少し休憩時間を挟んでから、六花たちは実技の授業のために場所を講堂に移した。
講堂は、校舎と渡り廊下で繋がっている。外観が神社そのものの校舎とは対照的にシンプルな正方形に近い形の建物に切妻造の屋根、窓がいくつかあるだけのものだった。だが、中に踏み入れるとその感想は一変する。
「すごい……」
内装は、神楽殿を模したものになっているのだ。細部まで忠実に再現していて、六花は思わず感嘆の声を零した。朱色の柱が立ち並び、中央には舞を舞う場がある。今は消灯されているが行燈も並んでおり、火を灯せばさらに雰囲気が出るだろう。
「はい、実技の時にはこれを羽織るのじゃ。簡易的な巫女装束なのじゃよ」
壱与から渡されたのは、巫女装束の際に羽織る千早だった。千早を羽織ると、制服の緋色の袴と相まって、確かに巫女装束に近しい見た目になった。他の女学校では海老茶色が多い中、緋色の袴を制服に指定している意味を理解した。
舞については、幼いころは出雲家に伝わるもの、最近ではほぼ独学だった。こうして、舞を専門的に学ぶことのできる機会に心が躍る。
「六花さん、早く舞を舞いたい気持ちもわかるがのう、まずは級友になる子たちの舞を見ておくのじゃ」
「は、はい。わかりました」
舞いたいという気持ちが傍から見てわかるほどに浮かれてしまっていたようだ。六花は自分の頬に両手を当てて、恥ずかしさを抑え込む。舞台から少し離れた講堂の端で、六花は見学することになった。
壱与がパンっと一つ手を打って、実技の授業が始まることを知らせる。講堂内に散らばっていた四人の女学生たちが集まってくる。
「今日の実技では、舞を舞うことと、武器に神力が宿っていてきちんと使える状態になっておるか、の確認までを一連の流れで行うのじゃ」
「壱与先生、確かめ方はどのようにするのでしょうか」
凛とした声で壱与に質問しているのは、さらりと長い黒髪の少女だ。真面目そうな雰囲気があり、現に壱与に対して真っ先に質問を投げかけている。
「疑似的な物の怪を使うのじゃ。機械仕掛けの人形に、物の怪に似せた煙を纏わせてある」
壱与が指さした先には、膝下くらいの高さの木製のイタチのような形の模型がある。もやもやと黒っぽい煙が見えるから、それが物の怪に似せたところなのだろう。女学校ではこのような再現技術も備わっているらしい。
「承知しました」
「うむ。では、まず住吉沙良さんから」
「はい」
黒髪の少女、沙良が呼ばれて、舞台の中央に立った。録音された音楽が講堂に響き出す。扇子をゆっくりと広げて、舞が始まった。
住吉家、ということは水の花巫女の家系だが、それを知らなくてもその神力は水だとわかるほどに、沙良の舞は水が流れるような舞だった。足の音が全くしないほど滑らかな動きで、それでいて舞台を広々と使っていて思わず目で追ってしまう。見惚れる美しさだ。
「綺麗……」
青い花が一気に広範囲に広がる。一定間隔をあけて置かれている弓と複数の矢にも不足することなく青い花が舞い下りた。
「完了しました」
「では射ってみるのじゃ。無理そうなら私がやるがのう」
「いえ、自分でできます」
沙良は、弓を手に取って矢をつがえて構えた。力が弱いようで少し震える手だったが、疑似物の怪に向かって放った。矢を包み込むように水が出現し、尾を引いて飛んでいく。物の怪を射抜くと水の中に閉じ込めるようにして包み込み、そして霧散した。黒い煙はすっかりなくなっている。
「うむ。完璧じゃな」
「ありがとうございます」
一礼も流れるような所作で、長い黒髪が体から遅れて元の位置に戻る様子すら絵になる。どこから見ても、完璧な淑女の様相だ。
「次、諏訪琴葉さん、乙葉さん」
「はい」
「はい」
壱与に呼ばれて舞台に立った二人は、そっくりな顔をしていた。流行りのボブヘアーをしていて、すらりとした首筋や華奢な肩がよく目立つ。大人になればモダンガールがとても似合いそうだ。
