…
「1人ですか?」
「……。」
眠くなりそうな予感だ。
午後イチの授業ってなんだっけ?
あ、数学だこれは絶対眠くなるやつ。昼寝してから教室戻ってー…
「マジっすか!ラッキー!!!」
「何がラッキーなんだよ!?アンラッキーだろ!?」
ぐわっと後ろから掴まれそうなぐらい大きなリアクションと大きな声で、さらには目を見開いてこっちを見てくるから。
「ラッキーですよ!」
「どこがだよ?1人で食べようとしてんの見て何がいいんだよ」
「……。」
何がそんなに嬉しいんだよ?何に喜んでんだよ、こっちは1人だっていうのに…
「そう思ってるんですか?」
「…?」
目をぱちくりさせながら言われたからこっちもきょとんとしてしまった、問いかけの意味がよくわからなくて。
「そう思ってるって何が…」
「アンラッキーって思ってるってことは誰かと一緒に食べたいって思ってたってことですよね?」
カッと顔が熱くなる。そんなつもりで言ったわけじゃないのに、でもそんなつもりで無意識に思ってたのかもしれないって恥ずかしくなって。
「別にそうじゃなっ」
「じゃあめちゃくちゃラッキーです、一緒に食べましょう先輩!」
…っ
笑うから、さっきよりも楽しそうに。中庭で笑ってた顔より、嬉しそうに笑うから。
また顔が熱くなる、そんな顔されたらどうしていいかわかんなくなるだろ。
「じゃあ行きましょう!…って、あっ!パン中庭に置いて来た!取りに行ってきます!!」
いつも1人だったから、だけどそれだって嫌に思ってたわけでもない。もう慣れたし、それが普通だったし、そんなこと。
「絶対ここにいてくださいよ!戻ってきますからね!?どこにも行かないでくださいよ!!?」
寂しいとか、思ったことなんかなかった。
「行くよ」
「なんでですか~!?今一緒に食べるって言いましたよね!?気変わるの早すぎじゃないですかっ!!!」
「B棟の裏」
だけど誰かと一緒に過ごすお昼休みは何かが変わったりするんだろうか、なんてことを思って。
「そこにいる」
アンラッキーをラッキーに変えるような奴と、一緒にいたら何か変わるのかなって。
「はい…!」
高校に入って初めて誰かと一緒に食べた。別にいつもと同じ味してたけど、おいしいとかおいしくないとかなかったけど。
でも隣にいたこいつは今日のメロンパンはおいしいって頬張ってた、それはたぶんそのメロンパンが美味いだけだろって思った。
「先輩っていつもここで食べてるんですか?」
「…基本は」
「じゃあまた来ちゃおっかな~」
「……。」
B棟の校舎裏、2段しかないコンクリートの階段に並んで座って。いつもはスースー風が当たるのに今日は左側からしか当たらない風と右側は無駄に熱気を感じるのが落ち着かなかった。
いつもより食べにくくない?
やっぱ1人のがよかったことない???
どのタイミングでご飯飲み込んだらいいんだ!?
人といな過ぎてわからない…!
