「さて、試験でも始めましょうか」
試験会場となった訓練場でスポロス先生がつまらなそうな顔でそう言った。徹夜で『プロトス』の展開と武術の訓練をしたせいか非常に眠い。今にも瞼が落ちるかもしれないので、気合いを入れて目を開けている。それに、眠いなどと今は言っていられない。頬を叩き、気合いを入れ直して、目の前のスポロス先生を見る。これまで通りの基礎的な攻撃術式を防ぐだけならばまず問題はない。
ここにアピロとスポロス先生以外はいない。だけど、スポロス先生が持っているかもしれないゴーレムでも倒せるだけの自信は既にある。直接的な攻撃で無ければ、ゴーレム程度ならば問題はない。それはミゼンも同じことを言っていた。
じっとスポロス先生を見てから、肩幅に足を広げてアピロは構えた。
「よろしくお願いいたしますっ」
気合いを入れすぎて、やや声が大きくなったが、構うものか。
その時、訓練場の奥から見知った人がやってきた。軽薄そうな笑みを浮かべ、サングラスの奥はアピロを捉えている。
真っ黒なローブを着たミゼンが頬を掻いている。向こうも想定外のことだったらしく、ため息を吐いてスポロス先生を胡乱げに見た。
突然のミゼンの登場に、アピロは目をぱちぱちさせる。
「なんで」
今日呼ばれているのはアピロだけ。ミゼンがここに来る理由はない。それなのに、なぜ。
驚いているアピロを他所に、静かな訓練場でスポロス先生が告げる。
「今日の試験の相手はミゼンです。ミゼン、お前くらいでも対応できますよね?」
校庭とも否定ともつかない返事をするミゼン。肩をすくめたスポロス先生が訓練場内から一歩外に出る。状況を把握できていないアピロばかりが置いていかれていた。
「なんでミゼンが」
ありえない。
基礎的授業や訓練で対人戦は設定されていないはずなのに。スポロス先生は苦々しそうにミゼンを横目で見ている。
「偶々暇そうにしていたから呼んだだけですよ。他意はありません。さっさと始めてください」
顎でしゃくられ、アピロは渋々ミゼンに向き合うしかなかった。
行動不能にできるわけがない。
一晩ずっとミゼンと訓練をしていた。防御術式のタイミングも、攻撃のタイミングもミゼンから教わった。武術戦で勝率は半分、魔術戦では足元にも及ばなかった。
師を相手に勝てる弟子はいない。何より才能が違いすぎる。
「アピロ」
うつむくアピロにミゼンが声をかけてきた。そっと顔を上げると、ミゼンは昨日と変わらない薄っぺらな笑みを浮かべている。何か考えでもあるのだろうか。
ミゼンの手には訓練で使っていたものと同じ銃がある。あの銃ならば、問題ない。ミゼンの癖もわかっている。最低でも避けることができる。
「早く始めなさい。退学になりたくないのなら」
スポロス先生のひどく不機嫌な声が聞こえてきた。ここまで来たら仕方がない。アピロは腹を括った。
ミゼンが銃を構えると同時にアピロはミゼンに向かってまっすぐ走り出す。引き金を引くその瞬間に銃口の方向を確認し、予測した場所にだけ『プロトス』を展開する。単純だが、これが一番魔力の消費は少ない。連射されても同じ。予測場所に対して的確に『プロトス』を展開していく。防戦一方になるが、前に進めてさえいれば問題ない。
しかし、ミゼンに攻撃の手の内を全て見せてしまっているがために、勝機はない。勝つには、想定外の戦術を求められる。攻撃術式の練習は昨晩一度もしていない。授業でもしたことが無いし、成功するイメージもできない。どうしたら。
その瞬間、閃いた。
昔、祖父が見せてくれたあの術。アレを攻撃系に転換できれば。
