「いや、昭和のヤンキーアニメみたいなこと言うなよ。今は令和……」
「ほんと、おおマジだって! サッカー部が超先輩至上主義なの知ってるだろ? こないだも、隣のクラスの岡山が先輩に頼まれたライブチケット当たらなくて半殺しにされてたんだよ。あいつが腕に包帯巻いてきたの見てるだろ」
そう言えば、春終わりに岡山が本当に死んだ顔で登校してきて、その腕には包帯、顔にも無数のガーゼが貼ってあったような。
「でもそれって、交通事故って話じゃ……」
「サッカー部の先輩にやられました、なんて口が裂けても言えるわけないだろ。先生達だって見ないふりだ。今日の部活で絶対に聞かれる。俺の人生詰むよ」
大塚は友達だ。
色々良くしてもらってはいるし、こんなこじらせた僕がなんとなく惰性で高校生活を送れていたのは、大塚の性格故だ。
でも、ここでなんて言えばいい?
「なぁ! 氷室‼」
「あ、あぁ……。ごめん。花火さんがどんな人か言えば、大塚はひとまず無事でいれるのか?」
「それは分からない。付き合えるようにセッティングしろとか言われるかもしれないけど、何も言わないよりはましだと思う」
大塚の声は震えていた。
こんな大塚見たことが無い。
「実は先輩の代にも昊野さんが人気があるって知ったのが花火さんと付き合った後だったんだ。花火さんの事メンヘラとか言っちゃったけど、先輩に目をつけられるのが怖くて、付き合ってすぐ別れてもらったんだよ……」
そういう事だったのか。
先輩至上主義ってのは、先輩のサポートをする程度だと思っていた。
「ごめん、ごめんな……。氷室。こんなのに巻き込まれたって知るかって話だよな。俺に度胸があればせめて昊野さんの事をでっち上げてその場をしのげたんだ。でも、的外れだった時のことを考えると恐ろしくて……」
完全に参ってしまっている大塚に、何とかしてあげたいという気持ちはある。
正直いつも通りの大塚なら適当に嘘でも並べて、上手くその場を切り抜けることなんて容易だと思う。だから僕もこの話を甘く見ていた。
先輩がここまで頭のねじがぶっ飛んだやつだと考えると、最悪の事態がちらついて動くに動けないんだ。多分。
でもここで花火さんの事を伝えて、先輩が花火さんを気に入ってしまったら?
次は花火さんが危険な目にあってしまう。
それは絶対に避けたい。
残りの2日間、何が何でも無事に「普通」を過ごしてほしい。
「分かった。花火さんは、かなり硬い性格だ。頑固で、自分の意見は曲げない。メンヘラってのも一理あるさ。だから横暴な先輩には向かないと思うよ。先輩みたいな人はきっと自分の言う事を聞いてくれる従順な人が好きだと思うから」
違う。花火さんはこんな人じゃない。
でも、今は先輩の興味を無くすのが最優先だ。
大塚がこれを先輩に言えば、大塚も解放されるし先輩も諦めてくれるだろう。
「分かった。そういう感じで伝えとく。氷室、本当にありがとう」
電話が終わる頃には半泣きになっていた大塚と一端電話を切った。
花火さんとの約束の時間まであまり無い。
スマホをしまって走ることにした。
「ごめん。お待たせ」
「顔色悪いけど、大丈夫?」
朝から頭を使ったし、サッカー部のあんな話を聞いてしまったら恐怖を覚えざるを得ない。
でも、花火さんに余計な心配はかけたくなくて
「普段運動しないのに全力ダッシュしてきたからかな」
そんなことでごまかして、店を回ることにした。
サッカー部は今日1日練らしく、どっちにしろ大塚の安否を聞けるのは夕方以降だ。
今は少し忘れてこの時間を楽しみたい。
「今日はどうしてショッピングモールなの?」
場所を提案したのは花火さんだった。
「雪君が半袖着ていいって言ってくれたんだけど、私持ってないからさ。死ぬ前に着てみようかなって。現地調達」
「なるほどね」
花火さんは半袖を着たことが無いらしい。 生まれてすぐ腕の数字に親が気づき、物心ついたときから長袖を着ていたという。
