五月十一日。
 朝の湿りは、昨夜の雨の名残を小さく残していた。一本木関門の前で、泥はもう城の役を覚えている。靴底が沈むたび、泥は重さの順序をたしかめ、重いものほど深く受け入れた。
 五稜郭に迫る新政府軍の勢いは増している。箱館の空は低く、砲煙の名残が層になって漂い、星形の角の上で薄く伸びた。遠見の合図は三拍目で返り、旗の折り目は風の学を忠実に繰り返す。
 土方は一本木で再び陣頭に立った。馬の首に体重を預け、鐙に膝で合図を送り、伝令を飛ばし、兵の列を繋ぎ止める。
 「子どもを先に。荷は後だ。列を乱すな」
 市街へは相変わらず、この命令が通っていた。白は降参ではない。動線の白。約束の白。戻り道の白。町の女たちは戸口に「順番」の札を残し、飴屋の子は棒の先の白を軽く振る。白が一度揺れ、二度揺れ、列が細くなる。細くなった列は速い。火より速い。

 榎本の側からは「なお持つ」の短い報が届いた。港の低い音は、海底の石を撫でるようにして続く。
 「泥は敵も呑む。ならば泥を友にせよ」
 土方がそう告げると、兵たちは膝を泥に埋め、堀を背にして陣形を組んだ。冬営の夜学で磨いた“間”が、ここでも機能する。三拍目に返し、四拍目のふりで三拍目に置く。鳴らさない一拍が、鳴る一拍の重さを倍にした。
 原田は槍を低く構え、永倉は鯉口を親指で押し上げぎりぎり抜かない位置で止める。抜かない刃ほど長い。長い刃は、間の中で働く。

 午前。砲声が最初の低い腹を鳴らした。木柵が裂け、土塁の端が崩れ、泥水が小さな滝になって足元を濡らす。
 「斉射――半歩下げ――再装填――また撃て」
 土方の声は短く、韻を持って兵の背へ伝わる。短い命令は、疲労の奥を通り抜ける。
 敵は列を崩さない。数が列を守り、列が数を増やす。
 永倉が低く笑った。「副長、今日は風が意地悪だ」
 「意地悪な風ほど、角度が見える」
 角度は数で、呼吸で、手順だ。泥は角度をひいきし、ひいきされた角度は、脚を削る。原田の槍先が泥の面を滑り、敵の脛を掠め、列の呼吸を乱す。乱れの隙に、短い火が刺さり、すぐに埋まる。埋めるのは数。数は、穴を埋めるためにある。

 土方は馬の腹を膝で挟み、すり足の軍の肩並びを見ながら、次の“戻り道”を指で描いた。地図は今、紙ではなく泥の上にある。泥の上の線は雨に消えるが、兵の脚に残る。
 「三拍目で下げ。泥を残して下がれ。足跡を深く残せ」
 戻り道は命令では作れない。準備が作る。準備がなければ、命令は恨みになる。恨みは次の矢を鈍らせる。冬から繰り返してきた言葉が、今は声にならず、背骨の内側で反響した。

 市助が旗を握り、端を丁寧に合わせてから開いた。端は最初に濡れ、最初に乾く。端を守ると、真ん中が働く。
 「副長、北の端、薄い」
 「間の札を二枚。人の流れを右へ曲げろ」
 札は紙だが、泥より長持ちする言葉がある。市助の走る背中に、冬営での「遅い矢」の話が薄く重なる。遅い矢は、刺さる時、音がしない。今、彼が置く“間”も、どこかで刺さる。刺さる場所は、目の届かないところにある。

