ヴェルト・マギーア ソフィアと魔道と剣戟の勝利者

私の覚悟を聞いていたサファイアは、感心したような、それでいてどこか切なさを秘めた表情を浮かべた。

「カレン、お前の決意も覚悟も、あいつは求めていない。きっと、その想いすら払いのけられるだろう。それでも、お前はあいつに追いつくことを望むのか?」

「はい」

私は迷うことなく答えた。

サファイアの言う通りだ。先生は誰の助けも必要としていないのだろう。それでも、だからといって諦めるつもりなど微塵もなかった。

「だから、サファイア。私は迷わず、あなたの氷結の力を使います。先生のためにこの命を懸けることになっても、私は構いません」

「……それが、お前の覚悟なんだな」

サファイアは、最後の確認をするように尋ねた。

私はその問いに、もう一度大きく頷いた。

「……分かった、カレン。だったら私は、お前のことを精一杯支えよう」

「サファイア……」

サファイアは腰につけていた耳飾りを外すと、それを私の手の中にそっと握らせた。

耳飾りに触れた瞬間、ひんやりとした冷気が掌に伝わってきた。

銀細工に嵌め込まれた宝石は、淡い紫色を帯びていた。けれど、光の角度が変わるたび、その奥に澄んだ青色が浮かび上がる。まるで、紫色の夜空が凍てつく夜明けへと移り変わっていくようだった。

サファイアは一度深呼吸をすると、私の手元に視線を落とし、静かに言葉を紡ぎ始めた。

それは、私がこれまで耳にしたことのない言葉だった。美しくも、どこか哀愁を帯びた響き。氷の国に古くから伝わる言葉なのだろうか。

「我が誓い、凍てつく魂の故郷よ。汝の魂に宿る青き輝きを、この指輪へと託し給え」

詠唱が響くと、私の手の中にある耳飾りが青白い光を放ち始めた。

光は次第に強まり、耳飾りの形がゆっくりと変化していく。

やがて、それは一つの指輪へと姿を変え、まるで見えない力に導かれるように、私の左手の人差し指へと収まった。

「これは、私が氷国の最奥にある洞窟で見つけた宝石から作った『制御石』だ」

サファイアは、私の指にはまった指輪を見つめながら続けた。

「初めてこの石に触れたとき、自分の氷結の力がわずかに抑え込まれるのを感じた。それ以来、ずっと身につけている。この石がなぜそんな力を持っているのか、詳しいことは私にも分からない。だが、氷結の力を抑え、制御する助けになることは確かだ」

サファイアは指輪に目を落とし、わずかに表情を和らげた。

「この世界に来てから、私が元いた世界と同じ性質を持つ宝石が、こちらにも存在するのかは分からなかった。だから、今お前に渡せるのは、私が身につけているこれだけだ。それでも、これは必ずお前の力になってくれると信じている」

「サファイア……そんな大切なものを」

私が戸惑いながら呟くと、サファイアは優しく微笑み、私の手を取った。

「大切なものだからこそ、お前に託したいと思ったんだ」

「え……?」

「ブラッドも言っていただろう。カレン、お前は私にとって唯一無二の存在であり、パートナーでもある。お前が望むことなら、私もできる限り力になりたいと思っているんだ」

サファイアは、私の指にはまった指輪へと視線を落とした。

「だが、一つだけ約束してくれ」

「約束……?」

「自分の命を粗末にしないことだ」

真剣な眼差しで見つめられ、私は思わず息を呑んだ。

「お前がどれほどの覚悟を持っているのかは分かった。ブラッドに追いつくためなら、どんな危険も顧みないつもりなんだろう。それでも、私はお前に生きていてほしい。お前が自分の命を犠牲にすることを、私は望んでいないんだ」

「サファイア……」

「だからこそ、少しでもお前の助けになるものを渡したかった。お前が無事に目的を果たせるように、私にできることをしておきたかったんだ」

そう言って、サファイアは私の手を優しく握り直した。

その手の温もりに、胸の奥がじんわりと熱くなる。

「……ありがとうございます、サファイア。私、絶対に無茶はしません」

「本当か?」

「うっ……できる限り、気をつけます」

「まったく……そこは素直に約束してほしいところなんだがな」

サファイアは呆れたように息を吐いた。けれど、その表情にはどこか安堵したような色が浮かんでいた。

「まあ、私も人のことは言えないか。ブラッドもそうだが、目的のためなら自分の命すら賭けようとする奴が、私の周りには多すぎる」

「先生は、昔からあんな感じだったのですか?」

私が尋ねると、サファイアは少し考えるように目を細めた。

「レーツェルが言うには、昔からそうみたいだな。あいつは目的のためなら、自分の命すら顧みない馬鹿な奴だ。自分がどうなろうと構わないとでも思っているのか……まったく、少しは自分のことも大切にしてほしいものだな」

