昴の私邸に戻ってくるやいなや、昴は頭を抱えていた。

「あー……、すまない。売り言葉に買い言葉で、あんなことを言ってしまって」
「舞踏会のことですか?」

「それもだが、俺が口を挟んだことで余計に拗れてしまったのではないかと思ってな。女性に、君の妹に怪我をさせてしまうのではと、手で制することにも躊躇してしまった。怖い思いをさせて申し訳ない」
 背の高い昴が体を縮こませて頭を下げている。何一つ、昴のせいではないというのに。

「顔を上げてください。昴様が謝ることなんてありません。慣れていますから。……わたしのために怒ってくださって、嬉しかったです」
「六花さんこそ、俺が夜叉と言われて怒ってくれただろう。あんなもの、慣れているから気にしなくていい」
「慣れていいはずなんてありません」

 六花は何でもないことのように、侮辱の呼び名を受け入れている昴を見て悲しくなった。なぜか六花のほうが泣きそうになってきた。昴は少し驚いたように、でも不満そうな顔をして腰をかがめた。六花と同じ目線になる。

「今、六花さんも慣れていると言っただろう。あのような扱いに、慣れてはいけない」
「でも、それは」

 わたしが無能だから、と言いかけて口をつぐんだ。そうではないと教えてくれたのは昴だ。その昴の前で牡丹の言葉を、六花自身が言うのは失礼になってしまう。

「ありがとう、ございます」
「礼はこちらこそ。それにしても、舞踏会に出ると言ってしまったのは失敗だったな……」
「あの、気が進まないのなら無理に出る必要はないと思いますけれど」

 そのとき、柴崎が昴の到着からやや遅れて玄関にやってきた。家の清掃や食事の準備があればそちらを優先し、出迎えは二の次でいい、と昴から伝えているらしく、今もそれを昴が咎めることもなかった。むしろ、昴が見つかった、というような嫌そうな顔をしている。意外と表情はわかりやすい人なのかもしれない。

「ようございました、出席なさるのですね」
 柴崎はほっとしたような、嬉しそうな声でそう言った。

「今日も本邸から催促とお叱りのご連絡がありました。気が変わらないうちに出席すると本邸に伝えて参りましょう」
 口を挟む間もなく、柴崎は再び屋敷の中に戻っていった。

「あの、昴様?」
「元々、宗像家として出席しなければならないものだった。躱していたんだが、そろそろ限界でな……。本邸にいる宗像家の先代は俺の伯父で、本人は引退して俺に引き継いだと言っているが、まだまだ現役並みに元気な人だ。正直、敵う気がしない」

 昴は、少し悔しそうな様子でそう零していた。六花は昴の話で気になったことがあったが、聞いてもいいものかと迷って、結局口を閉じた。

「どうした? ……ああ、父親は俺が幼いころに亡くなってな、先代の養子になっているから、扱いは長男になっているんだ。俺にとっては第二の父だな」
「素敵なお父様なのですね」

 昴が二人の父のことを話す声には、誇らしさが滲み出ていた。きっと昴が私邸でそのまま暮らしているのも、彼の叔父を大切に考えているゆえなのだろう。

「まあ、出席するのも親孝行かもしれないな。俺と一緒に舞踏会に行ってくれるか」
「はい、わたしでよければ」

 たどたどしくダンスのエスコートのように差し出された昴の手に、六花は自分の手を重ねた。