そこから数日たっても、稽古が休みの連絡が続くばかり。三善先生にも宮道先生にも学校以外で会うこともなくなった。
ただただ普通の大学受験を控えた高校生。
それだけでも、日々は忙しいのは変わらない。そんな中、修学旅行も近いからか、クラスの中の空気は少しだけ浮ついていた。
学校、予備校の繰り返しを何日も経てから、修学旅行の初日を迎えた。
「こっちに集合やでっ」
引率の宮道先生の声掛けで、京都行の生徒たちは東京駅の端っこで集まっていた。朝早くから東京駅に集まっているせいか、通勤で使っているサラリーマンやOLに渋い顔をされる。いくら三か所に分かれたとしても、クラス一つ分くらいの人数になる。そんな集団がいれば、迷惑に感じる人も多いだろう。
先頭を宮道先生、最後尾を三善先生で固めて、生徒たちは周りに迷惑にならないように新幹線に乗った。五月の平日に新幹線を利用するのは思いのほか多かった。一車両を丸ごと浮足立った空気に満たされている。
結菜も茉優と一緒にお菓子を交換しながら、観光雑誌を捲った。色鮮やかな紙面には抹茶パフェの他、最新スイーツが並べられている。
「結菜、最近三善先生からお声掛けがないね?」
「え?」
「なんというか、そっけない? 他人行儀的な?」
「そう、かな?」
あれだけあまり日を空けずに、学校で呼び出しやら手伝いで声をかけられていれば、今の状態は奇妙に見えるだろう。実際は学校で声をかけられる以上に会っていたわけだが、それは仲の良い友人であっても決して言えない。
「それに、三善先生も妙に凹んでいるというか、疲れているように見えるし」
茉優の指摘に結菜は目を丸くした。
「なにその顔、気づかなかったの?」
「いつもと変わらなくない?」
「甘いなぁ、チェックが」
そこから茉優の怒涛の指摘が始まった。
「まず皺ひとつなかった白衣の汚れが少し残っていることも多くなったし、三日に一日くらいの頻度で朝だけ寝癖が残っていることもあったかな。廊下を歩いている姿勢が、少し猫背っぽく丸くなることも一年前と比べると三十パーセントくらい増えたよ。それから」
「よく見てるね?」
そうとしか言えないほどの指摘に、結菜は苦笑いを浮かべた。
「それは宮道先生もだけど」
「へ?」
「まずスーツ。三善先生ほどじゃないけど、小奇麗にしていたのに、こっちも手入れを怠っているように見えることも増えたよ。それからセットしているはずの癖毛が妙に跳ねていることも二日に一回くらいはある。それに朝の通勤。二人とも同じ車で出勤してくるとか、どれだけ仲が良いアピールをしているのかってくらい頻度が増えたし」
自身の分析をやけに早口で言っている茉優に結菜は何も言えなかった。些細な違いかもしれないが、女子高の生徒は細かい違いに気づくのが早い。それがあっという間に噂になって広まることもある。
「えー、そんなに見られてたん?」
照れ笑いを浮かべて話に入ってきたのは宮道先生だった。修学旅行の引率だからか、少しだけラフな姿だ。半袖のポロシャツにチノパン。若さも手伝っているせいか、大学生と言われても不思議はない。
「はずいなぁ。副担任になったし、忙しくなったからかな。気をつけな」
「で、でも、私達、宮道先生が副担任になってくれて、うれしいですよっ。ね、結菜」
茉優の頷けと言わんばかりに、目から圧力を出してきた。気圧された結菜は頷く他なかった。
「ちなみに、三善先生で変わったことはないん?」
「それがですね」
茉優が楽し気に最近気が付いたことを宮道先生と話し始めた。楽し気な雰囲気の中に入ることもできず、結菜は窓の外を見た。地元では見ない景色をぼんやり見ていると、京都駅が近づいてきたことをアナウンスが流れてきた。適度なところで話を切り上げた宮道先生は生徒たちに降りる準備をするように促し始めた。誰も彼もが荷物をまとめたところで、ちょうど新幹線は京都駅に着いた。
見慣れない土地に、慣れない団体行動をしながら、一行は駅前に止まっていたバスに乗り込んだ。真っ赤な京都タワーを窓から見ながら、バスは二台連なって清水寺に向かった。
「人多いねぇ」
