ヴェルト・マギーア ソフィアと魔道と剣戟の勝利者

僕はセレスの返答に満足すると、彼を伴って馬車組合を離れ、人目につきにくい裏通りへと移動した。

「セレス殿。先ほど、移動中に情報をすべて話してもらうと言ったな。だが、その『移動』に馬車を使うつもりはない」

「……それは、どういう意味ですか?」

セレスが怪訝そうに眉をひそめる。

僕は返事の代わりに、懐から小さな金属球を取り出した。手のひらに収まる程度の大きさで、表面には細かな術式が刻まれている。

「これは、短距離の物体転移を可能にする簡易型の魔導具だ。細かな座標調整には向かないが、あらかじめ指定した座標へ確実に転移させることができる」

「物体転移……?」

「そうだ。もっとも、これ自体に人間を転移させる機能はない。転移先へ送った装置が、到着後に転移陣を展開する。僕たちは、その陣を利用して移動するわけだ」

説明しながら、僕は携帯端末を操作した。

端末の上にスターシス周辺の地図が投影され、街並みと周辺の地形が立体的に浮かび上がる。僕は地図を拡大し、嘆きの岩壁へと続く山道を確認した。

目的地までの距離、人目につく可能性、周囲の地形。いくつかの条件を照らし合わせ、転移先を選定する。

やがて、僕は嘆きの岩壁の手前、約五キロの地点にある山沿いの細い獣道を指定した。

「ここなら、街の人間に見られる心配もないだろう」

座標を確定させ、金属球に転移先の情報を登録する。

「セレス殿。話の続きを聞かせてもらおうか。君はなぜ、スターシスの近郊にいた?」

僕の問いに、セレスは一瞬だけ視線を落とした。

「……大魔導院から、王都近郊で開かれる課外授業の講師を頼まれていたのです。ですが、その最中に、エテルナの審判へ向かっていた私の教え子たちと連絡が取れなくなりました」

「それで、連絡を試みたのか」

「はい。通信魔導具を使って呼びかけたのですが、返ってきたのはひどい雑音ばかりでした。それでも、ほんの一瞬だけ……悲鳴が聞こえたのです」

セレスの表情が曇る。

「その直後、助けて、という声が聞こえました。そこで通信が途絶えてしまったのです」

「最後に通信がつながった座標は?」

「記録してあります。私はすぐにその座標を確認し、教え子たちの捜索を正式に要請するため、大魔導院へ戻ろうとしました。しかし、長距離転移陣を使用した際、座標に大きな誤差が生じて……気がつけば、スターシスの近郊に飛ばされていたのです」

なるほど。

教え子たちとの通信が途絶えた。その直前には悲鳴と助けを求める声が聞こえた。そして、救援を要請しようとしたセレス自身も、転移の不具合によって本来の目的地とは異なる場所へ飛ばされた。

偶然が重なったと考えることもできる。しかし、現時点でそれを偶然と断定する根拠はない。

「つまり、君は教え子たちが何者かに襲われた可能性があると考えているわけだな」

「……はい。もちろん、確証はありません。しかし、あの声を聞いて、何事もなかったとは思えませんでした」

「分かった。では、次の質問だ」

僕は端末の表示を切り替えながら、セレスに視線を向けた。

「君の教え子たちの中に、特に狙われる理由がありそうな者はいるか? 魔力量が突出している、あるいは希少な魔術の適性を持っているなど、何か心当たりは?」

セレスは少し考え込んだあと、二人の名前を挙げた。

「ロゼッタとガゼルです。ロゼッタは四大貴族の一つに連なる家の娘で、時空間魔術に類まれな適性を示しています。まだ不安定ではありますが、短距離転移や、ごく短い時間の操作に近い現象を起こしたこともあります」

「時空間魔術か……。確かに、扱える者が限られる分野だな。もう一人は?」

「ガゼルは平民の出ですが、魔力量が非常に多い。魔導士団の上級隊員と比べても、わずかに上回るほどです。炎の精霊魔術との相性もよく、瞬間的な火力には目を見張るものがあります。ただ、制御はまだ不安定で……炎の色が、ときどき青く変わることもあります」

青い炎。

その言葉に、僕の思考がわずかに引っかかった。

『業火の魔導士』と呼ばれたロキも、炎が青みを帯びることがあった。

もっとも、炎の色が似ているからといって、同じ性質を持つとは限らない。今ある情報だけで比較するなら、ガゼルの実力がロキに及ぶとは考えにくい。

「なるほど。二人とも、何らかの理由で目をつけられる可能性はあるわけか」

「……やはり、二人が狙われたのでしょうか?」

「まだ断定はできない。ロゼッタは時空間魔術への適性、ガゼルは突出した魔力量と炎の精霊魔術。狙われるとすれば、それぞれ異なる理由が考えられる。だが、現段階では仮説にすぎない」

僕は端末の地図を閉じ、金属球へ視線を落とした。

情報は揃いつつある。あとは、現地で確かめるだけだ。

「では、そろそろ移動しよう」

僕は金属球を軽く放り投げた。

金属球は一瞬、青白い光を放つ。次の瞬間には、その姿が裏通りから消えていた。

指定座標への強制転移が完了したのだ。

金属球は今頃、嘆きの岩壁の手前にある山沿いの獣道へ到着し、転移陣を展開しているはずだった。展開された陣は一定時間維持される。その間であれば、僕たちはそこを転移先として利用できる。

「今のは……?」

セレスが驚いた様子で、金属球が消えた場所を見つめる。

「転移先へ装置を送っただけだ。向こうでは、すでに転移陣が展開されている。維持時間には限りがあるから、あまりのんびりもしていられない」

僕は彼の返答を待たず、転移の準備に取りかかった。

「セレス殿。僕の外套の肘あたりを掴んでくれ」

「えっ? あ、はい」

セレスが戸惑いながらも、僕の外套を掴む。

「一つ、忠告しておく。転移中に魔術障壁が不安定になれば、空間の歪みに巻き込まれる危険がある。最悪の場合、身体が引き裂かれることになる。だから、僕から手を離すな」

「……分かりました」

セレスの声には緊張が滲んでいた。

無理もない。長距離転移の座標誤差を経験したばかりの人間に、再び転移を行うと言っているのだから。

だが、ここで時間を浪費する理由はない。

僕は足元に白銀の魔法陣を展開した。

魔力の流れが収束し、周囲の空気が圧縮されるような低い音が響く。

次の瞬間、僕とセレスの姿は、スターシスの裏通りから跡形もなく消え去った。