〔残り168ℏ〕
「私は、私と一緒に死んでくれる人を探してるの」
消えかけの線香花火のような君は、うつろで、でもまっすぐな瞳でそう言った。
そしてこの言葉は
僕の生きる意味となった。
―*―
[100年に1度……。惑星…。…ついに姿を]
エアコンの効いた教室から誰も動こうとしない昼休み。
世の中の気温は上がるばかりで、いつも日焼けだなんだと騒ぎ立てる女子たちも、さすがに半袖の制服をおろしていた。
そんな中、頑なに一人長袖を突き通しているのが昊野花火だった。
真っ黒でツヤのある髪の毛は肩の上で綺麗に切りそろえられていて、暑さを感じさせない。
爽やかな雰囲気に身を包み、成績優秀で人気も高い。
これまで何度も「昊野に告ろうと思うんだよね」という言葉を聞いてきた。
寡黙で、ロシアンブルーのような雰囲気のある彼女。
人と雑談をしている様子もあまり見ないのに、なぜか告白は全て受けていた。
でも全員、1か月と続かない。
「なー俺またフリーに出戻り」
「え。こないだ昊野さんと付き合ったばっかだったじゃん。あんなに浮かれてたのになんでだよ。まさか振られた?」
彼女は高嶺の花そのものだ。
こいつとは釣り合わないだろ。
「いや。振ったんだよ」
「え、振った?」
予想外の言葉にオウム返しに近い形で聞き返してしまう。
「何でだよ」
「いやぁまあ色々あってさ。それにあいつメンヘラとかリスカしてるって噂だし」
「メンヘラって、なんで……」
僕の言葉を遮ったのは5限開始合図のチャイムと、それと同時に教室に入り号令をかけた古典の教師だった。
リスカって……。
彼女の透き通った肌にそんな傷跡があるのだろうか。
何はともあれ、そうやって人の事を勝手に決めつけてあらぬ憶測をたてるこいつらに滑稽だという感情しか湧いてこない。
今ついたため息は、ご飯後の古典がだるいのではなく、こいつらの頭の悪さに呆れてでたもの。
この世界は、どこまでも僕を絶望させる。
僕が初めて死のうと思ったのは今から四年前の中学一年生の時だった。
別にひどいいじめを受けていたわけでも、家庭が荒れていたわけでも、何かにつけて特別劣っていたわけでもない。
ただ、この世を生きることに疲れてしまっただけ。
SNSを見ればつまらない論争ばかり。
学校に通えば誰かの悪口や、噂話が蔓延る。
テレビをつければ粗をつついたような芸能人の炎上。
皆自分の中にある小さなものさしと器だけを、自分だけの特別みたいにかざして馬鹿馬鹿しい。鬱陶しい。
自分より下だと決めつけた相手と比べて自分の存在価値を象徴し続ける世の中がしんどくて仕方なかった。
そして何より、こういう考えを持つことが「思想家」だとか「面倒な奴」と位置付けられることがなによりも苦痛で、自分を殺し “普通”を演じ続けることに、生きている意味を感じなくなってしまった。
でも、いざ死のうと思った時、どうすればいいか分からなかったんだ。
痛いのは嫌だし、苦しいのも嫌だ。
それになによりきっかけがなかった。
今自殺を図って失敗したら、テスト勉強できなくなるよなぁとか、あの漫画の最終話は見てからにしようかなとか。
その末、今日までずるずると生き続けてしまっているのだ。
世界に絶望しながら生きるのはしんどいけど、すぐに実行できるほど今の生活に不自由を感じているわけでは無い。
だからこそ、教室の隅で怖いほど静かで、怖いほどに存在感がある昊野さんのことが魅力的だった。
入学式の日、春の嵐に負け、花びらがスモークのように舞っていたあの日。
その景色に一人だけ輪郭がはっきりと写っていたのが彼女だ。
でも、触ったら消えてしまいそうなその姿と雰囲気のギャップに目が離せなかった。
他の人なんて気に留めない。
自分の世界を、自分の心で生きているような、そんな人。
でも、彼女が告白を全て受けていると知った時、僕はがっかりしてしまった。
結局男に好かれる自分が可愛いんだと。
所詮そこら辺の女と一緒なんだと。
「なー氷室ー。昊野さんの本当の性格、暴いてくれよ」
帰りのホームルーム後、さっき昊野さんのことをピーチクパーチク言っていた大塚にそんな無理難題を吹っ掛けられたことにイラつきが隠せないでいた。
「そんなのできるわけないだろ。第一僕は彼女と話したことがないんだから」
「頼むよ~。実は、先輩があいつに告ろうか迷ってるらしくてさ、本性知ってからがいいって言うんだよ。俺別れた手前決気まずいやん?」
