*
昴の部屋の窓から見える桜が、蕾をつけはじめている。満開まではもうしばらくかかるだろう。昴は出雲家のお披露目会のあとから、ぼーっとすることが増えた。と、自邸にやってきた恭介に言われて眉をしかめた。
「そんなことはない」
「そうかあ?」
「ないが、気になっていることはある。花巫女の神力と色の関係を教えてくれないか」
「そんなの常識だろう。何を今さら」
「いいから」
花巫女の神力は古く、五行の力を借りて扱うもの。火、水、木、金、土の五種類あり、それぞれの花巫女の神力を受け継ぐ家系が複数存在している。
「そもそも、花巫女の神力を宿した武器でなければ、物の怪を倒すことはできない。花巫女の神力だけでも倒せない、協力が不可欠ってことだね」
つらつらと恭介は続ける。
「ああ、そうだな」
「ちなみに、古の時代の五行と色の認識が異なるのは、近代化と人々の認識の変化と言われているけど、普及した物語の影響もあるのではと分析しているんだ。護り人の活躍を伝える目的での物語が増えて、その分かりやすさのために――」
恭介の話がだんだんと持論に流れていったので、昴は片手を恭介の前に押し出して話を制した。恭介がふてくされた顔をする。
「で、結局何が聞きたいの」
「白い花は何の神力を持っている? あれほど綺麗な花でも、色がないなら、無神力なのか」
白い花、と聞いた途端に恭介の目が大きく見開かれた。
「は!? それ、どこで、誰が」
「この間行った出雲家で、出雲家の長女……確か名前は六花と言っていた」
恭介は、がさごそと鞄の中から紙の束を取り出した。昴が何か言う前に机に広げ出した。いつも持ち歩いているのか、とか、勝手に机を使うな、とか言いたいことはあったが、一種の気迫を感じて黙っていることにした。
「あった! ほら!」
恭介は目当てのものを見つけたようで、声を上げた。何かの資料の写しのようだったが、昴にはよく分からなかった。
「ほら、この一行だけだけど、三百年ほど前に、白い花を発現させた花巫女がいて、珍しい神力ゆえに重宝されたと書いてある」
「神力があるのか」
「ああ。『治癒』の神力。伝承のうちに生まれた幻想だと思われてきた幻の神力だよ」
「……!」
治癒の神力。ならば、あの日、六花の舞を見たあとに怪我が治っていたというのは、勘違いではなかったのだ。舞に見惚れているうちに、白い花が足に触れていた。
「そうか。昴の怪我を治したのは、その出雲家の長女ということか」
恭介も同じことを思い出していたようだ。昴は、大きく頷いた。怪我を治してもらったというのに、昴は不用意な発言で迷惑をかけてしまったかもしれないということだ。
「はあ……」
「よし、昴、お前出雲家の長女を嫁にもらえ」
「は?」
ため息が急カーブを描いて、素っ頓狂な驚きの声に変化した。発言した当の本人はいたって真面目な顔をしている。
「怪我が絶えない身に、治癒の神力のパートナーは心強いだろう」
「それは、そうだが、相手の気持ちはどうなる」
「ほう、宗像家に生まれておいて、恋愛結婚をお望みか?」
恭介は少々自虐的な笑みを浮かべた。だが、言う通りだ。護り人の家系は、絶対に途絶えさせてはならない上に、神力も受け継がなくてはならない。だから、政略結婚が当たり前だ。
「出雲家も似たようなものだろう?」
「そうだな」
花巫女の家系とて同様であるから、護り人と花巫女の婚姻は珍しくない。お互いの血を後世に残すという宿命のため、花巫女の家系の女子が儀式を行う十五歳を目安にして縁談が組まれることが多い。
「それに、出雲家の長女は不遇な扱いを受けていると聞いたよ」
恭介の言葉に昴は頷いた。
「それは真実だ。無能と言われ、使用人同然な扱いをされているのを見た」
「てっきり花を発現できずにそうなっていると思っていたけど、白い花だったとはね。昴、家から引っ張り出すだけでも状況は変わる。お前がそれをやるんだよ。後悔があるなら、なおさら」
気付いていたのか、この従兄は。そうであれば、今さら恥を覚える必要もない。
「俺は、どう動くのがいい」
「治癒の神力であることは、出雲家には伝えないほうがいい。幻の神力とわかれば囲い込むだろうから、彼女の身が危険だ。知らせないまま、連れ出すんだ」
「わかった」
「口実はそうだな……、親戚から婚約者を迎えろと言われているけど、年頃の花巫女の娘はすでに婚約者がいる。出雲家の長女には婚約者やその候補者はいないと聞いた。宗像家の婚約者候補として迎えたい、というところかな」
