「昴さんとの出会いはどこかしら。どこに惹かれたのかしら。嬉しかったお言葉は何かしら。もうデイトには行きまして?どこに行ったのかしら。何か贈り物をいただいたのかしら」
「あの、えっと」
沙良が目をキラキラとさせて畳みかけるように聞いてきて、六花はたじろいてしまった。麗奈とは違う意味で圧がすごい。
「ほらー、編入生さんびっくりしてるじゃん」
「れいれい、なんで止めないのー?」
双子の二人も六花の周りに合流してきた。なぜか講堂の端に全員集合している。
「わたくしだって止めましたわよ」
麗奈が呆れ気味にそう返していた。六花はてっきり蔑まれたり、見下されたりすると思っていたのだが。彼女たちの反応を見るに、沙良のこの様子はいつものことのようだ。六花は目をぱちぱちとさせる。
「六花さん、どうなのかしら。聞かせてほしいわ」
「沙良、いい加減にしなさいな。困らせてどうするんですの」
「麗奈さんだって困らせていたじゃない。――あ、麗奈さんそういえば先週はデイトに行くって言っていたわよね。どこへ行ったのかしら」
「あー……」
話題の矛先が麗奈に向いたことで、麗奈は露骨に嫌そうな顔をして後ずさりをしていった。じりじりと沙良もそれを追いかける。
「次は、麗奈さんの番じゃ、そこで固まって何をしておるのじゃ」
「すぐに行きますわ!」
壱与の呼びかけに助かったという顔をしながら、舞台の中央へ駆けていく。足音は軽く、急いでいるけれど不格好にならない走り方を心得ているようだ。
「あら、残念」
沙良が心底残念そうにそう呟いていた。
「さらら、本当に恋バナ好きだよね」
「よく飽きないよね」
琴葉と乙葉が面白そうにそう言って、沙良の両側から覗き込んでいる。二人に婚約者ができたらいっぱい聞いてあげる、と沙良が満面の笑みで返していた。
「挨拶まだだったね。改めてよろしく、あたしが琴葉で」
「あたしが乙葉」
「出雲六花です。よろしくお願いします」
あの賑やかさを見た後で、もう怯えることなくそう返すことができた。琴葉も乙葉もにっこりと笑顔を返してくれた。
「六花、だったら」
「りかりか、だね」
そういえば、麗奈のことも沙良のことも、不思議な呼び方をしていた。
「この二人、変なあだ名で呼ぶのが好きなのよ」
沙良がやれやれと言った様子でそう教えてくれた。さっきまで双子に呆れられていた沙良が今度は、肩をすくめている。なんだか面白い関係性だ、と六花は思わず笑顔になった。
「そうそう、見分け教えとくね。目元にほくろがあるのがあたし、琴葉で」
「口元のほくろは乙葉だよ。わかりやすいでしょ?」
それぞれがほくろの位置を指さして教えてくれている。確かに見分けはしやすいが、逆に言えば、そのほくろの位置以外は本当にそっくりだ。
「とてもわかりやすいです」
六花がそう言うと満足そうに琴葉と乙葉が笑った。
音楽が流れ出して、六花を含めた三人ともさっと口を閉じた。麗奈の舞がはじまる。
麗奈の舞は、重心が低く安定感がある。麗奈のために音が鳴っているような、音が麗奈を追いかけているような、そう錯覚するほどに舞が音の中に溶け込んでいた。
「あれ」
浮かび上がったのは、茶色の花だった。きちんと思い返せば、春日家は土の花巫女の家系である。麗奈自身の醸し出す雰囲気が火の花巫女だったため、ついそう思い込んでしまっていた。
武器は、とんかちだった。斧との相性がいいとさっきの座学で聞いたが、さすがに重くて使いづらいから、今はとんかちなのだろう。茶色の花がとんかちに降り立った。
「では、参りますわ」
麗奈がこわごわとした様子で、疑似物の怪に近付いて、とんかちを振り下ろした。ほとんど地面に落とす勢いだったけれど。地面から小さな土の壁が現れて、物の怪を挟み込むと霧散した。当然、黒い靄は消えている。
「よし、いい感じじゃ」
壱与がそう言ったときにも、まだ茶色の花がふわふわと舞台の中を舞っていた。舞を終えても花が残っている。こんなに長く持つなんて、初めて見た。
「どうだった? れいれいの舞は」
「すごかったです。あと、土の神力だったことが少し意外で」
思わず正直な感想を言うと、二人は一瞬きょとんとした顔をして、それからいたずらっ子のような表情を浮かべた。
