拝啓、邪眼を持つあなたへ

「なんか、わかった、の?」
「わからないことが、わかった」

 あっけらかんと言うミゼンにアピロは唖然とした。
 あれだけ偉そうに言っておいて、わからないとは。その目は腐っているのだろうか。

「見てわかったことは、高度で複雑な術式がいくつも組まれていること、だ。それを全てすぐに解析し終えることは難しい。一体どれだけの術式が組まれているか。これは解析し甲斐があるね」

 舌なめずりをしてこちらを見るミゼンの目がヤバい。マッドサイエンティストを思わせるような雰囲気だ。アピロは思わず眉をひそめる。

「もう少しレベルを落とした術式を使うか。いや『プロトス』より低いレベルの戦闘向きのものは」

 顔をしかめるアピロを気にすることなく、何かをまたぶつぶつ言っている。こんな状態のミゼンはきっと聞く耳も持たないに違いない。アピロはなんとか息を整えてから、木に背を預けて座り込む。先ほどから動いたり、防御術式を展開したりといつもの授業や訓練よりも体を動かしているせいか、体力お化けと陰で呼ばれているアピロでもさすがに疲れた。

 それにしても。

 じっとミゼンの手にある銃を見る。訓練場の使用許可はもちろん、術具使用許可を取るのは容易ではない。そもそも術具を使うのは、上級学年になってから。アピロ達で言うとあと二年は使えない。基礎学を叩きこみ、術具なしで魔術をある程度使えるようになってから、それぞれの進路に合わせた専門講義を受けることになる。その際に、警備隊等の戦闘職を目指す進路を選択した者は術具の使用方法を勉強する。

 上級学年でもない場合、術具使用許諾を得るためには一つだけ条件がある。

 特殊体質であること。

 魔力は持っているが、術具を使って魔術を変換させる必要がある場合に限られているはず。ミゼンは確かに特殊な目を持っているが、特殊体質であるという噂は聞いたことが無い。一体どうして。じろっとミゼンを見ていると、何かを思いついたのか、ミゼンが立ちあがる。

「よし、次だ。これを浮かせて見せろ」

 ミゼンがポケットからおもむろに取り出したのはハンカチだった。学校指定の真っ白なハンカチは丁寧にアイロンが掛けられているのがわかる。

「こんなの簡単じゃん」
 
 さすがにこのくらいの超初歩の魔法くらいは使える。右手の人差し指でハンカチを指して、細い糸のようにつなげた感覚で指を前後左右に動かす。すると、ハンカチはゆっくりと宙に浮いた。試しにゆらゆらとハンカチを左右に揺らすとアピロの意のままに動いた。そのまま上下左右と自在にハンカチを飛ばし続ける。
 この浮遊術式『プリ』は使う魔力も少量で済むため、ハンカチくらいの軽さであればアピロでも最低数時間程度は持続可能だ。学院の入学試験でも『プリ』を使って物を浮遊させるという課題を課せられた。つまり術師の基礎なのだ。アピロでも唯一自在に使える術式だっただけにこの課題で良かったと今更ながら思う。座ったままふわふわとハンカチを飛ばし遊んでいると、急にミゼンが早足でアピロの前まで来て、右腕を掴んだ。
 
 突然のことに魔力操作を誤り、アピロはハンカチから術式を解除してしまった。ひらひらと舞っていたハンカチが、力なく地面に落ちていくのを見てからジロッとミゼンを睨む。
 悪気がない代わりに、目を少しだけ輝かせながらアピロの手を見ていた。

「そこからか」

 腕を掴んだまま、まじまじと手を見ていたかと思うと、ミゼンが引っ張るので、アピロも立ち上がらざるを得ない。

「何?」

 訝しく思いながら、アピロはミゼンを見ると、ミゼンは手から目に視線を移してきた。その目には何か確信めいたものがあるかのように力強い光があった。

「これを誰かの前で使ったことは?」
「……あるけど」
「親や祖父母でも構わない。その時のことを教えろ」
「わ、わかった」

 真剣すぎるその声にアピロは頷くしかなった。

「できるだけ詳しく。解析に必要なことだ」
 
 そこまで言われてしまっては仕方がない。アピロはミゼンに『プリ』を初めて使ったときのことを話し出す。
 
 初めて使えたのは、三歳だった。
 兄たちと遊んでいるうちに自然と身についてきたのだろう。いつもと変わらず、庭を駆け回り、足の速い兄たちを追いかけていた。

 何がきっかけかだったか、もう覚えていない。
 いつの間にか兄たちは魔術を使って物を浮かせ始めた。確か小石をどこまで高く浮かせられるか、という単純なルールだったはず。でも、追いかけっこではなくなったことで、自分ができる遊びじゃなかったのか悔しかったのは今でも覚えている。兄たちの見よう見まねで、アピロも近くにあった親指の爪くらいの石に向かって指を指して、上に挙げる仕草をすると、あっという間に兄たちの高さを超え、木の高さも超えた。

 兄たちはアピロのことを自分のことのように喜び、負けじと高さを出そうとしたが、兄たちの石が一向に追いつく気配がない。あれほど悔しい顔をした兄たちを見たのは初めてだった。
 兄たちに勝つことができた喜びで、テラスで座っていた両親と祖父を見ると、全員が顔を青白くしていた。いつもと違う様子を不思議に思い、そのまま駆け寄ろうとして。

「あれ?」