*
女学校で過ごすことにも、徐々に慣れてきた。座学も実技も、日々知らないことを学んでいて、大変だけれどそれ以上にとても楽しい。
先日は、破魔矢に治癒に神力を宿すことにも成功した。壱与が治癒専用の破魔矢を作ってもらえないか、交渉中らしい。もしも実現すればきっとたくさんの人の役に立てる。なんて、ありがたいことだろう。
「りかりか、何にやにやしてるのー」
「えっ、そんな顔していましたか」
最近では、食堂で五人揃ってランチを囲むのがお決まりになっていた。食べ終わっても、次の授業があるまで、紅茶を飲みながらおしゃべりしているのだ。
「デイトにでも行ったのかしら」
「あれは、デイトではないと思いますけど……」
六花は、女学校の帰りに呉服屋に寄ったときのことを思い出してそう呟く。しまった、と思ったがもう遅かった。デイトか、と聞いてきた沙良の目がキラキラと輝き出した。
「まあ! いつかしら? どこへ行ったのかしら? どのようなお話を?」
「いえ、あの、一緒に呉服屋に着物を見に行っただけで、そんな特別なことではなくて」
「一緒にお着物を! 立派なデイトだわ。似合ってますか、どれも似合っているよ、とかお話するんでしょう。素敵だわ~」
勝手に沙良の中で話が進んでいるが、そう大きく外れてもいないところが気恥ずかしい。ちらりと麗奈のほうを見ると、だから気を付けなさいと言ったのに、と言いたげな目線を向けられた。一緒にランチを、と麗奈から誘われたときに一番にそれを忠告された。今まで散々沙良の質問攻めを受けて来たのだろう。
「あの、それより、舞踏会のことを聞きたくて」
六花はやや強引に話題を変えたが、四人ともそういえばもうすぐだった、と話に乗ってくれた。
「麗奈さんは、舞踏会に行くことは決定なのでしょう? 婚約者の方とご一緒に。仲いいわよね、頻繁にデイトもしているし、この髪飾りもプレゼントよね。素敵だわ、なんと言って渡されたのかしら」
「ああ、もう! 話が逸れていますわ。舞踏会はそもそも護り人の方の交流を目的とした催しだそうですの。パートナーを連れて参加するように、ということで婚約者にも声がかかっているだけですわ」
「さららは、行かないの?」
乙葉が机にぐでーっと腕を伸ばしながら聞いている。沙良は、微妙な顔をして紅茶を飲んでから答えた。
「婚約者はいないし、行かないと思っていたのよ。でも、もしかしたら行かされるかもしれないわ。家でそういう話が出ているって聞いたの」
沙良に婚約者がいないことが意外だった。こんなに完璧な淑女であるというのに。六花は素直にそれを口にした。
「てっきり婚約者がいるのかと思っていました」
「いたら、他人の話を根掘り葉掘りしませんわよ」
「あら麗奈さん、それはそれ、これはこれだわ」
沙良はなぜか自信満々にそう言い返していたけれど、ふっと真面目な表情になって話し出した。
「歳の離れた姉がいるから、住吉家は姉が継ぐわ。だから私のは元々そう急ぐ話ではないのだけれど、前に話が上がったことはあったのよ。でも、まとまる前に立ち消えになったって。相手のほうから断ったらしいわ」
「話が消えたのに、さららはどうして知ってるの?」
「使用人が偶然聞いたっていう噂からね。私じゃだめだったってことね。だから、完璧になって見返してやるのよ。惜しいことしたって思えばいいの」
沙良の口振りからして、その相手は誰だかわかっているようだった。拗ねた様子の沙良が、完璧な淑女の見た目とは差があって、可愛らしく見えた。
「それを直接言えばいいんですのよ。知り合いなのでしょう?」
「ええ、よく知っている方よ。だから余計に話題に出しづらいじゃない。……琴ちゃん、乙ちゃんは?」
沙良は話題の中心を双子に移した。二人は顔を見合わせてから、同時に首を振った。
「あたしたちは行かない予定だよ。婚約者いないから」
「今のところ声がかかりそうな気配もないかな」
麗奈が、前から気になっていましたの、と前置きしてから琴葉と乙葉に質問をした。