「それ、気にしてるから本人には言わないであげてね」
「言ったら言ったで面白いけど」
「恥ずかしがるんだよ、かっこいいのにね」
「そうそう。土はあたしたちの立ってる地面そのものだもん。それを味方につけるなんて、かっこいいのに」
琴葉も乙葉も、からかうような口調でありながらまっすぐに麗奈をかっこいいと言っている。沙良も横で聞いていて、そうね、と呟いている。
「二人の舞もすごかったです。花の制御がすごく正確で」
六花が二人の舞のことも口にすると、照れたようにありがとう、と声を揃えて言った。
「あたしたちは分担してるから上手くいってるって感じ。そこは二人で舞ういいところだね」
「でもね、あたしたちは二人一緒じゃないと神力が使えないんだ。双子の宿命ってやつ」
そう言う二人は少し寂しそうに見えて、六花は何か言わなきゃと頭を働かせる。それを知ってか知らずか、沙良が話を六花自身に戻した。
「六花さんの舞も見てみたいわ」
「そうですわ! 次は六花さんの番ですわよ!」
舞台の上からも声を張った麗奈が手を振っていた。
六花はこうして見学させてもらったから、自分のも、という気持ちはもちろんある。だが、舞うと花の色がわかってしまう。まだ秘密にしているという恭介との約束のこともあるが、白い花を見られたら、こうして親しげに話してくれる彼女たちも両親や牡丹のように、蔑まれるのではないか、という不安もある。
「待つのじゃ。六花さんはここで舞うのは初めてじゃからのう。緊張するじゃろうし、一人でさせるつもりじゃ。わたしも癖の見分けにも集中したいからのう」
「あら、残念だわ」
壱与に促される形で、麗奈たち四人は講堂を後にした。当たり前のように、またね、と言ってもらえたことが、六花にとって驚くことであり、心がほわりと温かくなった。
残された六花は舞台の近くまで移動し、壱与と向かいあう。
「さて、三組の舞を見てどうじゃった」
「花巫女の舞、といってもそれぞれ個性があるとわかりました。得意分野、と言ったほうがいいのかもしれません」
「そうじゃ。沙良さんは広範囲に広げる特性があり、琴葉さん乙葉さんは方向の制御が正確という特性、麗奈さんは長く維持し続ける特性。実技を重ねることで、特性は伸ばすことができるのじゃ。では、六花さんの舞を、見せてもらえるかのう」
壱与にそう促されて、六花は緊張しつつも舞台の中央に立った。手を扇子の形に構えて、足を踏み出す。音を聴き、指の先まで丁寧に、一回転するときは軸がぶれないよう、足音は立てないよう静かに。舞いはじめた瞬間には、いろいろなことを考える。けれどそれもすぐに消え去り、頭で考えるよりも先に体があるべき形に動く。模したものとはいえ、神楽殿の中で舞えることに心が躍って仕方がないのだ。
六花の想いに呼応するように、白い花が舞台一面に広がる。講堂の中に雪が降ったかのような景色だ。
「どうでしょうか」
音楽が止んだのと同時に、舞を終えてそう尋ねた。舞を見てもらうということ自体、久しぶりのことだ。壱与から何と言われるか、妙に緊張してしまう。
「本当に……白い花は存在しておったのか……」
それは六花の問いに答えるというよりも、独り言に近いものだった。
「ああ、すまぬ。疑っていたわけではないんじゃが、実際にこの目で見るとやはり驚いてしまってのう。――六花さんの特性は圧倒的な花の数、神力の量じゃな。たくさんの人を救える、いい特性じゃ」
「ありがとうございます」
多くの白い花を生み出すことができるのなら、それだけ多くの人を治せるということ。これはきっと六花の力になってくれる。
「舞の技術も、幼いころから研鑽を積んできたことがよくわかるものじゃった。それぞれの特性は実技を重ねることである程度身につくからのう」
「では、わたしはもっと舞を上手くなれるのですね」
「手の力の入れ方、ただ強くではなく花の流れを掴むように、一定の力を出し続けること、音と一体化すること、コツはいくつもあるのじゃ。治癒の神力を話してもよくなったら、あの子たちにも聞いてみるとよい」
「はい」
もっともっと舞が上手くなれる。そうすればきっと人の役に立てる。助け出してくれた、昴の役に立てるのだ。彼に相応しいなどと思ってはいないけれど、そうなれる努力をしていきたいと思う。取引としてでも、隣にいることを許されるように。
