1学期を終え、皆がダラダラ過ごしているけど、僕らはそんなことをしている暇はない。
 花火さんの時間は刻一刻と迫ってきている。
 どうせ死ぬなら夏課題だってしなくていい。
 夏休みが始まってからすぐ、僕たちは場所と時間を合わせて会うことにした。

 昼過ぎのファミリーレストラン。
「僕と会う時は半袖でこればいいのに」
「あー確かに。雪君は気にならない?」
「別にそんな気にならないよ。こんな暑いのに長袖でいる方が健康に害で気になる」
 会話をしながら袖をまくり、左腕に刻まれている時間を見る花火さん。
 何度見てもこの数字は止まることを知らず、秒数を表す小さな数字が動き続けている。
「あと、3日くらい?」
「そうだよ。あっという間だね」
「何かしたいことないの?」
「死ぬまでにしたい10の事、的なやつ?」
「そうそう。的なやつ」
「んー」と天を仰いで考えている。

 え、あと3日で死ぬのに今から考えるの? という疑問をグッと飲み込んで彼女が言葉を発するのを待った。
 んー……。と熟考し、ようやく「あっ」と言ったので、僕の集中を花火さんに戻す。
「地球滅亡」
「馬鹿な事言わないでよ」
 ようやく出てきた答えがそれかい。
 下手なツッコミを入れることもできず、否定してしまう。
「いやだってさ? 私達が死ぬ前に地球ごと全員死ねばいいんだよ。そしたら私達だけ理不尽に死ななくていいでしょ?」
 どうやら花火さんの中では結構名案だったらしい。 
 マジレスが飛んできてびっくりした。

 でも、確かにそうか。
 花火さんが理不尽に死んで、皆花火さんのおかげでメメントが去った後も変わらない生活を送れるのに、花火さんが死んだことなんて誰も気づかずに次の日がやって来るんだ。

「どうやっても(のが)れられないの?」
「何が?」
「花火さんが死ぬの」
「そうらしいね」
「腕を切り落したら?」
「もうご先祖様がお試し済み」
「逃げれなかったの?」
「今私達が生きてるってことはダメだったってことだね」

 その言葉で一気に現実を見せられた気がした。
 今、僕たちが生きているという事は、これまでメメントに生贄を捧げ続けてきたことを暗示している。
 花火さんの手首から窓の外に視線を移す。
〈なんだっけ、惑星メメント? だっけ? もうすぐだよね~〉
〈らしいね~。別にそんな興味ないけど、なんか百年に一度とか言われたら一応見とくかってなるよね〉
〈わかる。え、てかさー推しのドラマ決まったんだけど―――〉

 窓に反射する学生がスマホをいじりながらてきとうに会話する。
 誰も花火さんが死ぬことなんて知らずに、のうのうと生きてる。

「ああいうの聞くと、お前も死ねって思う?」
 ほんの興味。
「うん。思うよ」
 言葉は鋭いけど、僕もきっと同じことを思うと思う。
 いつもあまり表情の見えない花火さんの瞳が一瞬、本当の意味での怒りを含んだ。
 でもすぐにいつもの冷淡な彼女に戻る。
「でも、今は雪君がいるから。呪わないであげる」
「いつもは呪ってるの?」
 会話に少し冗談が乗る。
「そうだよ。お前も死ねーって怨念こめてる」
「いいね。それくらいが人間味あって清々しい」
 花火さんは氷が溶けてできた水をストローでズッと飲んでから、
「私は、こんな運命を受け入れて儚く生きる、そんな映画の主人公にはなれないから」
 そんな当たり前(・・・・)なことを言った。

▶どー? 昊野さんの生態知れた?
▶先輩がさ、まだなのかって若干イラついてきてるんだよ なるはやでよろしく

 普段静かなスマホが珍しく震えたと思ったら、吐き気がする。
 そう言えば大塚とそんな約束をしていた気がする。
 僕の命だって後3日足らず。
 なんて返信しようか、少し迷っていた時、
「あ」
 花火さんが何か思いついたようで、スマホを閉じる。
「どうした?」
「死ぬまでにやりたい10の事、的なやつ」
「思いついた?」

「うん。私、線香花火やりたいんだよね」

「線香花火?」
「そう。実は生まれてから一回も花火やったことなくてさ。普通の花火は勢い凄くて怖いからあんまりやりたくなかったんだけど、 線香花火はしてみたいな」
 線香花火か。
 僕も久しくやってない。
「いいね。やろう」

 僕らのあと3日の命の中に、一つの約束が出来た。
 “線香花火をする”
 小さな約束だけど、いいじゃないか。
 皆の普通を僕らの特別にする。
 それでいいじゃないか。
[残り100ℏ]

 この時間、僕らは穏やかに、普通を生きる。
 そう思ってた。

 そう思っていた。のに。