「……。」
「望海先輩?どうかしました?」
「あのさ…」
「はい」
なかなか飲み込めなくて箸を置いた、どうしても気になってたことを聞いてみたかったから。
「…なんで俺と付き合いたいの?」
「好きだからです」
「それはわかった!じゃなくて、なんでそう思ったのか聞きたくて!」
クラスどころか学校の中心にいるような奴がどうして俺に、そんな接点もないのになんでそんなこと思ったのか純粋に知りたくて。
「それは…」
俺みたいなのをそんな風に思う根拠が見当たらない。
「望海先輩が心配してくれたからですよ」
「え?」
「俺今サッカーやってないんで」
「え!?」
「望海先輩がサッカー部だって知っててくれてうれしかったんですけど今違うんですよね~」
笑ってた、でもどこか寂しそうな顔で。
「練習中、チームメイトとぶつかって怪我したんです」
あんなにおいしいって頬張ってたメロンパンを持つ手がゆっくり下ろされる。
「思いっきり転んで、しらばく立てなくなるぐらいひどくて、もうサッカーできなくなるんじゃないかって不安になって…そんな時に話かけてくれたのが望海先輩だったんです」
「…え?」
にこっと笑ってこっちを見た。
「覚えてないですか?転んだ傷を図書館裏の水道で洗おっかなってした時です」
「覚えてるけど…」
俺の記憶だとそんな大それたことはしてない、確かに話しかけた記憶はあるけどそれは…
「早く保健室行った方がいいよ!って心配してくれたのがうれしかったんです」
「……。」
「…。」
「…それだけ?」
「はい!」
そんな元気な声で言われても、なんていうかそれは…
「全然大したことしてなくない?」
あたりまえのことを言ったまでだし。
しかもそれは心配したんじゃなくて睨まれたと思ったから、咄嗟に。
図書室の窓から転ぶのが見えたから、オレンジ色の髪があまりに派手に転んだから気になってじっと見ちゃって…
それに気付かれたと思って、睨まれたと思ったから何か言わなきゃって思った末に早く保健室へ行くことを勧めただけの。
「でも俺にはズバッと来ちゃったんで」
俺の目を見て微笑む、真っ直ぐ見つめる瞳は俺しか見えてないみたいな瞳で。
そんな見られたら普通に照れるんだけど、というかそんなやわらかい顔で笑うのかよ。
こんな風に笑う奴だったなんてあの時は知らなかった。
だったらあの時、話しかけた意味もあるかなって今なら思わなくもないけど。
「だから好きです、望海先輩」
「…!」
「付き合ってください」
「…付き合わない」
それでもやっぱり、知らなくていいことだってあったと思うんだ。知らない方がいいことだって…
****
「球技大会のチーム決めするよ~!」
担任の門倉先生が叫んでる。午後の授業は数学じゃなかった、球技大会が近いから変更になってた。
寝ても大丈夫そうだな、これは。
「男子はサッカー、女子はバレー、それぞれ2チーム作るから話し合って決めてね~!」
AチームとBチーム、優勝狙うのがAチームで経験者とか運動が得意な奴らが中心であとはテキトーに遊ぶBチーム…にさえたぶん俺は含まれない。補欠だ、出来ることならその方がありがたいけど。
「じゃあ室長出て来て話し合って~!」
てゆーかサッカーなんだ、去年もサッカーだったっけ?去年も出てないから記憶にないけど、サッカーか…
机に頬杖を付きながらぼーっと考える、話し合いを聞き流しながらふと思い出したりして。
…そういえば、今違うって言ってたよな?サッカーやってないって。
怪我してやってないってことだよな?
まだ治ってないのか…うちの学校は部活は自由だけど、もうサッカーはやめたってことなのか?もうサッカー部じゃない…?
「……。」
って何考えてんだ、俺。
なんか気になってるみたいじゃねーか。いや、そんなんじゃねぇよ。そんなんじゃないけど…
「!」
ドキッと心臓が揺れた。窓際の席からはグラウンドがよく見える、別にじーっと見てたわけじゃないけどブンブンこっちに向かって手を振る奴が見えたから。
おそらく体育の時間、体操服を着てこれでもかってほどに左右に手を動かしてこっちにアピールしてくる…
授業中だろ何してんだよ!?
真面目に走れ!!振るな!目が合ったからってもっと振ってくるな!!
気付かれるだろ…っ
「…!」
先に気付いたのはあいつの周りの奴らで、手を振るあいつの周りは一気ににぎやかになった。あっという間に取り囲まれて、じゃれ合う様子がここからでもわかって。
「!?」
いや、いい!全員で振ってくるな!!
本当に気付かれるだろ、こっち見なくていいから…っ!