「あの、えっと」
沙良が目をキラキラとさせて畳みかけるように聞いてきて、六花はたじろいてしまった。麗奈とは違う意味で圧がすごい。
「ほらー、編入生さんびっくりしてるじゃん」
「れいれい、なんで止めないのー?」
双子の二人も六花の周りに合流してきた。なぜか講堂の端に全員集合している。
「わたくしだって止めましたわよ」
麗奈が呆れ気味にそう返していた。六花はてっきり蔑まれたり、見下されたりすると思っていたのだが。彼女たちの反応を見るに、沙良のこの様子はいつものことのようだ。六花は目をぱちぱちとさせる。
「六花さん、どうなのかしら。聞かせてほしいわ」
「沙良、いい加減にしなさいな。困らせてどうするんですの」
「麗奈さんだって困らせていたじゃない。――あ、麗奈さんそういえば先週はデイトに行くって言っていたわよね。どこへ行ったのかしら」
「あー……」
話題の矛先が麗奈に向いたことで、麗奈は露骨に嫌そうな顔をして後ずさりをしていった。じりじりと沙良もそれを追いかける。
「次は、麗奈さんの番じゃ、そこで固まって何をしておるのじゃ」
「すぐに行きますわ!」
壱与の呼びかけに助かったという顔をしながら、舞台の中央へ駆けていく。足音は軽く、急いでいるけれど不格好にならない走り方を心得ているようだ。
「あら、残念」
沙良が心底残念そうにそう呟いていた。
「さらら、本当に恋バナ好きだよね」
「よく飽きないよね」
琴葉と乙葉が面白そうにそう言って、沙良の両側から覗き込んでいる。二人に婚約者ができたらいっぱい聞いてあげる、と沙良が満面の笑みで返していた。
「挨拶まだだったね。改めてよろしく、あたしが琴葉で」
「あたしが乙葉」
「出雲六花です。よろしくお願いします」
あの賑やかさを見た後で、もう怯えることなくそう返すことができた。琴葉も乙葉もにっこりと笑顔を返してくれた。
「六花、だったら」
「りかりか、だね」
そういえば、麗奈のことも沙良のことも、不思議な呼び方をしていた。
「この二人、変なあだ名で呼ぶのが好きなのよ」
沙良がやれやれと言った様子でそう教えてくれた。さっきまで双子に呆れられていた沙良が今度は、肩をすくめている。なんだか面白い関係性だ、と六花は思わず笑顔になった。
「そうそう、見分け教えとくね。目元にほくろがあるのがあたし、琴葉で」
「口元のほくろは乙葉だよ。わかりやすいでしょ?」
それぞれがほくろの位置を指さして教えてくれている。確かに見分けはしやすいが、逆に言えば、そのほくろの位置以外は本当にそっくりだ。
「とてもわかりやすいです」
六花がそう言うと満足そうに琴葉と乙葉が笑った。
音楽が流れ出して、六花を含めた三人ともさっと口を閉じた。麗奈の舞がはじまる。
麗奈の舞は、重心が低く安定感がある。麗奈のために音が鳴っているような、音が麗奈を追いかけているような、そう錯覚するほどに舞が音の中に溶け込んでいた。
「あれ」
浮かび上がったのは、茶色の花だった。きちんと思い返せば、春日家は土の花巫女の家系である。麗奈自身の醸し出す雰囲気が火の花巫女だったため、ついそう思い込んでしまっていた。
武器は、とんかちだった。斧との相性がいいとさっきの座学で聞いたが、さすがに重くて使いづらいから、今はとんかちなのだろう。茶色の花がとんかちに降り立った。
「では、参りますわ」
麗奈がこわごわとした様子で、疑似物の怪に近付いて、とんかちを振り下ろした。ほとんど地面に落とす勢いだったけれど。地面から小さな土の壁が現れて、物の怪を挟み込むと霧散した。当然、黒い靄は消えている。
「よし、いい感じじゃ」
壱与がそう言ったときにも、まだ茶色の花がふわふわと舞台の中を舞っていた。舞を終えても花が残っている。こんなに長く持つなんて、初めて見た。
「どうだった? れいれいの舞は」
「すごかったです。あと、土の神力だったことが少し意外で」
思わず正直な感想を言うと、二人は一瞬きょとんとした顔をして、それからいたずらっ子のような表情を浮かべた。
「それ、気にしてるから本人には言わないであげてね」
「言ったら言ったで面白いけど」