「タトゥーだと思われたらまずいからって理由で長袖着させられてたけど、夏でも長袖着てるし、幼稚園の頃とかは皆夏制服なのに私だけ冬制服着てるから、結局陰口叩かれてたけどね」
「ひどいもんだな」
「幼稚園から小学校は虐待を疑われて、中学からはリスカ。皆暇だよね。私が長袖着ようが半袖着ようが、皆の人生にはなんの影響もないのにさ」
僕が思っていたようなことが花火さんの口から出てきたのが、なんだか嬉しかった。
ネットに書いたら炎上しそうな内容を2人で盛り上がる。
ショッピングモールを練り歩きながら高校生2人で盛り上がるトピックではないと思うけど、世間に向けたら「難しい奴」とくくられる話題をこうやっておおっぴらにできたことで、心が軽くなったのを感じた。
死ぬ前にこの体験が出来て良かったな。
「あ、あれ可愛い」
ふっと店に吸いこまれていく花火さんについていく。
お店を移動しては鏡で合わせ、時には試着して、途中でお茶したり、なぜか僕も試着させられたり、静かにワーワー言いながら普通を楽しんだ。
「そろそろ決めたいよね~」
中には3周目のお店も出てきた。
どうせあと少ししか生きられないのだから沢山買ったって仕方がない。
とっておきのワンコーデを買いたいんだと。
「雪君はどれがいいと思った?」
「え、うーん……」
どれ、と言われても困ってしまう。
どれも似合ってたから。
「あ」
1つだけ、凄く目を惹かれた物があった。
それを提案すると、花火さんも満足げに
「私もそれがいいと思ってた」
とほほ笑んだ。
そうと決まれば早速そのお店に戻る。
何回目かの来店にお店の人も「あ、何度もありがとうございます」と軽く会釈してやってきた。
目をつけていた商品を全て手に持ち、お会計をする。
高校生の買い物にしてはあまりにも高額な値段だけど、欲しい物を思う存分買うんだと意気込んでいた花火さんはその数字に屈することなく、財布からお金を出した。
「素敵なコーデですね。今日、着ていかれますか?」
レジで店員さんからの提案。
「いいんですか?」
「はい、そこのフィッティングルームお使いください」
お互い目を合わせて、小さく口角が上がる。
「せっかくなら着替えようかな」
「いいじゃん、待ってるよ」
店の外で待ってるつもりだったけど、店員さんが「お連れ様もどうぞこちらへ」とフィッティングルームの前の椅子に案内してくれたので、そこに座って待つ。
大塚からまだ連絡は来ていない。
時間は午後5時を少し過ぎた所。
そろそろ部活が終わっていてもいい時間だけど……。
無事か? と連絡を入れようとしたタイミングでシャっと音がして、花火さんが部屋から出てきた。
その音を聞いて店員さんも駆けつける。
「ほんとに、凄くお似合いです~。元々お姉さんの服だったみたい」
花火さんは店員さんの言葉に乗せられて少し頬を赤らめている。
選んだのは、ノースリーブのシアーワンピースとナイロン生地の軽い長ズボン。
そして少し高さのある厚底サンダル。
花火さんの透明な肌がシアー素材によく映える。
なんだか空を飛んでいけそうな、その柔らかさが彼女にぴったりだ。
「彼氏さんも見惚れちゃいますよねぇ」
その声で我に返った。
「え? あ、い、いえ。そういうのじゃ、ないんで……」
花火さんはモゴモゴしゃべる僕をクスクスと笑いながら
「ありがとうございました」
といって店をあとにした。
「似合う?」
「うん、とっても」
「ふふ、全然こっち見ないじゃん」
「勘弁してよ……」
花火さんにおちょくられて、耳がどんどん熱くなっていくのを感じる。
これじゃ本当に格好がつかなくて恥ずかしい。
「そ、そろそろご飯食べようよ。いい時間だし」
そんな気持ちをとりあえず誤魔化すようにフードコートへ向かった。
ここではそれぞれ、僕はラーメン、花火さんはパスタを買って席に着く。
夏休みは子連れの家族が多くて、田舎にあるこのショッピングモールもいつもよりにぎやかな気がした。
「そうえば、花火さんって門限あるの?」
「ないよ。もういつ死ぬか分かってるからさ、親もうるさく言ってこないのよ。せめて好きに過ごしなさいって」