「いやそこは先輩の男気で告白すればいいじゃん」
「昊野さんは先輩の代にも人気があるんだ。そんな人に告ってフラれたら格好つかないだろ? だから多分そこは保険かけときたいんだよ。来月のサブスク代全部出すからさ~。頼むよ」
なめた物言いだけど、来月のサブスク代肩代わりはなかなかいいところを突いてくる。
迷うくらいなら告るなよ、という気持ちを今はグッとこらえて承諾した。
校門前で昊野さんを待つ。
確か今日は、彼女は掃除当番で帰りは少し遅くなるはず。
思った通り下校する生徒がかなり減った頃に日傘をさした昊野さんが学校から出てくるのが見えた。
暑すぎてもう帰ろうかと思ってたところだったから心の準備をする間もなく話しかける。
「ねぇ、少し聞きたいことがあるんだ」
暑さのせいか何の前触れもなしにそんなことを言ってしまったことに後悔の色がじわっと滲んだ時、
「ここだとなんだから、空き教室にしよ」
透き通った声が僕に空き教室までの道を示した。
いきなり話しかけた僕に驚くほどに不信感がない。
なんでも自分たちの教室には自習中の人がいるらしい。
いつも狭く感じる教室が、今はがらんと広く感じる。
その広さと、傾きかけている日のせいで二人きりという現実をより一層強く僕に感じさせた。
「で、聞きたいことってなに?」
会話の封を切ったのは昊野さんだった。
適当な椅子を引き、腰掛けながらそう問うてくる。
この空気感でなんと聞けばいいのか分からず、口ごもってしまうのをごまかすように僕も昊野さんから3つ隣の席に腰かけた。
「その……。うーん……」
「言いたいことあるなら言っちゃったほうが楽だよ。時間は限られてるし」
時間が限られてる。
そう言えば昊野さんのこの後の予定を聞かずに誘ってしまった。
何か急ぎの用事でもあったのかな。
そう思うとあまり長い時間引き留めておくわけにはいかない。
でもなんて言えばいいのか。
ひとしきり悩んだ末、とりあえず少しずつ真相に近づいてみることにした。
「どうしていつも、長袖きてるの?」
「え? そんなこと?」
猫のような彼女が眉間にほんの少しだけしわを寄せた。
「いや。それだけじゃないんだけど。これも話の内の1つっていうか」
「いいよ、遠回しに聞かなくて。君が大塚君の友達だってことは知ってる。何か聞き出してこいとか言われたんじゃないの?」
女の勘とかいうやつだろうか。
心の声が漏れ出していたんじゃないかと思う程的確なツッコミに言葉が詰まってしまうけど、彼女の淡々とした態度に負けるのがなんとなく悔しくて、気づいたら僕は開き直っていた。
「想像がついてるなら話は早い。君の事を“メンヘラだ”っていうやつがいるんだその真相を聞きに来た」
大塚に言われた「先輩からの頼まれごとって言うのは秘密にしてほしい」というのは最低限守る。
依然うつろな目で小さなため息を1つついて、軽く頬杖を突いた。
その仕草1つ1つが僕の心臓の音をうるさくする。
やはり彼女は魅力的だ。
目を合わすと吸いこまれてしまいそうで、その水晶玉のような軽いブラウンの瞳と合わせることが出来ない。
だから、なのか。昊野さんが何かを言おうと小さく吸われた息の音がやけに僕の耳に響いた。
「私は、私と一緒に死んでくれる人を探してるの」
「え……?」
死、という想像もしていなかった言葉に動揺が隠せないでいた。
動揺。いや、違うな。
もしかしたら興奮してたのかもしれない。
僕が今日までズルズルと引っ張り続けていた “理想”が今こうして目の前にやってきたことに。
「これを言うと大体の人がドン引きして私から離れていくんだけどね。確かにメンヘラに思われるか。でも、私は本気だから」
言われなくてもわかるよ。
その目を見て冗談を言っているとは口が裂けても言えない。
でもなんで。
容姿端麗、成績も良い。スポーツでも困ってる様子は見受けられない。友達にも困ってないように見えるし、男うけもいい。
そんな彼女がどうして死を求めるんだろう。
普段のつまらない学校生活から一変、ファンタジーのような世界に引き込まれたことで、あまり頭が上手く働かない。
目を細め、小さく首をかしげる僕を置いて、彼女は制服の裾のボタンを二つ外し始めた。
小さくまくられた左手首には、
「タトゥー……?」
白く、細い手首に浮かび上がるナニカは薄紫色で……。点滅してる? 数字……?