「確かに」
駅前のバスに並ぶ列も、駅から各方面に連なっていく道にも人で埋め尽くされていた。想像していたよりも多い。そんな中歩くことなく、目的地にバスで行けるありがたさに結菜と茉優は最前列に座っている先生たちに自然と拝んでしまった。
最初は定番の清水寺。人の多さはここも変わらなかったが、宮道先生を先頭に先を進めていく。周りの人の多さに慣れないながらも、生徒たちは鮮やかな朱色の門を潜っていく。
結菜も例に漏れず茉優と並んで仁王門を潜ろうとしたところで、うなじあたりがチリッと妙な痛みが走った。後ろを振り返っても、特に変なものは見えない。
「結菜?」
茉優に呼びかけられ、結菜は慌てて後を追った。うなじをさすると特に痛みを感じない。
きっと、気のせい。
自分に言い聞かせるようにして、本堂に向かった。
本堂から見る景色は、圧巻だった。青々とした新緑が美しく、その視線を動かせば三重塔も見えた。本堂の先で班ごとに集合写真を撮り終えると、一日目の自由時間がスタートした。班行動で、決められた時間までに高台寺へ移動すれば良いだけ。腕時計を見れば、お昼を少し過ぎたところ。昼ごはんも各自で自由に食べられるだけあり、どのグループも観光パンフレットを広げて、目的に向かって歩き始める。
「お団子に、にっき風味のシュークリームに、とうふまんじゅう。どれも美味しそうだよね」
食べ物のチェック量がすさまじい茉優について行くように、班で三年坂も二年坂も歩いていると、ふと細道に目がいった。人ごみから隠れるように三善先生が細道で誰かと話していた。
見たことが無い大人の女性。
女性が親しげに三善先生の肩を軽く肩を叩いていた。
三善先生も迷惑そうな顔はしていない。
気心知れた仲なのか、いつもよりもリラックスした笑みを浮かべていた。
あんな顔、するんだ。
どうしてだか、胸の中で何かがもやっと浮いてきた。
二人の気兼ねなさそうなその様子に、結菜は思わず目を反らした。
「結菜、あっちの串和菓子、食べよーっ」
茉優の明るい声に引っ張られる形で、結菜はその場を小走りで離れた。
ただただ普通の大学受験を控えた高校生。
それだけでも、日々は忙しいのは変わらない。そんな中、修学旅行も近いからか、クラスの中の空気は少しだけ浮ついていた。
学校、予備校の繰り返しを何日も経てから、修学旅行の初日を迎えた。
「こっちに集合やでっ」
引率の宮道先生の声掛けで、京都行の生徒たちは東京駅の端っこで集まっていた。朝早くから東京駅に集まっているせいか、通勤で使っているサラリーマンやOLに渋い顔をされる。いくら三か所に分かれたとしても、クラス一つ分くらいの人数になる。そんな集団がいれば、迷惑に感じる人も多いだろう。
先頭を宮道先生、最後尾を三善先生で固めて、生徒たちは周りに迷惑にならないように新幹線に乗った。五月の平日に新幹線を利用するのは思いのほか多かった。一車両を丸ごと浮足立った空気に満たされている。
結菜も茉優と一緒にお菓子を交換しながら、観光雑誌を捲った。色鮮やかな紙面には抹茶パフェの他、最新スイーツが並べられている。
「結菜、最近三善先生からお声掛けがないね?」
「え?」
「なんというか、そっけない? 他人行儀的な?」
「そう、かな?」
あれだけあまり日を空けずに、学校で呼び出しやら手伝いで声をかけられていれば、今の状態は奇妙に見えるだろう。実際は学校で声をかけられる以上に会っていたわけだが、それは仲の良い友人であっても決して言えない。
「それに、三善先生も妙に凹んでいるというか、疲れているように見えるし」
茉優の指摘に結菜は目を丸くした。
「なにその顔、気づかなかったの?」
「いつもと変わらなくない?」
「甘いなぁ、チェックが」
そこから茉優の怒涛の指摘が始まった。
「まず皺ひとつなかった白衣の汚れが少し残っていることも多くなったし、三日に一日くらいの頻度で朝だけ寝癖が残っていることもあったかな。廊下を歩いている姿勢が、少し猫背っぽく丸くなることも一年前と比べると三十パーセントくらい増えたよ。それから」