そこで言葉を切り、サファイアは忘却の山がある方角へと目を向けた。

「あいつが犠牲になることを、私たちは誰も望んでいない」

そして、ほんのわずかに表情を曇らせると、小さく呟いた。

「……きっと、彼女だってそうだ」

サファイアは一度深く息を吸い、私の手を力強く握りしめた。

「カレン。明日からは、今日以上に厳しい特訓を始める。覚悟は本当にできているんだな?」

「はい!」

私の力強い返事に、サファイアは優しく微笑んだ。

「カレン様」

静謐な空気が流れる中庭に、背後から執事のヴァルトが静かに声をかけてきた。

「ヴァルト? どうかしましたか?」

「カレン様宛てに、お手紙が届いております。こちらをお渡しするため、参りました」

ヴァルトは姿勢を正すと、トレイに載せた一通の封書を丁寧に差し出した。

私はそれを受け取り、封筒に目を落とした。上質な封筒の滑らかな手触りが、指先に伝わってくる。

「なんだ、その手紙は?」

隣で様子を見ていたサファイアが、興味深そうに覗き込んできた。

「さあ……差出人の名前は見当たらないわ」

そう答えながら、私は封筒の左下に目を向けた。

そこには、精緻に描かれた見覚えのある紋章があった。

「これって……」

記憶をたどる。

確か、この紋章はヴァリス・エテルニタスにある神剣学院のものではなかっただろうか。

私は封筒を傷つけないよう、慎重に封を切った。

中には、二つ折りの格式高い招待状と、それに添えられた一通の短い手紙が入っていた。

招待状を開くと、ヴァリス・エテルニタスで開催される五年に一度の祭典、『エテルナの審判』への招待が記されていた。

私は続けて、添えられた手紙を広げた。

『拝啓

カレン様におかれましては、日々、武術の研鑽に励まれていることと存じます。

さて、この度、五年に一度の祭典『エテルナの審判』を、大魔道院と神剣学院の共同主催にて開催する運びとなりました。

神剣学院は、カレン様が示された卓越した剣技と、若き世代を牽引する類いまれなる才能に深く感銘を受けております。

つきましては、ぜひともカレン様に本大会へご参加いただき、その実力を世界の強豪たちの前で示していただきたく、この招待状をお送りいたしました。

カレン様のご参戦は、この祭典を大いに盛り上げるとともに、未来の剣士たちにとっても、最高の刺激となるものと確信しております。

敬具

ヴァリス・エテルニタス
大魔道院・神剣学院共同主催事務局』

手紙を読み終えた私は、知らず知らずのうちに封書を握る手に力を込めていた。

胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。

「エテルナの審判……?」

隣にいたサファイアは、何かを深く考え込むようにその名を呟き、目を細めた。

(きっと、私のところに届いたということは、ロキのところにも届いているはず)

ロキの顔が脳裏をよぎる。

きっと彼は今頃、師匠と一緒に訓練場で、子供のようにはしゃいでいるに違いない。

そんな光景が目に浮かび、私の唇には自然と穏やかな微笑みが浮かんだ。

私は招待状をそっと胸元に寄せた。

「ヴァルト」

「はい、カレン様」

「この招待、お受けします。ヴァリス・エテルニタスへ向かう準備をしてください」

私の指示を受けたヴァルトは、「承知いたしました」と一礼し、音もなくその場を去っていった。

「参加するのか、カレン」

サファイアの問いかけに、私は迷うことなく大きく頷いた。

「ええ、もちろんです。今までの修行の成果を試す、最高の機会ですから」

そう答えながら、私は遥か遠く、今どこにいるのかも分からない先生の姿を心に思い浮かべ、中庭の上空を見上げた。

先生が直接見ていなくても構わない。

けれど、この『エテルナの審判』という祭典の頂点に立つことができれば、きっと――きっと、先生も私の力と、これまで積み重ねてきた努力を認めてくれるはずだ。

そんな淡くも切実な願いを胸に、私は招待状をそっと握りしめた。