「これ、私に残された時間」
言葉の重さと、彼女の軽さ。
比例しない事柄達に僕の頭はパンク寸前だった。
「ごめん。さっきから置いていかれてどういう意味なのか何も理解ができない」
「あれ、君頭いいと思ってたんだけど。まぁさすがに難しいか」
悪気なさそうにディスられた。
「馬鹿みたいなおとぎ話、興味ある?」
「もちろん。全て本当の事を話してくれるなら」
この言葉に何か満足したような様子で昊野花火はそのおとぎ話を始めた。
****
惑星メメント。
知ってるでしょ?
100年に1度私達の前に姿を現す惑星。
それはそれは大昔。
私達のご先祖様はメメントの神様から光をめぐんでもらっていたの。
それに感謝し、神様が来て下さる百年に一度の日はお迎えのお祭りをしていた。
でも、欲をかき続けるのが人間の性でしょ?
それは今も昔も変わらない。
ご先祖様たちはその光を自分の物だけにしようと種族の中で争いを起こした。
それが見つかったのよ。
お迎えの祭りを受けにきた神様は、自分の授けたもので人間たちが醜く争っていたことに酷く悲しみ、怒った。
そして光を奪って帰ってしまったの。
真っ暗になった世界では食物は育たない、生き物も命が絶たれ、希望も見えない。
皆絶望だった。
どうにかして光をもらわなければ一族は全滅してしまう。
だから神様に許してもらおうと惑星メメントが地球に近づいてくる100年に1度、神様に生贄を捧げることで光をめぐんでもらう。
そういう契約を結んだの。
****
「来週、惑星メメントが姿を現す。最近ニュースはそればかりでしょ? それで、今回の生贄は私ってこと。この腕のやつはいわば私の余命よ。これがゼロになった時、私は生贄として神に捧げられる」
平然な顔して、自分の手首に目をやる彼女はつぶやいた。
「残り、1週間」
本当におとぎ話のような、到底信じられない神話の絵本を閉じるように昊野さんは言い終えた。
「そんなの、納得いかないでしょ……」
ご先祖様か誰か知らないけど、そのしりぬぐいを今もなお引き受けなければならないなんてそんな理不尽な話があってたまるか?
