女学校が休みで、昴の仕事も休みであるこの日、六花は昴とともに街へ来ていた。舞踏会に参加するための洋装を仕立てるためだ。恭介がよく行く店らしく、紹介ついでに面白そうだからと一緒に来ていた。

「お嬢様はこちらへどうぞ」
 品のよい女性店員に案内されて、六花はドレスの並ぶ部屋に案内された。

「わあ……」

 色とりどりのドレスがハンガーにつるされて壁一面を飾っていた。しっかりとした濃い色味のものもあれば、淡い花のような色味もある。着物と違うのは生地そのものに柄が入っているものは少ない、というところだろうか。でも、ふんわりとした透けている生地がついていたり、生地そのものがキラキラしていたりするものもある。

「どのようなドレスがお好みですか? 装飾が豪華なドレスもいいですし、ドレスはシンプルにしてアクセサリーで輝きを加えるのも素敵ですよ」
「あの、ドレスは着たことがなくて、わからなくて」

「初めてのドレスに当店を選んでいただいて光栄です。そうですね、一つを選ぶと考えると難しくなってしまうので、ぱっと見て、第一印象で気になるものなどはございますか? 色でも大丈夫ですよ」
 そう言われて、六花はドレスをぐるりと見渡す。どれも綺麗で目移りしてしまうが、気になるものとなると。

「あの、この白いドレスがとても綺麗だなと、思います」

 六花が指さしたのは、さらりとした白い生地で裾に向かって大きく広がっているドレスだった。肩口には透けた生地が使われているのも綺麗で目に留まった。

「あっ、こちら側の白いドレスは結婚式のときに着るものでございまして。西洋では――この国でも同じですけれども、結婚式では白い衣装を身につけるのです。こちらのお色はせっかくですから、お式のときに取っておかれてはいかがでしょう」

 にこやかにそう言われて、六花は思わず顔が赤くなってしまう。勘違いしてしまったことが恥ずかしいし、当然のように結婚式の話が出てきてそれにもドキドキしてしまった。

 気を取り直して、色のあるドレスを店員さんからのおすすめを元にしていくつか試着していく。気になったドレスと近い形のものも選んでくれていて、綺麗なものばかりだ。

「どうでしょうか」
「ああ、似合っている」

 試着して見せると、昴は着物のときと同じく全て似合っていると言ってくれる。恭介はドレスの細かいところまで見て、その形はより綺麗に見える、袖は大きすぎないものがいいかも、と具体的に言ってくれた。
 最後の試着を終えて、店員に着替えを手伝ってもらって、ほっと息をついた。

「こちらのドレスにお決まりですか?」
「はい。よろしくお願いします」
「もしよろしければ、どれに決定したのか、お相手の方にはお伝えしないでおきましょうか」
「えっと、その方がいいですか?」
「試着で見せてはいるけれど、どれにしたかは当日までのお楽しみにする、という方もいらっしゃいまして。ちょっとしたサプライズ、というものです」

 提案してくれた店員が、とても楽しそうだったから、つられて六花は頷いた。はじめてのことばかりで不安もあるものの、当日の楽しみができた。





「あはは! 昴お前、それは、はっはっは!」
 カーテンで仕切られた、男性の試着の部屋から恭介の笑い声が聞こえてきた。六花は試着と仕立て直しの印付けを終えて、今度は昴の試着を待っているところだった。昴の洋装姿を見られるのが楽しみでそわそわしていたのだが、あの笑い声は一体……。
 しばらくして出てきた昴は、いつもの着物姿だった。

「昴様、洋装はいかがでしたか」
「いや……」
 昴は気まずそうに何やら口ごもっている。横から恭介が笑いながら教えてくれた。

「昴の背が高すぎて、合うタキシードがなかったんだ。特注になるそうだよ。いやあ、裾が全然足りていなくて、つんつるてんで、もう面白くって」
 奥で、店員が申し訳なさそうな顔をしていた。昴は背が高いともちろんわかっていたが、まさかタキシードの丈が合わないほどだったとは。

「ちょっと、見てみたかったかもしれません」
「絶対に嫌だ」

 六花が小声で言うと、昴から拗ねたような口調で嫌と言われてしまった。その言い方が珍しくて、可愛いと思ってしまった。背の高い男性に何を、とも思うが、だって可愛いと思ったのだ、仕方がない。

