▶第3話 シナリオ
〇月城の和造りの屋敷/愛梨の部屋/夜
多くの備品が収納されているため、愛梨の部屋自体はとても広い
物が多すぎるために、眠るための場所が少し確保できるくらい
窓際に一部が欠けた花瓶が置かれ、そこに一輪の花が飾ってある
愛梨(私が巫女姫になれなかったから)
愛梨(蓮さんは、音紡ぎの才を開花できなかったのかもしれない)
足かせを外して、部屋の外へと出る準備を整える愛梨
愛梨(何をすれば、蓮さんに償うことができる……)
襖を横に移動させると、そこに待っていたのは蓮だった
愛梨「蓮さ……」
愛梨の唇に自身の人差し指を触れさせ、大きな声を出さないように合図を送る蓮
蓮「愛梨様を攫いに来ました」
にっこりと微笑む蓮は、愛梨に1本の花を贈る
愛梨「お迎えのたびに贈り物をいただいていたら」
愛梨「花瓶が足りなくなってしまいます」
花を贈られることを嬉しいと思っているのに、蓮への申し訳なさから喜びを表現できない愛梨
蓮「うれしいですか?」
愛梨の顔を覗き込む蓮
蓮「鬱陶しいですか?」
さらに顔を近づけ、愛梨の表情を確認しようとする蓮
愛梨「……うれしいです」
花を手にした手では自分の顔に溜まる熱を隠しきれない愛梨は、観念して素直な気持ちを述べる
蓮「足かせ、自由に外せるんですね」
愛梨「私を監視できない夜の時間だけ、鍵を」
蓮「巫女姫様にも睡眠時間は必要、と」
愛梨「巫女姫と言っても、人の子ですから」
〇街/呉服屋の前/夜
人通りの多い通り
みすぼらしい格好をするのが当たり前だった愛梨だが、海梨のような華やかな着物を着ている
愛梨「蓮さん、これは……」
蓮「お気に召しませんでした?」
蓮「殺しで得た金で、今日は贅沢をしましょう」
呉服店店主「ありがとうございました」
〇街/人通りの多い通り/夜
人混みに取り残されないように、しっかりと手を繋ぎ合う二人
蓮「お綺麗です」
愛梨「っ」
蓮「この街は誰も、俺たちが価値なしということに気づきません」
蓮「巫女姫の存在を知らないのではなく」
蓮「巫女姫の存在が当たり前すぎて、無関心なんです」
初めて見る外の世界に戸惑いを含んだ眼差しを向ける愛梨
蓮「巫女姫様のおかげで、世界はこんなにも平和なのに」
愛梨「海梨ちゃんの力、ですね」
零れそうになった涙を押し込める愛梨
蓮に泣いていないと伝えるために、しっかりと表情を整える愛梨
蓮「愛梨様も、諦める必要はないかと」
愛梨「私の歌は神に届かないと……」
懐から銃を取り出し、人混みの中でも遠慮することなく銃弾を放つ蓮
しじま喰いが滅せられ、多くの血飛沫が街を覆い尽くす
道行く人々は、悲惨な状況が広がっていることを気に留めずに歩を進めていく
蓮「気にしなくていいですよ」
蓮「視えない人の方が多いので」
自分の視界にはとんでもない惨劇が飛び込んでくるのに、世間は何事もなく自分たちの用事を済ませていく
人々が無関心な様子に胸を痛めた愛梨は、繋ぐ手に力を込める
蓮「怖いですよね」
蓮「月城と紫藤の人間だけが取り残されたみたいな……」
愛梨「でも、蓮さんはここにいます」
愛梨「私も、ここにいます」
愛梨「存在がなかったことにはなりません」
諦めのない強い眼差しを蓮に向けると、蓮は話をはぐらかすように愛梨から視線を逸らす
蓮「しじま喰いは、何を狙ったと思いますか?」
愛梨「……私」
蓮「正解です。しじま喰いは、巫女姫の血が大好物の妖」
蓮「愛梨様の体には、巫女姫の血が流れている」
愛梨「それは、私が母から産まれてきただけのことであって……」
蓮「それだけで、十分ではないですか」
顔が俯きかけた愛梨だったが、ゆっくりと顔を上げて自分の手を引く蓮を見つめる
蓮「しじま喰いが狙うほどの貴重な血が、愛梨様に流れている」
足を止め、愛梨の頸動脈に触れる蓮
人混みで長時間足を止めるわけにはいかず、蓮は再び愛梨の手を引いて目的の場所へと向かう
蓮「俺は、紫藤の血が半分しか流れてないので」
蓮「絶望的です」
言葉の意味を理解した愛梨は、繋ぐ手に力を込める
手に力を込められたのに気づいた蓮は、愛梨に視線を向ける