僕の怒りを含んだ発言に少しかぶせるように、
「納得いくわけないでしょ。だから、一緒に死んでくれる人を探してるの。この契約上一族の人に看取られてはだめなの。こんな理不尽な死を独りで請け負わなければならないなんてごめんだよ」
静かに、でも確かに彼女は怒っている。
僕が死にたいと、ぼーっと生きている世界を、昊野さんはきっと生きたいんだ。
彼女はなにも悪くないのに、あと一週間でその命が終わってしまうなんてそんな悲しいことがあってたまるんだろうか。
「私のことが好きなら、きっと最期まで一緒に居てくれるとか思ったけど皆ダメ。大塚君にはすぐ振られちゃったから別理由なんだろうけどさ」
“私は、独りで死ぬしかないのかな”
諦めたように言う昊野さんが辛くて仕方なかった。
僕なんかにできる事は、1つしかないだろ。
「付き合わなくていいし、僕のことを好きにならなくていい。でも」
「僕でよければ一緒に死ぬよ」
この言葉にゆっくりと目を丸め、小さく息をすった昊野花火と、僕は
一緒に死ぬことになった。
〔残り 150ℏ〕
「私は、私と一緒に死んでくれる人を探してるの」
消えかけの線香花火のような君は、うつろで、でもまっすぐな瞳でそう言った。
そしてこの言葉は
僕の生きる意味となった。
―*―
[100年に1度……。惑星…。…ついに姿を]
エアコンの効いた教室から誰も動こうとしない昼休み。
世の中の気温は上がるばかりで、いつも日焼けだなんだと騒ぎ立てる女子たちも、さすがに半袖の制服をおろしていた。
そんな中、頑なに一人長袖を突き通しているのが昊野花火だった。
真っ黒でツヤのある髪の毛は肩の上で綺麗に切りそろえられていて、暑さを感じさせない。
爽やかな雰囲気に身を包み、成績優秀で人気も高い。
これまで何度も「昊野に告ろうと思うんだよね」という言葉を聞いてきた。
寡黙で、ロシアンブルーのような雰囲気のある彼女。
人と雑談をしている様子もあまり見ないのに、なぜか告白は全て受けていた。
でも全員、1か月と続かない。
「なー俺またフリーに出戻り」
「え。こないだ昊野さんと付き合ったばっかだったじゃん。あんなに浮かれてたのになんでだよ。まさか振られた?」
彼女は高嶺の花そのものだ。
こいつとは釣り合わないだろ。
「いや。振ったんだよ」
「え、振った?」
予想外の言葉にオウム返しに近い形で聞き返してしまう。
「何でだよ」
「いやぁまあ色々あってさ。それにあいつメンヘラとかリスカしてるって噂だし」
「メンヘラって、なんで……」
僕の言葉を遮ったのは5限開始合図のチャイムと、それと同時に教室に入り号令をかけた古典の教師だった。
リスカって……。
彼女の透き通った肌にそんな傷跡があるのだろうか。
何はともあれ、そうやって人の事を勝手に決めつけてあらぬ憶測をたてるこいつらに滑稽だという感情しか湧いてこない。
今ついたため息は、ご飯後の古典がだるいのではなく、こいつらの頭の悪さに呆れてでたもの。
この世界は、どこまでも僕を絶望させる。
僕が初めて死のうと思ったのは今から四年前の中学一年生の時だった。
別にひどいいじめを受けていたわけでも、家庭が荒れていたわけでも、何かにつけて特別劣っていたわけでもない。
ただ、この世を生きることに疲れてしまっただけ。
SNSを見ればつまらない論争ばかり。
学校に通えば誰かの悪口や、噂話が蔓延る。
テレビをつければ粗をつついたような芸能人の炎上。
皆自分の中にある小さなものさしと器だけを、自分だけの特別みたいにかざして馬鹿馬鹿しい。鬱陶しい。
自分より下だと決めつけた相手と比べて自分の存在価値を象徴し続ける世の中がしんどくて仕方なかった。
そして何より、こういう考えを持つことが「思想家」だとか「面倒な奴」と位置付けられることがなによりも苦痛で、自分を殺し “普通”を演じ続けることに、生きている意味を感じなくなってしまった。
でも、いざ死のうと思った時、どうすればいいか分からなかったんだ。
痛いのは嫌だし、苦しいのも嫌だ。
それになによりきっかけがなかった。
今自殺を図って失敗したら、テスト勉強できなくなるよなぁとか、あの漫画の最終話は見てからにしようかなとか。
その末、今日までずるずると生き続けてしまっているのだ。
世界に絶望しながら生きるのはしんどいけど、すぐに実行できるほど今の生活に不自由を感じているわけでは無い。
だからこそ、教室の隅で怖いほど静かで、怖いほどに存在感がある昊野さんのことが魅力的だった。
入学式の日、春の嵐に負け、花びらがスモークのように舞っていたあの日。
その景色に一人だけ輪郭がはっきりと写っていたのが彼女だ。
でも、触ったら消えてしまいそうなその姿と雰囲気のギャップに目が離せなかった。
他の人なんて気に留めない。
自分の世界を、自分の心で生きているような、そんな人。
でも、彼女が告白を全て受けていると知った時、僕はがっかりしてしまった。
