『スターシス』という名に反して活気の乏しいこの街で、情報と交通手段が最も効率的に集まる場所――それは、馬車組合に他ならない。
馬車組合の建物は、街の規模に不釣り合いなほど大きく、多くの荷物と旅人が行き交っていた。その雑然とした光景は、この辺境の地と外の世界をつなぐ、数少ない動脈の一つであることを物語っている。
僕は人の波に紛れ込みながら、王都行きの馬車の出発時刻と運賃が記された掲示板にさりげなく近づいた。その脇には、組合の係員が座るカウンターがある。
係員に声をかける機会を窺っていた、その時だった。
僕より一足早く、一人の青年がカウンターへ詰め寄った。
「すみません! 王都行きの馬車について、急いで確認したいのですが! 最短の便は、やはり二日後でしょうか!?」
その声には、張り詰めた苛立ちと、抑えきれない焦燥が滲んでいた。
僕は青年を横目で捉え、瞬時に観察する。すらりとした体格に、身にまとっているのは紛れもなく大魔導院の制服。このような魔導技術の発達していない辺境の地に、大魔導院の人間がいるのは極めて珍しい。
とりわけ目を引いたのは、その容姿だった。青緑色の髪は朝の光の下でも乱れたままで、鼻筋には丸眼鏡がかかっている。その奥の瞳は、激しい焦りに揺れていた。
(大魔導院の魔導士……。しかも、僕と同じく王都へ急いでいる。あの焦りようからして、何か厄介な事態に直面しているらしい)
僕は歩みを止め、掲示板に視線を向けたまま、青年と係員の会話に耳を澄ませた。
単に馬車の出発が二日後だという事実に苛立っているのではない。一秒でも早く動きたいという、切迫した事情があるようだ。
これは好都合だ。
僕が直接、行方不明事件について探りを入れるよりも、事情を抱えた大魔導院の人間のそばで耳を傾けていた方が、より具体的な情報を得られる可能性が高い。本人にそのつもりがなくとも、会話の中から事件の手がかりが漏れ出てくるかもしれない。
僕は何食わぬ顔で、青年の隣に立った。
「……二日後、ですか。やはり、出発時刻は変わっていませんか……」
「申し訳ありません、お客様。王都行きの馬車は定期運行となっておりまして、ここ『スターシス』を中継するのは二日後の早朝です。それ以前に出発させるとなると、特別に魔導師団へ申請し、転移陣を――」
「転移陣が正常に稼働しないから困っているんです! 僕自身、大魔導院へ戻るために転移を使った結果、座標が大きくずれてしまったのですから! それに、二日も待つとなると、捜索の時間が……!」
丸眼鏡の魔導士の口から『大魔導院』『転移の座標ズレ』『捜索の時間』という言葉が飛び出した瞬間、僕の白銀の瞳が微かに細められた。
(やはり、転移に何らかの異常が起きているのか。魔法協会の管轄内だけの問題ではなく、広範囲に影響が及んでいる可能性がある。これまでは、度重なる使用や調整不足が原因だと考えていたが……)
青年は苛立ちを隠そうともせず、声を張り上げた。
「王都貴族院の魔法学生たちが、王都へ着く前に消息を絶っているのです! 彼らは僕の大事な教え子たちです! 一刻も早く捜索しなければ、彼らの痕跡が消えてしまう!」
(なるほど。教え子たちの捜索を急いでいるところに、転移の座標ズレが起きたのか。しかも、王都行きの馬車は二日後の早朝まで出ない……。これでは焦るのも無理はない)
青年は手にしていた地図を乱暴に広げ、ある地点を指し示した。
「彼らと最後に連絡が取れたのは、ここから半日ほど進んだ先の『嘆きの岩壁』付近です! もし、彼らがこの辺りで行方不明になったのだとしたら――」
係員は困惑した様子で謝罪を繰り返すばかりだった。その一方で、丸眼鏡の魔導士は、どうにかして打開策を見つけようと必死に説明を続けている。
僕は、彼の口から出た『貴族院の教え子たち』と『嘆きの岩壁』という二つのキーワードを、頭の中に刻み込んだ。
貴族院の生徒であれば、相応の魔力を持つ者もいるはずだ。
(強い魔力を持つ者たちが次々と消息を絶っている。昨夜のご令嬢たちから聞いた話とも一致する。そして、『嘆きの岩壁』か……)
僕は頭の中で、この街の地図と街道の位置関係を照らし合わせた。
嘆きの岩壁は、王都へ向かう街道が山脈にぶつかる隘路に位置している。
(地形的に見れば、旅人や商人を襲うには都合のいい場所だ。周囲から人目が届きにくいのであれば、被害者を連れ去り、痕跡を隠すことも容易になる。今回の行方不明事件と関係している可能性は十分にある)
僕は丸眼鏡の魔導士へ視線を移した。
彼の持つ情報と、僕がこれまでに集めた情報を照らし合わせれば、事件の全容に近づけるかもしれない。僕自身の能力をもってすれば、捜索を大きく進展させることも可能だろう。
だが、今ここで彼に接触すれば、僕の正体や、兄上から与えられた任務の一部が露見する危険性がある。
(情報は欲しい。だが、無用な接触は避けるべきだ)
僕は一瞬の思考の後、静かに結論を下した。
嘆きの岩壁――
