10月。すっかり秋になった。
新しいマネージャーが決まり、俺は後輩に引き継ぎをしていた。放課後、体育館倉庫で後輩マネージャーに道具の管理方法を教える。
「日向先輩、これでいいですか?」
「うん、いいよ。完璧」
後輩が納得して、別の作業をしていく。
その時、賑やかな声が聞こえて来た。1年部員達だ。
「日向先輩!」
「どうしたんだ?」
「シュン先輩が、誰かに告白するって本当っすか?」
ああ、その話がまだ続いているのか。
「知らない」
「でも、今日告白するらしいっすよ」
え? 今日……?
「誰に告白するんだ?」
「それが、わかんないんですよね~でも、部活後に体育館裏で告白するって」
体育館裏って……えっ、相手男なの? まさか……。
「へぇ~」
そう言って、俺は興味本位で、急いで体育館裏に向かった。相手が誰か見てみたくなって。しかし、人影を探したけど誰もいなかった。
……何? 嘘なの? 一年の奴らが適当な事言ってんのかな。
「ひな~」
後ろから声がして、振り返ると、シュンが立っていた。
「シュン? お前、告白するって聞いたんだけど」
「あーお前に」
シュンが悪戯な表情で言う。
「は?」
「冗談だ。お前を呼び出すための嘘」
え?
どういうことだ?
「お前、氷室のこと、まだ避けてるだろ」
「……避けてない」
「嘘つくなよ。喧嘩長引きすぎじゃね?」
シュンがため息をつく。
「氷室、大会では上手くやったけど、まだ本調子じゃないし」
「そうかな?」
「そうだよ。お前年上なんだから許してやれよ。
あいつ次期部長なんだからストレス与えんな」
……そんなつもりじゃなかったのに。
「俺が悪いのかな?」
「そろそろ、ちゃんと話し合いしろよ」
シュンがスマホをチラッと見て言う。
「あっ、俺、用事思い出したから、そろそろ行くわ」
そう言って、シュンは去っていった。残された俺は、その場に立ち尽くす。
俺が、凛と話すの? どうやって……。
そのとき、小石を踏むジャリッという音が聞こえて、そちらを見ると凛が立っていた。
「ひな先輩」
「凛……」
「シュン先輩に、ここに来いって言われたんですけど」
あー、シュンの仕業か。嵌められた!
「さっきまでいたんだけど……」
「そうなんですか」
凛が近づいてくるが、俺は、思わず一歩下がった。すると、凛が、悲しそうな顔をする。
「……やっぱり、まだ、避けてますよね?」
「避けてない」
「避けてます」
凛がもう一歩近づく。
「ひな先輩、なんで避けるんですか?」
「……」
怖くて答えられない。
「やっぱりあの夜……俺、何かしたんですか?」
「何もしてない」
「じゃあ、なんで」
凛の声が、震えている。
「俺、ひな先輩に嫌われたくないです」
その言葉が、まっすぐ響いた。
「嫌ってなんか……ない」
「じゃあ、なんで避けるんですか!」
凛が大きな声を出す。
……もう、限界だ。
「好きだから!」
思わず、叫んでいた。
凛が、固まる。
「え……?」
「好きなんだよ、凛のこと」
言ってしまった。もう、止まらない。
「後輩としてじゃなくて、恋愛対象として……」
凛が目を見開く。
「合宿の時、凛が熱出して、いろいろ言っただろ?
覚えてないのはわかってる。
でも、いつも俺のこと考えてて
苦しいって……「ひな」って呼んでくれたことも」
凛が、息を呑む。
「全部、忘れられないんだ。
それで、気づいちゃったんだ。
俺、凛のこと好きなんだって」
凛は、呆然としている。
「でも、俺なんかが——」
言いかけて、凛が俺の言葉を遮る。
「待って、ひな先輩、『俺なんか』って言わないで」
凛が一歩踏み込み、俺の手を握る。
「だって……俺が好きなのは、ひな先輩だから」
え?
