明かり取りの窓から出ることができないか、扉を内側からこじ開けられないか、いろいろと試してみたものの、びくともしなかった。

 六花は気絶をするように、ほんの少しの間眠ってしまったらしい。蔵の外から聞こえてくる声で浅い眠りから覚める。話しているのは、誠二とその従者の男性だろう。お食事会を開くと牡丹が言っていた。やたらと高い声で上機嫌に話しているのは、酔っているからだろうか。

 六花はそっと窓の近くに移動する。

「誠二様、上手く運んで、ようございました」
「万が一にも宗像家に乗り換えると言われたら、今までの努力が水の泡だったけれど、杞憂だったね」
「誠二様が、両家の当主となるのも、もうすぐでございますね」
「次男だから家を継げないなど、気が狂うかと思ったけれど、何のことはない。自分で掴めばいい話だからね」
 誠二が出雲家へ婿入りすれば、出雲家の当主の立場になる。それはわかるが、両家とは一体……。

「祐一様のご様子はいかがでございますか」
「徐々に効いているよ。一気に量を増やしてしまいたいけれど、焦りは禁物だよ。もうしばらくは、甲斐甲斐しく世話をする優しい弟でいなければ」

「それにしても、少量の毒を盛り続けて病気に見せかけて……なんてよく思い付きましたね」
「ああ、それは牡丹さんの発案だよ。両家の夫人、女主人となれば花巫女としてだけでなく、権力も得られるからね。あのお嬢さんは僕と同類だよ。生まれ順で自分を貶めた、家を憎んでいる。両親のことも嫌っているくせに、よくああも振る舞えるものだと感心するよ」

 だいぶ酔ってしまったらしい、気分が良くてついこんな話を、誰も聞いてなどおりません、などと愉悦に浸った声はまだ続いていた。

 誠二は、毒を使って兄の祐一を殺し、出雲家だけでなく、那智家の当主にもなろうとしていると。しかも、発案は牡丹だという。日常の雑談のような雰囲気で話し続ける二人が、異様なものに感じられた。

「なんということ……」
 かすかに零れた声は、震えて蔵の闇の中に溶けていく。六花は両腕をさするが、寒気は収まらなかった。それでも、ここでじっとしているわけにはいかなかった。早くここから出なくては。

 六花は立ち上がって、手を頭上に構えた。六花には、舞がある。特性は神力の量が多いこと。女学校で学んだことを、目を閉じてしっかりと思い出す。大丈夫、できる。

 六花は桜色の着物を纏っていることを、胸に手を当てて確認する。これは、昴が選んでくれたもの。大丈夫。深呼吸をしてから、花巫女の舞を始める。音がなくても、六花は舞えるはずだ。この家では今までそうしてきたのだから。

 牡丹たちに気付かれないよう、沙良の舞のように静かに、足を動かす。埃すら舞い上がらない静かな舞で、白い花が蔵の中に浮かび上がった。ここからだ。琴葉と乙葉のように正確に方向を制御すること、麗奈のように長く維持すること、が重要だ。六花は慎重に手のひらを動かした。昴の私邸からここまでの道をなぞるように、白い花を制御していく。昴に見つけてもらうために、できる限り長く維持をしなければならない。

「はあ……はあ……」

 息が切れ始めた。でも、ここで止めるわけにはいかない。昴に届ける一心で、舞い続ける。以前、蔵に閉じ込められて絶望していたときとは違うのだ。六花のことを、心配してくれる人がいる。絶対に、諦めない。





 蔵の外が、少し騒がしくなってきた。六花は舞い続けたことで、もう足が動かなくなっていた。へたり込んでしまっても、白い花を維持するために集中力を切らさないようにしていた。でも、それも限界に近かった。

「通してくれ! ここに六花さんがいるだろう!」

 よく通る昴の声が、蔵まで聞こえてきた。続けて両親の声がした。

「おりません。夜分に突然押しかけるなど、非常識でしょうが」
「今は大事なお客様をお迎えしている最中なんですからね」
 六花がいないことにされている。ここにいると叫びたいが、息を吸い込むだけで咳き込んでしまう。

「いないはずがないだろう! この白い花は六花さんのものだ」
「なっ!」

 昴のもとに白い花が届いていたようだった。六花の呼ぶ声はちゃんと届いていた。両親の制止の声を振り切って、昴がこちらにやってくる足音がする。扉がドンと一回叩かれた。

「六花さん!」
「昴様!」

 六花は必死に声をあげて扉の向こうの呼びかけに答えた。扉から離れていてくれ、と言われて六花は体を引きずって後ろに下がった。バキッと鍵が壊れる音がして、扉が開かれた。いつの間にか出ていた月の光を背負った昴が、六花を見つけて泣きそうな顔になった。汚れることに気にせずに、六花に駆け寄ってきた。

「六花さん、大丈夫か。怪我は?」
「怪我は、ない、です。ありがとう、ございます」
 ちゃんと無事だと伝えてお礼も言いたいのに、上手く話せない。

「かなり体力を使っているな、もうしゃべらなくていい。早く帰ろう」
 昴は、軽々と六花を横抱きにして抱えた。大丈夫だと言う前に、大人しくしていてくれ、と釘を刺された。蔵を出ると慌てたような表情の両親が突っ立っていた。

「これは、拉致監禁だな」
「いえ、この子が調べ物があるからと、自分から籠って」
「なぜいないと言った」
「それは、その忘れていて……」

 昴が両親に凄んでいるのを、袂を引いて何とか止めた。ここで大事(おおごと)にすると、那智の長男である祐一の命が危ないかもしれない。屋敷の中には、牡丹と誠二がいるのだから。

「帰り、ましょう」
「だが」

 全く納得していないという顔で、昴は六花を見つめた。六花は無言で頷いた。意思が伝わったのか、昴はしぶしぶと言った様子で玄関へと歩き出した。

「次は、蔵も家も何も残らないと思え」
 出雲家を出る直前、昴は脅しの言葉を残していった。見たこともないくらい怖い顔をしていた。それが、六花のためだと思うと、不謹慎だとわかっていても嬉しく思ってしまう。