「ねぇあれ誰に手振ってんのー?」
後ろの女子が指をさした、さすがにあれだけの人数でこっちに向かって手を振ってるなんて不自然だ。しかも授業中、目立つに決まってる。
あわててサッと前を向いて見てないフリをした。
「なんか超振ってんだけど!振り返しとこうかな!?」
そのまま立ち上がって手を振った、手を振られたあっち側は振り返してくれたと思ってさらに大きくて手を振って…
って何してんだよ!?どんな状況だよ!?
だから授業中だって…!
……。
…でも、もうそれは俺に振られてるわけじゃなくて。
というか最初から俺に向けられたものでもない、あいつの周りの奴らはあいつが振ってたから振ってみただけで俺のことなんか認識してない。俺のことなんか見えてないんだよ。
ほらやっぱり、知らなくていいことってあると思うんだよ。
クラスメイトたちがグラウンドに向かって手を振っている、それを門倉先生が注意してる。
そんな中、俺は…自分は関係ないって顔をして。
一緒に手を振るなんてできないよ、太陽の元は眩しすぎるから。
****
今日の放課後から球技大会の練習が始まる、それなりにみんな優勝したいらしくて部活とか委員会とかやめて球技大会の練習になって…
まぁ俺は行かないんだけど。優勝する気もないし、球技大会とか興味ないし。
そんなのどっちでもー…
「望海せんぱーいっ!」
バカでかい声で呼ばれた。
どこから呼んでんだ!?
ビクッて震えて履き替えようとしたスニーカー落とすところだった。下駄箱からキョロキョロと辺りを見渡してもどこから呼ばれたのかわからなくて、そんな俺を見てかまたやたら大きな声で叫ぶ声がした。
「望海先輩!こっちです、こっち~!!」
だから何度も呼ぶなって!その声を止めたくて今探して…っ
「先輩!」
ひょこっと下駄箱の死角から顔を出した。
いや、そっちかよ!てっきりグラウンドの方かと思っただろ!!
「望海先輩何してるんですか?」
「何って…見たらわかるだろ、帰るんだよ」
スニーカーに履き替える、とんとんっと靴を鳴らして上履きを下駄箱の中に戻した。
「球技大会の練習しないんですか?」
「…しない、補欠だし」
なんなら、その補欠だし。よっぽどのことがないと俺の出番はない、ない方がいいからそれはそれでいいけど。
「補欠でも練習した方がよくないっすか?」
「いらないだろ」
「いりますよ!補欠という名のピンチヒッターじゃないっすか!?重要ですよ!」
「補欠という名のおまけだよ」
だから俺には関係なくて、みんながどれだけ盛り上がろうとそれはまるで別の世界の話しみたいで。そんなのも慣れだ、それがどうのとか思ってなんかない。
「でも参加はした方がよくないですか!?だってみんなでやった方がっ」
「誘われてないから!」
背を向ける、帰ろうと思って。
「…そもそも、入ってないからそこに」
そんな存在だから、いてもいなくても…
1人は慣れてる、ずっとそうだったからその方がラクでその方がいいんだよ。
だから入って来ないでくれ、踏み込んで来ないでー…
「でもさみしくないですか?」
「…何が?」
「練習も、所詮練習っすけどそれも楽しいしみんなでやれるのって今だけじゃないですか!だからやった方がいいっていうか、望海先輩も絶対…っ」
だから嫌なんだ、そっちにいる奴らはそっちの思想を押し付けるから。
そんなのそこにいるから思うことでこっちはそんなこと全然…!
