激しい光の渦が収束し、次に僕が足を踏みしめたのは、巨大な魔法陣が敷き詰められたヴァリス・エテルニタスの転移ターミナルではなかった。
アスファルトのひび割れた路面、低くくすんだ建物、そして微かに漂う家畜の臭い。
僕は感情を排した顔で、周囲を数回ゆっくりと瞬きながら確認する。ターミナル特有の魔力臭も、権威ある学院の荘厳な建築群もない。
ここは、明らかに目的地ではなかった。
「……っ」
喉の奥で微かな舌打ちが響き、すぐに数日前の技術報告を思い出す。
協会の長距離転移システムは、度重なる使用と調整不足により、座標の精密な指定が困難になるという、致命的な障害を抱えていた。兄上はそれを知っていながら、僕の出発を急がせた。
ホログラムで現在地を起動させる。画面に表示された地図は、僕の予想通りだった。
ここはヴァリス・エテルニタスから南東に、優に二週間はかかる小さな辺境の町『フォルトゥナ』。
(意図的な遅延策か、あるいは兄上の単なる嫌がらせか……)
僕の脳裏に、今頃執務室で肘をつき、腹を抱えて愉快そうに笑っている兄上の姿が浮かんだ。
「……ちっ」
僕は、先ほどよりも明確に苛立ちを込めて舌打ちをした。
計画は狂った。兄の意図的な嫌がらせに時間を奪われたことに、静かな怒りが湧く。
だが、任務を遂行することに変わりはない。僕に与えられた『外交儀礼』の時間は削られたが、現地での活動時間を制限する兄の思惑など、僕の優秀さの前では無意味だ。
僕は、辺境の静寂の中に冷徹な決意を込めて一歩を踏み出した。
この場所から最短で、ヴァリス・エテルニタスへ向かうための経路と手段を、即座に分析する必要があった。
辺境の静寂の中に立ち、懐から兄上から渡された招待状を取り出してその上質な紙面を見直した。兄が僕の行動を阻害しているのなら、何か別の情報が隠されていないか確認するためだ。
すると招待状の左下に、精緻なフォントで印字された『エテルナの審判』の開催日付が目に飛び込んできた。
僕はその日付を、頭の中で現在の暦と照合する。
そして、その事実を認識した瞬間、僕の冷静な思考回路が一瞬だけ過熱した。
「……一ヶ月後だと」
そう、開催は今からわずか一ヶ月後のことだった。
(開催は一ヶ月後。つまり、僕は本来の日程より二週間以上早く魔法協会を出発させられたことになる。二週間もあれば、この場所からでも開催日には余裕をもって到着することはできる。僕の計画そのものが破綻するわけではない)
しかし、僕の中でふつふつと込み上げてくる静かな怒りは決して消えることはなかった。
兄はわざと僕の完璧な時間管理を乱すために、開催日を確認しなかった僕のわずかな落ち度を利用して、急かして出立させたのだ。
僕はくしゃりと招待状を握りしめ、町のあちこちへ鋭い視線を送る。
「仕方がない、ヴァリス・エテルニタスに向かう最速のルートを確保しなければ」
内心で「帰ったら容赦しないですよ、兄上」と氷のように低い声で呟きながら、僕は辺境の町フォルトゥナへと足を踏み入れた。
視界に広がるのは、ヴァリス・エテルニタスのような荘厳さとは無縁の光景だ。アスファルトの路面は至る所でひび割れ、そこから逞しい雑草が顔を出している。並ぶ建物は煉瓦造りだが、どれも低く、日差しでくすんだ土気色をしており、その古さがそのまま町の歴史を物語っていた。
空気は土埃と、家畜の微かな臭いが混じり合い、都会の洗練された魔力の匂いとは全く異なる。聞こえてくるのは、遠くで鳴く鶏の低い声や、風が建物の隙間を抜ける単調な音だけだ。
中央の広場らしき場所も、活気があるというよりは、疲れ切ったような静けさに包まれている。人々は粗末な布を纏い、太陽に焼けた肌をしており、僕の洗練された白銀の装束は、この町の景色の中でひどく浮き上がっていた。
空は広く、太陽は容赦なく照りつけているが、町の周囲はすぐに荒涼とした大地に繋がっているのが見て取れる。遠くには、稜線が波打つように連なる山脈が霞んで見えた。
(技術の恩恵が及ばない、隔絶された場所……)
僕はその場に立っているだけで、時間の流れが緩慢になったような感覚を覚えた。
ここで立ち止まって町の人にヴァリス・エテルニタスへの行き方について聞こうと思っていたが、僕のような場違いな存在が突然声をかければ、町の人達は不審と驚きで情報を得るどころではないだろう。