蓮「愛人の子は、愛人の子ってことです」
愛梨「でも!」
愛梨「ご両親は、蓮さんの可能性を捨てたわけでは……」
蓮「都合のいい殺し屋が欲しかったんですよ」
愛梨が繋ぐ手にぎゅっと力を入れていることが気になる蓮
蓮「癖、ですか?」
愛梨「あ、すみません」
愛梨「手が痛かったですよ……」
蓮「いいものですね」
蓮「誰かが隣にいてくれるというのは」
着物姿の子どもが草履に足を痛め、屈んでいるのを見つける愛梨
両親は子どもを心配そうに見守る
愛梨「治癒の歌……」
蓮「治癒の歌なんてものもあるんですか?」
愛梨「え、あ、はい……」
蓮「音紡ぎは音は視えても、歌の意味まではわからないもので」
愛梨「とても大きな力を発揮すると伺っています」
愛梨「不治の病すらも治すことができると」
蓮「人間は死ぬことができなくなってしまいますね」
草履で足を痛めている女性の横を通り過ぎようとする蓮
女性を気にかけているものの、自分には何もできることがない愛梨
愛梨が足を止め、蓮のことを引き留める
蓮「愛梨様?」
愛梨「少し時間をください」
蓮と手を繋ぐことをやめ、子どもの元へと駆け寄る
愛梨「清潔な布はお持ちですか」
愛梨「少しでも足への摩擦が減ればと……」
母親「ありがとうございます」
父親「感謝いたします」
愛梨から預かった布を、子どもの足へと当てる両親
愛梨「……歌姫様をご存知ですか」
母親「お噂にはかねがね伺っておりますが……」
父親「私たちがお会いできるような存在では……」
愛梨「私は歌姫様ではありませんが」
愛梨「歌姫様は治癒の歌をお持ちなんですよ」
愛梨は記憶にある治癒の譜を唄うが、子どもの傷が癒えることはない
自分に力がないことに心を痛める愛梨だが、子どもの笑顔のために歌を唄う
子ども「おねえちゃん! すっごい!」
母親「お上手ですね」
父親「これは見事なものだ」
愛梨の歌が神に届くことはなかったが、家族の間に笑顔が広がる
愛梨「私の歌に力はありませんが」
愛梨「お子様が笑顔を取り戻してくれて良かったです」
父親に背負われた子どもが、愛梨に手を振ってくれる
家族と別れ、再び人混みの中へと紛れていく愛梨と蓮
蓮「さすがは歌姫様」
愛梨「やっぱり、私の歌は神には届かない」
蓮「愛梨様の唄には、芯がありますよ」
再び手を繋ぎ直す二人
愛梨「私の歌を、どこかで……」
蓮「あー、かなり昔の話です」
蓮「音紡ぎの候補として、お会いしたことがあります」
愛梨「海梨ちゃんと間違えて……」
自分を卑下することしかできず、自分の足元を見て歩く愛梨
蓮「声が違うじゃないですか」
愛梨「でも、成長することで声は変わる……」
蓮「聞き間違えるわけがないんですよ」
やっと顔を上げることができるようになった愛梨
蓮「俺は、かつての音紡ぎ候補」
蓮「愛梨様に譜を捧げるために産まれてきましたから」
〇街/花屋/夜
蓮「少し早いですが、お祝いしましょう」
蓮「愛梨様が、巫女姫の力を取り戻した日の祝いを」
蓮は柔らかな笑みを浮かべて、愛に一輪の花を差し出してくる。
蓮「命令です」
蓮「受け取ってください」
何度感謝の言葉を述べても足りないくらい、温かな気持ちで満たされる愛梨
言葉を詰まらせた愛梨は息を呑み、もう一度、呼吸を整えて蓮に視線を向ける
愛梨「……ありがとうございます」
作り笑顔ではなく、心からの笑顔を浮かべる愛梨
花屋の主人から、一輪の花を受け取る愛梨
愛梨「私を喜ばせてばかりいたら、償いには……」
蓮「俺のことを忘れられなくなるでしょう?」
愛梨は視線を逸らすことなく、真っすぐ蓮を見つめる
蓮「俺が音紡ぎの才を開花させない限り」
蓮「愛梨様は別の男の元に嫁ぐことになるはずです」
蓮「その男に嫁いだあとも、ずっと覚えていてください」
蓮「音紡ぎになれなかった哀れな男がいたということを」
蓮がくれる言葉にはもの悲しさが含まれているのに、蓮は優しい笑みを崩すことがない
蓮「夫以外の男を記憶に留める」
蓮「それが、愛梨様の罰です」
愛梨(毎日)
愛梨(ほんのわずかの時間だったけれど)
愛梨(蓮さんは私に幸福を与えてくれる)