「なるほど」
「だから1日くらい無断で家開けても怒られないんだよね」
「それはすごいね」
男の僕でもさすがに連絡なしで家を空けると母親からの怒号連絡が来る。
昔、1回だけなんとなく家に帰るのが嫌になってファミレスを転々としていたら、母親から電話がかかってくるし、警察に補導されかけるしで大変だった。
「最後の晩餐、何にしようかな~」
「確かに、何食べたいの?」
「お酒くらい飲んどきたいよね」
大人になれずに死んでいく。
それは、これからできるようになる沢山の事を知らずに死んでいくということ。
「もし、メメントから逃れたら」
「無理だけどね」
「もしも、だよ。何したい?」
「真面目に受験勉強して、大学入って彼氏作って、車の免許も取りたいなぁ。ドライブとか楽しそうじゃん。私まだいちご狩り行ったことなくて、いちご狩りしにドライブ旅行。カフェでバイトして、溜まったお金で髪の毛染めてピアスあけたりしちゃってさ。楽しそうじゃない?」
花火さんの求めることに特別な事は一つもなかった。
大金持ちになりたいとか、世界一周旅行がしたいとか、そんな夢を語るように、「当たり前」を語った。
その普通さが、余計にしんどかった。
「ごめんね。巻き込んで」
「え……?」
「私と出会ってなかったら、君はまだ生きれたよ」
「違うよ。死にたがりの僕に花火さんがチャンスをくれたんだよ」
「こんなチャンス、あったらダメなんだけどね」
困り眉で口角を上げる花火さんにつられて僕もへたくそに口角を上げる。
そうだ。僕に死ぬチャンスをくれたのは、他でもない花火さんなんだから。
「あ、そうだ。見て」
そう言って思い出したようにカバンをごそごそする花火さんが何かを取り出した。
「開けてみて」
白濁色の袋に入れられていて開けないと中身が分からない。
言われた通り、ラーメンを食べる箸を止めて袋のテープをゆっくり開ける。
「わ、かわいい」
「でしょ?」
出てきたのは、掌より少し小さなネコのぬいぐるみ。
目を瞑っているネコは長いまつ毛が三本あって、可愛らしい。
首元には水色のスカーフが巻かれていた。
「見て、お揃い」
目の前に差し出されたぬいぐるみは僕が持っている物と同じで、スカーフの色だけ朱色だった。
「こういうの、やってみたかったんだよね」
「ありがと。いつの間に買ってたんだね」
「雪君がトイレ行ってるときに目に入って。ほぼ衝動買い」
全く気付かなかった。
手に納まるネコをみて微笑む。
素敵なプレゼントをもらった。
「気に入ってもらえたようでよかったよ」
「うん。とても」
二人でネコをテーブルの真ん中に置き、眺めながら夕ご飯を食べる。
一日が終わろうとしていることが名残惜しい。
時間が経てば経つほど、最期の瞬間に近づいていく。
それでも女の子を遅い時間まで外に出してくのは怖くて、
「そろそろ帰ろうか」
言葉に少しだけ名残惜しさが乗ってしまった。
いつもならすぐに「うん、帰ろう」という花火さんが少しだけ口をモゴっとさせる。
「どうした?」
「私、まだかえ……」
「あれぇ? こんなところで何してるのかなー?」
いきなり近くでかけられた声に思わず振り返る。
そこには歳が同じくらい、顔はどこかで見たことがあるような人が数人立っていた。
どこで見たんだ……。
誰だ、こいつら。
「氷室、ごめん……」
聞き覚えのある声に身を少し乗り出すとそこには、大塚が立っていた。
とゆうことはこいつらは……。
「サッカー部か?」
「お、せいかーい。知っててくれて嬉しいよ」
サッカー部、大塚の表情、こいつらのこの態度。
最悪だけど、これだけの条件がそろっていたら馬鹿でもこの状況の悪さが分かる。
「何か用ですか?」
ここはとりあえず毅然な態度をとる他ない。
こいつらになめられたら終わりだ。
「何か用ですか、じゃねえよ。わかってんだろ」
「特に思い当たることはありませんけど」
「大塚のお友達なんだろ? なぁ?」
一番大柄な男が大塚の肩を強く揺らす。