「合宿の時、俺……覚えてないって嘘ついてた。
本当は、全部覚えてる。
ひな先輩に、いろいろ言っちゃったこと。
襲いかけたことも……全部」
凛が顔を上げると、瞳が潤んで見える。
「でも、迷惑かもって思って、覚えてない振りしてた。
ひな先輩が避けるから、やっぱり嫌われたんだって思って……。
でも——」
凛がもう一歩近づき、俺の手を強く握る。
「ひな先輩も、俺のこと好きって言ってくれて、すごく嬉しい」
その言葉を聞いて、全身が熱を帯びた。
「凛……」
「俺、ずっと前から、ひな先輩のことが好き。
入部した時から、ずっと見てたから。
ひな先輩が部員たちの世話焼いてるとこ、
笑ってるとこ——全部」
凛はぎゅっと俺の手を強く握り、見つめてくる。
「他の奴らがひな先輩に触るの、見てらんなかった。
俺のことだけ見てて欲しいって、いつも思ってた。
ひな先輩が、特別だから」
その言葉が、心に響く。
「……凛」
「だから、ひな先輩、『俺なんか』って言わないで。
ひな先輩の全てが、好きだから」
もう、我慢できない。胸がいっぱいで涙がこぼれそう。
「凛……」
「……抱きしめていい?」
「うん……」
凛が俺を優しく抱きしめた。優しく頭を撫でてくれる。
凛の腕の中は、雲に乗っているみたいに、ふわっとして、身体も心も軽く感じた。
俺も凛の背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。
「ひな……好き」
「……俺も、好き」
顔が熱いし、息が止まりそう。
「これから、俺のもの、ですから」
凛がそう言って、くしゃっと笑う。俺は凛を見上げて疑問をぶつける。
「……うん。俺たちって付き合うの?」
「うん、えっ、付き合わないとかありますか?」
「ううん。違う。受験あるから、あんまり遊べないけど、いいの?」
「いいですよ。受験応援してます。息抜きでたまに遊べたら」
「そうだな。あ~信じられない、両想いだなんて……」
「今度から、ちゃんと話しましょうか。
お互い空回りして、勝手に思い込んでいたみたいだから」
「うん。本当そう……俺だけが好きなんだって思ってたし」
「フフッ、あんなに俺アピールしてたのに、なんでそうなるんだろ」
「……俺、鈍感なのかも。シュンとかにも言われてたのに、凛が俺の事好きって」
俺たちは、ハグを解いて一緒に帰ることにした。いつもの銀杏並木を二人で歩くのは久しぶりだ。もう銀杏は黄色く色づき、ロマンチックな雰囲気に包まれていた。
「久しぶりですね、一緒に歩く銀杏並木」
「うん……俺のせいだな」
「気にしないで。俺、これからは、ずっと、離れないんで」
「絶対?」
「絶対」
そう言って、向かい合って見つめ合う。
凛の手が俺の顎を持ち上げる——熱い視線に、思考が溶けていく。
徐々に唇が、近づいてくる。
これって……キス? 呼吸が、止まった。
「凛……」
名前を呼ぶと、凛が、ニッと口角を上げる。
そして——唇が、俺の額に触れた。
「あ……」
え? 唇じゃなくて、おでこに……?
「凛、何で……」
「ひな……俺たちの最初のキスは、もっと特別な場所でしたいから」
「え……」
「今は、この約束のキスで」
凛がそう言って手を繋ぎ、悪戯な笑みを浮かべた。
「ひな、顔赤い」
「赤くない」
「赤いよ?」
凛がニヤニヤしながら言う。
「可愛い」
「言うな!」
そう言いながらも、俺は凛の手を放さなかった。
「ひな」
「ん?」
「これからも、ずっと一緒にいてください」
凛が言うと、なんかプロポーズみたいだ。
「大学行っても、社会人になっても」
「うん、ずっと一緒だ」
俺はそう答えた。声が、少しだけ震えた。
◇
その後、シュンに言われて、部員たちには「付き合う」ことを伝えた。反応は、予想通り。
「やっと公式ですか!」
「待ってました!」
「氷室、良かったな」
部員たちは祝福してくれた。
凛は、その全てをしっかりと受け止めて、いつもの爽やかな笑顔で俺を見つめる。
「ひな~やっと素直になったな!」
シュンがポンッと俺の肩に手を置く。
「シュンが御膳立てしてくれたからな。お節介な友人に感謝しないとだな」
「そうだぞ。お返し忘れるなよ」
「あっ、そういえばシュン。
お前が告白するって話、結局なんだったんだ?」
「ああ、あれ? お前の恋に火をつけたかっただけ」
「は? どういうことだよ」
「お前が鈍感すぎて見てらんなくてさ~
氷室も可哀想だし。だから、ちょっと焦らせてみた!」
シュンがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「まあ、俺も恋してえな〜 誰か紹介してくれよ」
「自分で探せよ。あー完全に騙された!」
俺たちは笑い合った。
「氷室の調子も上がるし、俺も安心して引退できる」
「シュン先輩、ありがとうございます。
でも、その手そろそろ除けてもらえますか?」
「あーごめん、お前が嫉妬深いの忘れてた」
みんなの前で公表するのはちょっと迷ったけど、祝福されて凛が嬉しそうなのを見て、俺も嬉しくなった。
これからは、こんな風にいつも、凛を笑わせてあげるんだ。
新しいマネージャーが決まり、俺は後輩に引き継ぎをしていた。放課後、体育館倉庫で後輩マネージャーに道具の管理方法を教える。
「日向先輩、これでいいですか?」
「うん、いいよ。完璧」
後輩が納得して、別の作業をしていく。
その時、賑やかな声が聞こえて来た。1年部員達だ。
「日向先輩!」
「どうしたんだ?」
「シュン先輩が、誰かに告白するって本当っすか?」
ああ、その話がまだ続いているのか。
「知らない」
「でも、今日告白するらしいっすよ」
え? 今日……?