〇月城の和造りの屋敷/愛梨の部屋/夜
多くの備品が収納されているため、愛梨の部屋自体はとても広い
物が多すぎるために、眠るための場所が少し確保できるくらい
窓際に一部が欠けた花瓶が置かれ、そこに一輪の花が飾ってある
愛梨(私が巫女姫になれなかったから)
愛梨(蓮さんは、音紡ぎの才を開花できなかったのかもしれない)
足かせを外して、部屋の外へと出る準備を整える愛梨
愛梨(何をすれば、蓮さんに償うことができる……)
襖を横に移動させると、そこに待っていたのは蓮だった
愛梨「蓮さ……」
愛梨の唇に自身の人差し指を触れさせ、大きな声を出さないように合図を送る蓮
蓮「愛梨様を攫いに来ました」
にっこりと微笑む蓮は、愛梨に1本の花を贈る
愛梨「お迎えのたびに贈り物をいただいていたら」
愛梨「花瓶が足りなくなってしまいます」
花を贈られることを嬉しいと思っているのに、蓮への申し訳なさから喜びを表現できない愛梨
蓮「うれしいですか?」
愛梨の顔を覗き込む蓮
蓮「鬱陶しいですか?」
さらに顔を近づけ、愛梨の表情を確認しようとする蓮
愛梨「……うれしいです」
花を手にした手では自分の顔に溜まる熱を隠しきれない愛梨は、観念して素直な気持ちを述べる
蓮「足かせ、自由に外せるんですね」
愛梨「私を監視できない夜の時間だけ、鍵を」
蓮「巫女姫様にも睡眠時間は必要、と」
愛梨「巫女姫と言っても、人の子ですから」
〇街/呉服屋の前/夜
人通りの多い通り
みすぼらしい格好をするのが当たり前だった愛梨だが、海梨のような華やかな着物を着ている
愛梨「蓮さん、これは……」
蓮「お気に召しませんでした?」
蓮「殺しで得た金で、今日は贅沢をしましょう」
呉服店店主「ありがとうございました」
〇街/人通りの多い通り/夜
人混みに取り残されないように、しっかりと手を繋ぎ合う二人
蓮「お綺麗です」
愛梨「っ」
蓮「この街は誰も、俺たちが価値なしということに気づきません」
蓮「巫女姫の存在を知らないのではなく」
蓮「巫女姫の存在が当たり前すぎて、無関心なんです」
初めて見る外の世界に戸惑いを含んだ眼差しを向ける愛梨
蓮「巫女姫様のおかげで、世界はこんなにも平和なのに」
愛梨「海梨ちゃんの力、ですね」
零れそうになった涙を押し込める愛梨
蓮に泣いていないと伝えるために、しっかりと表情を整える愛梨
蓮「愛梨様も、諦める必要はないかと」
愛梨「私の歌は神に届かないと……」
懐から銃を取り出し、人混みの中でも遠慮することなく銃弾を放つ蓮
しじま喰いが滅せられ、多くの血飛沫が街を覆い尽くす
道行く人々は、悲惨な状況が広がっていることを気に留めずに歩を進めていく
蓮「気にしなくていいですよ」
蓮「視えない人の方が多いので」
自分の視界にはとんでもない惨劇が飛び込んでくるのに、世間は何事もなく自分たちの用事を済ませていく
人々が無関心な様子に胸を痛めた愛梨は、繋ぐ手に力を込める
蓮「怖いですよね」
蓮「月城と紫藤の人間だけが取り残されたみたいな……」
愛梨「でも、蓮さんはここにいます」
愛梨「私も、ここにいます」
愛梨「存在がなかったことにはなりません」
諦めのない強い眼差しを蓮に向けると、蓮は話をはぐらかすように愛梨から視線を逸らす
蓮「しじま喰いは、何を狙ったと思いますか?」
愛梨「……私」
蓮「正解です。しじま喰いは、巫女姫の血が大好物の妖」
蓮「愛梨様の体には、巫女姫の血が流れている」
愛梨「それは、私が母から産まれてきただけのことであって……」
蓮「それだけで、十分ではないですか」
顔が俯きかけた愛梨だったが、ゆっくりと顔を上げて自分の手を引く蓮を見つめる
蓮「しじま喰いが狙うほどの貴重な血が、愛梨様に流れている」
足を止め、愛梨の頸動脈に触れる蓮
人混みで長時間足を止めるわけにはいかず、蓮は再び愛梨の手を引いて目的の場所へと向かう
蓮「俺は、紫藤の血が半分しか流れてないので」
蓮「絶望的です」
言葉の意味を理解した愛梨は、繋ぐ手に力を込める
手に力を込められたのに気づいた蓮は、愛梨に視線を向ける