琴葉と乙葉は、一つ頷き合うだけで相談などはせずに舞を始めた。二人の息がぴったり合った舞で、緑色の花が二人を包むように舞っていて惚れ惚れする。用意してある武器はさっきと同じ弓と矢だった。沙良の舞よりも範囲は狭いようだが、的確に弓と矢に花を降りたたせている。
「あんなに正確にできるのね」
花を制御する精度がすごかった。弓と矢に向かって、まるで磁石で吸い寄せられているようだった。
「できましたー」
「攻撃しまーす」
矢をつがえると、難なく物の怪へと放った。蔓が伸びるようにして物の怪を覆い隠し、霧散した。黒い靄は綺麗になくなっていた。
「うむ、いいじゃろう」
壱与が頷いて、合格を出していた。
「あたしも弓やりたかったな」
「じゃあ、次のときは乙葉がやっていいからさ」
そう話していて、矢を放ったのは琴葉だとわかった。本当にそっくりでどちらがどちらか見分けが難しい。
「こんにちは。あなたが編入生ですわね」
いつの間にか近くに生徒が立っていて、六花に話しかけていた。
縦ロールの髪にリボンを付けていて、とても華がある。くっきりとした目鼻立ちに、凛とした声はまさに令嬢といった風体だ。火のような華やかさだ。
「はい、出雲六花と申します」
「わたくしは、春日麗奈ですわ」
顔をくいっと上げて話す麗奈の様子は、その華やかさも相まって圧を感じてしまう。六花は、反射的に縮こまって会釈だけを返した。
「今日が初めてなら、先生のお姿には驚いたでしょう? 出雲家ということは、火の花巫女かしら。壱与先生と同じならばやりやすそうですわね」
白い花のことも治癒の神力のことも、まだ話してはいけない。六花はどう答えたらと悩み、曖昧に返した。
「ええ、まあ」
六花の返答に、麗奈の眉間にきゅっと皺が寄った。機嫌を損ねてしまったかもしれない。六花は、さらに体が縮こまる。
「なんですの。その答え方は」
ぴしゃりと言われて、六花は思わず目を閉じる。すると、六花の肩にそっと手が置かれた。
「花巫女たるもの、姿勢を正して美しく、受け答えは微笑みとともに、相手に敬意を持ってするものですわ。ほら、肩は丸めず、胸を張るんですのよ」
肩に乗せられた麗奈の手にわずかに力がこもり、ほとんど癖になっている六花の丸まった肩を伸ばした。自然と呼吸が深くなる。
「顔も、まっすぐ上げたほうがいいですわ」
「は、はい」
「表情がまだ硬いですわね……まあ、初日の緊張もありますものね」
一見、高圧的な態度に思えたが、的確な助言をしてくれていると理解した。どうしても自信のない態度になってしまう六花にとっては、感心することばかりだ。
「あら、編入生をいじめているのかしら」
沙良も六花のいるところへやってきて、そう声をかける。口調は穏やかなもので、本気でいじめている、とは思ってはいないのが伝わってくる。
「失礼ね、ご挨拶していただけですわ。わたくしが話しているんですの。邪魔しないでくださいまし」
麗奈は、つんとした口調で沙良に言い返していた。小動物が威嚇しているようにも見えて、六花ははらはらする。確かにこの二人は正反対のように見えるし、仲が悪いのかもしれない……。
「私もご挨拶したいわ。住吉沙良よ、よろしくね編入生さん」
「出雲六花です。よろしくお願いします」
「あなた、宗像昴さんの婚約者なんですってね」
あくまで婚約者候補だと、伝える隙がなかった。沙良が品定めをするように、じっと六花のことを見つめてくる。相応しくないというようなことを言われてしまうのだろうか。実際、昴と釣り合っているなんて、おこがましいことを思ってはいないけれど。
「沙良、やめるのですわ」
麗奈が渋い顔をして、沙良が何か言うのを止めている。六花はぐっと拳を握りしめて何を言われても大丈夫なように耐える形を作った。