「そうだ、僕のタキシードはいつものサイズで頼める?」
「かしこまりました」
 恭介もタキシードの注文をしていた。付き添いで来ただけなのかと思っていたのだが。

「僕も舞踏会に行くことになってね。昴が行くなら、行かないってわけにはね。昴がさぼるなら、僕もさぼりたかったのに」
「パートナーはどうするんだ」
「住吉家の次女に頼むことになると思う」
 六花は、沙良のことだと思い至る。沙良が行かなきゃいけないかも、と言っていた相手は恭介だったのだ。

「どうして、沙良さんに?」
「ん? ああ、そうか。女学校で一緒なんだね。仲良くやっている?」
「はい」
「それは良かった。沙良とは家が近くて子どものころはよく遊んでいたんだ」

 幼い沙良と恭介が遊ぶ様子を想像して、六花は勝手にほのぼのとした気持ちになった。そういえば、と昴が何か思い出したように呟いた。

「恭介の婚約者候補で、名前が上がったことがあったな。住吉家の次女は」
「ええ!?」
「ちょっ……」
 恭介は苦い顔をして昴を見上げていた。

 沙良が婚約者候補として上がった相手、というのは恭介だった。どうして沙良のことを断ったのだろうか。沙良はちょっと人の恋の話が好きすぎるけれど、真面目で舞も美しくて、六花の知る中で一番の淑女だ。
 もやもやとした気持ちが広がってくるが、人の事情に突っ込みすぎるのはよくないことだ。六花は言いかけた口を閉じた。

「……沙良は、いい友人に会えたんだね」
 恭介は、六花の表情を見てそう言った。恭介は諦めたように、でもどこかすっきりした様子で話し出した。

「沙良は次女だから、婚約ってことになればうちに嫁入りすることになるだろう? こんな仕事をしているやつに嫁ぐのはさすがに可哀想だと思って、話が決まる前に辞退したんだ」
「お仕事って、先生の仕事ですか?」
「先生? どうして?」
 絶妙に話が噛みあっていないような気がして、六花は首を傾げた。

「壱与先生が、恭介様も同じ仕事をしているとおっしゃっていたので、先生のお仕事なのかと」
「……ああ! そういうことか。あのばあさん、中途半端な情報を言ったなあ」
 坊や、ばあさん、と何とも親しげに呼び合う仕事仲間だ。だが、先生ではないということは、恭介の仕事とは一体。

「うーん、まあそこまで言ったのなら、いいってことかな。僕は、朝廷直轄情報室に所属しているんだ。ばあさん――壱与先生もそこの所属で、情報官の仕事の一環で女学校の先生をしている」
「そうだったのですか……!」

 壱与を先生としてすごい人だと思っていたけれど、朝廷直轄の情報官だったなんて。そして目の前にいる恭介も情報官だという。そもそも宗像家が護り人筆頭の家系だ。恭介が朝廷の中枢に所属していてもおかしくない。

「情報官は、情報を管理するとともに内部監査の役割もある。敵がどこにいるかわからないから、危険なんだよね」
「敵って、物の怪ではなく……」
「人、だな。そういう争いが朝廷の中にはあるらしい。俺は面倒だから関わるつもりはないが」
 昴が眉間に皺を寄せてそう言った。言葉の外で、お前はよくあんなところで戦えるな、という呆れと感心が滲んでいる。

「まあ、割と好きなこともできているからね。科学班を作って、いろいろとやっているんだ。女学校でも使っている疑似物の怪はその一つ」
「そうなのですか。とてもすごかったです」

「ただ、それを悪用しようと企んでいるやつがいるみたいでね。都や人々を危険にさらそうとしているなら、反意の兆しありとして止めなきゃならない。そもそも、舞踏会に怪しげな動きがあるから行けって命令でね」
 恭介は、沈んだ表情になって、ほとんど独り言に近い口調で続けた。

「だから、沙良を巻き込みたくなかったんだけど、いろいろと事情もあって避けれそうにない。……この話、沙良には内緒ね」
「……はい、わかりました」

 内緒、と言われてしまえば、六花から沙良に話すことはできない。けれど、いつか恭介の口から沙良に話す日が来るかもしれない。