結局男に好かれる自分が可愛いんだと。
所詮そこら辺の女と一緒なんだと。
「なー氷室ー。昊野さんの本当の性格、暴いてくれよ」
帰りのホームルーム後、さっき昊野さんのことをピーチクパーチク言っていた大塚にそんな無理難題を吹っ掛けられたことにイラつきが隠せないでいた。
「そんなのできるわけないだろ。第一僕は彼女と話したことがないんだから」
「頼むよ~。実は、先輩があいつに告ろうか迷ってるらしくてさ、本性知ってからがいいって言うんだよ。俺別れた手前決気まずいやん?」
「いやそこは先輩の男気で告白すればいいじゃん」
「昊野さんは先輩の代にも人気があるんだ。そんな人に告ってフラれたら格好つかないだろ? だから多分そこは保険かけときたいんだよ。来月のサブスク代全部出すからさ~。頼むよ」
なめた物言いだけど、来月のサブスク代肩代わりはなかなかいいところを突いてくる。
迷うくらいなら告るなよ、という気持ちを今はグッとこらえて承諾した。
校門前で昊野さんを待つ。
確か今日は、彼女は掃除当番で帰りは少し遅くなるはず。
思った通り下校する生徒がかなり減った頃に日傘をさした昊野さんが学校から出てくるのが見えた。
暑すぎてもう帰ろうかと思ってたところだったから心の準備をする間もなく話しかける。
「ねぇ、少し聞きたいことがあるんだ」
暑さのせいか何の前触れもなしにそんなことを言ってしまったことに後悔の色がじわっと滲んだ時、
「ここだとなんだから、空き教室にしよ」
透き通った声が僕に空き教室までの道を示した。
いきなり話しかけた僕に驚くほどに不信感がない。
なんでも自分たちの教室には自習中の人がいるらしい。
いつも狭く感じる教室が、今はがらんと広く感じる。
その広さと、傾きかけている日のせいで二人きりという現実をより一層強く僕に感じさせた。
「で、聞きたいことってなに?」
会話の封を切ったのは昊野さんだった。
適当な椅子を引き、腰掛けながらそう問うてくる。
この空気感でなんと聞けばいいのか分からず、口ごもってしまうのをごまかすように僕も昊野さんから3つ隣の席に腰かけた。
「その……。うーん……」
「言いたいことあるなら言っちゃったほうが楽だよ。時間は限られてるし」
時間が限られてる。
そう言えば昊野さんのこの後の予定を聞かずに誘ってしまった。
何か急ぎの用事でもあったのかな。
そう思うとあまり長い時間引き留めておくわけにはいかない。
でもなんて言えばいいのか。
ひとしきり悩んだ末、とりあえず少しずつ真相に近づいてみることにした。
「どうしていつも、長袖きてるの?」
「え? そんなこと?」
猫のような彼女が眉間にほんの少しだけしわを寄せた。
「いや。それだけじゃないんだけど。これも話の内の1つっていうか」
「いいよ、遠回しに聞かなくて。君が大塚君の友達だってことは知ってる。何か聞き出してこいとか言われたんじゃないの?」
女の勘とかいうやつだろうか。
心の声が漏れ出していたんじゃないかと思う程的確なツッコミに言葉が詰まってしまうけど、彼女の淡々とした態度に負けるのがなんとなく悔しくて、気づいたら僕は開き直っていた。
「想像がついてるなら話は早い。君の事を“メンヘラだ”っていうやつがいるんだその真相を聞きに来た」
大塚に言われた「先輩からの頼まれごとって言うのは秘密にしてほしい」というのは最低限守る。
依然うつろな目で小さなため息を1つついて、軽く頬杖を突いた。
その仕草1つ1つが僕の心臓の音をうるさくする。
やはり彼女は魅力的だ。
目を合わすと吸いこまれてしまいそうで、その水晶玉のような軽いブラウンの瞳と合わせることが出来ない。
だから、なのか。昊野さんが何かを言おうと小さく吸われた息の音がやけに僕の耳に響いた。
「私は、私と一緒に死んでくれる人を探してるの」
「え……?」
死、という想像もしていなかった言葉に動揺が隠せないでいた。
動揺。いや、違うな。
もしかしたら興奮してたのかもしれない。
僕が今日までズルズルと引っ張り続けていた “理想”が今こうして目の前にやってきたことに。
「これを言うと大体の人がドン引きして私から離れていくんだけどね。確かにメンヘラに思われるか。でも、私は本気だから」
言われなくてもわかるよ。
その目を見て冗談を言っているとは口が裂けても言えない。
でもなんで。
容姿端麗、成績も良い。スポーツでも困ってる様子は見受けられない。友達にも困ってないように見えるし、男うけもいい。
そんな彼女がどうして死を求めるんだろう。
普段のつまらない学校生活から一変、ファンタジーのような世界に引き込まれたことで、あまり頭が上手く働かない。
目を細め、小さく首をかしげる僕を置いて、彼女は制服の裾のボタンを二つ外し始めた。
小さくまくられた左手首には、
「タトゥー……?」
白く、細い手首に浮かび上がるナニカは薄紫色で……。点滅してる? 数字……?
