お披露目会の当日。庭にある桜が満開を迎えていて、宴に文字通り華を添えている。

 さすがは、宗像家主催の催しなだけあって、護り人がかなりの人数やってきている。中には朝廷の関係者も来ているらしい。そして、出雲家の両親、牡丹、誠二も招待されているという。

 昴の指示で作り上げた神楽堂は、出雲家のものと比べてシンプルだった。使われている材木は檜で、周囲にはいい香りが広がっている。造りはシンプルでも、使われているものは最高級だ。六花のために用意された巫女装束にも同じことが言える。

「とても、素敵……」

 緋色の袴は丁寧に染められた深く美しい色をしていて、真っ白な着物は肌触りがなめらかで心地いい。千早には花巫女が作り出す花を象った花の刺繍がされていて、舞を美しく見せてくれる。
 こうして正式な巫女装束を身に纏うのは、儀式のとき以来だ。あのときの落胆の顔、そして蔑む顔が思い出させる。でも、それ以上に昴や恭介、壱与、麗奈たちの笑顔が浮かぶ。

「怖くない、大丈夫」
 舞台の裏で待機している六花はそう口に出して自分を落ち着かせている。すると、昴に声をかけられた。

「六花さん」
「昴様、今はお忙しいのではありませんか」
 招待客への対応で、本番直前までは舞台裏には来られないかもしれないと言っていたのに。

「これを、六花さんに渡したくてな。本当はもっと早く渡そうと思ったのだが、遅くなってしまった」

 昴が差し出したのは、舞に使われる扇だった。ゆっくりと開くと白い地に、雪の結晶が繊細に描かれていた。光に当たると、雪の結晶がきらきらと輝く。

「綺麗……」
「季節外れではあるが、六花さんの名前の由来の雪と、治癒の神力の白い花が、似合うものを作らせた」
「この扇は昴様が、お決めになったものですか」

 花巫女の婚約者に、一点物の扇を贈ることは重要な意味を持つ。この先もあなたの舞を一番近くで見せてほしい、と。つまりはほとんどプロポーズの意味合いである。六花はもう一度扇に目を向ける。こんなにも繊細で美しい扇が六花に似合うと、そう言ってくれている。なんて幸せなことだろう。

「ああ。お披露目会が終わってから渡そうと思っていたが、せっかくの舞をこの扇で舞ってくれればと思ってな。……言葉は、終わってからきちんと、するから」
 昴は照れくさそうに、そう言った。扇を贈る意味をわかったうえで、渡してくれていると、そう思っていいのだろうか。

 龍笛の音が響いた。舞が始まる。
 六花も昴も、その音を聴いて即座に切り替える。この舞を成功させたいという想いは同じだ。
 六花が舞台に立つ前に、恭介が観覧席に向けて話すことになっていた。

「前口上はあいつに任せておけば大丈夫だ」
 恭介は、三百年前の伝承を知っているでしょうか、という言葉で始めて、白い花の神力のことを流れるような語り口調で話している。

 稽古もたくさんした、壱与も麗奈たちも観覧席で見守ってくれている。だが、やはり緊張はしている。六花は意識的に深呼吸を繰り返す。

「緊張しているのか」
「はい。こんなにたくさんの人の前で舞うのは久しぶりなので」
「観覧席の者たちのことは気にしなくていい。そうだな、俺の怪我を治すことだけに集中しろ」
「どこか怪我をなさっているんですか!?」

 恭介の前口上を邪魔しないように小声のままだが、六花は鋭い声を出した。怪我にはまったく気がつかなかった。こうして話していて大丈夫なのだろうか。

「ささくれができてな、地味だが痛い」
 昴は至極真剣な顔をして、左手の人差し指を見せてきた。確かにささくれができている。
 大怪我の心配が杞憂だったことと、昴の真面目な表情がなんだかおかしくて、六花は思わず笑ってしまった。

「ふふふっ」
「うん、いい笑顔だ」
 昴は六花の緊張をほぐすために、話してくれた。その優しさが心強い。きっと、もう大丈夫だ。

「六花さん、遠慮はいらない。全力で舞ってくれ」
「はい。いってきます」

 六花は、昴の言葉にしっかりと頷いた。音に導かれるようにして神楽堂の中央に立った。観覧席にはたくさんの人がいる。でも、それだけだ。恐怖も緊張も感じない。ただ今は、持てるものすべて舞う。

 六花は、真っ白な扇を天に掲げて舞を始める。雅楽の音は、稽古の甲斐もあって一音の狂いもなくぴったりと六花の動きと合っていた。音に合わせて六花が動く、六花の指先に合わせて、音が奏でられる。音と一つになっていると感じた。

 精巧に造られた舞台のおかげで、足の運びも、床に引っ掛かることもなく、なめらかだ。壱与に指導してもらったことを頭の中で反芻して、それでも体は音のままに自由に動いている。千早は六花が動くたびにふわりと広がり、舞の美しさが際立つ。今この瞬間は、六花の髪の一本一本までが、この舞のために動いていた。

「なんと……」

 前口上でざわざわしていた観覧席が、静寂に包まれていた。皆が、六花の舞に釘付け
であった。そして、どよめきの声が上がる。六花を中心として白い花が浮かび上がった。神楽堂にだけ雪が降っているかのような、幻想的な光景が生まれていた。風に乗って飛んできた桜の花びらも、それに参加するように神楽堂へやってくる。

 舞が終わるまで、立ち上がる者は一人もいなかった。