「す、すみません……」
大塚の目からは今にも涙が溢れそうで謝ることしかできていない。
「なに? これどういうこと?」
混乱一色の花火さん。
無理もない。
———ガッシャーン‼
花火さんに意識を向けてすぐ、机といすを思いっきりぶつける音に視線を戻す。
「これ以上騒ぎになったらお互いよくないだろ? 場所移そうぜ」
顔面が真っ青の大塚、横暴なサッカー部たち、焦りが隠せない僕、そして不安一色な花火さん。
この最悪なメンバーでショッピングモール近くの公園に移動した。
なんでも、大塚から話を聞いたのがあのフードコートで、話を聞いてすぐ僕たちを発見、僕のことを彼氏だと勘違いしたらしく今にいたるらしい。
大塚は花火さんが今フリーであると言う事も先輩に伝えていたと。
大塚を救うなら、ここで花火さんとは付き合っていないと証明するしかない。
でもそれは同時に花火さんをこいつらに受け渡すことになる。
はたまた、花火さんを守るために付き合ってると嘘をつけば、大塚に何が起こるか分からない。
僕がすべきは2人を守る事。
でも、どうすれば……。
その時、僕の耳元で声がした。
「いいよ。私がこの人の彼女になればいいんでしょ?」
「えっ?」
「私はだ丈夫だよ。何されたって明日には死ぬんだから」
「ダメだよそんなの。あと2日しかないからこそ、そんなの絶対にダメだ」
「なにコソコソしゃべってんだ⁈」
———ガッ
その声とほぼ同時。
自分の視界が大きく揺らいだ。
なんだ?
何が起きた?
意識が追いついてきて、次は頭部に激痛が走った。
初めて感じる痛みと、花火さんの悲鳴。
それがコマ送りのように脳内に流れ込んで、きて……。
やばい。意識が……。
「はなびさん‼」
これが声に出てたか、分からない。
気が付いた僕は夏の公園に横たわっていた。
あたりは真っ暗。
虫の声が少しずつ音量を上げる。
ザワザワと、生ぬるい風が、頬を撫でた。
うっすらと見える光は……蛍光灯?
地面。砂。あれ、こんなところで寝てた?
違う。
あれ、僕は今日花火さんと買い物に来て、服を買って、ご飯を食べて……。
ご飯を、食べて。
「——⁈」
そこまで頭が回って、スマホの時計を見た。
23時45分。
そうだ。僕はあいつらに頭を殴られて、気絶してたんだ。
スマホの通知は母さんからだけで、花火さんからも大塚からも来ていない。
花火さんを、花火さんを探さないと。
あんな奴らに捕まって無事なわけがない。
でも探すって言ったって手がかりがない。
大塚に電話する。出ない。
花火さんに電話する。出ない……。
手がかり。手がかり。
スマホに登録されているラインの友達をスクロールしながら見る。
くそ。もっと友達を作っておけばよかった。
大塚にサッカー部の事をちゃんと聞いておけばよかった。
この件を適当に受け流さず最初からもっと賢い立ち回りをしておけばよかった。
下を向いて、惰性で生きていたつけがここで回ってきたんだ。
僕は自分で嫌っていたやつらと同じだ。
……くそ。
その時、スマホが震えた。
〈花火さん〉
その通知に飛びついて電話を取る。
「花火さん⁈」
「うっせぇな。でかい声出すなよー。やっと起きたんだ。お前の彼女はもうもらったからなー」
サッカー部のやつと、後ろから聞こえる複数人の笑い声。
「おい! 花火さんは? 花火さんは無事なんだろうな!」
「だからでっかい声出すなって言ってんだろ! やっぱいい女だわ~。ありがとなぁ譲ってくれて~」
その声に怒りで震える。
守れなかったのか? 僕は、花火さんの事を。
手がかりゼロ。
どうすることもできない。
絶望に打ちひしがれてどんどんあいつらの声が遠くなる。
その時だった。
「おい! お前やめろ! 死にてえのか⁉」
いきなり電話口から聞こえる怒鳴り声と、さっきまでの余裕から焦りの声。
なんだ? 何が起こってる。
自分の頬を引っぱたくように電話に意識を集中させた。
「氷室! 氷室‼ 俺らは学校の体育倉庫にいるぞ!」
その声は大塚?