ただでさえ、僕の服装と彼らの質素な服装は、身分の差を鮮烈に示しているのだから。
アスファルトのひび割れた路面、低くくすんだ建物、そして微かに漂う家畜の臭い。
僕は感情を排した顔で、周囲を数回ゆっくりと瞬きながら確認する。ターミナル特有の魔力臭も、権威ある学院の荘厳な建築群もない。
ここは、明らかに目的地ではなかった。
「……っ」
喉の奥で微かな舌打ちが響き、すぐに数日前の技術報告を思い出す。
協会の長距離転移システムは、度重なる使用と調整不足により、座標の精密な指定が困難になるという、致命的な障害を抱えていた。兄上はそれを知っていながら、僕の出発を急がせた。
ホログラムで現在地を起動させる。画面に表示された地図は、僕の予想通りだった。
ここはヴァリス・エテルニタスから南東に、優に二週間はかかる小さな辺境の町『フォルトゥナ』。
(意図的な遅延策か、あるいは兄上の単なる嫌がらせか……)
僕の脳裏に、今頃執務室で肘をつき、腹を抱えて愉快そうに笑っている兄上の姿が浮かんだ。
「……ちっ」
僕は、先ほどよりも明確に苛立ちを込めて舌打ちをした。
計画は狂った。兄の意図的な嫌がらせに時間を奪われたことに、静かな怒りが湧く。
だが、任務を遂行することに変わりはない。僕に与えられた『外交儀礼』の時間は削られたが、現地での活動時間を制限する兄の思惑など、僕の優秀さの前では無意味だ。
僕は、辺境の静寂の中に冷徹な決意を込めて一歩を踏み出した。
この場所から最短で、ヴァリス・エテルニタスへ向かうための経路と手段を、即座に分析する必要があった。
辺境の静寂の中に立ち、懐から兄上から渡された招待状を取り出してその上質な紙面を見直した。兄が僕の行動を阻害しているのなら、何か別の情報が隠されていないか確認するためだ。
すると招待状の左下に、精緻なフォントで印字された『エテルナの審判』の開催日付が目に飛び込んできた。
僕はその日付を、頭の中で現在の暦と照合する。
そして、その事実を認識した瞬間、僕の冷静な思考回路が一瞬だけ過熱した。
「……一ヶ月後だと」
そう、開催は今からわずか一ヶ月後のことだった。
(開催は一ヶ月後。つまり、僕は本来の日程より二週間以上早く魔法協会を出発させられたことになる。二週間もあれば、この場所からでも開催日には余裕をもって到着することはできる。僕の計画そのものが破綻するわけではない)
しかし、僕の中でふつふつと込み上げてくる静かな怒りは決して消えることはなかった。
兄はわざと僕の完璧な時間管理を乱すために、開催日を確認しなかった僕のわずかな落ち度を利用して、急かして出立させたのだ。
僕はくしゃりと招待状を握りしめ、町のあちこちへ鋭い視線を送る。
「仕方がない、ヴァリス・エテルニタスに向かう最速のルートを確保しなければ」
内心で「帰ったら容赦しないですよ、兄上」と氷のように低い声で呟きながら、僕は辺境の町フォルトゥナへと足を踏み入れた。
視界に広がるのは、ヴァリス・エテルニタスのような荘厳さとは無縁の光景だ。アスファルトの路面は至る所でひび割れ、そこから逞しい雑草が顔を出している。並ぶ建物は煉瓦造りだが、どれも低く、日差しでくすんだ土気色をしており、その古さがそのまま町の歴史を物語っていた。
空気は土埃と、家畜の微かな臭いが混じり合い、都会の洗練された魔力の匂いとは全く異なる。聞こえてくるのは、遠くで鳴く鶏の低い声や、風が建物の隙間を抜ける単調な音だけだ。
中央の広場らしき場所も、活気があるというよりは、疲れ切ったような静けさに包まれている。人々は粗末な布を纏い、太陽に焼けた肌をしており、僕の洗練された白銀の装束は、この町の景色の中でひどく浮き上がっていた。
空は広く、太陽は容赦なく照りつけているが、町の周囲はすぐに荒涼とした大地に繋がっているのが見て取れる。遠くには、稜線が波打つように連なる山脈が霞んで見えた。
(技術の恩恵が及ばない、隔絶された場所……)
僕はその場に立っているだけで、時間の流れが緩慢になったような感覚を覚えた。
ここで立ち止まって町の人にヴァリス・エテルニタスへの行き方について聞こうと思っていたが、僕のような場違いな存在が突然声をかければ、町の人達は不審と驚きで情報を得るどころではないだろう。
ただでさえ、僕の服装と彼らの質素な服装は、身分の差を鮮烈に示しているのだから。



