ヴェルト・マギーア ソフィアと魔道と剣戟の勝利者

僕は、掲示板から一歩離れた。

しかしそのまま立ち去らず、まるでたった今、緊急事態に気づいたかのように自然な動作で再びカウンターの係員へと向き直った。

「失礼」

僕が発した声は、先ほどの丸眼鏡をかけた魔導師の張り詰めた焦燥とは対照的な、落ち着いていて僅かに憂いを帯びたトーンだった。その声の響きは、相手の警戒心を自然に解くように調整されている。

丸眼鏡の魔導師は、僕の声にようやく気づいたようだが、彼もまた馬車の情報確認中であったため、同じ境遇の人と見なしたのか、不審な視線を向けることはなかった。

「王都行きの馬車について、僕も確認させていただきたい。やはり二日後で間違いないのでしょうか?」

「はい、お客様。お手数ですが、時刻は二日後の早朝六時となります」

係員は慣れた様子で答える。

僕はそこで一呼吸置いた。そして、微かに痛切な表情を浮かべた。その表情は、愛する家族の身を案じる旅人のように見えていることだろう。

「そう、二日後……ですか。実は、僕の妹が数日前に『エテルナの審判』に参加するために、ヴァリス・エテルニタスへ向かったのですが、道中何かのトラブルに巻き込まれたのか消息を絶ってしまいました」

僕は、心の中で(妹を探していると嘘をつくことが、情報を引き出すための最も効率的な手段だ)と即座に判断した。

「この辺りで、旅人が行方不明になるといった不穏な話はありませんか!? 何でもいいんです! 僕の妹はまだ若く、魔力も未熟なため……とても心配で……」

僕の視線は係員の目ではなく、カウンターの清算皿の縁に静かに注がれていた。これは相手に嘘を付いているという動揺を見せないための、僕の習性だ。

係員は一瞬、顔を引き攣らせた。

先ほど丸眼鏡をかけた魔導師に詰め寄られ、更に僕の『妹』という具体的な話に良心が刺激されたのだろう。彼は辺りを見回し声を潜めた。

「あの、お客様……実は、そういう話はあります。ヴァリス・エテルニタスへ向かう間で、嘆きの岩壁の先で姿を消す者が増えている、という噂で……」

係員は、隣に立つ丸眼鏡をかけた魔導師の視線に怯えつつも、僕の紳士的で冷たい、拒否できない圧力に逆らえなかった。

「魔法警察も動いていますが、目撃情報が全くなく……私たちも困っておりまして」

僕は、既に丸眼鏡をかけた魔導士から得ていた『嘆きの岩壁』という情報を、妹の心配という口実で係員から直接引き出し、確実な情報へと昇華させることに成功した。

「なるほど、嘆きの岩壁……ありがとうございます。助かりました」

僕は、これ以上深入りせず係員に一礼すると、丸眼鏡をかけた魔導師の横を音もなくすり抜け組合の出口へと向かった。

出口に差し掛かった瞬間、丸眼鏡をかけた魔導師が僕追いかけて来て声を上げた。

「あ、あの! 失礼ですが、あなたも捜索に……?」

僕は立ち止まらず、肩越しに冷たい視線を投げかけた。その瞳には『干渉するな』という無言の警告が込められていた。

「僕は旅人ですよ。ただ、家族の安否が心配なだけな」

​そして、僕は外套を翻し、馬車組合の賑わいを後にしようとした――その時。