放課後。生徒会の会議が終わった。みんながやれやれと席を立って帰ろうとする。
 佐波も立ち上がって無言で鞄に手をかけている。

「佐波、ちょっと話があるから残れ」

 おれが隣席から声をかけると、佐波の動きがとまった。疑問の目がおれを見下ろしてくる。
 ほかの役員も、最近のおれたちがぎくしゃくしているのを感じ取っていたのだろう、心配するような目をそれぞれ向けてくる。
 おれは笑みを混ぜながら軽く言った。

「別に怒りたいわけじゃない。佐波、いいか?」
「わかりました」

 佐波はおとなしく従った。
 他の役員の足音が遠ざかるのを確認してから、おれは口を開く。
 外はすでに暗くなっていた。おれは佐波と向かい合うように椅子を動かして座り直した。
 改まった話だ。緊張する。
 佐波も同様だろう。そもそも佐波はどんな話をされるか予想もできていないはずだ。

「……実は、佐波に渡したいものがあるんだ」

 おれは制服のポケットから以前と同じように紙片を出した。

「受け取れ」

 意図がわかった佐波は紙片を見つめながら瞳を揺らす。

「先輩、でもあれはもう終わっていて……」

 不安そうな声にかぶせるように、おれは言い張る。

「いちごつみは往復でやるものだろ。最初からターン数を決めてなかったのはよくなかったが、最後はおれの短歌で終わるべきだ……だろ? ほら、受け取れって」
「……わかりました」

 おれが引かないことを察したのか、佐波はようやく受け取ろうとする。
 だが、おれの手に触れようとする瞬間、弾かれたように手を引っ込めた。

「……すみません、先輩が読み上げてもらえますか」
「なんで?」
「引導を渡されるなら直接のほうが良い気がして」

 佐波は上目遣いになりながらまたごねた。

「おまえ、この間までいけいけどんどんだったくせに」
「そうですけど、やっぱり怖いですよ、先輩。好きなひとの、返事ですもん」
「そうか」

 自分の眦が下がっていくのを感じながら、おれは佐波に語りかける。

「おまえは本当にかわいい後輩だよ。考えてみれば、おまえが他の先輩に心開いているのは見たことがなかったな」

 佐波がすねたような目になる。

「そうですよ。なんですか、今まで気づいていなかったんですか?」
「そうだよ。当たり前すぎたからな」

 おれは佐波の頭を撫でてやる。

「わかった。ここで短歌を読み上げるからな。逃げるなよ?」

 自分のつくった短歌だ。紙片を見なくても思い出せるが、しっかり佐波に聞こえるように紙片を開いて読み上げる。

川岸で立ち尽くすひと 約束はまだあるか 甘い【いちご】くれよ

 佐波の目が大きく見開かれていく。

――これでやっと、返せたな。本当の意味で。今なら同じ気持ちでいられる。

 「あの夜」を忘れるなんて言うなよ、おれもそこまで行くからさ――そんな気持ちを込めたつもりだ。
 佐波の震える手が、おれが差し出した短歌の紙片を受け取る。佐波の目が丹念に文字を追い、やがておれを見つめる。

「すみません、これって……付き合ってもいいって聞こえるんですけど。俺の解釈、間違ってます?」

 期待半分、不安半分の口調。おれは慎重に口を開いた。
 胸が痛いほどに高鳴り、顔に熱が集まってくる。

「……間違ってないさ。佐波、おれと付き合うか? おれもな、おまえのことが、その、好きみたいなんだが……」
「い、いいんですか……!」

 今度こそ、佐波の顔に喜びが現れた。いまにも飛びついてきそうだ。おれは慌てて付け足した。

「あぁ、だがおまえの欲求にすべて応えてはやれんからな! ゆっくりだぞ、ゆっくり」

 佐波は「はい!」と元気な返事をくれた。

「わかってます! 大事にします!」
「おい、おれが大事にされるほうかよ」
「ぶっちゃけどっちでもいいですけど、俺の覚悟はそんな感じです! うわあ、先輩が、恋人…俺の、恋人に……!」

 飛び跳ねそうなぐらいにうれしそうなのを見ると、おれも同じ気持ちになった。

――恋人、か……。

 佐波と恋人になったらきっとなんでも楽しくなるだろう。

――おれもたいがい、浮かれてるな……。

 自制も含めて、おれは佐波に告げた。

「今後も生徒会、一緒にがんばろうな。どっちも大事にしていこうな」
「はい! もちろんです!」

 興奮した佐波が今度こそ抱きついてくる。ぎゅうっと抱きつかれたおれはぬいぐるみの気持ちを味わう。
 だがぬいぐるみは、恋することはない。恋されることもないだろう。抱擁で伝わる互いの体温がおれたちの中の感情を証明していた。
 これでよかった。結論がすとんと腹に落ちてくる。
 おれは、よしよし、とかわいい恋人の背中を軽く叩いてあやしてやった。

手を引いていく いちごつみ 迷っても甘い香りを道しるべにして

 おれと佐波の――恋人としての新しい日々が、はじまる。