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昴は、彼を怖がりながら会場へと案内する使用人に尋ねた。
「さっきの女性は?」
「出雲家の長女の六花様です」
「なぜ出雲家の娘があのような……」
使用人のような扱いを、というところは口に出すべきではないかと押し留めた。だが、使用人は気遣うようなそぶりすら見せずに言い放った。
「無能ですから、仕方ありません」
昴は眉をひそめたまま、案内された席についた。無能? あんなに美しい舞を舞う者が? だが、昴自身、舞の細かな技術について詳しくはないから、何とも言えないところだ。
「昴、どこをほっつき歩いていたんだよ」
「迷った」
「またか」
すでに隣の席についていたのは、分家の従兄、宗像恭介。くせっ毛を気にしてまっすぐにしようとしていた時期もあったが、これはこれでいいと開き直ったらしい。洋装を好んでいて、今日もパンツスーツ、白シャツにベストを合わせるスタイルだ。
「それにしても今日来たんだね。いつもみたいに来ないかと思ったよ」
「先代に、前線ばかりではなく交流の場にも足を運べと言われてな」
「それは大変なことで」
昴は二十五、恭介は二十七で歳が近いことから兄弟のような関係であり、よく共に任務にあたっている。もっとも、前線に立つのは昴だけで、恭介はサポート役だ。本人いわく、科学の力で護り人たちの任務を楽にしたい、そうだ。
「まったく、今日も怪我が大繁盛だね」
「やめろ」
恭介は、昴が怪我をすると、毎回ぺしんと怪我をした部分を叩いてくる。軽くだが、少々痛む。前に真剣に抗議をしたら、嫌なら怪我をしなきゃいいんだ、と言われた。彼なりの心配の仕方なのだと、最近は理解してきた。痛いものは痛いのだが。
「ん? 痛くない……?」
「なんだ、もう治っているのにそんな大仰な包帯をしているのか。取ればいいのに」
「いや、だが……」
今朝までは確かに痛みがあったはずだ。歩きづらさだってあった。いや、いつまで歩きづらかったのか。この家に来るまでは確かにあった。席についたときにはなかった気がする。
「どういうことだ」
昴は自分で自分の足を叩いてみる。少し強めに叩いてみるが、やはり痛みは感じない。なぜだ。
「おい、周りが引いてるって」
恭介が小声でそう制してきた。言われて周りを見れば、気でも触れたのか、さすがは夜叉だと、陰口のようなものが囁かれていた。昴と目が合うと、途端に口をつぐんだ。
ふいに、龍笛の音が周囲に響き渡った。舞が始まる合図だ。その場が静寂に包まれる。
神楽堂の朱色に塗られた柱や屋根は、花巫女の操る五色の花の色の布で装飾され、小ぶりな提灯がつられている。舞台の向こう側に、使用人と同じように控える六花の姿を見つけた。目が合うと、静かに目礼を返してきた。
しゃらんと鈴の音とともに、一人の少女が進み出てきた。巫女装束に、千早を合わせた正式な装いに加えて羽衣も纏っている。髪には洋風のティアラを思わせるような冠に、造花も飾り立てている。ずいぶんと豪奢な装いだ。
「出雲家の娘、牡丹が舞わせていただきます」
自信に満ちた声をそう言うと、彼女は舞をはじめた。雅楽にも相当な人数を用意していて、音にも迫力がある。彼女が舞うたびに、赤い花が浮かび上がる。
「おお! 素晴らしい」
「見事な舞に、美しい赤い花、さすがは花巫女様だ」
周囲から感嘆の声が上がる。隣の恭介もすごいね~と呟いている。確かに赤い花は綺麗で見事だ。
「だが……」
昴は首を傾げた。さっき見た六花の白い花のほうが綺麗で数も多かった。それに、素人目にもわかるくらいに、舞の技術は比べ物にならない。六花のほうが格段に上だった。立派な神楽堂も巫女装束もなかったというのに、六花の舞のほうが美しいと思った。
いつの間にか、舞が終わっていた。出雲家の当主夫婦が、護り人たちへ挨拶周りをしている。隣を見れば、恭介の姿がなかった。こういうときはいつも恭介に任せているというのに。たまには自分でしろということか。面倒なことを言うのは先代だけにしてほしい。
「宗像様、お越しいただきありがとうございます」
「いや、こちらこそ招待に感謝する」
そこで会話が途切れる。こういうときに何を話すべきなのかよく分からない。
「娘の舞はいかがでしたでしょうか」
こちらの反応を窺う、不躾な視線が向けられていた。せめて顔をしかめないよう、意識をした。
「良かったと思う。従兄も素晴らしいと言っていた」
「それはそれは、光栄でございます。ぜひまたお越しになってください」
「ああ、ぜひ姉の舞も見てみたいものだ」
そう正直な感想を述べたところで、夫婦の表情が凍りついた。不用意な発言だったと気がついたのは、巫女装束の次女が鬼のような形相で夫婦の後ろにいたからだ。
六花は、使用人に見下されているだけでなく、両親や妹にも疎まれているのか。いや、考えればわかることだ、使用人が無礼をやめないのは、当主が容認しているからに他ならない。
「馬鹿か、俺は」
昴は頭を抱えた。宗像家の者の言葉が、ただの世間話で収まるわけがない。