電話はその声を最後に途切れた。
学校の体育倉庫。
走って20分……。
余計な事を考えてる暇はない。
そう思って走り出そうとした時、
「君、こんな時間に何してんだ?」
振り返ると、警察がいた。
くそっなんでこんな時に。
18を超えてる僕はやましいことをしているわけではない。
でも今は一刻も早く花火さんの元へ向かわないと……。
……そうだ。
「○○高校でいいんだね?」
「はい、お願いします」
サイレン音が響く。
警察に事情を説明して、僕は今パトカーに乗って高校へ向かっている。
頼む、花火さん。
無事でいてくれ……。
パトカーであれば3分程で高校についた。
「こっちです!」
もつれそうな足で体育倉庫へ向かう。
殴られた頭が痛む。
でも、そんなことはどうだってよかった。
「ここです!」
鍵が閉まっている体育倉庫からは何やら騒がしい声が漏れていた。
サッカー部はまだいる。
警察が扉に体当たりし、激しい音共にドアが開いた。
「君は危ないから下がって……あ! 君‼」
警察を押しのけて中に入ると、花火さんに覆いかぶさる大塚が酷く暴力を受けているところだった。
「なんで、警察……⁈」
「大人しくしなさい‼」
警察は2人。
サッカー部は7人。
取り押さえてる間に2人の元へ走る。
「雪君……」
土と傷にまみれた花火さん。
「ごめん、守れなくてごめん……」
「ううん、来てくれてありがと」
もうかなり弱っている。
「雪君、最後に警察は嫌だよ……」
冗談交じりに言われたその言葉にハッとする。
そうだ。僕らはきっとこれから事情聴取。
そうすればきっと花火さんのタイムリミットは終わりを告げてしまう。
まだサッカー部と交戦している警察。
「氷室……」
「大塚! お前しっかりしろ‼」
大塚もボロボロだ。
もういつ意識が飛んでもおかしくない。
「昊野さんから、話は聞いたよ。ここは俺に任せて、行け」
「え、でも……」
「ちょっとくらいかっこつけさせてくれよ」
そう言って、大塚は警察とサッカー部の波に飛び込んでいった。
「......ありがとう大塚!」
ボロボロの花火さんを連れ、「コラ!待ちなさい!」という警察の声を背に思いっきり走った。
走って、走って、走って、つまずいても走って、「頑張れ……! もうちょっとだ……」
深夜の町をとにかく走った。
ギリギリで乗り込んだ電車は最終電車で、僕たち以外乗客はいない。
「花火さん、座ろう」
息も絶え絶えの花火さんは、新しく買った服も土まみれで所々破けている。
ズボンもかろうじてはいているような状態だった。
顔や体には無数のひっかき傷や打撲痕、切り傷があって痛々しい。
「雪君、頭から血が出てる」
そう言われて車窓に写る自分を見ると確かに頭の血は頬を経由して血痕になっている。
今になってたんこぶになっていたことに気づいた。
「同じ高校にあんな横暴な人がいたって知らかったよ」
「ほんとだね。なんか、テレビドラマみたいだ」
ボロボロの2人で呑気に話す。
もう このままどこへでも行こうよ
うん そうしよ
そう言葉を交わして、行ったことのない終点の駅まで電車に乗った。
時刻は午前2時半。
手を繋いで電車を降り、しばらく歩き続けて見つけたコンビニで花火と絆創膏、消毒、ガーゼ、お酒を買って公園を探した。
流石にお酒は買えないと思ったけど、年齢確認されずに難なく買えてしまった。
傷だらけの僕らを見て、あまり関わりたくないという感じだった。
[残り19ℏ]