そう考えた瞬間、アピロの体が一気に熱くなった。まるで体内で生成されている魔力が一気に循環したみたいだ。その瞬間、何故だか、この軽薄な男に勝ちたくなった。自分の力を試したくなった。ぐっと握った自分の手をちらりと見て確信した。
いける。
これなら、思いついた攻撃術式を目くらましにして、その後に力技で拘束すれば良い。
攻撃術式のイメージは、流星群。あの時祖父と見た流星群と同じもの。
手を頭上にかざす。
悩むなどの暇は不要。隙を見せればその瞬間あの目に分析される。ミゼンがアピロの手に注目する前にアピロは術式を展開した。
星々が空から降り注がれるような、そんなイメージで作られた術式。防御術式を的確に展開できなければただでは済まない。
だけど、ミゼンならば可能だ。あの邪眼があるから。
ミゼンの眼を信頼して、アピロが展開する。空から降り注ぐ光の矢を的確に回避するミゼン。やっぱりミゼンならば大丈夫だった。
あとは、アピロ自身が光の矢を避けながら、肉弾戦に持ち込むだけ。
そう決めてアピロが走り出そうとした瞬間、後ろから拍手が巻き起こった。
あまりにもこの場にふさわしくない拍手に、アピロは思わず立ち止って振り返る。
「素晴らしい。実に素晴らしいですね」
うっとりしている声と顔。講義でも見たことが無いスポロス先生の様子に、アピロは眉を寄せた。
「先生?」
喉の奥を鳴らして笑っているスポロス先生は異様なモノに見えた。展開した術式を強制的に終了させ、スポロス先生と距離を少しとる。ひとしきり笑い終わったスポロス先生は恍惚とした笑みのままアピロを見ている。
「ああ、やはりあなたには才能があったんですね。アステラスを使うことができる才能とは。あの大技をいとも簡単に使える才能は素晴らしい。やはりオミフリの孫だけありますね。これで、私の願いも叶えられそうです」
「何を言って」
「さ、アピロ。せっかく才能が開花したんだ。その力で、ミゼンを殺しなさい」
試験会場となった訓練場でスポロス先生がつまらなそうな顔でそう言った。徹夜で『プロトス』の展開と武術の訓練をしたせいか非常に眠い。今にも瞼が落ちるかもしれないので、気合いを入れて目を開けている。それに、眠いなどと今は言っていられない。頬を叩き、気合いを入れ直して、目の前のスポロス先生を見る。これまで通りの基礎的な攻撃術式を防ぐだけならばまず問題はない。
ここにアピロとスポロス先生以外はいない。だけど、スポロス先生が持っているかもしれないゴーレムでも倒せるだけの自信は既にある。直接的な攻撃で無ければ、ゴーレム程度ならば問題はない。それはミゼンも同じことを言っていた。
じっとスポロス先生を見てから、肩幅に足を広げてアピロは構えた。
「よろしくお願いいたしますっ」
気合いを入れすぎて、やや声が大きくなったが、構うものか。
その時、訓練場の奥から見知った人がやってきた。軽薄そうな笑みを浮かべ、サングラスの奥はアピロを捉えている。
真っ黒なローブを着たミゼンが頬を掻いている。向こうも想定外のことだったらしく、ため息を吐いてスポロス先生を胡乱げに見た。
突然のミゼンの登場に、アピロは目をぱちぱちさせる。
「なんで」
今日呼ばれているのはアピロだけ。ミゼンがここに来る理由はない。それなのに、なぜ。
驚いているアピロを他所に、静かな訓練場でスポロス先生が告げる。
「今日の試験の相手はミゼンです。ミゼン、お前くらいでも対応できますよね?」
校庭とも否定ともつかない返事をするミゼン。肩をすくめたスポロス先生が訓練場内から一歩外に出る。状況を把握できていないアピロばかりが置いていかれていた。
「なんでミゼンが」
ありえない。
基礎的授業や訓練で対人戦は設定されていないはずなのに。スポロス先生は苦々しそうにミゼンを横目で見ている。
