*
髪を恭介の紹介の理容室で、みぞおちあたりの長さで整えてもらった。元々長かったから、軽くなって心地がいい。
そして、翌日には女学校へ通うための制服も用意してもらった。恭介の言葉通り、一日で女学校への編入の手続きが済んだらしい。
「わあ……」
淡い桃色の着物は、矢絣の柄でところどころに色鮮やかな花が散りばめられている。上品でありながら、可愛らしい。この着物は、六花が通う予定の花風女学校の制服でのみ扱っているものらしく、唯一無二のものだ。袴は鮮やかな緋色で、街で見かけた女学生たちとは雰囲気は異なるが、制服を身に纏った六花の姿は、間違いなく憧れた女学生そのものだ。
「よくお似合いですよ」
朗らかに笑って褒めてくれるのは、宗像家に仕える男性の家令、柴崎だ。初老といわれる年齢らしく、笑うと目元に皺ができる。私邸だからという理由で、昴はこの柴崎しか使用人を屋敷に置いていないらしい。一人でこの屋敷の管理をこなしているのだから、感服する。
「ありがとうございます、柴崎さん」
「女性の使用人が不在で、ご不便をおかけしておりませんか。旦那様に手配していただきましょうか」
「いえ、身の回りのことは自分でできるので、大丈夫です」
「さようでございますか。では、必要とあらば、お申し付けください」
柴崎は、にこやかにそう言ってから、時計に目をやった。六花もつられて壁の上の方にある時計を見ると、女学校へ向かう時間が迫っていた。
「馬車をご用意しております。旦那様が仕事で付き添えなくて申し訳ない、とおっしゃっていました。少ししょんぼりしておられて」
内緒話をするように、そう言ってきた。昴がしょんぼりしている様子があまり想像できなくて、六花は首を傾げた。
「お帰りになったら、旦那様にも女学校でのことをお話しなさってくださいませ」
「そうします。柴崎さんも、聞いてくださいね」
「もちろんでございます。それから、わたくしに対して敬語は不要です、六花様」
幼い子どもを見守るような視線でそう言われて、六花は小恥ずかしくて意味もなくもう一度時計を見上げた。
「まだ慣れなくて、これから気を付けます」
六花は結局敬語のままで、柴崎へ返事をした。柴崎はまたにっこりと笑って六花のことを受け入れてくれた。六花を昴の婚約者として接してくれている。まだ候補ではあるけれど。六花は、出雲家で使用人に虐げられることにすっかり慣れ切ってしまい、距離感がわからなくなっているところがある。柴崎には申し訳なく思っているが、慣れるには時間がかかりそうだ。
馬車に揺られてしばらく、到着したのは花風女学校。
正門から中へ進むと、一際大きい建物が現れた。切妻造の屋根に、庇が長く伸びていて、正面に階がある。扉や柱は朱色で染められていて、装飾は金色に飾られている。どこからどう見ても、神社の社殿そのものだ。
「ここが、女学校……」
「花巫女が学ぶ場であるここは、巫女を守るためにも存在しているのじゃ。神社の力を借りるのが、最適であろう?」
いつの間にか、傍に一人の老女――ではなく少女が立っていた。十歳ほどに見えるその少女は、臙脂色の着物を上品に着こなし、落ち着いた雰囲気で六花に話しかけている。見た目の可愛らしさと古風な話し方との差が大きくて、六花は固まってしまった。
「えっと……」
「私は花風女学校の教員、熊野壱与。生徒からは壱与先生と呼ばれておる。あなたが編入生の出雲六花さんじゃな。よろしくなのじゃ」
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
六花は慌てて目の前の少女にお辞儀をした。だが、こんなに小さな子が教員だということを飲み込めていない。彼女はとても優秀で幼いながらに人に教える立場になったのだろうか、そんなにすごい少女がいるなら、話を聞いたことがあってもおかしくないが……。他の家の花巫女との交流もほとんどなかった出雲家では、そういう話を聞くこと自体、難しかったのだけれど。
六花が、頭の中でいろいろと考えを巡らせていると、それを見透かしたかのように、壱与はくすくすと笑った。
「この姿は仮のものじゃ。実際、六花さんの五倍は生きておるのう」
