ミゼンはアピロにその後何度も浮遊魔法を使わせた。どのくらいの間使ったのか、すっかり辺りは日が暮れていた。おかげで、アピロの魔力は底をつき、くたくたになった。ごろんと芝生の上にアピロは体を預ける。

「くそー、なんだよ。ぜんっぜんわかんねぇ」

 同じく、少し離れたところで横になるミゼン。その横顔は悔しくもありつつ、何かに夢中になっている子どものような顔でもある。

「それは、困るんだけど」
「こう、なにか解除できるためのキーもないときっついなぁ」

 魔力を制限する術式、記憶を操作する術式、魔法使い自身の生態系とその歴史等々魔術に関する本がミゼンの横には積まれている。何かを思いついては、ミゼンは部屋から大量の本を持ってくる。調べては試しの繰り返し。そのため士の中には倫理的に反しそうなものがあったが、アピロの説得により、舌打ちつつもミゼンは諦めた。何度もアピロの魔術を見ては、解析し、解除術式を試しているが一向に枷が外れる気配はない。どのくらい時間が経ったのか、気が付けば空に星が輝き始めていた。

「なぁ、オミフリとの記憶で何か特別なことは無かったか。この際くだらないことでも構わない」
「そうは言われても、思い出ってそんなになくて」
「そうなのか?」
「遠くに住んでいたし、お兄ちゃんたちが長期休暇でもない限り会えなかったしね」
「じゃあ、どんな些細な思い出でも教えてくれ。この枷を仕組んだのがオミフリだったら、そこに鍵があるかもしれない」
「そう言われても」

 急に言われても簡単に思い出すことは難しい。
 星々が夜空に瞬いている。湿気で重い空気が肺の中に入ってくる。夏の夜はこんなにも星がキレイだったのか。

「本当に何でも良い。好きな食べ物とか、一緒に遊んだ記憶とか、二人だけの秘密とか」
「秘密って」

 投げやりにミゼンが言うとなんだかおかしい。ふふっと笑ってから、ふと頭の中に一つの映像が流れた。
 そう、あれは。

 ゆっくりと体を起こし、アピロはもう一度夜空を見上げた。

「なにか思い出したのか?」

 顔だけを動かして、ミゼンがアピロを見る。

「……流星群」
「流星群?」
「おじいちゃんが言っていた。お前はきっと流星群のように、駆けていくんだろうって。駆けられるようになるまで大変だけど、そんなときは星を見れば良いって。どんなに暗くても星だけがお前を前に進ませてくれるから……」

 オミフリが死ぬ少し前、たまたま一人でお見舞いに行ったときに言われた言葉だった。その時は何を言っているのかわからなかったが、優しく撫でてくれた手は覚えている。
 その時、確かに言われたのだ。
 
 これは二人だけの秘密だと。

「それか」

 アピロの話を聞いたミゼンは、アピロの腕をぐいっと引っ張り無理やり訓練場を出て行く。小走りで林の中を抜けていくも、一向に引っ張る力が緩まらない。

「ど、どこ行くの?」
「図書館棟。きっと枷を外すキーワードは流星群だ」