近くに停めていたらしい馬車にそっと乗り込んだ。椅子に下ろすことなく、昴は六花のことを抱えたまま、膝に乗せた。
「あの、昴様」
「……心配した。すごく」
昴の声は震えていた。六花に触れている手も細かく震えていた。六花は昴の手に自分の手を重ねた。冷えているのは外を探し回ってくれていたからだろうか。
「女学校に迎えに行ったらいなくて、先生や友人たちに聞いてももう帰ったと言われて、嫌な予感がした。周囲に聞き込みをして、馬車に乗せられる桜色の着物の少女がいた、という証言で、血の気が引いた」
淡々とその時の状況を話す昴だったが、まだ声に震えが残っている。
「俺の迎えが遅くなったせいで、誘拐されたのかと。馬車の向かった方向を探していて、白い花を見つけたんだ」
「見つけてくださって、ありがとうございます」
「向かった先が出雲家とわかって、ただ実家に行っただけかと思った。だが、六花さんが黙っていくとは思えないし、わざわざ自分から行くことはないと考えると、不自然だった。まあ、実際は本当に拉致監禁の状況だったわけだが」
白い花はちゃんと昴を連れてきてくれた。それがなければ、昴が出雲家に踏み込む決め手に欠けていただろう。
昴は、六花の頬に手を添えた。きっと埃まみれで汚いのに、昴はガラス細工に触れるような、少しこわごわした手付きで触れる。
「……六花さん、さっきはなぜ止めたんだ。あんな状況、許しておけるはずないだろう。家族だから、で済まされる域を遥かに超えている」
六花のために行動してくれていたのに、六花自身がそれを止めてしまった。昴は、子どもがなぜ怒られたのかわからない、と拗ねるような顔をしていた。六花は、少し動くようになった体を起こして、昴の首に手を回した。慣れていなくて、不格好かもしれないけれど、心が伝わるようにぎゅっと抱きしめた。
「昴様が来てくださると、信じていました。本当にありがとうございます」
「六花さん」
「わたしは、出雲家を帰る家だとはもう思っていません」
「では、なぜ」
「那智家のご長男の命が、危ないのです」
そっと体を離して、六花はそう訴えた。昴は眉間に皺を寄せて、どういうことだ、と聞き返してきた。話は少し長くなってしまうだろう。そして、この話をする必要のある人物がもう一人。
「屋敷に着いてから、お話しします。恭介様も呼んでいただけますか」
「わかった」
昴の私邸に帰ってきて、柴崎には泣きながら出迎えられた。本当に心配いたしました、ご無事でよかった、と繰り返し伝えてくれた。女学校で六花の所在を聞いたから、壱与をはじめ、麗奈たちも探してくれていたという。柴崎はその人たちへ無事の連絡をしてくると、いまだ涙を浮かべながら奥へ走っていった。
連絡してからそう時間も経っていないが、恭介が私邸にやってきた。恭介も、六花がいなくなったことを聞いていたのだろう。六花の顔をして、ほっとした表情をしていた。
「六花さん、これを」
昴は、温かいお茶を淹れて手渡してくれた。体の中から温まってきて、ようやく六花は体の力を抜いた。ここは、安全だ。
「話してもらえるか。ゆっくりで構わないが、その様子だと切羽詰まった状況なのだろう」
昴が六花の意思を汲み取ってくれて、そう話を促した。
蔵で聞いた誠二と牡丹の両家当主になる計画を話した。牡丹が関わっているから、ここへ来た日に恭介が求めていた、出雲家のスキャンダルと言えるだろう。そしてもう、六花は両親と妹を告発することに迷いはない。
話を一通り聞いた二人は、この上ない嫌悪感を露わにしていた。
「えぐいこと考えるなあ……」
「那智家に行って、証拠を押さえるか」
「そうだね」
六花は自分に今できることがあると、わかっている。
「那智家にわたしを連れていっていただけますか。治癒の神力でなら、すぐにでも毒を抜くことができると思います」
「今日はもう遅い。明日、六花さんの体調が回復していたら、いい医者を連れてきた、とでも言って那智家に通してもらうか」
「待った」
昴のやや強引な策を、恭介が片手を出して制した。
「彼女の治癒のことはまだ伏せておいてほしい、と言ったよね」
「だが、一刻を争う状況だろう」
「では、女学校に治癒の神力を宿した破魔矢があるはずですから、それならどうでしょうか。壱与先生が考えてくれて」
恭介は、にっこりと笑って頷いた。
「ばあさん、さすがだ。伏せてほしいと言ったけどね、もう公表の準備は整っているんだよね。朝廷に交渉して、治癒の花巫女は朝廷ではなく宗像家で預かると、約束させてきた」
六花は大きく息を吸い込んだ。壱与から、この力ゆえに閉じ込められてしまう可能性がある、と聞いたときから小さな不安はずっとつきまとっていた。だが、その心配はもうないということだ。
「交渉って、何したんだよお前」
「んー。まあいろいろとね」
恭介はそれ以上詳しく話す気はないようで、にこにことしたまま、話を元に戻した。
「僕が治癒の破魔矢を持って、那智家に行って長男を治し、ついでに毒の証拠を押さえてこよう」
「ああ、頼んだ」
「よろしくお願いします」
恭介が行ってくれるのならば、安心だ。恭介は、それから、と楽しそうに言葉を続けた。