「二人って婚約者ってどうする予定なんですの? 双子でも琴葉が長女、乙葉が次女ってことになるんですの?」
確かに長女か次女かは、花巫女の家系では重要なことだ。だが、双子は同時に生まれているのだから、そこに差はないように思う。
「あっ、話しづらいことなら無理に聞こうとは思っていませんわよ」
麗奈が、圧をかけたいわけじゃありませんの、と前のめりになっていた体をすっと後ろに引いた。琴葉と乙葉は、ふふっと笑っていた。
「わかってるよ」
「話すのも嫌じゃないよ」
嫌じゃないとは言いつつ、二人は眉を下げて少し困った顔はしていた。
「実はね、諏訪家でもそのことで会議継続中なんだ。一応、長女はあたしだけど、双子だしあんまり意味ないよねって」
「次女っていってもあたしだけ別の家に嫁入りってわけにもいかないでしょ?」
琴葉と乙葉が花巫女として神力を使うには、二人一緒に舞わなければならない。片方が家を出てしまっては花巫女の役目を果たせなくなってしまう。
「それで、二人で当主っていう案も出たんだけど、それこそ婚約者どうするのってなって、結論はまだ出てないんだ」
「けどまあ、もうすぐ妹か弟が生まれるから、もし妹なら家のこと任せて、二人で壱与先生みたいに女学校の先生になるのもいいなって」
ねー、と顔を見合わせてにこにことしている。
「気の長い話ですこと。でも、二人らしいですわね」
「どうなるか決まるまでちゃんと、木の花巫女としていっぱいがんばるもん」
「もちろんあたしもそのつもり。で、話逸れちゃったけどさ、三人とも舞踏会楽しんできてね。話聞かせてよ?」
六花はもちろん、と頷いた。
皆きちんと婚約者のこと、家のこと、当主のことを考えているのだと、驚いた。六花は女学校で学べることがただただ楽しくて、先のことをあまり考えていなかった。パートナーとして、昴とともに舞踏会へ行くということは、周囲にも宗像家の婚約者候補と伝えることになる。恥ずかしくないようにしなければならない。
女学校で過ごすことにも、徐々に慣れてきた。座学も実技も、日々知らないことを学んでいて、大変だけれどそれ以上にとても楽しい。
先日は、破魔矢に治癒に神力を宿すことにも成功した。壱与が治癒専用の破魔矢を作ってもらえないか、交渉中らしい。もしも実現すればきっとたくさんの人の役に立てる。なんて、ありがたいことだろう。
「りかりか、何にやにやしてるのー」
「えっ、そんな顔していましたか」
最近では、食堂で五人揃ってランチを囲むのがお決まりになっていた。食べ終わっても、次の授業があるまで、紅茶を飲みながらおしゃべりしているのだ。
「デイトにでも行ったのかしら」
「あれは、デイトではないと思いますけど……」
六花は、女学校の帰りに呉服屋に寄ったときのことを思い出してそう呟く。しまった、と思ったがもう遅かった。デイトか、と聞いてきた沙良の目がキラキラと輝き出した。
「まあ! いつかしら? どこへ行ったのかしら? どのようなお話を?」
「いえ、あの、一緒に呉服屋に着物を見に行っただけで、そんな特別なことではなくて」
「一緒にお着物を! 立派なデイトだわ。似合ってますか、どれも似合っているよ、とかお話するんでしょう。素敵だわ~」
勝手に沙良の中で話が進んでいるが、そう大きく外れてもいないところが気恥ずかしい。ちらりと麗奈のほうを見ると、だから気を付けなさいと言ったのに、と言いたげな目線を向けられた。一緒にランチを、と麗奈から誘われたときに一番にそれを忠告された。今まで散々沙良の質問攻めを受けて来たのだろう。
「あの、それより、舞踏会のことを聞きたくて」
六花はやや強引に話題を変えたが、四人ともそういえばもうすぐだった、と話に乗ってくれた。
「麗奈さんは、舞踏会に行くことは決定なのでしょう? 婚約者の方とご一緒に。仲いいわよね、頻繁にデイトもしているし、この髪飾りもプレゼントよね。素敵だわ、なんと言って渡されたのかしら」
