祝宴が決まったと知らされた瑶光は、ここ数日落ち着かなかった。
なんせ取り仕切るのが蔡貴妃なのだ。なにも起きないはずがない。瑶光は何をするにも警戒するようになっていった。
幸いなことに、瑶光の侍女は蔡貴妃と縁遠い者たちばかりだったし、しばらく過ごすうちに、心を開いてくれているのが分かった。瑶光の懐妊を心から祝福してくれているのが、気の流れからも読めていた。
祝宴が行われる三日前。
瑶光の居所に運ばれた昼膳は、香りも彩りも申し分なかった。妊娠初期の瑶光にふさわしい栄養素も揃っている。
侍女が器を並べ、白狐はいつものように寝所の隅で丸くなっていた。
「用意ができました。召し上がりますか?」
「ええ、ありがとう」
瑶光が箸を取ろうとした瞬間だった。
白狐が突然立ち上がった。そして鼻をひくつかせ膳の器に近づくと、前足で一つの器を弾いた。
「……!」
器は倒れ、薬膳の汁が敷物に広がる。瑶光は慌てて侍女に片付けを頼むと、白狐を見つめた。白狐はじっと器を見つめたまま、動かない。
「どうかしたのですか?」
白狐に尋ねても返事はない。
瑶光は器を拾い、残り香を嗅いだ。薬膳の香りに混じって、微かに違う匂いがした。
(……まさか)
「この料理、誰が作ったの?」
瑶光の緊迫した問いに侍女は戸惑いながら答えた。
「いつもと同じ尚膳局の者が用意したはずです。ただ、数日前から蔡貴妃様の侍女が厨房に入っているとか……」
「そう……。食べられなくて申し訳ないことをしたわ。替わりの料理を用意してもらうのは心苦しいから、今のことは黙っていてくれるかしら?」
「瑶光様はお優しいですね、かしこまりました」
白狐はじっと瑶光の行動を見つめていた。その瞳は、何かを訴えているようだった。
その夜、瑶光は人払いをして老女を呼び出した。
「白狐が私の食事を邪魔したんです。器を倒して……。その器には、おそらく毒が入っていました。それと、蔡貴妃の侍女が、厨房に入っていたそうです」
「あの方が祝宴の準備を任されているからね。侍女がいるのは不思議なことじゃない。皆はそう思っているはずさ」
「白狐がいなければ今ごろお腹の子は……そう思うと自分の甘さを反省しました」
「無理もないさ。ここのところ、ずっと張りつめていただろう? その隙を狙われたのさ」
瑶光は目を伏せた。自分と腹の中の子。守らなければならないものが、確かにそこにある。
「蔡貴妃の周囲を、調べてみます。侍女の動き、厨房の出入り、薬草の流通……何か、見つかるかもしれません」
「気をつけな。あの方は邪気の固まりだからね」
「今度は負けません」
瑶光の言葉に老女はニヤリと笑った。
「その気なら大丈夫さ。それより、話す相手を間違えちゃいないかい? 私じゃなくて、もっと話すべき相手がいるだろうに」
「陛下、ですか?」
「そうさね。あんたはもう下女じゃない。それを忘れるんじゃないよ」
「はい」
瑶光は、そっと白狐の背を撫でた。その温もりが、彼女の決意を静かに支えていた。
なんせ取り仕切るのが蔡貴妃なのだ。なにも起きないはずがない。瑶光は何をするにも警戒するようになっていった。
幸いなことに、瑶光の侍女は蔡貴妃と縁遠い者たちばかりだったし、しばらく過ごすうちに、心を開いてくれているのが分かった。瑶光の懐妊を心から祝福してくれているのが、気の流れからも読めていた。
祝宴が行われる三日前。
瑶光の居所に運ばれた昼膳は、香りも彩りも申し分なかった。妊娠初期の瑶光にふさわしい栄養素も揃っている。
侍女が器を並べ、白狐はいつものように寝所の隅で丸くなっていた。
「用意ができました。召し上がりますか?」
「ええ、ありがとう」
瑶光が箸を取ろうとした瞬間だった。
白狐が突然立ち上がった。そして鼻をひくつかせ膳の器に近づくと、前足で一つの器を弾いた。
「……!」
器は倒れ、薬膳の汁が敷物に広がる。瑶光は慌てて侍女に片付けを頼むと、白狐を見つめた。白狐はじっと器を見つめたまま、動かない。
「どうかしたのですか?」
白狐に尋ねても返事はない。
瑶光は器を拾い、残り香を嗅いだ。薬膳の香りに混じって、微かに違う匂いがした。
(……まさか)
「この料理、誰が作ったの?」
瑶光の緊迫した問いに侍女は戸惑いながら答えた。
「いつもと同じ尚膳局の者が用意したはずです。ただ、数日前から蔡貴妃様の侍女が厨房に入っているとか……」
「そう……。食べられなくて申し訳ないことをしたわ。替わりの料理を用意してもらうのは心苦しいから、今のことは黙っていてくれるかしら?」
「瑶光様はお優しいですね、かしこまりました」
白狐はじっと瑶光の行動を見つめていた。その瞳は、何かを訴えているようだった。
その夜、瑶光は人払いをして老女を呼び出した。
「白狐が私の食事を邪魔したんです。器を倒して……。その器には、おそらく毒が入っていました。それと、蔡貴妃の侍女が、厨房に入っていたそうです」
「あの方が祝宴の準備を任されているからね。侍女がいるのは不思議なことじゃない。皆はそう思っているはずさ」
「白狐がいなければ今ごろお腹の子は……そう思うと自分の甘さを反省しました」
「無理もないさ。ここのところ、ずっと張りつめていただろう? その隙を狙われたのさ」
瑶光は目を伏せた。自分と腹の中の子。守らなければならないものが、確かにそこにある。
「蔡貴妃の周囲を、調べてみます。侍女の動き、厨房の出入り、薬草の流通……何か、見つかるかもしれません」
「気をつけな。あの方は邪気の固まりだからね」
「今度は負けません」
瑶光の言葉に老女はニヤリと笑った。
「その気なら大丈夫さ。それより、話す相手を間違えちゃいないかい? 私じゃなくて、もっと話すべき相手がいるだろうに」
「陛下、ですか?」
「そうさね。あんたはもう下女じゃない。それを忘れるんじゃないよ」
「はい」
瑶光は、そっと白狐の背を撫でた。その温もりが、彼女の決意を静かに支えていた。



