​「はぁ、またか……」

​疲労をにじませた溜息が、夜の静かな森に吸い込まれていく。

俺は右目から丁寧に包帯を外した。

​右目と(ロゼ)を繋ぐ回路に魔力を流し込むと、血のように赤かった瞳は、静寂の海のような澄んだ碧眼へと変わる。

​魔剣アムールの剣柄に埋め込まれた魔力コアが、俺の魔力と共鳴すると、赤紫の輝きを放っていた刀身は、月明かりを映したように蒼く光を変える。

​俺は深く息を吸い込み、吐き出す。

目の前には、虚空にぽっかりと開いた傷口があった。

ゆらゆらと黒いオーラを放つ時空の裂け目──

その不気味な存在に、俺は剣を突き出す。

​一筋の蒼い光が虚空を切り裂き、裂け目に吸い込まれていく。

剣撃を受けた裂け目は、まるで最初から何もなかったかのように静かに消え去った。

​「よし……」

​完全に消えたことを確認し、安堵の息を漏らす。

同時に、右手の魔剣アムールと腰の魔剣レーツェルが光の粒となり、元の人間へと姿を変えた。

​「あちら側へと続く時空の裂け目……。まさか、こんなところにまであるなんてな」

​アルが険しい表情で、裂け目があった場所をじっと見つめている。

俺とレーツェルもつられて顔を上げた。

​この裂け目は、人目につかない森の奥にあった。

偶然ここを通りかかった時、右目が強く反応して時空の裂け目を感知したんだ。

ここにもあるかもしれないと、手分けして探した結果、直ぐに見つかった。

​「ほんと……勘弁してくれよ。この時空の裂け目が頻繁に出るようになってから、まともに寝れてないってのに……」

​そう言って、俺は大きなあくびを噛み殺す。

​冗談じゃない。正直、もう限界だ。

​俺はエーデルやザハラたち竜人族、森人族のベルたちと連携して、あちこちをパトロールして回っている。

彼らと話して、直ぐには解決しない事だと分かってはいたけれど、まさかこれほどとは……。

​「本当はアレスたちにも頼めればいいんだけどなぁ……」

​彼はまだ魔剣の力を完璧に使いこなせないし、カレンもあの氷結の力を制御しきれない。

アレスが一日でも早く、魔剣エクレールの力を使いこなすことができるようになれば、俺の負担が少しは軽くなるんだけどな……。

だからしばらくは俺が動くしかない。

​幸い、エーデルの浄化の力を秘めた『曙光の欠片』を持ったザハラたちなら、この程度の裂け目なら対処できるはずだ。

曙光の欠片は、半透明で虹色にきらめき、まるで夜明けの空を閉じ込めたかのような輝きを放っている宝石だ。邪悪な魔力を吸収し、それを光のエネルギーに変えて周囲に放つ力を持っている。この光は悪魔たちの力を弱体化させ、黒い粒子も退けることができる。

問題は、いつ、どこでこの裂け目が現れるかだ。

​今のところ、この裂け目を通って黒い粒子がこちらへ来る兆候はない。

そこは唯一の救いだ。

​だが……。

​「おそらく、七つの悪魔たちは、とっくにこっちに来ているだろうな」

​俺の言葉に、アルとレーツェルは真剣な表情を浮かべた。