「これ、私に残された時間」
言葉の重さと、彼女の軽さ。
比例しない事柄達に僕の頭はパンク寸前だった。
「ごめん。さっきから置いていかれてどういう意味なのか何も理解ができない」
「あれ、君頭いいと思ってたんだけど。まぁさすがに難しいか」
悪気なさそうにディスられた。
「馬鹿みたいなおとぎ話、興味ある?」
「もちろん。全て本当の事を話してくれるなら」
この言葉に何か満足したような様子で昊野花火はそのおとぎ話を始めた。
****
惑星メメント。
知ってるでしょ?
100年に1度私達の前に姿を現す惑星。
それはそれは大昔。
私達のご先祖様はメメントの神様から光をめぐんでもらっていたの。
それに感謝し、神様が来て下さる百年に一度の日はお迎えのお祭りをしていた。
でも、欲をかき続けるのが人間の性でしょ?
それは今も昔も変わらない。
ご先祖様たちはその光を自分の物だけにしようと種族の中で争いを起こした。
それが見つかったのよ。
お迎えの祭りを受けにきた神様は、自分の授けたもので人間たちが醜く争っていたことに酷く悲しみ、怒った。
そして光を奪って帰ってしまったの。
真っ暗になった世界では食物は育たない、生き物も命が絶たれ、希望も見えない。
皆絶望だった。
どうにかして光をもらわなければ一族は全滅してしまう。
だから神様に許してもらおうと惑星メメントが地球に近づいてくる100年に1度、神様に生贄を捧げることで光をめぐんでもらう。
そういう契約を結んだの。
****
「来週、惑星メメントが姿を現す。最近ニュースはそればかりでしょ? それで、今回の生贄は私ってこと。この腕のやつはいわば私の余命よ。これがゼロになった時、私は生贄として神に捧げられる」
平然な顔して、自分の手首に目をやる彼女はつぶやいた。
「残り、1週間」
本当におとぎ話のような、到底信じられない神話の絵本を閉じるように昊野さんは言い終えた。
「そんなの、納得いかないでしょ……」
ご先祖様か誰か知らないけど、そのしりぬぐいを今もなお引き受けなければならないなんてそんな理不尽な話があってたまるか?
僕の怒りを含んだ発言に少しかぶせるように、
「納得いくわけないでしょ。だから、一緒に死んでくれる人を探してるの。この契約上一族の人に看取られてはだめなの。こんな理不尽な死を独りで請け負わなければならないなんてごめんだよ」
静かに、でも確かに彼女は怒っている。
僕が死にたいと、ぼーっと生きている世界を、昊野さんはきっと生きたいんだ。
彼女はなにも悪くないのに、あと一週間でその命が終わってしまうなんてそんな悲しいことがあってたまるんだろうか。
「私のことが好きなら、きっと最期まで一緒に居てくれるとか思ったけど皆ダメ。大塚君にはすぐ振られちゃったから別理由なんだろうけどさ」
“私は、独りで死ぬしかないのかな”
諦めたように言う昊野さんが辛くて仕方なかった。
僕なんかにできる事は、1つしかないだろ。
「付き合わなくていいし、僕のことを好きにならなくていい。でも」
「僕でよければ一緒に死ぬよ」
この言葉にゆっくりと目を丸め、小さく息をすった昊野花火と、僕は
一緒に死ぬことになった。
〔残り 150ℏ〕



