***
ふさわしい場所を用意する。その言葉通りに、婚約者候補のお披露目として宗像家で宴を行うことになった。そのメインは六花の舞だ。昴を筆頭に着々と準備が進められた。このときばかりは、本邸からも使用人の応援が来ていて、屋敷の中が慌ただしくなっていた。六花も手伝えることがあれば、と声をかけたのだが。
「六花様は、体を休めてくださいませ……! 大変なことがあったばかりでございましょう」
「舞のことでお忙しい中、お気遣いありがとうございます。こちらのことはお任せくださいませ」
「このように素敵な方が坊ちゃんの婚約者様で、本当に嬉しく思います」
総じて手伝わせてもらえなかった。柴崎にもゆっくりなさってください、と言われてしまった。
数日後には、女学校からの手配で雅楽の演奏者がやってきた。今までは録音で実技の授業をしてきたが、今回のお披露目会では実際の演奏で舞うことになっている。
壱与もやってきて、屋敷で舞の指導をしてくれることが決まった。
「六花さん、音を聴くことの大切さはもうわかっているじゃろう。実際の演奏では、演奏者の呼吸にも耳を傾けるのじゃ。演奏者とも息を合わせて、一つの舞を作り上げるのじゃ」
「はい。壱与先生」
「最初のところだけでも、合わせてみるかのう。皆、行けるのかのう」
壱与が演奏者たちに声をかけると、了承の声が返ってきた。その場で奏でられる音には、迫力があった。六花はその音の一つ一つ、演奏者の息遣いにも意識を向けて、舞を舞う。六花の舞に応えるようにして、演奏も大きく、雄大になっていくのを感じた。一緒に舞を作りあげるという壱与の言葉を、身を持って理解した。
「うむ。最初にしては上出来じゃ」
「おーい、りかりかー!」
乙葉の声がして振り返ると、琴葉、沙良、そして麗奈も来ていた。
「遊びに来たよ」
「いらっしゃい、皆――あっ、でも」
白い花のことは、お披露目会で公表することになっている。ということは、まだ麗奈たちにも言ってはいけないのだ。さっきまでの舞をもしも見ていたら、知られてしまったのでは。
「ああ、六花さん。この子たちはもう知っておるのじゃ」
「え」
「私が話したわけではないのじゃ。六花さんの実技の授業をしているとき、この子たちがどうしても気になって、そっと講堂の外から覗いていたのじゃ」
「ええ!?」
全然気が付かなかった。皆が知っていたことに、六花は気付かなかった。食堂で話しているときも、何も変わらない様子だった。
「せーのっ」
琴葉の声掛けを合図に、四人が一斉に頭を下げた。
「申し訳ありませんわ」
「申し訳ありません」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
壱与も、それに合わせて申し訳ないのじゃ、と言っていた。
「私からしっかりと叱っておいたから、許してくれ。伏せている重要性も含めて説明し、絶対に口にするなと言い聞かせたのじゃ」
麗奈は神妙な表情で、大きく頷いた。沙良、琴葉、乙葉も同じく。確かに、一切それを六花にすら悟らせなかった。
「もちろん、誰にも話していませんわ」
「どうしても、りかりかの舞を見てみたくて、皆を巻き込んで見に行っちゃったんだ。本当にごめんなさい」
しょんぼりしている琴葉を見ていると、怒る気持ちにはならない。むしろ、六花に良くしてくれていたのに、長いこと隠しごとをしてしまっていたことが申し訳なく思う。そして、もう見ているのなら、聞いてみたいことがあった。
「あの、わたしの舞、どうでしたか……?」
六花の問いかけに、四人は一斉に口を開いた。
「とても優美で、美しかったですわ! わたくしも見習いたいところがありますわ」
「すごく綺麗だったわ。白い花があんなに美しいなんて、初めて知ったわ」
「すごかった! もっとたくさん見てみたい」
「すごかった! 本番が楽しみだよ」
壱与が、一斉にしゃべるでない! と叱る口調ながらも楽しそうな表情を浮かべていた。麗奈たちにも付き合ってもらい、舞の稽古を進めていった。
壱与が帰り際に、ちょっと良いか、と六花と昴に声をかけた。
「坊やが話があるから、ここに来てほしいと言っておった」
壱与に手渡された紙に書かれた場所を見て、昴は嫌そうな顔をした。
六花と昴が向かったのは、恭介の職場――朝廷直轄情報管理室だ。昴いわく、ここは戦いの場ではないのに、空気が鋭くて苦手だそうだ。
「だが、ここはセキュリティが都で一番だ。わざわざここへ呼び出したということは、他に聞かれてはならない話があるのだろう」
恭介がすぐにやってきて、こっちへ、とさらに奥の部屋に通された。
「ここは?」
「僕が個人的に使っている部屋だね。ここなら、誰にも聞かれない」
「一体、何の話だ」
「昴、そう怖い顔をするなよ。まあ、内密の話ではあるけどね。六花さんの治癒の神力の、もう一つの力のこと」
恭介の口から語られたのは、偶然発見した『白い花が直接的に物の怪に対しての攻撃』になり得る可能性、だった。
六花は、言葉が出なかった。六花のこの白い花は、治癒だけではない?