 昼、空は低さを深め、砲声は二段目の腹を鳴らした。弁天台場はなお持つ。七重浜は砂嚢をもう一段積んだ。一本木は、道が細い。細い道へ太い列が入ろうとすると、肩が擦れ、怒りが生まれ、誤差が増える。誤差から隙が生まれ、隙を楔が掴む。
 「今だ」
 土方が合図すると、永倉が一歩だけ前に出て刃を低く払い、原田が槍で脚を薙ぐ。薙がれた脚が泥に沈む。その重みが後列まで伝わり、呼吸が一拍崩れた。崩れを見て、砲が鳴る。短い火、短い音、短い穴。穴はまたすぐに埋められる。数は、穴を埋めるためにある。分かっていても、短い穴を作ることに意味はある。短い穴が、短い命を救う。

 午後。
 天頂を見上げても、青はない。灰色の濃淡が薄い皿のように重なり、砲煙がその皿に擦り傷をつける。風が変わり、雨は戻らないが、空気の湿りは残ったまま。火薬は気難しく、火蓋は拗ねる。
 「拗ねるものには、先に謝れ」
 近くにいた若い砲員がうなずいた。彼は冬営で、ぬるい湯を汲んだ市助の隣にいた子だ。彼の指の皹は浅く、しかし布の繊維をよく覚えている。
 土方は短く息を吐き、馬の手綱をわずかに緩めた。伝令が戻り、榎本の短い札を差し出す。「なお持つ」
 なお持つ。だが永くは持たぬ。数字は嘘を許さない。許さない数字に、余白を添えるのが人の仕事だ。

 その時だった。
 敵の砲弾が、馬の脇を抉った。
 音は腹で鳴り、泥が跳ね、世界の輪郭が一瞬だけ白くなる。
 土方の脚を、鉄が抜けた。
 馬の前脚が崩れ、土方の体が、泥と同じ速度で落ちる。落ちるものに、音はない。海と同じで、泥は落下音を許さない。ただ、重さだけが増える。

 兵が駆け寄ろうとした。
 土方は手を振った。
 「来るな。列を乱すな」
 顔は血に濡れている。血は温かい。温かいものは、短い言葉を好む。
 彼の声は、なお冷静だった。声の奥で、冬営の火床が一度だけ赤くなる。赤は、裏にもある。裏の赤は、表へ戻るのを待っている。

 泥が体の下で深くなり、冷えが脚から腰へ、背へ、肩へと昇る。冷えは怒りではなく、正気だ。正気が体を端まで撫でる。端は最初に濡れ、最初に乾く。
 視界の端に、永倉の肩、原田の槍、旗の白、間の札、泥の面に映る灰色の空が順番に現れて、順番に遠ざかった。
 「副長!」
 叫ぶ声がひとつ。市助だ。
 土方は首をわずかに振る。「声は短く使え」
 短い声は、遠くへ行く。遠くへ行った声が、列の角を守る。

 土方は副長として、最後の命令を下す。
 「退け。秩序を保て。旗を落とすな」
 合図は三拍目で返り、列は半歩だけ右へ曲がり、戻り道へ流れ込む。
 「原田、脚だけだ。深追いするな」
 「了解だ、副長」
 原田の槍が低く唸り、泥を撫でるように走る。
 「永倉、抜くな」
 永倉は鯉口を押し上げた指を戻す。抜かない刃ほど、長い。
 兵は涙を堪え、命令に従い、列を整えて退いた。退く列の縁に白が揺れる。白は降参ではない。空席の白だ。空いた席は、戻るための余白。

 泥が冷たく、血が温かい。温度差が、現実の輪郭をはっきりさせる。
 土方は短く息を吐いた。吐いた息は白くない。春はとうに入っている。
 脳裏に浮かぶものが、順番を持たずにやって来る。
 多摩の土。
 芦の匂いのする川。
 夕立の前に膨らむ雲。
 近藤の笑顔。
 沖田の笑い声。
 山南の静かな瞳。
 斎藤の背中の角度。
 屯所の柱。
 梁が覚えている若い声。
 鍋の塩の匂い。
 ――ひとつ、ふたつ、みっつ。
 数える歌は祈りに似ていた。祈りは空白ではない。丁寧に並べ直した順番のこと。
 順番の札を、誰かが握っている。表に「順番」。裏に「手順」。下手な字。下手な字は、読むときに丁寧を呼ぶ。丁寧は、争いを遅らせる。遅れた争いは、たいてい消える。