「六花さんの、治癒の花巫女のお披露目にふさわしい場所を用意しよう」
「あの、昴様」
「……心配した。すごく」
昴の声は震えていた。六花に触れている手も細かく震えていた。六花は昴の手に自分の手を重ねた。冷えているのは外を探し回ってくれていたからだろうか。
「女学校に迎えに行ったらいなくて、先生や友人たちに聞いてももう帰ったと言われて、嫌な予感がした。周囲に聞き込みをして、馬車に乗せられる桜色の着物の少女がいた、という証言で、血の気が引いた」
淡々とその時の状況を話す昴だったが、まだ声に震えが残っている。
「俺の迎えが遅くなったせいで、誘拐されたのかと。馬車の向かった方向を探していて、白い花を見つけたんだ」
「見つけてくださって、ありがとうございます」
「向かった先が出雲家とわかって、ただ実家に行っただけかと思った。だが、六花さんが黙っていくとは思えないし、わざわざ自分から行くことはないと考えると、不自然だった。まあ、実際は本当に拉致監禁の状況だったわけだが」
白い花はちゃんと昴を連れてきてくれた。それがなければ、昴が出雲家に踏み込む決め手に欠けていただろう。
昴は、六花の頬に手を添えた。きっと埃まみれで汚いのに、昴はガラス細工に触れるような、少しこわごわした手付きで触れる。
「……六花さん、さっきはなぜ止めたんだ。あんな状況、許しておけるはずないだろう。家族だから、で済まされる域を遥かに超えている」
六花のために行動してくれていたのに、六花自身がそれを止めてしまった。昴は、子どもがなぜ怒られたのかわからない、と拗ねるような顔をしていた。六花は、少し動くようになった体を起こして、昴の首に手を回した。慣れていなくて、不格好かもしれないけれど、心が伝わるようにぎゅっと抱きしめた。
「昴様が来てくださると、信じていました。本当にありがとうございます」
「六花さん」
「わたしは、出雲家を帰る家だとはもう思っていません」
「では、なぜ」
「那智家のご長男の命が、危ないのです」
そっと体を離して、六花はそう訴えた。昴は眉間に皺を寄せて、どういうことだ、と聞き返してきた。話は少し長くなってしまうだろう。そして、この話をする必要のある人物がもう一人。
「屋敷に着いてから、お話しします。恭介様も呼んでいただけますか」
「わかった」
昴の私邸に帰ってきて、柴崎には泣きながら出迎えられた。本当に心配いたしました、ご無事でよかった、と繰り返し伝えてくれた。女学校で六花の所在を聞いたから、壱与をはじめ、麗奈たちも探してくれていたという。柴崎はその人たちへ無事の連絡をしてくると、いまだ涙を浮かべながら奥へ走っていった。
連絡してからそう時間も経っていないが、恭介が私邸にやってきた。恭介も、六花がいなくなったことを聞いていたのだろう。六花の顔をして、ほっとした表情をしていた。
「六花さん、これを」
昴は、温かいお茶を淹れて手渡してくれた。体の中から温まってきて、ようやく六花は体の力を抜いた。ここは、安全だ。
「話してもらえるか。ゆっくりで構わないが、その様子だと切羽詰まった状況なのだろう」
昴が六花の意思を汲み取ってくれて、そう話を促した。
蔵で聞いた誠二と牡丹の両家当主になる計画を話した。牡丹が関わっているから、ここへ来た日に恭介が求めていた、出雲家のスキャンダルと言えるだろう。そしてもう、六花は両親と妹を告発することに迷いはない。
話を一通り聞いた二人は、この上ない嫌悪感を露わにしていた。
「えぐいこと考えるなあ……」
「那智家に行って、証拠を押さえるか」
「そうだね」
六花は自分に今できることがあると、わかっている。
「那智家にわたしを連れていっていただけますか。治癒の神力でなら、すぐにでも毒を抜くことができると思います」
「今日はもう遅い。明日、六花さんの体調が回復していたら、いい医者を連れてきた、とでも言って那智家に通してもらうか」
「待った」
昴のやや強引な策を、恭介が片手を出して制した。
「彼女の治癒のことはまだ伏せておいてほしい、と言ったよね」
「だが、一刻を争う状況だろう」
「では、女学校に治癒の神力を宿した破魔矢があるはずですから、それならどうでしょうか。壱与先生が考えてくれて」
恭介は、にっこりと笑って頷いた。
「ばあさん、さすがだ。伏せてほしいと言ったけどね、もう公表の準備は整っているんだよね。朝廷に交渉して、治癒の花巫女は朝廷ではなく宗像家で預かると、約束させてきた」
六花は大きく息を吸い込んだ。壱与から、この力ゆえに閉じ込められてしまう可能性がある、と聞いたときから小さな不安はずっとつきまとっていた。だが、その心配はもうないということだ。
「交渉って、何したんだよお前」
「んー。まあいろいろとね」
恭介はそれ以上詳しく話す気はないようで、にこにことしたまま、話を元に戻した。
「僕が治癒の破魔矢を持って、那智家に行って長男を治し、ついでに毒の証拠を押さえてこよう」
「ああ、頼んだ」
「よろしくお願いします」
恭介が行ってくれるのならば、安心だ。恭介は、それから、と楽しそうに言葉を続けた。
「六花さんの、治癒の花巫女のお披露目にふさわしい場所を用意しよう」