蓮「愛人の子は、愛人の子ってことです」
愛梨「でも!」
愛梨「ご両親は、蓮さんの可能性を捨てたわけでは……」
蓮「都合のいい殺し屋が欲しかったんですよ」
愛梨が繋ぐ手にぎゅっと力を入れていることが気になる蓮
蓮「癖、ですか?」
愛梨「あ、すみません」
愛梨「手が痛かったですよ……」
蓮「いいものですね」
蓮「誰かが隣にいてくれるというのは」
着物姿の子どもが草履に足を痛め、屈んでいるのを見つける愛梨
両親は子どもを心配そうに見守る
愛梨「治癒の歌……」
蓮「治癒の歌なんてものもあるんですか?」
愛梨「え、あ、はい……」
蓮「音紡ぎは音は視えても、歌の意味まではわからないもので」
愛梨「とても大きな力を発揮すると伺っています」
愛梨「不治の病すらも治すことができると」
蓮「人間は死ぬことができなくなってしまいますね」
草履で足を痛めている女性の横を通り過ぎようとする蓮
女性を気にかけているものの、自分には何もできることがない愛梨
愛梨が足を止め、蓮のことを引き留める
蓮「愛梨様?」
愛梨「少し時間をください」
蓮と手を繋ぐことをやめ、子どもの元へと駆け寄る
愛梨「清潔な布はお持ちですか」
愛梨「少しでも足への摩擦が減ればと……」
母親「ありがとうございます」
父親「感謝いたします」
愛梨から預かった布を、子どもの足へと当てる両親
愛梨「……歌姫様をご存知ですか」
母親「お噂にはかねがね伺っておりますが……」
父親「私たちがお会いできるような存在では……」
愛梨「私は歌姫様ではありませんが」
愛梨「歌姫様は治癒の歌をお持ちなんですよ」
愛梨は記憶にある治癒の譜を唄うが、子どもの傷が癒えることはない
自分に力がないことに心を痛める愛梨だが、子どもの笑顔のために歌を唄う
子ども「おねえちゃん! すっごい!」
母親「お上手ですね」
父親「これは見事なものだ」
愛梨の歌が神に届くことはなかったが、家族の間に笑顔が広がる
愛梨「私の歌に力はありませんが」
愛梨「お子様が笑顔を取り戻してくれて良かったです」
父親に背負われた子どもが、愛梨に手を振ってくれる
家族と別れ、再び人混みの中へと紛れていく愛梨と蓮
蓮「さすがは歌姫様」
愛梨「やっぱり、私の歌は神には届かない」
蓮「愛梨様の唄には、芯がありますよ」
再び手を繋ぎ直す二人
愛梨「私の歌を、どこかで……」
蓮「あー、かなり昔の話です」
蓮「音紡ぎの候補として、お会いしたことがあります」
愛梨「海梨ちゃんと間違えて……」
自分を卑下することしかできず、自分の足元を見て歩く愛梨
蓮「声が違うじゃないですか」
愛梨「でも、成長することで声は変わる……」
蓮「聞き間違えるわけがないんですよ」
やっと顔を上げることができるようになった愛梨
蓮「俺は、かつての音紡ぎ候補」
蓮「愛梨様に譜を捧げるために産まれてきましたから」
〇街/花屋/夜
蓮「少し早いですが、お祝いしましょう」
蓮「愛梨様が、巫女姫の力を取り戻した日の祝いを」
蓮は柔らかな笑みを浮かべて、愛に一輪の花を差し出してくる。
蓮「命令です」
蓮「受け取ってください」
何度感謝の言葉を述べても足りないくらい、温かな気持ちで満たされる愛梨
言葉を詰まらせた愛梨は息を呑み、もう一度、呼吸を整えて蓮に視線を向ける
愛梨「……ありがとうございます」
作り笑顔ではなく、心からの笑顔を浮かべる愛梨
花屋の主人から、一輪の花を受け取る愛梨
愛梨「私を喜ばせてばかりいたら、償いには……」
蓮「俺のことを忘れられなくなるでしょう?」
愛梨は視線を逸らすことなく、真っすぐ蓮を見つめる
蓮「俺が音紡ぎの才を開花させない限り」
蓮「愛梨様は別の男の元に嫁ぐことになるはずです」
蓮「その男に嫁いだあとも、ずっと覚えていてください」
蓮「音紡ぎになれなかった哀れな男がいたということを」
蓮がくれる言葉にはもの悲しさが含まれているのに、蓮は優しい笑みを崩すことがない
蓮「夫以外の男を記憶に留める」
蓮「それが、愛梨様の罰です」
愛梨(毎日)
愛梨(ほんのわずかの時間だったけれど)
愛梨(蓮さんは私に幸福を与えてくれる)