「俺はさみしいです、好きな人がさみしそうな顔するのはさみしいです!」
「…っ」
背中を向けたまま、声だけ聞こえてる。
だからどんな顔してるのかわからなくて、それが少しだけ気になった。後ろから聞こえる声が響くから。
「望海先輩と同じクラスだったら俺が誘いたかった」
…お前までさみしそうな声出すなよ、いつもバカみたいに明るいのがいいところなのに。
「望海先輩…」
そんな声で呼ぶなよ、らしくない。
そんなの全然らしくなくて、どんな表情で言ってるのか気になって顔が見たくなって…振り返りたくなる、から。
「望海先輩、俺…っ」
ハタッと目が合った、振り返った瞬間目が合った。
「大晴何してんだよ、早く来いよ!」
でも1人じゃなかった。
1人、2人、3人…取り囲むようにわーっと集まってくる。
誘いに来たんだ、全然来ないから探しに来たんだ。
「望海先輩…っ」
振り返らなきゃよかった。そしたら見られずに済んだのに、こんな泣きそうな顔。
ただ惨めなだけだった。
「大晴、誰としゃべってんの?」
「あ、望海先輩っ」
「誰?知り合い?」
「あぁ、まぁ…」
結局こうなんだよ、同じクラスだったとしても変わらないよ。きっと交わることのない存在だ。
もう一度背を向けて、今度こそ歩き出す。もう振り返らない、名前を呼ばれても…
「望海先輩…!」
ー!?
ぐっと腕を掴まれた。俺より背も体も大きいせいで力も遥かに強くてすぐに引き戻されそうになる。
「あの、俺と…!」
なんだ!?何を言う気だ!?
この状況でその続きは聞きたくない…!
「離せよっ!!」
だから声が大きくなって、下駄箱中に響いて自分でもびっくりした。こんな声出るんだって驚いた。
「離せって…っ」
「だから…っ」
「早く離せって…」
大きな手はがっちり掴んで離さない、逃げるにも逃げ出せなくて。
だから図らずも叫んでしまった、言いかけた何かを遮るみたいに。
「俺っ」
「お前みたいな奴苦手なんだよ!!!」
はぁはぁと肩で息をして、何もしてないのに苦しくて。瞳の奥が熱くなるから。
「もういい加減にしてくれ…そうやって押し付けて来るなよ、しんどいんだよ…」
思ってる、本当にそう思ってる。毎日、毎日うざくて疲れるって。
「もうやめてくれ…!!!」
心底うんざりしてる、そんな風に思ってるって…
「もう、離して…」
スルッと腕が抜けた、あんなに強かった力が嘘みたいになくなった。
たぶん、もう名前を呼ばれることはない。
これでいいだ、これがいいんだ。その方がラクでいい。
だから…早くここから逃げ出したい、この場から離れたい。もういっそのこと消えてしまいたい。そんな風に思いながら走った。
…どんだけ早く走っても消えることなんかないけど。あと走るの得意じゃないし、運動嫌いだし。
でも本当は本を読むのだって好きなわけじゃないんだ。
****
「……。」
今日は図書当番の日、いつになく静かな図書館のカウンターでじっと座って係の仕事をしていた。係の仕事って言っても本の貸し出しとか、そんな人が来ないとあまりすることがなくて、しかも基本来ないから…じっと座ってるのは暇だったりする。
もう本も全部棚に戻しちゃったし、ラベルの張り替えもないし、図書だよりを作るにはまだ早いし全然することがない。しーんとして、いつになく無を感じてより孤独感が増す気がした。
いつもこんなんだったっけ?もう少し人がいた気がするんだけど…あ、球技大会の練習か。
今日も練習あるしね、みんなそれに行ってたらここには来ないか。来ないよな、たぶんもう来ない…
“望海せーんぱい!”
あの声を聞くことはない。
あんなこと言っちゃったし、さすがにもう…話すことなんて。
しつこかったし、何度も同じこと言って鬱陶しかったし。声はでかいし図体もでかくて目立つから、どこにいてもわかっちゃって嫌にでも目に入って来たのが気になってたし。
あのキラキラしたオレンジ色の髪も、楽しそうにケラケラ笑う声も、そこにいるだけで人が寄ってくる明るさも…全部俺にはないものばかりで、あいつにしかなくて。
…少しだけ羨ましかった。
勢い任せであんなこと言う俺にもよくしてくれたのに、いつも話しかけてくれてたのに…
本当は嫌じゃなかった。
本当は、もう一度名前を呼んでくれないかなって…
「望海!」
しんとした図書室に声が響いたからビクッとして思わず立ち上がってしまった。
「…どうかした?」
「小山内先輩…」
開いたドアのせいでひゅーっと風が入る込んでくる。ずっと閉じたまんまだったから気付かなかった、誰か来るなんて。
「…泣いてた?」
「なっ、泣いてないです!全然!!」
やばっ
何してんだこんなとこで!誰も来ないと思って油断してた!