「誰に告白するんだ?」
「それが、わかんないんですよね~でも、部活後に体育館裏で告白するって」
体育館裏って……えっ、相手男なの? まさか……。
「へぇ~」
そう言って、俺は興味本位で、急いで体育館裏に向かった。相手が誰か見てみたくなって。しかし、人影を探したけど誰もいなかった。
……何? 嘘なの? 一年の奴らが適当な事言ってんのかな。
「ひな~」
後ろから声がして、振り返ると、シュンが立っていた。
「シュン? お前、告白するって聞いたんだけど」
「あーお前に」
シュンが悪戯な表情で言う。
「は?」
「冗談だ。お前を呼び出すための嘘」
え?
どういうことだ?
「お前、氷室のこと、まだ避けてるだろ」
「……避けてない」
「嘘つくなよ。喧嘩長引きすぎじゃね?」
シュンがため息をつく。
「氷室、大会では上手くやったけど、まだ本調子じゃないし」
「そうかな?」
「そうだよ。お前年上なんだから許してやれよ。
あいつ次期部長なんだからストレス与えんな」
……そんなつもりじゃなかったのに。
「俺が悪いのかな?」
「そろそろ、ちゃんと話し合いしろよ」
シュンがスマホをチラッと見て言う。
「あっ、俺、用事思い出したから、そろそろ行くわ」
そう言って、シュンは去っていった。残された俺は、その場に立ち尽くす。
俺が、凛と話すの? どうやって……。
そのとき、小石を踏むジャリッという音が聞こえて、そちらを見ると凛が立っていた。
「ひな先輩」
「凛……」
「シュン先輩に、ここに来いって言われたんですけど」
あー、シュンの仕業か。嵌められた!
「さっきまでいたんだけど……」
「そうなんですか」
凛が近づいてくるが、俺は、思わず一歩下がった。すると、凛が、悲しそうな顔をする。
「……やっぱり、まだ、避けてますよね?」
「避けてない」
「避けてます」
凛がもう一歩近づく。
「ひな先輩、なんで避けるんですか?」
「……」
怖くて答えられない。
「やっぱりあの夜……俺、何かしたんですか?」
「何もしてない」
「じゃあ、なんで」
凛の声が、震えている。
「俺、ひな先輩に嫌われたくないです」
その言葉が、まっすぐ響いた。
「嫌ってなんか……ない」
「じゃあ、なんで避けるんですか!」
凛が大きな声を出す。
……もう、限界だ。
「好きだから!」
思わず、叫んでいた。
凛が、固まる。
「え……?」
「好きなんだよ、凛のこと」
言ってしまった。もう、止まらない。
「後輩としてじゃなくて、恋愛対象として……」
凛が目を見開く。
「合宿の時、凛が熱出して、いろいろ言っただろ?
覚えてないのはわかってる。
でも、いつも俺のこと考えてて
苦しいって……「ひな」って呼んでくれたことも」
凛が、息を呑む。
「全部、忘れられないんだ。
それで、気づいちゃったんだ。
俺、凛のこと好きなんだって」
凛は、呆然としている。
「でも、俺なんかが——」
言いかけて、凛が俺の言葉を遮る。
「待って、ひな先輩、『俺なんか』って言わないで」
凛が一歩踏み込み、俺の手を握る。
「だって……俺が好きなのは、ひな先輩だから」
え?