「ばあさんから報告を受けたときは驚いたし、どうするかかなり悩んだ。それで、朝廷にはこのことを報告しないことにした」
「お前、こんなことを伏せたままで治癒の花巫女を宗像家に預けると言わせたのか。……いや、伏せなければ、約束を取り付けられないと踏んだのか」
「その通り」
恭介はにやりと策士のごとく笑った。六花も思わず身震いするほどの妙な迫力があった。昴は慣れている様子だったが、それでも苦笑いをしている。
「ここは、安全なんだな?」
「言っただろう、僕が個人的に使っている部屋で、『誰にも』聞かれないと」
朝廷に対して内密にしている内容を、よりによって朝廷の情報室で話すとは、なんて大胆なことをするのだろう。
「六花さんの治癒の神力は、物の怪を退治することができる、舞そのものが攻撃手段となる、か……。これは、朝廷にとって都合がいいのか、悪いのか……」
「そこだ。六花さんを後方支援の花巫女ではなく、前線での戦いに使おうとするかもしれない。もしくは、『護り人』そのものの存在意義を揺らがせる存在として、危険視するかもしれない」
「そんな……」
お披露目会で公表して、もう隠しごとはなく過ごせるようになると思ったのに。この力は誰かの役に立つためにあるはずなのだ。護り人を退けたいわけがない。
「六花さんの想いを、誰にも壊させはしない。六花さんのことは俺が守る」
昴は、不安がっていた六花の頭をぽんと撫でた。その一瞬の手のひらの温かさで、不安が軽くなった。不思議だ。
「僕だって、六花さんを朝廷に売りたいわけじゃない。だから、覚えていて。決して物の怪に対して、治癒の神力を使わないこと」
「わかりました」
六花は、恭介の言葉にしっかりと頷いた。
ふさわしい場所を用意する。その言葉通りに、婚約者候補のお披露目として宗像家で宴を行うことになった。そのメインは六花の舞だ。昴を筆頭に着々と準備が進められた。このときばかりは、本邸からも使用人の応援が来ていて、屋敷の中が慌ただしくなっていた。六花も手伝えることがあれば、と声をかけたのだが。
「六花様は、体を休めてくださいませ……! 大変なことがあったばかりでございましょう」
「舞のことでお忙しい中、お気遣いありがとうございます。こちらのことはお任せくださいませ」
「このように素敵な方が坊ちゃんの婚約者様で、本当に嬉しく思います」
総じて手伝わせてもらえなかった。柴崎にもゆっくりなさってください、と言われてしまった。
数日後には、女学校からの手配で雅楽の演奏者がやってきた。今までは録音で実技の授業をしてきたが、今回のお披露目会では実際の演奏で舞うことになっている。
壱与もやってきて、屋敷で舞の指導をしてくれることが決まった。
「六花さん、音を聴くことの大切さはもうわかっているじゃろう。実際の演奏では、演奏者の呼吸にも耳を傾けるのじゃ。演奏者とも息を合わせて、一つの舞を作り上げるのじゃ」
「はい。壱与先生」
「最初のところだけでも、合わせてみるかのう。皆、行けるのかのう」
壱与が演奏者たちに声をかけると、了承の声が返ってきた。その場で奏でられる音には、迫力があった。六花はその音の一つ一つ、演奏者の息遣いにも意識を向けて、舞を舞う。六花の舞に応えるようにして、演奏も大きく、雄大になっていくのを感じた。一緒に舞を作りあげるという壱与の言葉を、身を持って理解した。
「うむ。最初にしては上出来じゃ」
「おーい、りかりかー!」
乙葉の声がして振り返ると、琴葉、沙良、そして麗奈も来ていた。
「遊びに来たよ」
「いらっしゃい、皆――あっ、でも」
白い花のことは、お披露目会で公表することになっている。ということは、まだ麗奈たちにも言ってはいけないのだ。さっきまでの舞をもしも見ていたら、知られてしまったのでは。
「ああ、六花さん。この子たちはもう知っておるのじゃ」
「え」
「私が話したわけではないのじゃ。六花さんの実技の授業をしているとき、この子たちがどうしても気になって、そっと講堂の外から覗いていたのじゃ」
「ええ!?」
全然気が付かなかった。皆が知っていたことに、六花は気付かなかった。食堂で話しているときも、何も変わらない様子だった。
「せーのっ」
琴葉の声掛けを合図に、四人が一斉に頭を下げた。
