あの日のことを聞きたい?

 はあ!? 勘弁してよ!
 もう警察にいっぱい話したし、思い出したくもないのに。
 てか! なんで結乃(ゆの)は無傷なわけ!?

 誕生日ケーキ作って寝坊!?
 なにそれ。

 ……ああ、そういえば柴田がはしゃいでたかも。
 今日は笹崎さんの誕生日だーって。
 ある意味、記憶に残る誕生日会になったんじゃない?
 こっちとしては、最悪だけど。
 見てよ、この足に残った傷!
 これ、一生消えないんだって。
 ホント、ありえない!!

 で、なに? あの日起きたことだっけ?
 私が見たことだけでいいの?

 はあ……わかった。

 あの日は、水曜日だったでしょ?
 英単テストがあるのに、勉強が足りてなくて。
 だから、少しはやめに学校に行ったの。
 私が教室に入ったときには、まだ二人くらいしかいなかったと思う。

 それから少しずつ人が増えてきて……極めつけは、柴田。
 アイツが「今日は笹崎さんの誕生日だから!」とか言って、笹崎さんの机でいろいろやり始めたの。
 アイツ、笹崎さんのファンを公言してるし、盛大に祝うつもりだったんじゃない?
 それを焚き付けるような声もあって。
 そのせいでうるさくなってきたから、集中するために音楽を聞こうとしたときだった。
 急に廊下がざわざわし始めたの。

 でも、私には関係ないと思って、イヤホンを耳に押し込んだのと同時くらいに、悲鳴が聞こえてきた。
 黄色い歓声とは違う、動揺したような声だった。
 さすがに、勉強する手を止めたよ。

 廊下のほうを見れば、何人もの生徒が逃げ惑ってた。
 後ろを見ながら、引きつった顔で。
 先生たちは「落ち着け」だとか、「止まりなさい」だとか、いろいろ叫んでた。

 それで私は、不審者が入ってきたのかなって思った。
 逃げないといけないって、思ったんだけど……
 私たちのクラスは二階にあるでしょ?
 今、廊下に出ても、逃げ遅れるだけ。
 だから私は、机の下に隠れた。
 あとは息を潜めてやり過ごすだけ。

 そう、思ってた。

 私の考えは甘かったんだってわかったのは、うちの教室のドアが開いたとき。
 柴田の奴が「笹崎さん!」って叫んだから、誰が入ってきたのかすぐにわかったよ。
 タイミング悪く登校してきたのかって思ったけど……違った。
 そこに、いたのは……

 ……ブラウスを紅く染めた、笹崎さんだった。

 さすがに、そんな状態で教室に来られたら、仲良くなくても心配になるでしょ?
 だから、柴田が「大丈夫!?」って一番に駆けつけたその答えが気になって、私は机から出たの。

 それが、よくなかったんだと思う。
 今なら、机の下で大人しくしておけって絶対言うね。
 そうしたら、こんな目に遭うことはなかっただろうし。

 ……それで、なんだっけ。
 そう、柴田が笹崎さんのところに駆け寄って……笹崎さんは答えなかった。
 応えたのは、柴田だよ。
 まるでお化けでも見たかのような悲鳴でね。

 柴田は、腕を抑えながら、その場に座り込んだの。

 それで私は、しっかりと笹崎さんを見たんだけど……
 笹崎さんの手には、ナイフが握られてた。
 不審者は、笹崎さんだったんだって、そこで理解したの。

 逃げなきゃって思ったよ。
 じっとしてたら殺されるって!

 でも、逃げられなかった。

 だって、笹崎さん……

 目が合ったら、ゆっくり、笑ったの。

 友達同士で「おはよ」って挨拶を返すくらい、自然な笑顔で。
 それが、怖くて不気味で……足が動かなかったの。
 で、気付いたらこれ。

 私の太ももを切ったあと、笹崎さん、どうしたと思う?

 ……笑ったの。
 それも恍惚とした顔で。

 人傷付けて笑うとか、狂ってるよ、あの人。

 ……いや、結乃の友達だとはわかってるけどさ。
 でもやっぱり、あれを真正面で見たらそう思うって……

 それから目についた人たちをどんどん切りつけていくんだもん、やっぱり狂ってるとしか思えない。

 結乃は、あれは笹崎さんじゃないって思いたいのかもしれないけどさ。
 私は、あれが笹崎さんの本性だったんじゃないかって思うよ。