 どこかで、子どもの泣き声がやみ、変な顔をした兵の低い笑いが一度だけ生まれて消えた。消えた笑いは、会議を進める。
 榎本の短い報が、遠くから流れてくる。「なお持つ」
 荒井の声が、石炭の上で聞こえる。「拗ねています」
 「拗ねるものには、先に謝れ」
 自分の言葉が、自分の耳に戻ってくる。戻ってきた言葉は、腹の方へ落ちていった。

 土方の視界が、泥の高さと同じになる。泥は、匂いを記憶する器だ。血の鉄と、火薬の辛さと、湿った木の甘さ。器は満ち、溢れず、ただ重くなる。
 「副長」
 耳元で呼ぶ声。誰の声か、すぐには分からない。永倉か、市助か、あるいは、もっと昔の誰かか。
 彼はうっすらと笑った。笑いは短い。短いものほど、長く残る。
 「俺の誠はここまでだ」
 そう呟いた。
 言葉は砲声にかき消された。かき消された言葉は、梁へいけない代わりに、兵の背骨に残る。背骨に残る言葉ほど、長持ちするものはない。

 遠くで、白い布が二度揺れた。搬出の白。戻り道の白。
 近くで、間の札が一本、泥に差し込まれる。「ここからここまで、言葉を置かない」。言わないことで守れる余白がある。
 永倉の声が低く落ちた。「副長……」
 「言うな。間を守れ」
 短い命令。短い命令は、重い涙を遅らせる。遅れた涙は、たいてい働く。

 体の端から温度が抜けていく。端は最初に濡れ、最初に乾き、最初に冷える。
 多摩の土の匂いが、遠いところで雨に濡れている。
 近藤の笑顔が、夕日の色で縁取られる。
 沖田の笑い声が、咳に咬まれる前の軽さを保っている。
 山南の静かな瞳が、黙って頷く。
 斎藤の肩が、影の方へほんの少しだけ傾く。
 屯所の梁が、若い声をもう一度、覚えようとしている。
 「――戻れるようにしろ」
 命令は短いまま、体から離れる。離れた命令は、列の角で別の命令に変わる。
 「撃てる限り撃て。撃てなくなったら退け。死ぬな、生きろ」
 生きろ。
 その言葉だけが、血の温度と同じ速度で兵の胸へ入っていった。

 泥の匂いは、もう怖くない。泥は、ここまでずっと味方だった。
 土方は目を閉じた。閉じる一瞬、白がまた二度揺れたのを見た気がした。
 白は降参ではない。帰り道の白だ。
 帰るべきものは、まだ残っている。
 ――守るものは、まだ残っている。
 その思いは、言葉になる前に砲声に吸われ、砲声は低く遠くで腹を鳴らし続ける。低い音は、体に近い。体に近い音は、恐れを疲労に変える。疲労は、恐れより扱いやすい。

 土方の体から、戦が少しずつ離れていった。
 離れていく間にも、一本木の道は細く、列は折れず、旗は落ちない。
 永倉が、鯉口を押し上げた指をそっと戻した。抜かない刃は、長い。長い刃は、遺された“間”のなかで働く。
 原田は槍を肩に乗せ、低く言う。「ここは歌わない」
 「歌は冷めてからでいい」
 彼の口調が、いつものやり取りの形を守った。守る形が一つでもあれば、人は倒れずに済むことがある。

 退く列の縁を、市助の旗が守る。旗の端は丁寧に揃えられ、折り目は冬の学を忘れない。
 市助は腹の奥で数えた。「三、五、八……」
 数は口に出さない。口に出すと、風に散る。腹で抱いた数は、泥に沈まず残る。
 彼は旗を一度だけ、泥より低く下げた。下げることで守れる高さがある。
 「副長」
 誰にともなく、小さく呼び、それから口を閉じた。
 言わないことで守れる余白がある。余白は、悲しみと命令を同じ器に入れ、こぼさない。

