☆ ☆ ☆

「……オフィーリア?」

​夜明け前の静寂に、乾いた俺の声が響いた。

どうして​目覚めて最初に、彼女の名前を口にしたのかは分からなかった。

ただ、手のひらにかすかな温もりが残っているような気がした。

もちろん、それはただの感傷にすぎない。彼女の体温は、もうこの世界にはないのだから。

​「……それでも」

​俺は、再び彼女に会うためにこの道を歩き続ける。そう、自分自身に言い聞かせるように呟いた。

​魔力回路を起動させると、視界に昨夜の悪魔の残滓がちらつく。まるで道しるべのように、かすかに光を放っている。

​「これか」

​今日の行き先は決まった。俺は迷うことなくベッドから立ち上がった。

まだ夜明け前の外に出て、右目に見える悪魔の残滓が示す方角を、軽く目を細めて見据えた。

​「この方角は……ヴァリス・エテルニタスか」

​なぜそこから悪魔の残滓が伸びているのかはわからない。

だが、俺の右目は迷うことなく、ヴァリス・エテルニタスを指し示している。

​「そういえば、近々ヴァリス・エテルニタスで魔道剣戟大会が開かれるって話だったな。まさか、それと何か関係があるのか?」

​そんな風に呟いていると、背後から声が聞こえた。

​「ブラッド、どうしたんだ? こんな朝早くから」

​振り返ると、そこにはアルが心配そうな表情で立っていた。レーツェルの姿が見えないことから、彼だけが起きてきたのだろう。

​「ああ……ちょっと早く目が覚めただけだ。それに、右目が悪魔の残滓を見つけた」

​「っ!」

​その言葉にアルは目を見開き、俺の側に来ると両肩を強く掴んだ。

その力に、アルがどれほど動揺しているかが伝わってくる。

​「お前……まさか、また一人で!」

​「ち、違う違う! お前が考えているようなことはしてないさ。ただの残滓だ。昨日の夜に消した時空の裂け目に残ってた悪魔の残り香みたいなもんだ」

​俺は慌ててそう言って、アルを落ち着かせようとする。

アルはこの右目のこととなると、必ずと言っていいほど俺を心配してくれる。ありがたいことだが、少し過保護すぎる気もする。

​「……お前がそう言うなら、信じる。だけど、無茶だけはするなよ」

​アルの言葉に胸が締め付けられる。

アルはレーツェルと一緒に、俺を信じてずっとここまでついてきてくれた。

正直、すごく感謝してる。きっと俺一人だけだったら、とっくに心折れていただろうしな。

​「わかってる。わかってるから、そんな心配そうな顔をするな。お前だって、俺のこと信じてくれてるんだろ?」

​「ああ、当たり前だ」

​アルの迷いのない、力強い言葉に俺は驚き、頬を軽くかく。そんな俺の姿に、アルはふっと表情を和らげた。

​「それで、悪魔たちの行き先はどこなんだ?」

​「ヴァリス・エテルニタスだ」

​その国の名を聞いたアルは、『聞いたことがない』と言いたげに首を傾げた。

​「お前も知らないのも無理もないさ。この三百年の旅でもあそこには行ったことがなかったからな。行く理由もなかったし」

​「でも、そこに悪魔たちがいる可能性があるんだろ?」

​「そうだ。それに、今回はなんだか嫌な予感がするんだ。何か大きなものが、あそこにあるような気がしてならない」

​「……わかった。レーツェルが起きたら出発だ。俺たちも一緒に行く」

​アルの決意のこもった目に、俺は静かに頷いた。

​次の目的地は、魔と剣を極めた者たちが集う国、ヴァリス・エテルニタスだ。