白狐に選ばれた下女、皇后となりて

 庭園は絢爛な飾りで彩られていた。
 柳瑶光の懐妊を祝う宴――皇帝の命により催された祝宴は、後宮の誰もが注目する場となった。招待されていない者も遠くから様子を眺めており、たくさんの人だかりが出来ていた。

 華やかな音楽に合わせて伎女たちが華やかな舞を披露している。
 侍女たちが招待客たちに酒を注いで回ると、彼らは酒で顔を赤くしながら和やかに談笑を始めた。

「柳妃様のご懐妊、誠にめでたきこと」
「神獣に選ばれ、皇帝に選ばれ、そして命を宿すとは――まさに吉兆!」

 しかし招待客の中でも張りつめた空気をまとっている者たちがいた。
 他の妃たちだ。彼女たちは表面上祝福をしていたが、瑶光を見定めるような視線を送っていた。


 当の瑶光は、皇帝の隣に座っていた。
 白狐は彼女の足元に控え、静かに場を見守っている。その毛並みは、日の光を受けてきらきらと輝いていた。

「おめでとうございます」
「誠にめでたいことだ!」

 皆から祝福の言葉を送られ、微笑みながら礼を返す。だが、心の奥では静かな緊張があった。
 この場に集う者たちの視線を、びしびしと感じ取っていたからだ。嫉妬、警戒、そして――恐れ。
 今日は気を読むのも躊躇われるほど、色々な思惑が渦巻いていた。

(長丁場になりそうね。とにかく、おかしな発言には乗らない。食べ物を口にする時は白狐の確認を待つ。それだけは注意しないと)

 笑みを張り付けたまま、ひそやかにため息をつくと、白狐がそっと鼻を寄せてきた。
 そっと撫でると、その温かさで緊張が少しほぐれる。

「今日はよろしくお願いしますね」

 白狐にそっと告げると、白狐もそっと尾を揺らした。



(さて、そろそろあの人が動く頃かしら?)

 瑶光が蔡貴妃に視線を送る。
 彼女は美しい衣を纏い、完璧な化粧を施し、いつものように穏やかな笑みを浮かべている。その姿はまさに後宮の華だった。

 蔡貴妃は侍女から耳打ちをされると、優雅に立ち上がった。
 楽師の音が静かに止まる。侍女が帳を整え、場が静まり返る。祝辞の時間だ。

 皆の視線が蔡貴妃に集まった。

「本日は柳妃のご懐妊を祝う宴にて、こうして皆様と喜びを分かち合えること、誠に嬉しく思います」

 その声は、鈴のように澄んでいた。

「柳妃は皇帝陛下に選ばれ、新しい命を宿された。後宮にとって、これほどの吉兆はございません」

 蔡貴妃がにこりと瑶光に微笑みかける。慈悲深い笑みを見ていると鳥肌がたちそうだ。
 瑶光は静かに頭を下げた。

 蔡貴妃はたっぷりと間をとった後、皇帝をじっと見つめた。

「この祝いの席で、もうひとつ、私からめでたい話をいたしましょう」

 普通ではあり得ない言葉に、会場がざわめいた。
 蔡貴妃は、微笑みを崩さぬままゆっくりと口を開いた。手には何か紙を握っている。

「実は私も――懐妊いたしました。こちらが太医の診断書です」

 長い沈黙の時が流れた。
 そして、爆発するようなざわめきが会場を包んだ。

「蔡貴妃が……?」
「まさか、そんな偶然が!?」
「確かにめでたいが……今日の宴はどうなるんだ?」

 招待客たちの声が交錯する。
 侍女たちも顔を見合わせたまま固まっている。帳の外の楽師たちも、控えていた伎女たちも目を丸くしていた。

(一体どういうつもりなの?)

 瑶光は、白狐の背に手を添えたまま、蔡貴妃を見つめていた。
 白狐もじっと蔡貴妃の方を見つめている。その瞳は蔡貴妃を睨みつけているようだった。

 皇帝は表情を崩さなかった。
 だが、その瞳は静かに蔡貴妃を見据えていた。

「それは……喜ばしいことだ」

 皇帝の声が会場に響く。穏やかなその声は、何もかも分かっているかのように落ち着いていた。
 そのまま皇帝は言葉を続ける。

「身体は大丈夫か? 宴を続けられそうか?」

 蔡貴妃はその言葉に目を輝かせた。

「大事ありません。今日は柳妃のお祝いですものね。私の話はここまでにして宴を続けましょう!」

 その言葉を合図に、宴は再び音楽と酒に包まれた。
 だが、その華やかさの奥に、静かな緊張が満ちていた。

 白狐は瑶光の足元で身を丸めたまま、じっと蔡貴妃を見つめ続けていた。