「ああ、もう! 話が逸れていますわ。舞踏会はそもそも護り人の方の交流を目的とした催しだそうですの。パートナーを連れて参加するように、ということで婚約者にも声がかかっているだけですわ」
「さららは、行かないの?」
乙葉が机にぐでーっと腕を伸ばしながら聞いている。沙良は、微妙な顔をして紅茶を飲んでから答えた。
「婚約者はいないし、行かないと思っていたのよ。でも、もしかしたら行かされるかもしれないわ。家でそういう話が出ているって聞いたの」
沙良に婚約者がいないことが意外だった。こんなに完璧な淑女であるというのに。六花は素直にそれを口にした。
「てっきり婚約者がいるのかと思っていました」
「いたら、他人の話を根掘り葉掘りしませんわよ」
「あら麗奈さん、それはそれ、これはこれだわ」
沙良はなぜか自信満々にそう言い返していたけれど、ふっと真面目な表情になって話し出した。
「歳の離れた姉がいるから、住吉家は姉が継ぐわ。だから私のは元々そう急ぐ話ではないのだけれど、前に話が上がったことはあったのよ。でも、まとまる前に立ち消えになったって。相手のほうから断ったらしいわ」
「話が消えたのに、さららはどうして知ってるの?」
「使用人が偶然聞いたっていう噂からね。私じゃだめだったってことね。だから、完璧になって見返してやるのよ。惜しいことしたって思えばいいの」
沙良の口振りからして、その相手は誰だかわかっているようだった。拗ねた様子の沙良が、完璧な淑女の見た目とは差があって、可愛らしく見えた。
「それを直接言えばいいんですのよ。知り合いなのでしょう?」
「ええ、よく知っている方よ。だから余計に話題に出しづらいじゃない。……琴ちゃん、乙ちゃんは?」
沙良は話題の中心を双子に移した。二人は顔を見合わせてから、同時に首を振った。
「あたしたちは行かない予定だよ。婚約者いないから」
「今のところ声がかかりそうな気配もないかな」
麗奈が、前から気になっていましたの、と前置きしてから琴葉と乙葉に質問をした。
「二人って婚約者ってどうする予定なんですの? 双子でも琴葉が長女、乙葉が次女ってことになるんですの?」
確かに長女か次女かは、花巫女の家系では重要なことだ。だが、双子は同時に生まれているのだから、そこに差はないように思う。
「あっ、話しづらいことなら無理に聞こうとは思っていませんわよ」
麗奈が、圧をかけたいわけじゃありませんの、と前のめりになっていた体をすっと後ろに引いた。琴葉と乙葉は、ふふっと笑っていた。
「わかってるよ」
「話すのも嫌じゃないよ」
嫌じゃないとは言いつつ、二人は眉を下げて少し困った顔はしていた。
「実はね、諏訪家でもそのことで会議継続中なんだ。一応、長女はあたしだけど、双子だしあんまり意味ないよねって」
「次女っていってもあたしだけ別の家に嫁入りってわけにもいかないでしょ?」
琴葉と乙葉が花巫女として神力を使うには、二人一緒に舞わなければならない。片方が家を出てしまっては花巫女の役目を果たせなくなってしまう。
「それで、二人で当主っていう案も出たんだけど、それこそ婚約者どうするのってなって、結論はまだ出てないんだ」
「けどまあ、もうすぐ妹か弟が生まれるから、もし妹なら家のこと任せて、二人で壱与先生みたいに女学校の先生になるのもいいなって」
ねー、と顔を見合わせてにこにことしている。
「気の長い話ですこと。でも、二人らしいですわね」
「どうなるか決まるまでちゃんと、木の花巫女としていっぱいがんばるもん」
「もちろんあたしもそのつもり。で、話逸れちゃったけどさ、三人とも舞踏会楽しんできてね。話聞かせてよ?」
六花はもちろん、と頷いた。
皆きちんと婚約者のこと、家のこと、当主のことを考えているのだと、驚いた。六花は女学校で学べることがただただ楽しくて、先のことをあまり考えていなかった。パートナーとして、昴とともに舞踏会へ行くということは、周囲にも宗像家の婚約者候補と伝えることになる。恥ずかしくないようにしなければならない。