しかも小山内先輩に見られて…!?
「じゃあ…何かあった?」
「いえ、何も!何かあったとかそんなの全く…っ」
何か言わなきゃって必死に返した、この場をどうにか見繕わなきゃって…だけど小山内先輩は穏やかな声で少しだけ笑った。
「俺でよかったら聞くけど?」
小山内先輩は優しくて気遣いが出来て、それでいて誰にでも変わらない。だから憧れなんだ。
「…実は」
目を伏せる、下を向いて。もう遅いけど今にも泣きそうな目を見られた後じゃ。
「ひどいこと、言ってしまって…あのっ、言い過ぎたかなって…結構言っちゃって、そう思ってたとかじゃないんですけど!あっ、全くそうじゃないってことでもないですけどちょっとは…でも、あのっ、だから…っ」
支離滅裂でまったくもってまとまりのない。話すのは苦手だ、自分の気持ちを伝えるのはもっと苦手だ。
だけどそんな俺にでもわかるよ。
あの時、あいつがどう思ったかくらい。
「傷付けたと思うんです」
急に力のなくなった手が、さみしくて。
自分から手放しといて悲しくなるなんて勝手過ぎだって、俺にそんな権利ないのに。
泣きたくない、こんなところで。涙をこぼしたくない、小山内先輩の前で。
だけど襲われるようなどうしようもないこの感情は、陰っていく太陽を見えなくするから。
「…だからどうしたらいいかわからなくて」
こんなこと悩んだこともなかった、悩む相手もいなかったから。こんな時、どうしたらいいかー…
「謝ればいいんじゃない?」
「え?」
「つまりはケンカしたってことでしょ?」
……。
…ケンカ?なのか、これは??
言われたことにピンと来なくてきょとんとした顔で小山内先輩を見てしまった。
「つい勢いで言い過ぎちゃったとかあるよ、思ってもみないこと言っちゃったとか後悔することだってあるし」
「……。」
小山内先輩が持って来た本をカウンターに置いた。
「でも終わったことは仕方ないしね、だったら次を考えるしかないから」
俺の目を見て微笑んだ、ねって首をかしげるようにして。
小山内先輩が言うと、そうなのかなって思える。小山内先輩の穏やかな声は聴き心地がいいから。
「そんな深く考えなくても、許してくれるよ友達なら」
にこって、笑いかけてくれるから。
「…そう、ですかね」
「そうそう、友達ってそうゆうもんじゃない?」
…友達、じゃないけど。じゃああいつと俺の関係は何なんだって話だけど。
でもたぶん、ここで終わりにはしたくない関係ではある。
「それともその相手は望海が謝っても許してくれないような奴なの?」
「…!」
たぶん、そんなことはない。
ううん、絶対そんなことは…そんな奴じゃないと思う。あいつはそんな奴じゃない。
俺の顔を見てすべてを悟ったかのように小山内先輩が笑った。もう何も言わず、スッと本を差し出して。
「で、これ返却お願いしていい?」
「はいっ」
なんだ、簡単だ。
謝ればいいんだ、ちゃんと謝って気持ちを言葉にすればー…
ってどーやって謝るの!?
てゆーかいつ話かけるの!?
全然簡単じゃない!!!
よくよく考えてみたらあいつに話しかけたことなんかない、俺から呼んだことなんかない…
いつもあいつからだったから。
「……。」
すっげぇ緊張して来た。
なんだコレ、今から告白するみたいじゃん!しないのに、告白なんかしないのに!!
えっと、まずは呼び出して…
え、呼び出す?教室に!?1年の教室に…!?
この時点でハードル高過ぎるんだけど!