「五倍……えっ?」
六花は十八、その五倍というと九十ということになる。どう見たって九十歳には見えない。六花はさらに混乱する。
「熊野家は火の花巫女家系じゃ。蜃気楼の要領でこの姿になっておるだけじゃ。なかなか可愛いじゃろう?」
「はい、とても、可愛いです」
六花は何とか壱与の言葉を咀嚼して、飲み込んだ。そして正直な感想を言うと、壱与は嬉しそうに微笑んだ。仮の姿と言っていたけれど、話していることや仕草は本人そのものなのだから、やはり壱与本人が可愛らしいのだ。
社殿の校舎の中を壱与が順に案内してくれる。部屋がいくつかあり、その中には講義を行う部屋があり、職員室があり、小さめの食堂もあった。
「基本、花巫女の少女しか受け入れんから、在籍人数は少なくてのう。これでも広々使えるのじゃ」
「他の花巫女の方にも、会えるんですね」
「うむ。また紹介するのじゃ。まずは、座学といこうかのう」
講義を行う、教壇と生徒たちが座る席が並んだ部屋に案内された。六花は壱与に促されるまま席についた。壱与は教壇に向かうものの、高さが足りないのではという六花の心配をよそに慣れた様子で台座に乗って教壇に立った。
「さて、始めるかのう」
壱与による講義が始まる。六花の、女学生としての初授業が始まるのだ。すぐに聞いたことを書き取れるように、ノートブックを机に広げた。昴が、入り用だろうからとノートブックも万年ペンも用意してくれた。六花が女学校へ通うことを応援してくれていることがひしひしと伝わってくる。
「まず、花風女学校では、大きくわけて座学と実技の二つがあるのじゃ。座学では、他の女学校と同じように、裁縫や礼儀作法も教えるから嫁入り修行としての面もあるから安心するのじゃ。そして、もちろん花巫女と護り人の知識も教え込んでゆく」
六花は、大きく頷いた。ここで学び、役に立つことが六花の望みだ。一言も聞き逃すまいと壱与を見つめる。
「そんなに見つめられると照れるのじゃ」
「え、あっ、申し訳ありません」
「……そのように気を張らずともよい。学ぶのは楽しいものじゃ。楽しんでこそ、よくよく身につくというものじゃよ」
そう言われて、六花は肩にも手のひらにも力が入っていたことに気がついた。力んだままでは、舞だって上手く舞えない。学ぶ姿勢も、壱与の言うように楽しんだほうがいいに決まっている。
「はい、よろしくお願いいたします。壱与先生」
「うむ」
壱与は満足そうに頷いた。
「そもそもの花巫女と護り人の役目から話していこうかのう。両者とも、物の怪から人々を守るという使命のもと、存在しておる。護り人は、武器を用いて物の怪を退治する、言わば前線担当。その護り人が使う武器に神力を宿すのが花巫女の役目、後方支援担当じゃ」
「現役の花巫女の方々は、戦いの場に行くことはないのですか」
六花の質問に、壱与はふるふると首を振った。
「ほぼないのう。花巫女の神力が宿った武器でなければ物の怪は倒せぬ。その意味では花巫女は物の怪退治に欠かせない存在じゃが、戦うこと自体には不向きじゃ。体格や体力、受けて来た訓練の違いがある」
六花は頷きながら聞いていた。花巫女が傷ついて舞うことができなくなれば、武器に神力を宿すことができなくなる。そうなれば、護り人が物の怪を倒すこともできなくなってしまう。
「さて、聞いているだけで飽きてしまうのう。六花さん、花巫女の神力の五種類を答えるのじゃ」
「火、水、木、金、土、です」
「武器に宿した場合、例えば刀の場合はどのような効果があるかのう」
六花は、幼いころ――まだ六花が家族の一員として、出雲家の長女として花巫女のことを教えてもらったことを思い出す。
「火では、刀身に炎を纏わせます。水は、刀身の先に付与されて伸縮します。木は、柄から蔓を出して合わせて攻撃できます」
「そうじゃそうじゃ。金と土は?」
「金は、刀の金属そのものを強化させます。土は、地面と共鳴させて攻撃できます」
きちんと答えることができてほっとした。これらは基本的なことではあるが、改めて質問されると緊張してしまう。
「よろしい。護り人が使う武器は刀、弓矢あたりが主じゃな。体格に恵まれていれば、斧を使う者もおるのう。鎖鎌を使う物好きもおるのう」