 夕暮れまでに、関門は守られた。
 兵の半数は負傷した。医薬は乏しく、包帯は足りない。寺へ運ばれる担架の数は、いつも足りない。足りなさは、丁寧を呼ぶ。丁寧は、痛みを遅らせる。
 担がれる途中で息絶える者がいる。肩に残る指の跡が、薄明の色で白く浮く。
 女たちが布を裂き、老人が札を握り、子どもが白を振る。
 白は、今日を通すための細い橋だ。

 夜。
 五稜郭の空は星ではなく、砲煙と火の粉の名残で曇っている。梁は歌を覚えているが、今夜は歌わない。歌は冷めてからでいい。
 原田が泥を落とし、永倉が帯を締め直し、市助が旗の端を合わせる。
 「副長は」
 永倉は言いかけて、口をつぐんだ。
 その沈黙の形が、命令だった。
 「列を乱すな」
 誰も言わなかったが、全員がそれを含んだ顔をしていた。顔は、言葉の三手前を歩く。

 榎本は短く言った。「なお持つ」
 荒井は石炭の山の前で布をかぶせ、「拗ねています」とだけ述べた。
 「拗ねるものには、先に謝れ」
 土方の古い言葉が、別の口から静かに出て、火に落ちず、灰の上に乗った。灰は薄く、まだ温かい。裏の赤は、表へ戻る時を待っている。
 「順番の札」は、寺の柱に二枚、港の角に一枚、弁天の小屋に一枚。表に「順番」、裏に「手順」。下手な字。下手な字は、読み手の手を丁寧にする。丁寧は、約束を長持ちさせる。

 夜更け、一本木の土塁の陰で、永倉と原田が短く交わす。
 「なあ原田」
 「ああ」
「俺たち、明日も“半分守る”のか」
 「両方を半分守る。それが答えだ、って顔で、あいつは言ったろ」
 「顔で、な」
 「顔で言えるやつが、隊の背中になる」
 ふたりの声は、梁ではなく土に吸われた。土は覚える。足音と、重みと、短い会話の角度を。

 市助は旗を膝に置き、指の皹に布の繊維を押し当てる。
 「遅い矢は、刺さる時、音がしない」
 冬営で聞いた言葉を、彼は今、膝の中で繰り返す。
 副長の命令も、きっとそうだ。
 今は効かず、どこかで刺さる。
 刺さったとき、誰も拍手をしないし、鐘も鳴らない。ただ、列が乱れないだけだ。
 乱れない列の形が、歌になる。歌は、冷めてからでいい。

 夜明け前。
 一本木の泥は冷たく、しかし昨日ほど深くは沈まない。沈まなさは、疲れの別名だ。疲れは、恐れより扱いやすい。
 土方の不在が、朝の手順に混ざって短い隙を作る。隙は、余白だ。余白は、相手の形を受け取り、読むための器だ。
 永倉が声を整える。「斉射――半歩下げ――再装填――また撃て」
 声は短く、しかし彼の中で、別の声が先に言っていた。その別の声は、砲声にかき消された昨夕の一言――「俺の誠はここまでだ」を、別の形にして返す。
 “ここから先は、お前たちの誠だ”

 弁天台場から短い煙が上がる。榎本の札は今日も短い。「なお持つ」。
 荒井は石炭に触れ、「拗ねています」をもう一度、少しだけ笑って言い直す。
 笑いは短い。短い笑いが、朝の手順を温める。
 市助は旗を立て、端を合わせ、三拍目で返す。返る光の丸が、霧の水で滲み、滲んだ輪郭が距離を正しく見せた。距離が見えると、手順は短くなる。短くなった手順は、折れにくい。