「偶々暇そうにしていたから呼んだだけですよ。他意はありません。さっさと始めてください」
顎でしゃくられ、アピロは渋々ミゼンに向き合うしかなかった。
行動不能にできるわけがない。
一晩ずっとミゼンと訓練をしていた。防御術式のタイミングも、攻撃のタイミングもミゼンから教わった。武術戦で勝率は半分、魔術戦では足元にも及ばなかった。
師を相手に勝てる弟子はいない。何より才能が違いすぎる。
「アピロ」
うつむくアピロにミゼンが声をかけてきた。そっと顔を上げると、ミゼンは昨日と変わらない薄っぺらな笑みを浮かべている。何か考えでもあるのだろうか。
ミゼンの手には訓練で使っていたものと同じ銃がある。あの銃ならば、問題ない。ミゼンの癖もわかっている。最低でも避けることができる。
「早く始めなさい。退学になりたくないのなら」
スポロス先生のひどく不機嫌な声が聞こえてきた。ここまで来たら仕方がない。アピロは腹を括った。
ミゼンが銃を構えると同時にアピロはミゼンに向かってまっすぐ走り出す。引き金を引くその瞬間に銃口の方向を確認し、予測した場所にだけ『プロトス』を展開する。単純だが、これが一番魔力の消費は少ない。連射されても同じ。予測場所に対して的確に『プロトス』を展開していく。防戦一方になるが、前に進めてさえいれば問題ない。
しかし、ミゼンに攻撃の手の内を全て見せてしまっているがために、勝機はない。勝つには、想定外の戦術を求められる。攻撃術式の練習は昨晩一度もしていない。授業でもしたことが無いし、成功するイメージもできない。どうしたら。
その瞬間、閃いた。
昔、祖父が見せてくれたあの術。アレを攻撃系に転換できれば。
そう考えた瞬間、アピロの体が一気に熱くなった。まるで体内で生成されている魔力が一気に循環したみたいだ。その瞬間、何故だか、この軽薄な男に勝ちたくなった。自分の力を試したくなった。ぐっと握った自分の手をちらりと見て確信した。
いける。
これなら、思いついた攻撃術式を目くらましにして、その後に力技で拘束すれば良い。
攻撃術式のイメージは、流星群。あの時祖父と見た流星群と同じもの。
手を頭上にかざす。
悩むなどの暇は不要。隙を見せればその瞬間あの目に分析される。ミゼンがアピロの手に注目する前にアピロは術式を展開した。
星々が空から降り注がれるような、そんなイメージで作られた術式。防御術式を的確に展開できなければただでは済まない。
だけど、ミゼンならば可能だ。あの邪眼があるから。
ミゼンの眼を信頼して、アピロが展開する。空から降り注ぐ光の矢を的確に回避するミゼン。やっぱりミゼンならば大丈夫だった。
あとは、アピロ自身が光の矢を避けながら、肉弾戦に持ち込むだけ。
そう決めてアピロが走り出そうとした瞬間、後ろから拍手が巻き起こった。
あまりにもこの場にふさわしくない拍手に、アピロは思わず立ち止って振り返る。
「素晴らしい。実に素晴らしいですね」
うっとりしている声と顔。講義でも見たことが無いスポロス先生の様子に、アピロは眉を寄せた。
「先生?」
喉の奥を鳴らして笑っているスポロス先生は異様なモノに見えた。展開した術式を強制的に終了させ、スポロス先生と距離を少しとる。ひとしきり笑い終わったスポロス先生は恍惚とした笑みのままアピロを見ている。
「ああ、やはりあなたには才能があったんですね。アステラスを使うことができる才能とは。あの大技をいとも簡単に使える才能は素晴らしい。やはりオミフリの孫だけありますね。これで、私の願いも叶えられそうです」
「何を言って」
「さ、アピロ。せっかく才能が開花したんだ。その力で、ミゼンを殺しなさい」