いや、でも行くしかないから…行くって決めたから。ちゃんと言うんだって、決めたから。
バクバクと心臓が今にも飛び出しそうなくらい音を出している。バクバクし過ぎて痛いくらい、うまく声が出せるのかも不安になるくらい。
そろーっと1年の教室の前の廊下をのぞいて、なるべく人に見つかりたくない気持ちでのぞき込んだ。
「……。」
つーかあいつって何組?どこ探しに行けばいいんだ??知らないんだけど。
そんなことも全然、何にも聞いたことなかったから…つくづく俺は自分のことばっかりなんだって思い知らされっ
「望海先輩何してるんですか?」
「うわぁぁっ」
ずっと廊下をのぞき込んでたから気付かなかった、後ろから声をかけられて危うく落とすところだった。
「急に話しかけんなよ!?」
「あ、すみません明らかに挙動不審な望海先輩がいたんで」
「ひっ、必死だったんだよ!1年の教室とか来たことないから!!」
ここに来るだけで心臓バクバクで何度も頭の中でイメトレして、何を言おうかとかどうやって言おうかとかいっぱい考えて…っ
やっとここまで来たんだから…!
「そんな必死に何しに来たんですか?」
会いに行かなきゃって思って。
「…謝りに来た」
言わなきゃって思って、気持ちを言葉にしようって…思ったから。
「こないだは…、ごめん」
頭を下げる、スッと腰を曲げて。
こんなこともしたことがなかったから、言い合ったこともなければケンカして謝るなんて…これがケンカかどうかはよくわかんないけど。
でももしこれで仲直りが出来たなら…
「嫌です」
「は?」
「謝られても嫌です」
「な…っ!嫌ですってなんだよ!?嫌って何…っ」
ずいっと一歩近付いた、もう壁ギリギリこれ以上は避けられない。
「名前で呼んでくれたら許します!」
………は?
なんだそれ…っ
「なんでそうなるんだよ!?」
「好きだからです、望海先輩のこと!」
「今それ関係なくないか!?」
「ありますよ!ずっとこの話しかしてないですからね!!」
やっぱり知らなくていいことってある、てゆーか理解できないことってある。
どれだけ知ったとしてもたぶんわからない。
キラキラ輝く太陽みたいなこいつのことなんて、ずっと陰に隠れて来た俺にはわからないんだよ。
「てか先輩ずっと何持ってるんですか?」
「あ、これ…」
さっき落としそうになった紙袋、何が好きかわからないからいろいろ買ってきてみた。
「…一緒に、昼食べないかなって」
それで聞いてみようと思った、何が好き?って。
「誘いに来た」
この昼休み、そんな話をしようかなって。思ってたんだ。
「あ、他に約束してる奴がいれば全然いいから!絶対いると思うし!いないわけないし!」
「断ってきます!」
「いやっ、そこまでしなくていいよ!」
「しますよ!!!」
自分から誘ってみたのだって初めてだった。だから緊張して、紙袋を持つ手の汗が止まらなくてどんどんふやけてった。
「望海先輩より大事な約束なんてないですから!」
「…っ」
そんな真っ直ぐ、言われるのとかそこが苦手だと思ってたんだけど。
なんだか今はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ…
胸に来た、何かわかんないけどグッと入り込んだ。心の奥、隅っこの隅っこ、もはやどこから聞こえて来たのかわからない…キュンと胸高鳴ったんだ。
きっとこれはうれしいって思った心臓の音だ。
「ちょっと待っててください!すぐ戻ってくるんで!!」
「…う、うん」
…マジで断りに行くんだ。
それは逆に申し訳なかったかもしれない、けど…バクバクしてた心臓がドキドキに変わって頬が緩む。今から何話そう、そう思うだけでなんだか胸がいっぱいになって今日はおいしく感じれそうな気がしてる。ただの変哲のないコンビニで買ったパンたちでも。
「望海せんぱーい!お待たせしましたっ!」
オレンジ色の太陽は見てるだけで照らしてくれる、ずっと誰にも見付からないように陰に隠れてた俺にでも。