 一本木の関門に、今日も列が差し込む。細い道と太い軍。肩の擦れと、怒りの誤差。
 だが列は乱れない。
 それは恐怖のせいではない。
 規律のせいだ。
 死してなお、隊を乱さぬ命令。
 それが、副長の終幕だった。

 彼の姿は、泥と血にまみれ、泥に半ば抱かれる形で残った。
 誰かが布をかけ、誰かが袖の泥を指で払った。
 「指は十本。おまえも十本。十本で二十本。無くしたら十九本」
 古い冗談が、誰の口からともなく漏れ、笑いにならず、喉の奥で小さく温度を作る。温度は、約束の形を保つのに要る。
 「戻れるようにしろ」
 その言葉は、今や、一本木の道そのものの癖になった。
 道は、足跡を新しい足へ渡し続ける。
 渡された足は、半歩だけ右へ曲がり、白の揺れの間を抜け、星の角へ戻る。
 戻るたび、梁は低く鳴り、梁は覚える。
 覚えた梁は、次の合図の時、影から静かに降りてくる。

 昼、港のほうで子どもが白を振った。白は降参の白ではない。帰り道の白。あの人が好んだ、余白の白。
 市助は一度だけ、旗を泥より低く下げた。
 「副長」
 誰にも聞こえない声で呼び、それから旗を上げ直す。
 上げ直された布の折り目は、冬の学と春の戦と、今日の別れを同じ角度で持っていた。

 夕刻、原田が槍を立て、永倉が空を見た。
 「おい、今夜は歌うか」
 「歌は、冷めてからでいい」
 「じゃあ、明日も冷めねえな」
 「構わねえ。歌がない夜は、“間”が太る」
 間が太れば、合図は賢くなる。合図が賢ければ、列は乱れない。
 乱れない列の中を、声のない命令が往復する。
 「退け。秩序を保て。旗を落とすな」
 誰も声に出さないのに、全員が聞いている。
 それが、死してなお続く副長の仕事だった。

 夜、火床の灰は薄く、まだ温かい。灰の下の赤は、表へ戻るのを待ち、紙は指の圧を覚え、港の白は、帰り道の上で軽く揺れた。
 星は砲煙で覆われている。覆われながら、どこにあるかを忘れない。
 忘れないことが、敗けではない。
 忘れないことが、明日を厳しくする。
 厳しい明日を、短く迎える。
 短く迎える分だけ、長く残る。
 迎える。迎え撃つ。なお、動く。
 紙の上で、土の上で、人の背中の上で。

 土方歳三という名は短い。名は短く、影は長い。
 長い影は、踏むべき場所と、踏んではいけない場所を教える。
 一本木関門の泥は、その影を覚えた。
 泥は忘れない。
 泥は、誠の旗の布の匂いを、火薬と雨の間に挟んで保った。
 いつか歌が冷めてから、誰かが数えるだろう。
 ――ひとつ、ふたつ、みっつ。
 角の数ではない。
 楔の数でもない。
 乱れなかった命令の数だ。
 その数が、星の骨組みをもう一度、内側から固くする。
 そして、朝が来る。
 彼のいない朝が、いつもどおりの短い命令で始まる。
 「子どもを先に。荷は後だ。列を乱すな」
 それで、十分だった。彼が残したもののほとんどは、短いのに、長く残るからだ。

 ――副長の終幕。
 その言葉は、閉じた幕ではなく、次の合図のための“間”だった。
 間が太る。
 太い間のなかで、誰かが旗を上げる。
 旗の端は、丁寧に揃えられている。
 端を守れば、真ん中は働く。
 真ん中が働けば、列は乱れない。
 列が乱れない限り、彼の命令は続く。
 そういう終わり方を、彼は選んだのだ。
 選ぶと言える者だけが、背中の矢を真っ直ぐに保てる。
 背中の矢は、今日も伸びている。
 前に倒れる覚悟の分だけ、静かに、長く。