昴の部屋の窓から見える桜が、蕾をつけはじめている。満開まではもうしばらくかかるだろう。昴は出雲家のお披露目会のあとから、ぼーっとすることが増えた。と、自邸にやってきた恭介に言われて眉をしかめた。
「そんなことはない」
「そうかあ?」
「ないが、気になっていることはある。花巫女の神力と色の関係を教えてくれないか」
「そんなの常識だろう。何を今さら」
「いいから」
花巫女の神力は古く、五行の力を借りて扱うもの。火、水、木、金、土の五種類あり、それぞれの花巫女の神力を受け継ぐ家系が複数存在している。
「そもそも、花巫女の神力を宿した武器でなければ、物の怪を倒すことはできない。花巫女の神力だけでも倒せない、協力が不可欠ってことだね」
つらつらと恭介は続ける。
「ああ、そうだな」
「ちなみに、古の時代の五行と色の認識が異なるのは、近代化と人々の認識の変化と言われているけど、普及した物語の影響もあるのではと分析しているんだ。護り人の活躍を伝える目的での物語が増えて、その分かりやすさのために――」
恭介の話がだんだんと持論に流れていったので、昴は片手を恭介の前に押し出して話を制した。恭介がふてくされた顔をする。
「で、結局何が聞きたいの」
「白い花は何の神力を持っている? あれほど綺麗な花でも、色がないなら、無神力なのか」
白い花、と聞いた途端に恭介の目が大きく見開かれた。
「は!? それ、どこで、誰が」
「この間行った出雲家で、出雲家の長女……確か名前は六花と言っていた」
恭介は、がさごそと鞄の中から紙の束を取り出した。昴が何か言う前に机に広げ出した。いつも持ち歩いているのか、とか、勝手に机を使うな、とか言いたいことはあったが、一種の気迫を感じて黙っていることにした。
「あった! ほら!」
恭介は目当てのものを見つけたようで、声を上げた。何かの資料の写しのようだったが、昴にはよく分からなかった。
「ほら、この一行だけだけど、三百年ほど前に、白い花を発現させた花巫女がいて、珍しい神力ゆえに重宝されたと書いてある」
「神力があるのか」
「ああ。『治癒』の神力。伝承のうちに生まれた幻想だと思われてきた幻の神力だよ」
「……!」
治癒の神力。ならば、あの日、六花の舞を見たあとに怪我が治っていたというのは、勘違いではなかったのだ。舞に見惚れているうちに、白い花が足に触れていた。
「そうか。昴の怪我を治したのは、その出雲家の長女ということか」
恭介も同じことを思い出していたようだ。昴は、大きく頷いた。怪我を治してもらったというのに、昴は不用意な発言で迷惑をかけてしまったかもしれないということだ。
「はあ……」
「よし、昴、お前出雲家の長女を嫁にもらえ」
「は?」
ため息が急カーブを描いて、素っ頓狂な驚きの声に変化した。発言した当の本人はいたって真面目な顔をしている。
「怪我が絶えない身に、治癒の神力のパートナーは心強いだろう」
「それは、そうだが、相手の気持ちはどうなる」
「ほう、宗像家に生まれておいて、恋愛結婚をお望みか?」
恭介は少々自虐的な笑みを浮かべた。だが、言う通りだ。護り人の家系は、絶対に途絶えさせてはならない上に、神力も受け継がなくてはならない。だから、政略結婚が当たり前だ。
「出雲家も似たようなものだろう?」
「そうだな」
花巫女の家系とて同様であるから、護り人と花巫女の婚姻は珍しくない。お互いの血を後世に残すという宿命のため、花巫女の家系の女子が儀式を行う十五歳を目安にして縁談が組まれることが多い。
「それに、出雲家の長女は不遇な扱いを受けていると聞いたよ」
恭介の言葉に昴は頷いた。
「それは真実だ。無能と言われ、使用人同然な扱いをされているのを見た」
「てっきり花を発現できずにそうなっていると思っていたけど、白い花だったとはね。昴、家から引っ張り出すだけでも状況は変わる。お前がそれをやるんだよ。後悔があるなら、なおさら」
気付いていたのか、この従兄は。そうであれば、今さら恥を覚える必要もない。
「俺は、どう動くのがいい」
「治癒の神力であることは、出雲家には伝えないほうがいい。幻の神力とわかれば囲い込むだろうから、彼女の身が危険だ。知らせないまま、連れ出すんだ」
「わかった」
「口実はそうだな……、親戚から婚約者を迎えろと言われているけど、年頃の花巫女の娘はすでに婚約者がいる。出雲家の長女には婚約者やその候補者はいないと聞いた。宗像家の婚約者候補として迎えたい、というところかな」