壱与は、黒板にカツカツと音を立てながら五種の神力を書いていく。そして、その右側に刀、弓矢、斧、鎖鎌、と並べて書いた。
「花巫女と護り人の武器とは、相性がある。刀と相性がいいのは、刀身そのものに影響を与える火と金じゃな」
壱与が、黒板に書いた火と金から伸ばした線を刀、の文字まで繋げた。
以前、買い出しの際に街中で見た護り人は、おそらく金の花巫女の神力を宿した刀を使っていたのだろう。他の神力を纏っていなかったから、刀そのものの強化だったということだ。金の神力を宿した刀は黄金に光る。あの時は一瞬しか見えなかったが、確か黄金に輝いていたはずだ。
「弓矢では、遠距離攻撃が基本となるため、攻撃範囲が広がる水と木がよいのじゃ。斧は当然、土との相性がよい」
「鎖鎌は何と相性がいいのですか。遠心力を使っての攻撃なら、水でしょうか」
「うーむ、鎖鎌に関しては使う者が少なくてのう、おそらくは水、というくらいしか言えぬのう」
壱与はなぜか頭を抱えるようにして唸っていた。六花が詳しく聞こうとするも、壱与はさっと切り替えていた。
「基本的なことはまあ、このあたりじゃな。細かいことは追々学んでいくことになるじゃろう。ここからは、六花さん自身のことじゃ。白い花で、治癒の神力であることは事前に聞いておる。そして、まだ内密にしておくという方針ものう」
恭介からの助言で、まだ六花が治癒の神力を持つ花巫女であることは、伏せておくことになった。正式な場を設けてお披露目会をし、そこで白い花のことを公表する予定だという。女学校へ通うのなら、神力を安定させてからお披露目のほうがいいだろう、という話でまとまった。
六花としても、宗像家へ来てすぐに人前で舞うのは憚られる。
「治癒の神力となると、他の花巫女にも増して後方支援の特色が強くなるのう。怪我をした護り人を治すことが主な役目となるじゃろう。六花さんを守るために護り人を配置してもいいくらいじゃ」
「それは、さすがにやりすぎではありませんか」
「いいや。護り人の命を救う砦となり得る力じゃ。朝廷の方針によっては、家……もしくは朝廷の施設から出ることも禁じられるかもしれぬ」
「そんな……!」
閉じ込められてしまったら、せっかく昴のおかげで出雲家を出て女学校に通うことができた今を、失ってしまう。六花は人々の役に立ちたくてここにいるのに。
「まあ、そうならぬように準備をした上でのお披露目と考えておるのじゃのう。あの坊やは」
六花はこてんと首を傾げた。壱与の言う、坊やが誰のことなのか、すぐにわからなかったからだ。文脈で考えれば六花の神力のことを知っているのは昴と恭介だけ。そして、しばらく伏せておくことを提案したのは、恭介だ。
「壱与先生は、恭介様と親交が深いのですか」
「あー、まあ、同じ仕事をしておるからのう」
「そうなのですね」
恭介も教員のような仕事をしているのか。確かに話すのは人前で得意そうだった。
「一つ、思い付いたのじゃが」
「はい」
「治癒の神力を、戦いの場に『持っていく』ことができれば、かなり護り人の助けになると思うのじゃ。武器に宿すという花巫女の特性から考えるに、破魔矢が良いかのう」
壱与はぴんと人差し指を立ててそう提案した。本当に今思い付いたというような口調だったが、的確な案に六花は息をのんだ。
破魔矢とは、魔除けや厄除け、幸せを願う矢の形をした縁起物だ。神棚や床の間、玄関に飾るのが一般的だ。この制服にもなっている矢絣の柄も破魔矢からきているという。
治癒の神力を破魔矢に宿して持っていくことができるのなら、戦いの最中に怪我をした場合でも傷を治すことができるかもしれない。遠く離れていても、昴をはじめ護り人の役に立てる。
「ぜひ、試してみたいです」
「うむ。破魔矢をすぐに用意するのは難しいからのう、後日にはなるが試してみよう」
六花が意気込んで言うと、壱与は微笑みながら頷いてくれた。教えてくれる、一緒にこの神力を考えてくれる先生という存在がいることの心強さがよくわかる。
この女学校を勧めてくれた昴に早くお礼が言いたくて、話がしたくて仕方がなかった。
