すると、手首に装着した情報端末が静かに振動した。兄上からの送信だ。

​僕は歩みを止めずに、指先一つでホログラムディスプレイを起動させる。白銀の光を放つそのディスプレイには、暗号化された大量のデータが即座に展開された。

​件名は『ヴァリス・エテルニタス臨時出張 詳細職務リスト』。

​その内容は、まるで魔法協会の膨大な業務を凝縮したかのようで、一般的な外交官や魔導師の出張ではありえないほど多岐にわたっていた。

​項目1:外交儀礼の代行(大魔導院院長アウグストゥス、神剣学院院長クレアとの会談)

​項目2:『エテルナの審判』参加者の実力詳細データの収集(実力あるものに限定する)

​項目3:祭典の運営組織内部の不審な動きの報告(兄上の「気がかりなこと」の具体化)

​項目4:ブラッドの無力化(「負かしてこい」の具体化。戦闘データを確実に取得すること)

​大量の情報処理を数秒で完了させた僕の視線は、リストの一番下、『特記事項』と赤く強調された項目に固定された。

​その内容を見た瞬間――いつもは感情を映さない白銀の瞳が大きく見開かれた。

​それは、先程兄の執務室での会話には一切含まれていなかった、最優先の指令だったからだ。

​特記事項:ソフィアの保護
​優先順位:極高。
目的:現時点での生存を確保せよ。彼女に接触する不審な人物の行動を監視し、危険が及ぶ場合は躊躇なく排除せよ。

​僕は顔色一つ変えず、静かにリストを閉じホログラムを消した。

​(……どういうことだ?)

​兄は魔人族という種そのものを、心底から憎悪している。特に強大な魔力を持つソフィアは、兄の憎しみの標的であり排除したいと願うのは自然だ。

​しかし、僕に送られた任務の『最優先事項』は『ソフィアの保護』となっている。

それは『ブラッドを負かす』『祭典の裏を探る』ことよりも優先しなければならないことだ。

​僕は、兄が投げ渡した指輪を左手の薬指で軽く回した。この指輪も、ただの『お守り』ではないだろう。何らかの仕掛けが組み込まれているに違いない。

​しかし、兄の思惑などどうでもいい。

僕がやるべきことは、与えられた任務を最も効率的に遂行すること、そして何よりも――

​「ブラッド。僕と君の無価値な戦いの再開だ」

白と銀を基調とした軽装の背中には、これから始まる闘いと策略の嵐を予感させる冷たい決意が宿っていた。