「申し訳ありませんわ」
「申し訳ありません」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
壱与も、それに合わせて申し訳ないのじゃ、と言っていた。
「私からしっかりと叱っておいたから、許してくれ。伏せている重要性も含めて説明し、絶対に口にするなと言い聞かせたのじゃ」
麗奈は神妙な表情で、大きく頷いた。沙良、琴葉、乙葉も同じく。確かに、一切それを六花にすら悟らせなかった。
「もちろん、誰にも話していませんわ」
「どうしても、りかりかの舞を見てみたくて、皆を巻き込んで見に行っちゃったんだ。本当にごめんなさい」
しょんぼりしている琴葉を見ていると、怒る気持ちにはならない。むしろ、六花に良くしてくれていたのに、長いこと隠しごとをしてしまっていたことが申し訳なく思う。そして、もう見ているのなら、聞いてみたいことがあった。
「あの、わたしの舞、どうでしたか……?」
六花の問いかけに、四人は一斉に口を開いた。
「とても優美で、美しかったですわ! わたくしも見習いたいところがありますわ」
「すごく綺麗だったわ。白い花があんなに美しいなんて、初めて知ったわ」
「すごかった! もっとたくさん見てみたい」
「すごかった! 本番が楽しみだよ」
壱与が、一斉にしゃべるでない! と叱る口調ながらも楽しそうな表情を浮かべていた。麗奈たちにも付き合ってもらい、舞の稽古を進めていった。
壱与が帰り際に、ちょっと良いか、と六花と昴に声をかけた。
「坊やが話があるから、ここに来てほしいと言っておった」
壱与に手渡された紙に書かれた場所を見て、昴は嫌そうな顔をした。
六花と昴が向かったのは、恭介の職場――朝廷直轄情報管理室だ。昴いわく、ここは戦いの場ではないのに、空気が鋭くて苦手だそうだ。
「だが、ここはセキュリティが都で一番だ。わざわざここへ呼び出したということは、他に聞かれてはならない話があるのだろう」
恭介がすぐにやってきて、こっちへ、とさらに奥の部屋に通された。
「ここは?」
「僕が個人的に使っている部屋だね。ここなら、誰にも聞かれない」
「一体、何の話だ」
「昴、そう怖い顔をするなよ。まあ、内密の話ではあるけどね。六花さんの治癒の神力の、もう一つの力のこと」
恭介の口から語られたのは、偶然発見した『白い花が直接的に物の怪に対しての攻撃』になり得る可能性、だった。
六花は、言葉が出なかった。六花のこの白い花は、治癒だけではない?
「ばあさんから報告を受けたときは驚いたし、どうするかかなり悩んだ。それで、朝廷にはこのことを報告しないことにした」
「お前、こんなことを伏せたままで治癒の花巫女を宗像家に預けると言わせたのか。……いや、伏せなければ、約束を取り付けられないと踏んだのか」
「その通り」
恭介はにやりと策士のごとく笑った。六花も思わず身震いするほどの妙な迫力があった。昴は慣れている様子だったが、それでも苦笑いをしている。
「ここは、安全なんだな?」
「言っただろう、僕が個人的に使っている部屋で、『誰にも』聞かれないと」
朝廷に対して内密にしている内容を、よりによって朝廷の情報室で話すとは、なんて大胆なことをするのだろう。
「六花さんの治癒の神力は、物の怪を退治することができる、舞そのものが攻撃手段となる、か……。これは、朝廷にとって都合がいいのか、悪いのか……」
「そこだ。六花さんを後方支援の花巫女ではなく、前線での戦いに使おうとするかもしれない。もしくは、『護り人』そのものの存在意義を揺らがせる存在として、危険視するかもしれない」
「そんな……」
お披露目会で公表して、もう隠しごとはなく過ごせるようになると思ったのに。この力は誰かの役に立つためにあるはずなのだ。護り人を退けたいわけがない。
「六花さんの想いを、誰にも壊させはしない。六花さんのことは俺が守る」
昴は、不安がっていた六花の頭をぽんと撫でた。その一瞬の手のひらの温かさで、不安が軽くなった。不思議だ。
「僕だって、六花さんを朝廷に売りたいわけじゃない。だから、覚えていて。決して物の怪に対して、治癒の神力を使わないこと」
「わかりました」
六花は、恭介の言葉にしっかりと頷いた。