髪を恭介の紹介の理容室で、みぞおちあたりの長さで整えてもらった。元々長かったから、軽くなって心地がいい。
そして、翌日には女学校へ通うための制服も用意してもらった。恭介の言葉通り、一日で女学校への編入の手続きが済んだらしい。
「わあ……」
淡い桃色の着物は、矢絣の柄でところどころに色鮮やかな花が散りばめられている。上品でありながら、可愛らしい。この着物は、六花が通う予定の花風女学校の制服でのみ扱っているものらしく、唯一無二のものだ。袴は鮮やかな緋色で、街で見かけた女学生たちとは雰囲気は異なるが、制服を身に纏った六花の姿は、間違いなく憧れた女学生そのものだ。
「よくお似合いですよ」
朗らかに笑って褒めてくれるのは、宗像家に仕える男性の家令、柴崎だ。初老といわれる年齢らしく、笑うと目元に皺ができる。私邸だからという理由で、昴はこの柴崎しか使用人を屋敷に置いていないらしい。一人でこの屋敷の管理をこなしているのだから、感服する。
「ありがとうございます、柴崎さん」
「女性の使用人が不在で、ご不便をおかけしておりませんか。旦那様に手配していただきましょうか」
「いえ、身の回りのことは自分でできるので、大丈夫です」
「さようでございますか。では、必要とあらば、お申し付けください」
柴崎は、にこやかにそう言ってから、時計に目をやった。六花もつられて壁の上の方にある時計を見ると、女学校へ向かう時間が迫っていた。
「馬車をご用意しております。旦那様が仕事で付き添えなくて申し訳ない、とおっしゃっていました。少ししょんぼりしておられて」
内緒話をするように、そう言ってきた。昴がしょんぼりしている様子があまり想像できなくて、六花は首を傾げた。
「お帰りになったら、旦那様にも女学校でのことをお話しなさってくださいませ」
「そうします。柴崎さんも、聞いてくださいね」
「もちろんでございます。それから、わたくしに対して敬語は不要です、六花様」
幼い子どもを見守るような視線でそう言われて、六花は小恥ずかしくて意味もなくもう一度時計を見上げた。
「まだ慣れなくて、これから気を付けます」
六花は結局敬語のままで、柴崎へ返事をした。柴崎はまたにっこりと笑って六花のことを受け入れてくれた。六花を昴の婚約者として接してくれている。まだ候補ではあるけれど。六花は、出雲家で使用人に虐げられることにすっかり慣れ切ってしまい、距離感がわからなくなっているところがある。柴崎には申し訳なく思っているが、慣れるには時間がかかりそうだ。
馬車に揺られてしばらく、到着したのは花風女学校。
正門から中へ進むと、一際大きい建物が現れた。切妻造の屋根に、庇が長く伸びていて、正面に階がある。扉や柱は朱色で染められていて、装飾は金色に飾られている。どこからどう見ても、神社の社殿そのものだ。
「ここが、女学校……」
「花巫女が学ぶ場であるここは、巫女を守るためにも存在しているのじゃ。神社の力を借りるのが、最適であろう?」
いつの間にか、傍に一人の老女――ではなく少女が立っていた。十歳ほどに見えるその少女は、臙脂色の着物を上品に着こなし、落ち着いた雰囲気で六花に話しかけている。見た目の可愛らしさと古風な話し方との差が大きくて、六花は固まってしまった。
「えっと……」
「私は花風女学校の教員、熊野壱与。生徒からは壱与先生と呼ばれておる。あなたが編入生の出雲六花さんじゃな。よろしくなのじゃ」
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
六花は慌てて目の前の少女にお辞儀をした。だが、こんなに小さな子が教員だということを飲み込めていない。彼女はとても優秀で幼いながらに人に教える立場になったのだろうか、そんなにすごい少女がいるなら、話を聞いたことがあってもおかしくないが……。他の家の花巫女との交流もほとんどなかった出雲家では、そういう話を聞くこと自体、難しかったのだけれど。
六花が、頭の中でいろいろと考えを巡らせていると、それを見透かしたかのように、壱与はくすくすと笑った。
「この姿は仮のものじゃ。実際、六花さんの五倍は生きておるのう」