「合宿の時、俺……覚えてないって嘘ついてた。
本当は、全部覚えてる。
ひな先輩に、いろいろ言っちゃったこと。
襲いかけたことも……全部」
凛が顔を上げると、瞳が潤んで見える。
「でも、迷惑かもって思って、覚えてない振りしてた。
ひな先輩が避けるから、やっぱり嫌われたんだって思って……。
でも——」
凛がもう一歩近づき、俺の手を強く握る。
「ひな先輩も、俺のこと好きって言ってくれて、すごく嬉しい」
その言葉を聞いて、全身が熱を帯びた。
「凛……」
「俺、ずっと前から、ひな先輩のことが好き。
入部した時から、ずっと見てたから。
ひな先輩が部員たちの世話焼いてるとこ、
笑ってるとこ——全部」
凛はぎゅっと俺の手を強く握り、見つめてくる。
「他の奴らがひな先輩に触るの、見てらんなかった。
俺のことだけ見てて欲しいって、いつも思ってた。
ひな先輩が、特別だから」
その言葉が、心に響く。
「……凛」
「だから、ひな先輩、『俺なんか』って言わないで。
ひな先輩の全てが、好きだから」
もう、我慢できない。胸がいっぱいで涙がこぼれそう。
「凛……」
「……抱きしめていい?」
「うん……」
凛が俺を優しく抱きしめた。優しく頭を撫でてくれる。
凛の腕の中は、雲に乗っているみたいに、ふわっとして、身体も心も軽く感じた。
俺も凛の背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。
「ひな……好き」
「……俺も、好き」
顔が熱いし、息が止まりそう。
「これから、俺のもの、ですから」
凛がそう言って、くしゃっと笑う。俺は凛を見上げて疑問をぶつける。
「……うん。俺たちって付き合うの?」
「うん、えっ、付き合わないとかありますか?」
「ううん。違う。受験あるから、あんまり遊べないけど、いいの?」
「いいですよ。受験応援してます。息抜きでたまに遊べたら」
「そうだな。あ~信じられない、両想いだなんて……」
「今度から、ちゃんと話しましょうか。
お互い空回りして、勝手に思い込んでいたみたいだから」
「うん。本当そう……俺だけが好きなんだって思ってたし」
「フフッ、あんなに俺アピールしてたのに、なんでそうなるんだろ」
「……俺、鈍感なのかも。シュンとかにも言われてたのに、凛が俺の事好きって」
俺たちは、ハグを解いて一緒に帰ることにした。いつもの銀杏並木を二人で歩くのは久しぶりだ。もう銀杏は黄色く色づき、ロマンチックな雰囲気に包まれていた。
「久しぶりですね、一緒に歩く銀杏並木」
「うん……俺のせいだな」
「気にしないで。俺、これからは、ずっと、離れないんで」
「絶対?」
「絶対」
そう言って、向かい合って見つめ合う。
凛の手が俺の顎を持ち上げる——熱い視線に、思考が溶けていく。
徐々に唇が、近づいてくる。
これって……キス? 呼吸が、止まった。
「凛……」
名前を呼ぶと、凛が、ニッと口角を上げる。
そして——唇が、俺の額に触れた。
「あ……」
え? 唇じゃなくて、おでこに……?
「凛、何で……」
「ひな……俺たちの最初のキスは、もっと特別な場所でしたいから」
「え……」
「今は、この約束のキスで」
凛がそう言って手を繋ぎ、悪戯な笑みを浮かべた。
「ひな、顔赤い」
「赤くない」
「赤いよ?」
凛がニヤニヤしながら言う。
「可愛い」
「言うな!」
そう言いながらも、俺は凛の手を放さなかった。
「ひな」
「ん?」
「これからも、ずっと一緒にいてください」
凛が言うと、なんかプロポーズみたいだ。
「大学行っても、社会人になっても」
「うん、ずっと一緒だ」
俺はそう答えた。声が、少しだけ震えた。
◇
その後、シュンに言われて、部員たちには「付き合う」ことを伝えた。反応は、予想通り。
「やっと公式ですか!」
「待ってました!」
「氷室、良かったな」
部員たちは祝福してくれた。
凛は、その全てをしっかりと受け止めて、いつもの爽やかな笑顔で俺を見つめる。
「ひな~やっと素直になったな!」
シュンがポンッと俺の肩に手を置く。
「シュンが御膳立てしてくれたからな。お節介な友人に感謝しないとだな」
「そうだぞ。お返し忘れるなよ」
「あっ、そういえばシュン。
お前が告白するって話、結局なんだったんだ?」
「ああ、あれ? お前の恋に火をつけたかっただけ」
「は? どういうことだよ」
「お前が鈍感すぎて見てらんなくてさ~
氷室も可哀想だし。だから、ちょっと焦らせてみた!」
シュンがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「まあ、俺も恋してえな〜 誰か紹介してくれよ」
「自分で探せよ。あー完全に騙された!」
俺たちは笑い合った。
「氷室の調子も上がるし、俺も安心して引退できる」
「シュン先輩、ありがとうございます。
でも、その手そろそろ除けてもらえますか?」
「あーごめん、お前が嫉妬深いの忘れてた」
みんなの前で公表するのはちょっと迷ったけど、祝福されて凛が嬉しそうなのを見て、俺も嬉しくなった。
これからは、こんな風にいつも、凛を笑わせてあげるんだ。



