昴の私邸には、手拍子とワンツースリーフォーという声が響いていた。柴崎が手配した講師によるダンスの練習が行われている。

 六花も昴も、洋式のダンスには慣れていない。舞踏会までに踊れるようになっていなくてはならない。てっきり昴は経験があるのかと思っていたのだが。

「今までどうにかして、避けてきたからな」
「そのつけが回ってきておりますね、旦那様」
 柴崎が笑顔で容赦のないことを言う。昴は言い返すことはせず、六花へ申し訳なさそうにしていた。

「慣れていて、格好よくエスコートできればいいのだが、不甲斐ない」
「いえ。一緒にがんばれることは、嬉しいです。がんばりましょうね」

 とはいえ、いきなり初心者の二人で踊っても上手くはいかないので、講師に教わりながら一人ずつで踊れるようになることを目指す。

「先は長そうですね」

 柴崎が思わずそう零すほどに、六花は苦戦していた。足の動きも複雑で、音楽が早くてついていけない。何がわからないのか、わからない。それに、ドレスを想定してワンピースで練習をしているのだが、これも動きづらくて苦戦している。着物よりは動きやすく、袴よりは動きづらい。

「やっぱり、わたしには難しいのでしょうか……」
 ついそう弱音を吐いてしまう。ただ、講師がなにやら考え込んでいて、六花はステップの練習を続けながら、その様子が気になっていた。

「六花さん、でしたね」
「はい」

 講師に改めて呼ばれて、六花は一旦踊るのをやめて、何を言われるのかと緊張しながら待った。もしも、見込みがなさすぎて練習をやめる、と言われてしまったらどうしようかと途端に不安になってくる。

「花巫女様なんですよね」
「は、はい。そうです」
「本質は同じことだと思いますよ。音をよく聴き、それに合わせて体を動かす。それぞれに作法はありますけど、そこは共通しているかと」

 六花は何度も目をぱちぱちとさせた。舞と同じ、言われるまでそんなことは考えもしなかった。確かに、音を聴いて体を動かすことはずっと六花がやってきたこと、大好きなことと同じじゃないか。

「あの、もう一度はじめからお願いします」

 同じことと意識してダンスをしていくと、さっきまでとは感じ方が全く違った。すぐに体が動きについていけるようになるわけではない。でも、どこがわからないか、難しいと感じるのか、わかってきた。

「少し、楽しくなってきたかもしれません」
 六花がそう言うと、講師は嬉しそうに頷いていた。コツを掴めたかもしれない。

 一方、昴は苦戦が続いていた。護り人であるから体力は問題ないし、体を動かすことにも慣れているはずなのだが。動きが荒い、相手のあることですから配慮を忘れずに、相手のことを思い浮かべて、と講師から苦言を呈されている。

 講師の昴への指導を見ていて、六花はなんとなくわかってきた。六花と昴の身長の差が大きいから、それを想定した昴のダンスはかなり踊りづらくなっているらしい。

「昴様、わたし、小さくてすみません」
「ん? 何のことだ。それより、六花さんのほうは順調そうで何よりだ。俺も善処する」
「ありがとうございます」

 文句も弱音も言わずに、まっすぐに練習をしている昴の後ろ姿を見て、六花はやはりこの人は格好いい、と思った。