「五倍……えっ?」
六花は十八、その五倍というと九十ということになる。どう見たって九十歳には見えない。六花はさらに混乱する。
「熊野家は火の花巫女家系じゃ。蜃気楼の要領でこの姿になっておるだけじゃ。なかなか可愛いじゃろう?」
「はい、とても、可愛いです」
六花は何とか壱与の言葉を咀嚼して、飲み込んだ。そして正直な感想を言うと、壱与は嬉しそうに微笑んだ。仮の姿と言っていたけれど、話していることや仕草は本人そのものなのだから、やはり壱与本人が可愛らしいのだ。
社殿の校舎の中を壱与が順に案内してくれる。部屋がいくつかあり、その中には講義を行う部屋があり、職員室があり、小さめの食堂もあった。
「基本、花巫女の少女しか受け入れんから、在籍人数は少なくてのう。これでも広々使えるのじゃ」
「他の花巫女の方にも、会えるんですね」
「うむ。また紹介するのじゃ。まずは、座学といこうかのう」
講義を行う、教壇と生徒たちが座る席が並んだ部屋に案内された。六花は壱与に促されるまま席についた。壱与は教壇に向かうものの、高さが足りないのではという六花の心配をよそに慣れた様子で台座に乗って教壇に立った。
「さて、始めるかのう」
壱与による講義が始まる。六花の、女学生としての初授業が始まるのだ。すぐに聞いたことを書き取れるように、ノートブックを机に広げた。昴が、入り用だろうからとノートブックも万年ペンも用意してくれた。六花が女学校へ通うことを応援してくれていることがひしひしと伝わってくる。
「まず、花風女学校では、大きくわけて座学と実技の二つがあるのじゃ。座学では、他の女学校と同じように、裁縫や礼儀作法も教えるから嫁入り修行としての面もあるから安心するのじゃ。そして、もちろん花巫女と護り人の知識も教え込んでゆく」
六花は、大きく頷いた。ここで学び、役に立つことが六花の望みだ。一言も聞き逃すまいと壱与を見つめる。
「そんなに見つめられると照れるのじゃ」
「え、あっ、申し訳ありません」
「……そのように気を張らずともよい。学ぶのは楽しいものじゃ。楽しんでこそ、よくよく身につくというものじゃよ」
そう言われて、六花は肩にも手のひらにも力が入っていたことに気がついた。力んだままでは、舞だって上手く舞えない。学ぶ姿勢も、壱与の言うように楽しんだほうがいいに決まっている。
「はい、よろしくお願いいたします。壱与先生」
「うむ」
壱与は満足そうに頷いた。
「そもそもの花巫女と護り人の役目から話していこうかのう。両者とも、物の怪から人々を守るという使命のもと、存在しておる。護り人は、武器を用いて物の怪を退治する、言わば前線担当。その護り人が使う武器に神力を宿すのが花巫女の役目、後方支援担当じゃ」
「現役の花巫女の方々は、戦いの場に行くことはないのですか」
六花の質問に、壱与はふるふると首を振った。
「ほぼないのう。花巫女の神力が宿った武器でなければ物の怪は倒せぬ。その意味では花巫女は物の怪退治に欠かせない存在じゃが、戦うこと自体には不向きじゃ。体格や体力、受けて来た訓練の違いがある」
六花は頷きながら聞いていた。花巫女が傷ついて舞うことができなくなれば、武器に神力を宿すことができなくなる。そうなれば、護り人が物の怪を倒すこともできなくなってしまう。
「さて、聞いているだけで飽きてしまうのう。六花さん、花巫女の神力の五種類を答えるのじゃ」
「火、水、木、金、土、です」
「武器に宿した場合、例えば刀の場合はどのような効果があるかのう」
六花は、幼いころ――まだ六花が家族の一員として、出雲家の長女として花巫女のことを教えてもらったことを思い出す。
「火では、刀身に炎を纏わせます。水は、刀身の先に付与されて伸縮します。木は、柄から蔓を出して合わせて攻撃できます」
「そうじゃそうじゃ。金と土は?」
「金は、刀の金属そのものを強化させます。土は、地面と共鳴させて攻撃できます」
きちんと答えることができてほっとした。これらは基本的なことではあるが、改めて質問されると緊張してしまう。
「よろしい。護り人が使う武器は刀、弓矢あたりが主じゃな。体格に恵まれていれば、斧を使う者もおるのう。鎖鎌を使う物好きもおるのう」
