「一緒に死ぬのに私君の事なんも知らないいよ」
 土曜日の正午。
 昊野花火はそう言いながらハンバーガーを頬張った。
 この子が六日後に死ぬなんてほんとに嘘みたいだよなぁ。
「名前は氷室雪(ひむろゆき)。嫌いな食べ物はトマト」
「すごい冬に全振りな名前だね……って、トマト嫌いなら先言ってよ。ここのハンバーガー全部トマト入ってるのに」
「君こそ夏に全振りな名前だけどね。さすがに子供じゃないんだから、ちゃんと食べるよ」
「偉いね。私ズッキーニ抜き」
 他愛の無さ過ぎる会話。
 こんなのでいいんだろうか。

 クラスメイトなのに名前を知られていなかったというショックはかなり遅れてやってきた。
「どうして?」
「え?」
「どうして一緒に死んでくれるの?」
 今日の朝ごはんでも聞いているような軽さ。 
 隣の席のカップルが一瞬びっくりしていたような気がするけどまあいいか。

「どうして、か……」
 少し考えるふりをするのは、生きたい彼女の前で死にたかったと即答することに少しだけ後ろめたさを感じるから。
 答えなんてとっくに決まっている。
「僕は、世間と自分のギャップにずっと息苦しさを感じてるんだ」
 どうやったら昊野さんのように話せるんだろ。
 僕が話すとなぜだか重くなってしまう。
「ギャップ?」
 ズッキーニ抜きのハンバーガーを再び頬張り、モゴモゴさせながら聞いてくる。
 そのアホっぽさが、僕の調子を狂わせてくる。
 でも、
≪言いたいことあるなら言っちゃったほうが楽だよ。時間は限られてるし≫
 彼女が言ったこの言葉を胸の中で再度流し、どうにでもなれという気持ちで、話を始めた。
 僕が死にたかった理由。

 話し終わるころには、ハンバーガーどころかセットのポテトも、コーラも空っぽになっている。
 それでも僕の話しに欠伸どころか、ため息一つつかずに聞いててくれた昊野さんに救われた。
 今まで変わり者だとか、変人という枠で括られていた僕にとってこの空気感は新鮮だった。
「私達って真逆なんだね。面白い」
 確かに。
 生きたいのに死ななければならない昊野さんと、生きれるのに死にたい僕。
 僕らが逆ならよかったのかな。
 でも、

「きっと僕は生きれることに胡坐をかいてるだけだよ」

「あぐら?」
「そう。何もしなくたってダラダラ生きれてしまうから、(せい)が退屈なんだ」
 この言葉が彼女に何を思わせたのかは分からないけど、昊野さんは少しだけ遠くを見た。
「私がもし、この運命を背負ってなかったら、私も君と同じように死にたがりになってたのかな」
 どうだろ。
 才色兼備な彼女にはこの世界がイージーモードになるのか、ハードモードになるのか、凡人の僕にはわからない。

「まぁ、でもこの世はくそだよね」
 清楚な見た目の昊野さんの口から、思いもよらない単語が出てきて「え?」と聞き返してしまう。
「昊野さんも……」
「私のこと、昊野じゃなくて花火って呼んでほしいな。気に入ってるのこの名前」
 僕の言葉に被せてそう言い、立ち上がった。
「そろそろ帰ろうか。雪君」
 もうすぐ夏休み。
 傾きかけている西日は花火さんの事を儚く照らした。
 彼女に孤独は似合わない。

[残り124ℏ]