「恥ずかしがるんだよ、かっこいいのにね」
「そうそう。土はあたしたちの立ってる地面そのものだもん。それを味方につけるなんて、かっこいいのに」
琴葉も乙葉も、からかうような口調でありながらまっすぐに麗奈をかっこいいと言っている。沙良も横で聞いていて、そうね、と呟いている。
「二人の舞もすごかったです。花の制御がすごく正確で」
六花が二人の舞のことも口にすると、照れたようにありがとう、と声を揃えて言った。
「あたしたちは分担してるから上手くいってるって感じ。そこは二人で舞ういいところだね」
「でもね、あたしたちは二人一緒じゃないと神力が使えないんだ。双子の宿命ってやつ」
そう言う二人は少し寂しそうに見えて、六花は何か言わなきゃと頭を働かせる。それを知ってか知らずか、沙良が話を六花自身に戻した。
「六花さんの舞も見てみたいわ」
「そうですわ! 次は六花さんの番ですわよ!」
舞台の上からも声を張った麗奈が手を振っていた。
六花はこうして見学させてもらったから、自分のも、という気持ちはもちろんある。だが、舞うと花の色がわかってしまう。まだ秘密にしているという恭介との約束のこともあるが、白い花を見られたら、こうして親しげに話してくれる彼女たちも両親や牡丹のように、蔑まれるのではないか、という不安もある。
「待つのじゃ。六花さんはここで舞うのは初めてじゃからのう。緊張するじゃろうし、一人でさせるつもりじゃ。わたしも癖の見分けにも集中したいからのう」
「あら、残念だわ」
壱与に促される形で、麗奈たち四人は講堂を後にした。当たり前のように、またね、と言ってもらえたことが、六花にとって驚くことであり、心がほわりと温かくなった。
残された六花は舞台の近くまで移動し、壱与と向かいあう。
「さて、三組の舞を見てどうじゃった」
「花巫女の舞、といってもそれぞれ個性があるとわかりました。得意分野、と言ったほうがいいのかもしれません」
「そうじゃ。沙良さんは広範囲に広げる特性があり、琴葉さん乙葉さんは方向の制御が正確という特性、麗奈さんは長く維持し続ける特性。実技を重ねることで、特性は伸ばすことができるのじゃ。では、六花さんの舞を、見せてもらえるかのう」
壱与にそう促されて、六花は緊張しつつも舞台の中央に立った。手を扇子の形に構えて、足を踏み出す。音を聴き、指の先まで丁寧に、一回転するときは軸がぶれないよう、足音は立てないよう静かに。舞いはじめた瞬間には、いろいろなことを考える。けれどそれもすぐに消え去り、頭で考えるよりも先に体があるべき形に動く。模したものとはいえ、神楽殿の中で舞えることに心が躍って仕方がないのだ。
六花の想いに呼応するように、白い花が舞台一面に広がる。講堂の中に雪が降ったかのような景色だ。
「どうでしょうか」
音楽が止んだのと同時に、舞を終えてそう尋ねた。舞を見てもらうということ自体、久しぶりのことだ。壱与から何と言われるか、妙に緊張してしまう。
「本当に……白い花は存在しておったのか……」
それは六花の問いに答えるというよりも、独り言に近いものだった。
「ああ、すまぬ。疑っていたわけではないんじゃが、実際にこの目で見るとやはり驚いてしまってのう。――六花さんの特性は圧倒的な花の数、神力の量じゃな。たくさんの人を救える、いい特性じゃ」
「ありがとうございます」
多くの白い花を生み出すことができるのなら、それだけ多くの人を治せるということ。これはきっと六花の力になってくれる。
「舞の技術も、幼いころから研鑽を積んできたことがよくわかるものじゃった。それぞれの特性は実技を重ねることである程度身につくからのう」
「では、わたしはもっと舞を上手くなれるのですね」
「手の力の入れ方、ただ強くではなく花の流れを掴むように、一定の力を出し続けること、音と一体化すること、コツはいくつもあるのじゃ。治癒の神力を話してもよくなったら、あの子たちにも聞いてみるとよい」
「はい」
もっともっと舞が上手くなれる。そうすればきっと人の役に立てる。助け出してくれた、昴の役に立てるのだ。彼に相応しいなどと思ってはいないけれど、そうなれる努力をしていきたいと思う。取引としてでも、隣にいることを許されるように。