壱与は、黒板にカツカツと音を立てながら五種の神力を書いていく。そして、その右側に刀、弓矢、斧、鎖鎌、と並べて書いた。
「花巫女と護り人の武器とは、相性がある。刀と相性がいいのは、刀身そのものに影響を与える火と金じゃな」
壱与が、黒板に書いた火と金から伸ばした線を刀、の文字まで繋げた。
以前、買い出しの際に街中で見た護り人は、おそらく金の花巫女の神力を宿した刀を使っていたのだろう。他の神力を纏っていなかったから、刀そのものの強化だったということだ。金の神力を宿した刀は黄金に光る。あの時は一瞬しか見えなかったが、確か黄金に輝いていたはずだ。
「弓矢では、遠距離攻撃が基本となるため、攻撃範囲が広がる水と木がよいのじゃ。斧は当然、土との相性がよい」
「鎖鎌は何と相性がいいのですか。遠心力を使っての攻撃なら、水でしょうか」
「うーむ、鎖鎌に関しては使う者が少なくてのう、おそらくは水、というくらいしか言えぬのう」
壱与はなぜか頭を抱えるようにして唸っていた。六花が詳しく聞こうとするも、壱与はさっと切り替えていた。
「基本的なことはまあ、このあたりじゃな。細かいことは追々学んでいくことになるじゃろう。ここからは、六花さん自身のことじゃ。白い花で、治癒の神力であることは事前に聞いておる。そして、まだ内密にしておくという方針ものう」
恭介からの助言で、まだ六花が治癒の神力を持つ花巫女であることは、伏せておくことになった。正式な場を設けてお披露目会をし、そこで白い花のことを公表する予定だという。女学校へ通うのなら、神力を安定させてからお披露目のほうがいいだろう、という話でまとまった。
六花としても、宗像家へ来てすぐに人前で舞うのは憚られる。
「治癒の神力となると、他の花巫女にも増して後方支援の特色が強くなるのう。怪我をした護り人を治すことが主な役目となるじゃろう。六花さんを守るために護り人を配置してもいいくらいじゃ」
「それは、さすがにやりすぎではありませんか」
「いいや。護り人の命を救う砦となり得る力じゃ。朝廷の方針によっては、家……もしくは朝廷の施設から出ることも禁じられるかもしれぬ」
「そんな……!」
閉じ込められてしまったら、せっかく昴のおかげで出雲家を出て女学校に通うことができた今を、失ってしまう。六花は人々の役に立ちたくてここにいるのに。
「まあ、そうならぬように準備をした上でのお披露目と考えておるのじゃのう。あの坊やは」
六花はこてんと首を傾げた。壱与の言う、坊やが誰のことなのか、すぐにわからなかったからだ。文脈で考えれば六花の神力のことを知っているのは昴と恭介だけ。そして、しばらく伏せておくことを提案したのは、恭介だ。
「壱与先生は、恭介様と親交が深いのですか」
「あー、まあ、同じ仕事をしておるからのう」
「そうなのですね」
恭介も教員のような仕事をしているのか。確かに話すのは人前で得意そうだった。
「一つ、思い付いたのじゃが」
「はい」
「治癒の神力を、戦いの場に『持っていく』ことができれば、かなり護り人の助けになると思うのじゃ。武器に宿すという花巫女の特性から考えるに、破魔矢が良いかのう」
壱与はぴんと人差し指を立ててそう提案した。本当に今思い付いたというような口調だったが、的確な案に六花は息をのんだ。
破魔矢とは、魔除けや厄除け、幸せを願う矢の形をした縁起物だ。神棚や床の間、玄関に飾るのが一般的だ。この制服にもなっている矢絣の柄も破魔矢からきているという。
治癒の神力を破魔矢に宿して持っていくことができるのなら、戦いの最中に怪我をした場合でも傷を治すことができるかもしれない。遠く離れていても、昴をはじめ護り人の役に立てる。
「ぜひ、試してみたいです」
「うむ。破魔矢をすぐに用意するのは難しいからのう、後日にはなるが試してみよう」
六花が意気込んで言うと、壱与は微笑みながら頷いてくれた。教えてくれる、一緒にこの神力を考えてくれる先生という存在がいることの心強さがよくわかる。
この女学校を勧めてくれた昴に早くお礼が言いたくて、話がしたくて仕方がなかった。
