神の子を宿した追放巫女は守り神が愛する天縁ノ神花に返り咲く

(いまっ、のはっ、邪神の声……っ!?)

 唸り声を上げながら千紘の首を掴む手が弱まることは無いが、それでも声は確かに邪神から聞こえた気がした。
 邪神とて元は人々から信仰を集める神の一柱。それが何らかのきっかけで堕ちて邪神になっただけに過ぎない。

(そうだよね。邪神だって、なりたくて邪神になったわけじゃないよね……)

 千紘は息を吸うと、「神ノ巫女」として修業を受けていた際に覚えた祓いの詞を頭の中で唱える。
 自分のことはどうでも良い。ここで助かったところで行く当てもない身。
 それならここで邪神のために命を捧げた方が、苦しむ邪神のためにもこれまで育ててもらった常盤家のためにもなる。

(大年神、御年神、若年神、邪を祓い清め給えっ、白すことを、恐み恐みを白す。常盤の娘っ、千紘が恐み恐みを白すっ……!)

 首を掴む邪神の腕を掴み返すと触れたところから火傷のようなじくじくとした痛みが広がる。「穢れ」という言葉が頭に浮かぶ。
 死や病など人に伝染する不吉なものは全て不浄の「穢れ」として扱われ、「穢れ」に侵された者は身体中が赤く爛れて膿み、やがて死に至る。
 人に限らず「穢れ」に汚染された身体を放置すれば、枯れ枝のように色褪せて崩れるどころか、周囲にも「穢れ」を振り撒いてしまうので、「穢れ」に触れたらすぐに清めや祈祷師や巫覡による祓いが必要と言われていた。
 そんな「穢れ」の塊とされる邪神に触れられたのなら唯人はひとたまりも無いだろうが、千紘には巫覡一族の巫女が身体に宿すとされる祓いの力――巫女の力がわずかに流れている。
 今は千紘の持つ巫女の力がかろうじて「穢れ」と拮抗して持ち堪えていられるが、それも長くは続かない。早く祓い詞を唱えて、邪神を「穢れ」から解放しなくては。
 そうは思いつつも首を絞められたままの千紘の口は魚のように何度も口を開閉させるだけで言葉にならず、空気が足りない頭では祓い詞を思い出すのも一苦労だった。
 酸欠で意識が朦朧としてくる中で千紘の頭の中に浮かんだのは、ただ純粋な願いだけ。
 この堕ちた神を救いたいという、曇りなき想いのみ。

(お願い。この方を救って――)

 その瞬間、千紘の身体から抜け出るものがあった。()()は手を通して邪神へと流れ、邪神は千紘を離すとその場で顔を覆って苦しみ始めたのだった。
 苦悶の咆哮を上げる邪神の元に這々の体で向かうとそっと身体を抱き締めたのだった。

「大丈夫だよ。もう大丈夫。私が力をあげるから」

 幼子を落ち着かせるように邪神と堕ちた神に身体を摩りながら千紘は囁く。

「大年神、御年神、若年神、邪を祓い清め給え、常盤の娘、千紘が恐み恐みを白す……」

 乾いた唇で祓い詞を唱える度に力が抜けて脱力していくが、それを堪えるように身体に力を入れると千紘は詞を口にする。
 意識が朦朧とする中、邪神から「穢れ」が消えたのを確認して微笑を浮かべたところで千紘の意識は沈んだのだった。