この場所こそ、馬車の出発を待つ二日間で、真っ先に調査すべき場所だ。
馬車組合の建物は、街の規模に不釣り合いなほど大きく、多くの荷物と旅人が行き交っていた。その雑然とした光景は、この辺境の地と外の世界をつなぐ、数少ない動脈の一つであることを物語っている。
僕は人の波に紛れ込みながら、王都行きの馬車の出発時刻と運賃が記された掲示板にさりげなく近づいた。その脇には、組合の係員が座るカウンターがある。
係員に声をかける機会を窺っていた、その時だった。
僕より一足早く、一人の青年がカウンターへ詰め寄った。
「すみません! 王都行きの馬車について、急いで確認したいのですが! 最短の便は、やはり二日後でしょうか!?」
その声には、張り詰めた苛立ちと、抑えきれない焦燥が滲んでいた。
僕は青年を横目で捉え、瞬時に観察する。すらりとした体格に、身にまとっているのは紛れもなく大魔導院の制服。このような魔導技術の発達していない辺境の地に、大魔導院の人間がいるのは極めて珍しい。
とりわけ目を引いたのは、その容姿だった。青緑色の髪は朝の光の下でも乱れたままで、鼻筋には丸眼鏡がかかっている。その奥の瞳は、激しい焦りに揺れていた。
(大魔導院の魔導士……。しかも、僕と同じく王都へ急いでいる。あの焦りようからして、何か厄介な事態に直面しているらしい)
僕は歩みを止め、掲示板に視線を向けたまま、青年と係員の会話に耳を澄ませた。
単に馬車の出発が二日後だという事実に苛立っているのではない。一秒でも早く動きたいという、切迫した事情があるようだ。
これは好都合だ。
僕が直接、行方不明事件について探りを入れるよりも、事情を抱えた大魔導院の人間のそばで耳を傾けていた方が、より具体的な情報を得られる可能性が高い。本人にそのつもりがなくとも、会話の中から事件の手がかりが漏れ出てくるかもしれない。
僕は何食わぬ顔で、青年の隣に立った。
「……二日後、ですか。やはり、出発時刻は変わっていませんか……」
「申し訳ありません、お客様。王都行きの馬車は定期運行となっておりまして、ここ『スターシス』を中継するのは二日後の早朝です。それ以前に出発させるとなると、特別に魔導師団へ申請し、転移陣を――」
「転移陣が正常に稼働しないから困っているんです! 僕自身、大魔導院へ戻るために転移を使った結果、座標が大きくずれてしまったのですから! それに、二日も待つとなると、捜索の時間が……!」
丸眼鏡の魔導士の口から『大魔導院』『転移の座標ズレ』『捜索の時間』という言葉が飛び出した瞬間、僕の白銀の瞳が微かに細められた。
(やはり、転移に何らかの異常が起きているのか。魔法協会の管轄内だけの問題ではなく、広範囲に影響が及んでいる可能性がある。これまでは、度重なる使用や調整不足が原因だと考えていたが……)
青年は苛立ちを隠そうともせず、声を張り上げた。
「王都貴族院の魔法学生たちが、王都へ着く前に消息を絶っているのです! 彼らは僕の大事な教え子たちです! 一刻も早く捜索しなければ、彼らの痕跡が消えてしまう!」
(なるほど。教え子たちの捜索を急いでいるところに、転移の座標ズレが起きたのか。しかも、王都行きの馬車は二日後の早朝まで出ない……。これでは焦るのも無理はない)
青年は手にしていた地図を乱暴に広げ、ある地点を指し示した。
「彼らと最後に連絡が取れたのは、ここから半日ほど進んだ先の『嘆きの岩壁』付近です! もし、彼らがこの辺りで行方不明になったのだとしたら――」
係員は困惑した様子で謝罪を繰り返すばかりだった。その一方で、丸眼鏡の魔導士は、どうにかして打開策を見つけようと必死に説明を続けている。
僕は、彼の口から出た『貴族院の教え子たち』と『嘆きの岩壁』という二つのキーワードを、頭の中に刻み込んだ。
貴族院の生徒であれば、相応の魔力を持つ者もいるはずだ。
(強い魔力を持つ者たちが次々と消息を絶っている。昨夜のご令嬢たちから聞いた話とも一致する。そして、『嘆きの岩壁』か……)
僕は頭の中で、この街の地図と街道の位置関係を照らし合わせた。
嘆きの岩壁は、王都へ向かう街道が山脈にぶつかる隘路に位置している。
(地形的に見れば、旅人や商人を襲うには都合のいい場所だ。周囲から人目が届きにくいのであれば、被害者を連れ去り、痕跡を隠すことも容易になる。今回の行方不明事件と関係している可能性は十分にある)
僕は丸眼鏡の魔導士へ視線を移した。
彼の持つ情報と、僕がこれまでに集めた情報を照らし合わせれば、事件の全容に近づけるかもしれない。僕自身の能力をもってすれば、捜索を大きく進展させることも可能だろう。
だが、今ここで彼に接触すれば、僕の正体や、兄上から与えられた任務の一部が露見する危険性がある。
(情報は欲しい。だが、無用な接触は避けるべきだ)
僕は一瞬の思考の後、静かに結論を下した。
嘆きの岩壁――
この場所こそ、馬車の出発を待つ二日間で、真っ先に調査すべき場所だ。



