神の子を宿した追放巫女は守り神が愛する天縁ノ神花に返り咲く

「これは一体どういうことですか? 説明をしなさいっ!!」
「寿々葉様が着替えた装束を窓の外から庭に向かって投げたので咄嗟に……」
「違いますわっ! お母様。お義姉様が嘘をついているのです。わたくしはお義姉様が自棄になって装束を乱暴に扱ったのを止めようとしただけなのですっ!!」

 わざとらしく泣き出した寿々葉を取り巻きの女中たちが慰める。寿々葉に同情して、千紘を非難するように向けられる視線の数々。
 やがて千紘は屈辱で唇を噛み締めて手足を戦慄かせながらも、その場で両膝をつくと「申し訳ございません」と玉砂利の地面に額をつけて深く陳謝をしたのだった。
 誰かが息を呑む声が耳に入って、羞恥で顔が赤く染まっていくのを感じる。池に入って水に濡れたはずなのに体温が上昇して、燃えるように熱くなったのだった。
 この場から逃げたい気持ちを押さえて、ただ許される時まで頭を下げ続けていると「騒がしいぞ」と中庭に面する廊下の一方から低声が聞こえてきたのだった。

「まだ宴会が続いておる。これは何の騒ぎだ?」
「まあ、お父様!」
 
 常盤家の主人たる寿々葉の父親まで現れたことで、場は水を打ったように静かになった。
 譲られた道を悠々と歩いて、未だ寿々葉の母親の前で叩頭する千紘の元にやってきた寿々葉の父親は不快そうに眉根を寄せて千紘を睨み付けたのだった。

「……騒ぎの原因はお前か」
「……そうでございます」
「もう聞いてよ、お父様っ! お義姉様が大切な常盤家の巫女装束を窓から捨てたのよ! 装束に汚れが残っていたことを()()咎めただけなのに……」

 部屋から出てきた寿々葉は父親の腕に抱きついて経緯を説明すると、静かに怒り心頭に発する父親を宥めるように猫撫で声で話し出す。

「でもあまり怒らないで。装束から目を離したわたくしにも非はあるもの。常盤家に名を連ねるお義姉様なら装束の大切さを分かっていると思い込んだ、わたくしの考えの甘さだわ。たとえお義姉様が――『神ノ巫女』に選ばれなかった役立たずだったとしても」
「お前は優しいな、寿々葉。しかし義理とはいえ、曲がりなりにもコレも我が家の娘。常盤家が大神の加護を受けた特別な一族であるという自覚をもってもらわねばならん……『躾』が必要だな。全く先代の遺言さえ無ければ、こんな無能を何処へなりとも放逐できるというのに……」

 グチグチ言いながら唾棄するように「コレ」と呼ばれた千紘はわずかに身体を震わせるもこの場で平伏し続ける。そして玉砂利の道を歩いて下男が持ってきた杖を受け取った父親の姿が視界の隅に写ったのを見て、心の中で呟いたのだった。

(ああ、またか……)

 舌を噛まないようにグッと歯を食いしばり、これから起こる杖での殴打と痛みに耐える覚悟ができたところで、千紘の頭上で空が一際強く光り輝く。
 そして稲妻のような白い光が中庭の地面に落下した瞬間、地面が大きく震えたのだった。

「なっ、何よ。これは……っ!?」

 グラグラと年季の入った屋敷が揺れて、寿々葉の母親が声を漏らす。瀬戸物が連続して割れる鈍く重い音が屋敷内に響き渡り、宴席からも混乱と戸惑いのざわめきが聞こえてきたのだった。
 揺れはすぐに収まったのものの、今度は女中たちが中庭を指さしてにわかに騒ぎ出す。

「まあ、見て。御神木が光っているわ……っ!」

 その声で寿々葉の父親が弾かれたように駆け出し、寿々葉の母親と寿々葉も後を追い掛ける。どさくさに紛れて千紘も顔を上げると、寿々葉たちの後を追い掛ける女中や下男たちの群れの中に混ざったのだった。

「おぉ……見ろ、天啓だ!! 守り神の天啓が下ったぞっ!! 寿々葉が守り神様の御子を産む! 我が家も安泰だっ!!」

 最初に中庭の捥ぎ木も同然の神木に辿り着いた寿々葉の父親が色めき立って声を上げると興奮がさざ波のように広がる。寿々葉の母親は「本当に……」と目尻に涙を溜めながら声を震わせ、寿々葉は「やったわ! お母様!!」と無邪気に母親に抱きついたのだった。

「やっぱりお祖父様の遺言が間違っていたのよっ! 守り神様に選ばれたのはこのわたくし。『神ノ巫女』として神託を受けたわたくしなのよっ!!」
「ええ、そうね……やはり『神ノ巫女』になれるのは正統な常盤家の娘だけ。あんな下女以下の傍系卑属の娘が選ばれるわけ無いもの。そうよね、あなた」
「親父が勘違いしていたのだろう。あんな役立たずが『神ノ巫女』に選ばれる訳がない。我が家の務めを果たせるのは私たちの娘の寿々葉だけだ」

 嬉々として喜ぶ寿々葉とその両親たちに対して、千紘は何も考えられなくなって目の前が真っ暗くなるような錯覚を受ける。千紘の存在に気付いた下働きの者たちが向けてくる労しむような、憐れむような目線がますます惨めな気持ちにさせて、絶望の底へと叩き落とす。
 やがて千紘の存在に気付いた寿々葉たちがにんまりと嫌らしい冷笑を浮かべるとゆっくりと近付いてくる。ヘビに睨まれたかのように身体が竦み上がって動けなくなった千紘に向かって、両親を後ろに伴った寿々葉が宣言しただった。
 
「残念だったわね。でも悲しまないで。常盤家のお役目は守り神様の子を産むだけじゃないもの。国を脅かす邪神を鎮めるために身を捧げることも常盤家に連なる娘に課せられた立派なお務めよ」