「よく見てるね?」
そうとしか言えないほどの指摘に、結菜は苦笑いを浮かべた。
「それは宮道先生もだけど」
「へ?」
「まずスーツ。三善先生ほどじゃないけど、小奇麗にしていたのに、こっちも手入れを怠っているように見えることも増えたよ。それからセットしているはずの癖毛が妙に跳ねていることも二日に一回くらいはある。それに朝の通勤。二人とも同じ車で出勤してくるとか、どれだけ仲が良いアピールをしているのかってくらい頻度が増えたし」
自身の分析をやけに早口で言っている茉優に結菜は何も言えなかった。些細な違いかもしれないが、女子高の生徒は細かい違いに気づくのが早い。それがあっという間に噂になって広まることもある。
「えー、そんなに見られてたん?」
照れ笑いを浮かべて話に入ってきたのは宮道先生だった。修学旅行の引率だからか、少しだけラフな姿だ。半袖のポロシャツにチノパン。若さも手伝っているせいか、大学生と言われても不思議はない。
「はずいなぁ。副担任になったし、忙しくなったからかな。気をつけな」
「で、でも、私達、宮道先生が副担任になってくれて、うれしいですよっ。ね、結菜」
茉優の頷けと言わんばかりに、目から圧力を出してきた。気圧された結菜は頷く他なかった。
「ちなみに、三善先生で変わったことはないん?」
「それがですね」
茉優が楽し気に最近気が付いたことを宮道先生と話し始めた。楽し気な雰囲気の中に入ることもできず、結菜は窓の外を見た。地元では見ない景色をぼんやり見ていると、京都駅が近づいてきたことをアナウンスが流れてきた。適度なところで話を切り上げた宮道先生は生徒たちに降りる準備をするように促し始めた。誰も彼もが荷物をまとめたところで、ちょうど新幹線は京都駅に着いた。
見慣れない土地に、慣れない団体行動をしながら、一行は駅前に止まっていたバスに乗り込んだ。真っ赤な京都タワーを窓から見ながら、バスは二台連なって清水寺に向かった。
「人多いねぇ」
「確かに」
駅前のバスに並ぶ列も、駅から各方面に連なっていく道にも人で埋め尽くされていた。想像していたよりも多い。そんな中歩くことなく、目的地にバスで行けるありがたさに結菜と茉優は最前列に座っている先生たちに自然と拝んでしまった。
最初は定番の清水寺。人の多さはここも変わらなかったが、宮道先生を先頭に先を進めていく。周りの人の多さに慣れないながらも、生徒たちは鮮やかな朱色の門を潜っていく。
結菜も例に漏れず茉優と並んで仁王門を潜ろうとしたところで、うなじあたりがチリッと妙な痛みが走った。後ろを振り返っても、特に変なものは見えない。
「結菜?」
茉優に呼びかけられ、結菜は慌てて後を追った。うなじをさすると特に痛みを感じない。
きっと、気のせい。
自分に言い聞かせるようにして、本堂に向かった。
本堂から見る景色は、圧巻だった。青々とした新緑が美しく、その視線を動かせば三重塔も見えた。本堂の先で班ごとに集合写真を撮り終えると、一日目の自由時間がスタートした。班行動で、決められた時間までに高台寺へ移動すれば良いだけ。腕時計を見れば、お昼を少し過ぎたところ。昼ごはんも各自で自由に食べられるだけあり、どのグループも観光パンフレットを広げて、目的に向かって歩き始める。
「お団子に、にっき風味のシュークリームに、とうふまんじゅう。どれも美味しそうだよね」
食べ物のチェック量がすさまじい茉優について行くように、班で三年坂も二年坂も歩いていると、ふと細道に目がいった。人ごみから隠れるように三善先生が細道で誰かと話していた。
見たことが無い大人の女性。
女性が親しげに三善先生の肩を軽く肩を叩いていた。
三善先生も迷惑そうな顔はしていない。
気心知れた仲なのか、いつもよりもリラックスした笑みを浮かべていた。
あんな顔、するんだ。
どうしてだか、胸の中で何かがもやっと浮いてきた。
二人の気兼ねなさそうなその様子に、結菜は思わず目を反らした。
「結菜、あっちの串和菓子、食べよーっ」
茉優の明るい声に引っ張られる形で、結菜はその場を小走りで離れた。



